18/32
夢のアクロバットと次世代戦闘機①
フェスティバル当日。
櫻林館学舎の敷地の一部が一般市民に開放され、文字通り祭りのような賑わいをみせていた。学生たちが運営する屋台が並び、家族連れやカップルが行き交っている。大きなカメラを提げたミリタリーオタクもちらほらと見受けられた。名物の桜はすでに葉桜と成り果てたのに、櫻林館は普段にない多様な活気に満ちている。
ブルーバードも通常の営業は一時停止し、露店が並ぶ広場の一角に仮設店舗を構えていた。
「晴れてよかった!」
黒い三角巾に青い鳥のマークのエプロン姿の陽介は、手をかざして空を見上げた。
快晴の空からはまばゆい日光が降り注いでいる。アクロバットショーにはもってこいの晴天であった。
「ホント、雲一つない青空ね」
同じ三角巾とエプロンを身につけた莉々亜も、客にアイスコーヒーを渡してから空を仰いだ。
「こんな日に手伝ってもらっちゃって本当にごめんね、陽介君。今日に限ってシフトがうまく組めなかったみたいで」
肩をすくめて申し訳なさそうに言う莉々亜に、陽介は「このくらい気にしないでよ」と笑った。
「それより、もうすぐアクロバットショーの時間だね。二人とも準備万端で待機してる頃かな」
「千鶴君と雪輝君の二人だけの見せ場もあるんでしょ?」
「そうだよ! だから千鶴なんて特に気合い入っちゃって暇さえあれば自主練してたから、それに付き合わされる雪輝の愚痴を聞くのが大変だったよ」
「本当に好きなのね、戦闘機が」
莉々亜は苦笑した。
「千鶴は根っからの飛行オタクだからね。これは雪輝と僕のお墨付き」
人差し指を立ててそう言うと、莉々亜は口元に手を当てながらくすりと笑った。
そして陽介に背を向けるように遠くの方へ目をやった。
「戦闘機でアクロバットショーか」
莉々亜の視線の先には、青鷹が離陸する海にせり出した滑走路が小さく見える。
「どんなふうに飛ぶのかしら」
「楽しみだね」
莉々亜の後頭部が「そうね」小さく頷いた。そして振り返ると、「楽しみだわ!」といつもの明るい笑顔を見せた。
◆ ◇ ◆
その頃、千鶴はすでにパイロットスーツに着替えて、更衣室のベンチでフレッシュレモンアイスコーヒーを飲んでいた。パイロットスーツはショー専用のもので、青鷹と同じ青と白のカラーリングである。
イヤホンで演技中に流れる音楽を聴きながら、アクロバットショーのイメージトレーニングをしていた。
「千鶴、早いな」
ようやく雪輝がやってきて、早々にロッカーを開けて着替え始めた。千鶴は音楽を止めてイヤホンを外した。
「だって、楽しみでさ! 音楽に合わせて飛べるなんて最高じゃん! この日のために櫻林館に入ったようなもんなんだし!」
「この日のために、ねぇ……。じゃあこれが終わったらどうするんだよ」
「どう、って?」
小首を傾げた千鶴に、雪輝は着替えながら言う。
「目標がなくなるだろ? そのおめでたいテンションをこれからどこへぶつけるのか、ってことだよ」
「何言ってるんだよ、雪輝! 夢は叶って終わりじゃないんだぞ。今は叶ってる最中なの! この先もずっと叶え続けるんだよ。それと、『おめでたい』は余計だ!」
「なら櫻林館はお前には場違いなところだな」
意外な雪輝の言葉に、千鶴は「え? なんで?」と目をしばたたいた。
「アクロバットは防衛官の本業じゃないだろ。民間のパイロットになるつもりなら話は別だがな」
青と白のパイロットスーツに袖を通す雪輝に、千鶴は「パイロット科のくせに雪輝はわかってないなぁ」と嘆息してみせると、拳を握って断言した。
「戦闘機のアクロバットが一番かっこいんだ! 他の機体じゃあんなスピードは出せない! だから防衛官じゃないとダメなんだって。民間の小型機より戦闘機の方が機体の形が断然かっこいいし!」
「それはお前の感性だろ。押し付けるなよ」
「俺の夢なんだから俺の感性でいいの! 俺は戦闘機のアクロバットが好きなの!」
「はいはい」
適当に相槌を打つ雪輝に、千鶴は自分のロッカーに向かうついでに尋ねた。
「じゃあ雪輝はどうして戦闘機に乗るんだよ?」
「秘密」
「雪輝のケチー。いつ聞いてもそう言うんだもんなぁ」
千鶴はありありとふてくされて見せたが、雪輝は意外にも釣り目を細めて頼もしい笑みを見せた。
「まあ、今日はお互い楽しむために乗ろうぜ、千鶴。その方が観客だって楽しいだろ」
「なんだ、わかってるじゃん」
千鶴はロッカーを開けると、ミュージックプレイヤーを中へ戻すついでに、ヘルメットと一枚の封筒を取り出した。
「はい、これ」
封筒を雪輝に差し出すと、あごの下までスーツのチャックを上げ終えた雪輝は「なんだ?」と受け取った。
「誕生日パーティーの時に記念写真撮っただろ? それをプリントしたんだ」
雪輝は封を開けた。背景は青空と春の野原。手前に困惑しつつ照れた様子でケーキを持った雪輝がいて、その隣で雪輝と肩を組んだ千鶴がピースをしている。その後ろで莉々亜が『祝』と書かれたうちわと、陽介が『17歳』と書かれたうちわを掲げている。
「いい写真だろ。ちゃんと飾っとけよな」
千鶴が言うと、雪輝が珍しく柔らかく笑った。
「ありがたくもらっておく」
雪輝は写真を封筒に戻してロッカーに入れると、ヘルメットを取り出した。
「行くか、千鶴」
「おう!」
千鶴と雪輝はヘルメットを抱え、青鷹の格納庫へ向かった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。