挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
THE NEW GATE 作者:風波しのぎ

第九章『神刀の継承者』

32/51

【4】

 九条忠久との顔合わせの翌日。
 シンは朝から禍紅羅で素振りをしていた。それも制限(リミット)をはずした状態で、である。

「――ふっ!」

 能力を解放しているからといって、周囲を破壊したりはしていない。全力で力を使うとなれば制御が甘くなるが、力を抜くことなら容易だ。ベイルリヒトのギルドマスター、バルクスと戦ったときも制限(リミット)はかけていなかったのだから。
 少しずつこめる力を増やし、どの程度までなら大丈夫かを慎重に探っていく。完全に把握できるわけではないが、ある程度わかっているのといないのとでは細かな力加減に差が出るのだ。完全解放状態で手加減することがこの先あるかは、この際考えない。

「くぅ」
「お、時間か」

 朝食までに片付けと身支度ができるように、ユズハに時計を見てもらっていた。

「えーと、出てきても大丈夫ですよ?」
「……ばれていましたか」

 シンが縁側の端に向かって声をかけると、恥ずかしげな顔の花梨(かりん)が姿を見せた。

「お邪魔にならないようにしたつもりだったのですが」
「それなら大丈夫です。あ、いるな、くらいの感覚だったので、集中する妨げにはなってません」

 前回と同じく近くに花梨がいることにシンは気づいていた。以前もそうだったが、気を使ってくれていたようだ。

「朝食にはまだ早いと思いますけど」
「あ、それは、シン殿がどのような稽古をしているのか気になったもので。昨日の貫九郎様との戦いも、見ごたえのあるものでしたから」
「そうなんですか。と言っても、あまり特別なことはしてないんですけどね…………ところで、俺の戦い方って、見ていてどうでしたか?」

 少し気になっていたので、ちょうどいいとシンは花梨に尋ねることにした。

「どう、とは?」
「俺の剣術についてです。一応、多少の指南は受けたことがあるんですが、どうしても我流の部分が多いので」

 1プレイヤーとしてなら、シンは十分強い。
 しかし、ステータス差がなく純粋に剣での勝負となれば、その道に時間を費やしてきた貫九郎や花梨にはかなわないだろうとシンは思っていた。
 シンの強さの根底にあるのはモンスターやプレイヤー相手の戦闘経験もさることながら、さまざまな魔術とスキルのバリエーションの多さにこそある。
 職業による武器制限はないので剣、槍、弓などメインとして使えるものは多い。これは戦闘が基本ソロであったことに起因している。相手に有効な武器に即座に切り替え、有利に戦闘を進めるための戦い方の1つだ。
 1つを極めたほうが強いという考えもあったが、シンはそれを選ばなかった。
 教わらずとも理解する。一足飛びに技量が上がる。
 そういった他を圧するような天賦の才というものに、シンは縁がなかったのだ。
 あえていうなら、シンの剣は秀才の剣だった。

「……私などが差し出がましいことをいうのは気が引けますが……そうですね。気になったのは体の動きでしょうか」
「動き?」
「はい。我が家に伝わる三枝流剣術では、剣を振る動作一つとっても体全体を使うことを意識します。己の意思によって寸分の狂いなく制御された、流れるような精密な斬撃こそ、三枝流の真骨頂なのです。それに当てはめると、シン殿の剣は体捌きにブレがあるように感じます。おそらく、型を体に覚えこませるよりも、実戦を繰り返していたのではないですか?」
「すごいな、正解だ」

 シンが剣を教わってから、訓練に当てられた時間は少ない。その技術のほとんどが、戦いの中で磨かれたものだ。
 そして、ゲームだったが故に、システム判定が有効と判断すれば武器やステータスの補正もあってしっかりとダメージが通った。シンの動きも段々と洗練され、気づかなくなっていったのだ。

「シン殿は身体能力が飛びぬけています。ゆえに、些細なずれなど問題にならなかったのでしょう」
「でも、これからはそうも言ってられないんですよね」

 現在の世界にゲームのようなダメージ判定システムなどない。花梨が指摘した些細なずれは、しっかりと相手に与えるダメージに影響するのだ。

「これからですか?」
「自分の体にいつまでも振り回されているわけにはいきませんから」

 剣の天才に勝ちたいわけではない。ただ、自分の力を十全に扱えるようになりたい。
 まだ自身の力を持て余しているシンとしては、時間のあるうちに少しでも力の制御に磨きをかけておきたかった。

「あの……私でよければ、基礎的なことをお教えしますが。お連れ様が到着まで我が家に逗留するのですから、多少はシン殿の力になれると思います」
「こちらとしてはありがたいですけど、部外者に指導なんかしていいんですか?」

 花梨の唐突な申し出に、シンは疑問を呈した。

「シン殿なら間違ったことはしないと信じています。今のシン殿に必要なのは身体能力の把握と制御。流派の技を伝えるわけではありませんし、個人的な指導をするくらいで目くじらを立てる者もいないでしょう。基礎的な指導は、よその道場でも行っていますし」

 いや、たぶんいる。そう思ったシンだが、ヒノモト十傑第3席である花梨から手ほどきを受けられるのは願ってもないことだ。なので、細かいことは気にしないことにした。

「では、朝食の後、早速稽古をしましょう」
「よろしくお願いします」

 朝食を食べ終えると、2人は三枝家の道場に移動した。花梨に案内されたのはこじんまりとした道場で、門下生の指導をするのとは別の道場だという。
 制限(リミット)でステータスを下げ、花梨に悪いところを指摘してもらう。我流が長かったせいだろう。シンが思っていたよりも、変な癖がついていた。

「シン殿は刀以外にも多くの武器を使うとのことですし、おそらくそのせいでしょうね」

 様々な武器を使うせいで、癖に気づきにくい環境ができていたのだろうと花梨は言った。

「くぁ~……」

 そんな2人を、ユズハが欠伸をしながら眺めていた。


 ◆


 シンが花梨に指導を受けるようになってから数日経ったある日の夜。
 あてがわれた部屋の外、縁側に腰掛けながら、シンはシュニーの報告に耳を傾けていた。

『――――そうか。あの後はとくにトラブルもなかったんだな』
『はい。ハーミィさんは無事に送り届けました。念のためヴィルヘルムをつけていますので、よほどのことがない限り大丈夫でしょう』

 ミルトは頂の派閥の拠点攻略に駆り出されるので、護衛としてヴィルヘルムが残ったようだ。道中もっともハーミィが心を開いていたのはヴィルヘルムなので、戦闘面以外でも最適な選択だろう。

『そりゃ安心だ。こっちは今のところ何もないが、ちょっと気になることもある。一応来るときは警戒を怠るなよ』
『分かっています。では』

 どこか機嫌のよさそうな声を最後に、シュニーとの心話を切る。風向きにもよるが、ヒノモトには一週間ほどで到着予定だ。
 せっかくなので、少しヒノモト観光でもしてみるかなと思いながら何とはなしに空を見ると、きれいな満月が浮かんでいた。

「月明かりに照らされた庭もなかなか」
「今日はいい月夜ですからね」

 シンは独り言をつぶやいたつもりだったが、それに答える声があった。気づいてはいたので驚きはない。
 室内用の着物に身を包んだ花梨だ。艶やかな黒髪が、月の光を受けてかすかに光っているように見える。

「父がよいお酒をもらったので、シン殿にもと」

 そう言う花梨の手には、お盆に載った徳利とお猪口があった。

「そうですね。せっかくいい月が出ていますし、月見酒としゃれ込みますか」

 現実世界ではシンはあまり酒が好きな方ではなかったので、月見酒をするのも初めてだった。

「どうぞ」
「え? あ、どうも」

 1人飲みのつもりで手酌をしようとしたシンより先に、花梨が徳利をさらってお酌をしてきた。お猪口は2つあったので、花梨も一緒に飲むらしい。
 酒を注ぎ終わったら、今度はシンが花梨のお猪口へ酒を注ぐ。おそらくTHE NEW GATE版日本酒なのだろう。注がれた酒からする甘い匂いは、吟醸酒を連想させる。
 かつて大学で体験したことを思い出しながらシンがゆっくりと口をつけると、ほのかな甘さとすっきりとしたのど越しが印象に残った。酒の味に詳しくないシンでも、うまいと断言できる味だ。
 夜空の月を見ながらだと、酒の味がいっそう引き立つような気がしてくる。花梨のような美人がお酌をしてくれているから、というのも一因かもしれない。

「きれいですね」
「はい!? あ、いえ、そうですね! きれいな月ですね!」
「?」

 驚いたような返事が返ってきたのでシンが視線をおろすと、花梨が慌てて夜空へ顔を向けていた。

「どうしたんです?」
「いえ、本当になんでもないんです……」

 ひどく緊張した様子の花梨。さきほどまでの凛とした姿はどこへやらである。

「柱の影にいる2人と関係が?」
「……ばれていましたか」
「まあ、あれはむしろ気づかない方が難しいと言いますか……」

 シンは縁側の端、ちょうど曲がり角になって向こう側が見通せない場所に、九曜と佳代がいることを察知していた。九曜からは若干殺気のこもった視線が飛んでくる。戦いに身を置くものなら気づかないはずもない。

「何かあったんですよね?」
「……実は母がもっとシン殿のことを知ってくるようにと」
「俺のことを?」

 酒は口を滑りやすくするためのものだったようだ。

「何か気に触ることでもしましたかね?」
「そういうわけではなくて、ですね………………知りたいのは、その……好きな食べ物とか、好きなこととか、女性の……好みとか」

 最後の一言は、消え入るような声だった。

「あー……それは、あれですか? お見合いでも、させたいんでしょうか?」

 花梨の母、佳代が何を思ってそんなことを花梨に聞かせるのか。その理由をシンは察したが、直接聞くことは避けた。
 三枝家で世話になるようになってから、シンはヒノモトの武家のことについても学ぶ機会があった。
 佳代もそうだが、ヒノモトの女性も大陸の女性と同じく結婚が早く、10代で子もちなど珍しくもない。とくに女性でありながらヒノモト十傑でもある花梨など、本来なら婚約者の1人でもいて当たり前なのである。
 ただ、三枝家は武を重んじる家柄なので、生半可な相手では九曜が認めない。ヒノモト十傑第2席の九曜が認める相手などそうはいないのだ。

「母が、その、シン殿なら大丈夫だろうと……父も、納得させたようです」

 貫九郎と正面から打ち合えたことで、お眼鏡にかなったようだ。花梨の話から推測すると、この話を主導しているのは佳代らしい。

「本当に納得したんですかね? 段々殺気がきつくなってきてるんですけど」

 時間が経つにつれて、九曜から発せられる殺気が強さを増していた。納得したといっても、父親としての感情は別なのだろう。

「ええと、それでですね。申し訳ないんですけど、俺には婚約者がいまして。そういう話は受けられないんです」
「え……あ、はい。そ、そうですよね! シン殿ほどの人なら婚約者の1人くらいいますよね!」

 婚約者の話を聞いた花梨は一瞬目を見開き、すぐに少し大袈裟なくらいの反応を返してくる。驚いているような、ほっとしているような、複数の感情が入り混じった表情からは、わずかに空いた間がどういう意味をもっていたのか読み取ることはできなかった。

「変な話をしてしまって申し訳ありません。せっかくのいい夜にお邪魔をしてしまいました」
「個人的には、お酌をしてもらえて光栄でしたけどね」
「なら、よかったです」

 一礼して花梨は九曜たちがいるほうへ歩いて行く。気配が離れていくので、花梨が気を利かせてくれたのだろう。

「婚約、ねぇ」

 元の世界でも家柄や血筋といったものを重視した婚姻は存在する。しかし、それはシンとはまったく縁のない話だ。
 花梨が本当に自分に惚れているというなら、三枝家の事を聞いた今、シンにも婚姻の話が出ることは理解できる。だが、少なくとも好意が恋に変わるような出来事に、シンは心当たりがない。
 人工呼吸や心臓マッサージといった、シンを意識させる出来事ならあるのだが。

「学生には、まだ早い話だよ」

 シンの本来の身分は大学生。結婚はそう遠い話ではないが、同時にまだ現実味のない話でもあった。

 ◆

「……はぁ」

 シンと分かれた後、花梨は九曜と佳代を寝室に押し込め、自室に戻っていた。
 いつもより重い気がする体を布団に横たえて、天井を見つめる。

「婚約者……」

 自分で口にしたことだが、シンの戦闘力は非常に高い。ヒノモトの外ならば、冒険者として大成するだろう。
 実際、すでにシンの名は広まりつつあることを花梨は知っている。
 忠久からシンに対しての無理な引き込みは禁止されていたが、本人同士が好きあっているなら問題はない。

「面倒ごとが減ったと、喜ぶべきなのですが」

 花嫁修業そっちのけで剣を振ってきたのだ。冒険者としてヒノモトの外に出たことである程度料理や裁縫は身についたが、だからといって婿だの嫁だのといった考えは花梨にはなかった。

 ――――なかった、はずなのだ。

「……はぁ」

 部屋に戻ってから、ため息が止まらない。
 自分のコンディションを保つのも武人の務め。だというのに、シンと話してからはそれが疎かになっている。
 この状態は知っている。
 体を包む倦怠感の正体。それは、喪失感だ。
 大切なものを失ってしまったときに感じる、無力感にも似た感覚。
 だが、それはおかしい。自分には失ったものなどないはずだ。

「きれい、か」

 花梨の中で、先ほどのシンのセリフがリフレインする。
 シンの様子を見ていれば、それが自分に向けられたものではないことくらいわかったはずだ。だというのに、おかしなくらい狼狽してしまった。
 今も顔がほてってくるのが自覚できる。
 同時に、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。
 この感覚も、花梨は知っている。

「私は……シン殿に、惹かれていた?」

 最初に見かけたのは、帰りの船の中。実力者だとは分かったが、ただ乗り合わせただけの存在だった。
 話をするうちに、悪い人間ではないくらいには考えるようになった。
 ゲイル・サーペントとの戦いでは、その力に驚愕した。
 そして、海に飛び込んだ奏を追って自分も海に飛び込み。次に意識を取り戻した時に見たのは、シンの背中だった。

「大きかったな……」

 背負われた時のことを、花梨はぼんやりとだが覚えている。シンはどちらかと言うと細身だが、その背中は広く、体を預けることに何の不安もなかった。
 そして、陽菜を助けるために薬草探しを手伝ってくれ、フジでは巨大な八つ首の蛇型モンスターに物怖じせず、その剣でもって薬草を勝ち取ってくれた。
 白銀の具足に身を包んだ女武者と真っ向から斬り合うシンを見て、胸が熱くなった自覚はある。あれは、強者同士の戦いを間近で見たからだと思っていたのだが。

「斬り合っているところを見て惚れてしまうなんて、私もどうかしている」

 自分の感性に疑問が浮かびそうだった。いくら今までの人生を剣中心で過ごしていたからといって、さすがに物騒すぎる。
 他にきっかけになりそうなことといえば。

「ぁ……」

 そう考えて、思い当たることがあった。
 花梨がシンを意識するようになった決定的なこと。
 自らの指が唇をなぞる。

「接吻」

 シンは花梨を助けるためだと必死に話していたし、花梨もそれを疑う気はない。
 しかし、それとこれとは話は別だ。しかも奏の話では、胸を触ってもいたという。
 同年代よりも幾分か発育が良いのは自覚している。奏とともに冒険者をしていたときは、男たちの視線が胸に向かっていたのも知っている。
 あの時は不快感しかなかったが、相手がシンだと思うと花梨はなんの不快感も感じない。
 それどころか――――

「何を考えているんだ私はっ!?」

 つい大きな声を上げてしまった。
 心臓の鼓動がうるさい。思考がまとまらない。
 考えまいとすればするほど、花梨の脳裏にシンの姿が浮かぶ。
 初めて会ったときの、少し間の抜けた顔。
 ゲイル・サーペントの頭部を吹き飛ばしたときの、勇猛な顔。
 自分を気遣ってくれたときの、優しげな顔。
 集中して剣を振っているときの、真剣な顔。

「そでにされてから自覚するなど、どうかしている……」

 今夜は眠れそうになかった。

 ◆

 シンが花梨に婚約の話をされてから3日後。三枝家に1通の手紙が届いていた。
 受け取った千代によると九条家の者が持ってきたという。

「俺当てですか?」
「うむ、陽菜(はるな)様がシン殿に会いたいと言っているらしい。差出人は奏様だ」

 無礼は重々承知。だが、シンに姉に一目会ってくれるよう取り計らってはくれないか。
 そういった内容が書かれているらしい。本人が直接乗りこんできそうなものだが、ヒノモトの外に長く出ていたらしいので、侍女あたりに捕まったのかもしれないとシンは思った。

「陽菜様はしっかりしたお方だ。恩人に足を運ばせるようなことをよくは思わないだろう。ただ、礼の手紙を出すだけで終わり、というのもよしとしない方でな」

 すでに奏たちに手を貸したことに対する礼の手紙を、シンは受け取っている。古風な言い回しが分かりにくかったが、感謝の気持ちはしっかりと伝わってくる文面だった。

「忠久様からも感謝の言葉はもらってますし、あまり気にしなくてもいいと思いますが」
「あれで意外と頑固な性格でな。どうだろうシン殿。陽菜様に礼を言う機会を与えて差し上げてくれないだろうか」
「仲間がくるまで暇を持て余していますからね。その方の気が晴れるならかまいませんよ。なんというか、逆にこっちが恐縮しそうですけど」

 了承した旨の手紙を九曜がしたため、待機していた手紙を持ってきた者に渡す。
 会いに行くのは翌日と決まった。

「ええと、一応作法を確認しておきたいんですけど……」
「は、はい……」

 九条家を訪ねる道すがら、シンは花梨に話しかけていた。
 花梨からはぎこちない返答が返ってくる。婚姻話をした翌日は、シンの前で花梨が狼狽してしまいまともな指導もできなかったものだ。
 数日経っていることで、ある程度落ち着いてきているようだった。
 ちなみにユズハは留守番である。
 陽菜がいるという屋敷に着くと、門番に手紙の返事とともに送られてきた許可証を見せる。許可証は割符のようになっており、シンの持っていたものと門番のものを合わせるとぴったりとくっつき、さらに淡く光りだした。偽造防止として、魔術的な措置もされているようだ。
 すでに連絡がいっていたようで、案内の者がくるというので待っているとすぐに奏がとんできた。

「よく来てくれたのう。こっちじゃ」
「奏様。九条家のご息女が人前でそのような振る舞いをしてはなりません!」

 奏が来たすぐ後に、40代ほどの女性がやってきて奏をたしなめた。奏の教育係で(えい)というらしい。

「失礼いたしました。部屋までご案内させていただきます。陽菜様は起き上がれるようになってからまだ日が浅く、あまりご無理をさせないようお願い致します」
「わかりました」

 深々と頭を下げた女性に、シンはしっかりとうなずいた。病が治ったとはいえ、長く病床にあった相手に無理をさせたいと思うはずもない。
 少し歩くと、縁側のある部屋の前で女性は足を止めた。いつの間にかいなくなっていた奏は、すでに中にいるようだ。
 侍女は居住まいをただし、障子の向こう側へと声をかけた。

「陽菜様。シン様と花梨様がご到着なさいました」
「入っていただいて」

 中からの返事を受けて、侍女は障子を開く。シンと花梨は促されるまま室内に入った。

「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」

 部屋の中には奏とは別に、華やかな着物を着た女性が1人。腰まであるだろう艶やかな黒髪と、磨き抜かれた黒曜石のような瞳がシンの目を引いた。
 顔の作りも日本人としか思えず、シンは大和撫子と聞いてイメージする奥ゆかしい女性と言う印象を受けた。

「突っ立っていても始まらん、さっさと座るのじゃ。陽姉様を待たせてはいかんぞ」
「いつにも増して遠慮ないですね」

 目の前にいるのが九条陽菜で間違いないようだ。
 シンが用意されていた座布団に座ると、陽菜は居住まいを正し、深々と頭を下げた。

「このたびは我が妹と友人の命を救っていただき、誠に感謝しております。おかげさまをもちまして、この身の病を退けることができました。このご恩は、生涯忘れることはないでしょう」
「頭を上げてください。俺は、自分の心に正直に動いただけです。感謝していただけているのは十分理解していますから」

 当主の娘が冒険者なんかに頭を下げていいのだろうかと思いつつ、シンは若干居心地の悪さを感じていた。感謝されること自体は悪い気はしないが、ここまでかしこまられると逆に恐縮してしまうのだ。
 現代人の感覚を持っているシンからすると、陽菜の反応は大げさに過ぎるのである。

「私のほうからも、何か御礼ができればと思っているのですが」
「いえ、ほんとに大丈夫ですから。あー……っと、そう! 陽菜様の笑顔を見せていただければそれで十分です!」
「笑顔、ですか?」
「いつもどうなのかはわかりませんけど、今の陽菜様はなんというか、表情が硬いです。物とか栄誉とかそういうのはいらないので、もし叶うなら、もう少し華やかな表情が見てみたいですね」

 思いつきで言ったはいいが、キャラが違うだろとシンは内心、自分に対して呆れていた。
 後で自分の言動を振り返って、悶絶すること請け合いである。

「ふむ、わらわも陽姉様の笑った顔は好きじゃぞ」

 そう言って奏が陽菜に抱きつく。
 笑顔が見たいと言われた陽菜は一瞬キョトンとした顔になり、すぐに表情を綻ばせた。

「私の笑顔にそれだけの価値があるかわかりませんが、それを望まれるなら否はありません。ただ、病床に入ってから笑うことがあまりなくなっていたので、うまく笑えるかわかりません。ぎこちなくなければよいのですが」

 膝の上にダイブしてきた奏の頭を撫でながら、陽菜は言う。その言葉を聞きながら、シンは少しだけほっとしていた。
 奏と戯れる陽菜の顔には、陽だまりのような笑顔が浮かんでいたからだ。

「……手を貸した甲斐がありました」

 陽菜と奏の戯れにほっこりしたシンは、少しだけ居心地の悪さが解消された気がした。
 その後はどのような行程を旅したのか手短に話し、部屋を辞することにした。教育係である英にも、あまり長居はしないようにと釘も刺されていたからだ。
 花梨がほとんど話していないが、個人的な友人でもある陽菜とはすでにゆっくりと話をしているらしい。

「以前よりは体力も戻っているのですが、皆心配性で」
「長く伏せっていたと聞きました。仕方ないと思います」

 若干不満げな陽菜をなだめるように言って、シンは立ち上がった。陽菜が名残惜しそうな顔をするが仕方がない。
 なにせ、部屋の外から「そろそろ休ませて差し上げろ~」といった感じのぴりぴりした気配が、シンに向けて放たれていたのだ。おそらく英だろう。

「では、俺はこの辺でお暇します。病み上がりで無理をさせるわけにはいきませんから」

 愛されてるなと思いながら、シンは陽菜に帰ることを告げた。

「また、お会いできますか? またヒノモトの外のお話をお聞かせ下さい」
「はぐれた仲間が到着するまでは三枝の家で厄介になるので、その間でしたら大丈夫です。まあ、当主の家の姫に俺なんかが会うのは、家の人たちが反対しそうですけどね」
「あまり変な噂がたたない程度にした方がいいでしょう。会うときは誰かしら同席させた方がよろしいかと」

 九条家はヒノモトの東を治める大家。その長姉がぽっと出の冒険者と懇意にしているなどという噂が流れれば、シンよりも陽菜のほうがダメージは大きい。
 そういったことにならないよう、奏のように誰かに一緒にいてもらったり、あまり2人きりにならないようにしたほうがよいと、花梨が助言した。

「分かってはいますが、残念です」
「こればかりはシンや花梨の言う通りじゃ。病が治ったとなれば、また見合い話が殺到するに違いないしの」

 奏の言葉に、シンも「そうだろうな」と思った。
 家柄や容姿は文句なく、話してみて性格も穏やかでなかなかに理知的だということもわかっている。それだけ好条件がそろえば、妻に迎えたいと思う者が大勢いてもおかしくはないだろう。
 病が治ったばかりでまだそういった話は聞かされていないようだが、遅いか早いかの違いしかない。
 こればかりは、シンにはどうにもできない話である。

「では、機会があれば、また」
「御足労いただき、ありがとうございました」
「うむ、また来るのじゃ!」

 帰りは部屋の外で待機していた英が、再び玄関まで案内してくれた。

「本日は陽菜様の為にお時間をいただき、ありがとうございました」
「いえ、一介の冒険者には過ぎた栄誉です」

 屋敷を囲む生垣の少し小さめの門から外へと通じる大門への道は、本来案内人がつくらしいのだが、今回は花梨がいるのでなしだ。大恩があると言っても、さすがに本丸近辺を部外者1人で歩き回らせるようなことはしないのだろう。
 そこまで考えて、シンは九条家の領内に入ってからの数日、三枝の屋敷の外に出る時は必ず誰かが付き添っていたことに気づいた。

「まあ、そりゃそうか」

 当然だなとつぶやいて大門の方を見ると、屋敷を囲む門の門番とは別の人物を見つけた。

「お久しぶりですな。シン殿」
「どうも……貫九郎さんも陽菜様に用なんですか?」

 以前戦った時と同じ恰好をした貫九郎は、シンの言葉に首を横に振った。

「いえ、少々暇を持て余していたもので散歩をしていたところ、シン殿の気配を感じましてな。さしたる時間もありませんが、お話でもいかがでしょう?」
「俺はいいですけど、花梨さんはどうです?」
「私は、かまいません。冬士郎殿もいるようですが、そちらは?」
「私も特に予定はありませんので」

 花梨が視線を向けた先には、八重島冬士郎がいた。具足はつけておらず、灰色と深い緑の袴を着ている。

「ただ、時間が許すなら、俺はシン殿に試合を申し込みたい」
「試合?」

 花梨や奏と一緒にいた時から、シンは冬士郎からあまり友好的な感情を感じなかった。どちらかといえば敵意に近いものが向けられていたと思ったくらいだ。
 なので、正面から堂々と勝負を申し込んできたのが少しだけ意外だった。

「風の噂に聞いた。貴殿は花梨殿に剣の手ほどきを受けているそうだな?」
「そんな噂が流れているんですか?」

 冬士郎の発言にシンは眉を上げた。
 三枝家の長姉にしてヒノモト十傑第3位の花梨に指導を受けているということが知れ渡れば、間違いなく一騒動起こる。折角の花梨の好意を、シンは仇で返したくなかった。

「誰かに話した覚えはありませんが」
「私も初耳ですな。そういえば、最近妙に姿を消すことが多かったですね」

 花梨も誰かに話した覚えはないらしい。
 続く貫九郎の言葉に、どこかから覗いていたんじゃないだろうなと、シンが疑りの視線を向けたのは仕方がないことだろう。

「千代殿に聞いただけだ! 誰にも言わないよう口止めもされているし言う気もない! まったくなんとうらやまぉっほん!」

 会話をするほど、シンの中で冬士郎に対するイメージが大きく変化していく。

「ええと、冬士郎殿?」

 花梨は冬士郎の好意に気づいていないのか、首をかしげていた。

「とにかく! どの程度腕が上がったのか、俺が確かめてやろう!」
「(申し訳ありません。冬士郎は花梨殿に懸想しておりまして)」
「(あ、はい。なんとなくそんな気はしてました)」
「そ、それは今は関係ない!」

 ひそひそと会話をしていたシンと貫九郎に、冬士郎が声を上げた。

「?」

 声をひそめていたせいでシンと貫九郎の会話は聞こえなかったのか、花梨はまたしても首をかしげている。
 シンは思った。八重島冬士郎、案外悪い奴ではないのかもしれないと。

 ◆

 急ぐ用事もないので、シンは花梨とともに貫九郎の案内で藤堂家の道場へやって来た。
 貫九郎や冬士郎他数名だけが使う別館だ。三枝家にもあったが、門下生の稽古用と個人の鍛錬用で分かれているのはどこも同じらしい。

「周囲に邪魔されず、自己鍛錬に没頭したいという者もいるのです。今回のような手合わせにも、時折使われますな」
「……あまり人に見られたくはないだろう」
「ええまあ、その方が助かります」

 その会話を最後に、シンと冬士郎は互いに木刀を構えた。
 道すがら貫九郎から聞いた話では、冬士郎もヒノモト十傑に近しい実力の持ち主だという。確かに納得するだけの気迫を、シンは冬士郎から感じていた。
 話をしている間はどこか憎めない印象を受けていた冬士郎だが、今は裂帛という言葉が似合う。

「ゆく」

 一言告げて、冬士郎が先に仕掛けた。
 予備動作もなく、滑るようにシンに迫る。
 ゆったりとしているように見えて、冬士郎の繰り出す木刀は瞬く間にシンの間合いへ侵入してきた。

「しっ!」

 冬士郎の一撃に応じて、シンも木刀を振る。ぶつかり合った木刀がカンッと乾いた音を道場に響かせる。

「ふむ……」

 木刀を打ち合わせる2人を見て、貫九郎は思案するように顎に手を当てていた。シンの動きが、数日前に戦った時よりも鋭くなっているように感じられたのだ。

(こんなに違うものなのか……)

 貫九郎よりも明確に、自身の動きに驚いたのはシンだ。
 花梨の指導は、シンの動きから無駄を取り除くことに終始していた。実戦形式の訓練などはせず、素振りとスキルを体捌きだけで再現した動きなどを見るにとどめている。

「貴様、以前より腕を上げたか」
「ちょっと自分でも驚いてるよ」

 思いもよらぬ結果に、シンの口調が素に戻る。
 冬士郎の初めの一撃は探りだったようで、二撃、三撃と続けて繰り出される攻撃は速さも重さも段違いだった。貫九郎には劣るとはいえ、並みの選定者では反応するのも難しい斬撃だ。
 しかし、シンはそれらを危なげなくさばいていく。
 高ステータスによる反応速度の強化もあるが、それ以上に体がよく動いたのだ。
 ステータスの制限(リミット)を変更したわけでもないのに、繰り出す木刀の一撃と一撃をつなぐ間が短くなっている。木刀を振る速度が速くなっている。一撃の重さも変わっている。

「こんなにも、かわるものなのか」

 高いステータスがあったからこそ、効果を実感できたのかもしれない。
 しかしそれでも、動きに無駄があったとシンが確信せざるを得ない成果が、冬士郎との戦いで発揮されていた。
 木刀のぶつかる音が時間が経つにつれて大きくなり、音と音の間隔も短くなっていく。
 貫九郎のときほどではないが、それでも上級選定者でも難しいだろう斬撃の応酬が繰り広げられていた。

(右上から斬り下ろし、すぐに左下から斬り上げ、を途中で止めて突進!)

 シンは自身に迫る木刀をかわし、打ち払い、受け止める。
 木刀を軋ませて、2人は鍔迫り合いへと移行した。

「ふっ!」

 木刀を押し込もうと体重をかけていた冬士郎だったが、わずかな間をあけて前触れもなく後退する。
 冬士郎の立つ床が後ろにスライドしたように錯覚させる動き。下がった距離は、ちょうど木刀の先端がシンに届く距離だった。
 空中で弧を描いた木刀が、シンの左わき腹に向けて振り下ろされる。

「なんの!」

 シンは回避や防御はせず、木刀が届くより先に後退した冬士郎との距離を詰めた。冬士郎を吹き飛ばすつもりで、突き進む。

「くっ!」

 間にあわないと判断したのだろう。冬士郎が木刀を引き戻すのとシンが体当たりをするのはほぼ同時だった。
 加速して突き進むシンと、後退しながら木刀を振っていた冬士郎。打ち負けたのは、当然冬士郎だ。
 体勢を崩しながらも倒れ込むことは防いだ冬士郎だったが、そのせいでシンの追撃を防ぐことができなかった。
 首に向かって振り下ろされる木刀を、冬士郎は身をよじってかわそうと試みる。
 そんな悪あがきにもきっちり対応したシンの木刀が冬士郎の首に添えられる寸前、シンはピタリと動きを止めた。

「……どうしたのだ」

 体勢を整えた冬士郎が、不審げにシンに話しかける。
 シンは冬士郎ではなく、道場の入口を見ながら答えた。

「誰かきます。2人いますね」
「ふむ、そのようですな」

 貫九郎も感知したようで、シンの言葉にうなずいた。花梨も気づいていたようで、シンたちと同じ方向を向いている。
 しばらくすると、2人の男が道場に姿を現した。

「邪魔をしてしまいましたか?」
「兄上! なぜここに」

 2人の内、申し訳なさそうな顔をした男に向かって、冬士郎が叫ぶ。
 分析によると名前は八重島紫電(しでん)、20代後半くらいの若い男だ。白と黒の混じった髪と赤い瞳、背はシンと同じくらいなので180以上はあるだろう。おとなしい話し方や穏やかな表情とは裏腹に腕や脚は太く、シンは鋼を束ねたような印象を受けた。
 職業は侍。レベルは238と高い。

「冬士郎ならここにいるかと思いまして。忠久殿から城内を移動する許可はもらっています。貫九郎様もお変わりないようで。花梨殿も陽菜様の薬探しから戻られたのですね」
「紫電殿も相変わらずのご様子で何より」
「お久しぶりです」

 紫電の言葉に、貫九郎と花梨が返す。当然というべきか、3人は面識があるようだ。

金塚(かねづか)殿はいつものですかな?」
「ああ」

 貫九郎が紫電へのあいさつの後に話しかけたのは、金塚荒樹(あらき)
 30代後半から40代前半ほどの男だ。紫電の隣にいるせいか、シンには荒樹が小柄に見えた。
 職業は鍛冶師で、両腕の筋肉がかなり発達しているのが見て取れる。レベルは166。灰色の髪は短く刈り込まれ、黒い瞳は貫九郎の玄月に向けられていた。

「そちらの御仁は、シン殿でよろしいですか?」
「そうですけど、俺を知っているんですか?」

 シンに目を向けた紫電が尋ねてくる。その顔はかなり真剣な様子だ。

「陽菜殿のご病気に効く薬を集める手伝いをしてくださったと伺っています。ああ、自己紹介がまだでしたね。私は八重島家が長男、八重島紫電と申します」
「ええと、もうご存知とは思いますが、シンです」

 客人として扱われていることも知らされているようだ。背格好や顔立ちについて聞いていたらしい。

「それで、本日はどのような件で? 紫電殿が直接こちらに出向くとなると、ある程度予想はつきますが」
「西に不穏な動きあり、という話は耳にしている方も多いと思います。根も葉もない噂、と言いきりたいところですが、我が配下の一之瀬家が何やら動いているという報告が上がっています。それについて我が八重島他3家も調査をしていると忠久殿にお伝えに参りました」
「一之瀬家が!?」
「ふむ、あの家はかつてヒノモト統一をうたっていました。しかし、一之瀬だけで行動を起こすものですかな?」

 紫電の話を聞いて、冬士郎が声を上げる。貫九郎は少し考える素振りを見せ、疑問を呈した。

「調査中なので何とも。しかし――」
「あの、ちょっとすみません!」

 驚く冬士郎そっちのけで話し合いを進める貫九郎と紫電に、シンが待ったをかける。

「いかがしました?」
「いやいや、そんな重要な話をよそ者の俺がいる場所でしちゃまずいですって」

 シンの言葉に疑問符を浮かべていた貫九郎は、危機感のない顔で「ふむ」と1つうなずく。

「シン殿が一之瀬についてしまえば、抗いようがありませぬ」
「シン殿は信頼のおける人物だと忠久殿や陽菜様から聞いています。他言するような気はないのでしょう?」
「そりゃありませんけど……」

 過剰ともいえる信用に、シンの方が怪訝な顔をしてしまう。

「貫九郎殿が信頼できると言う方です。私としては、疑う理由がありませんね。それに、シン殿は貫九郎殿にすら勝てないと言わせるとか。そのような方に、我々を敵だと誤解してほしくはありません。貫九郎殿の強さは、よく知っていますから」

 貫九郎の発言は、東西どちらの家の人間も信用するらしい。今回は、紫電本人の経験からきているようだ。
 紫電も八重島を名乗っている以上、西の大家に連なる者で間違いない。危険な相手と不必要な敵対はしたくないのだろう。

「見たところ冬士郎と剣を交えていた様子。我が弟はどうですかな?」
「十分強いと思います。ですが、あまり簡単に信用しすぎるのはどうかと思いますが」
「あなたの剣戟の音は聞こえていました。あなたは、実に真っ直ぐな剣を振るうようだ。貫九郎殿の言葉にあの剣戟、1人の侍として信用しないわけにはまいりません」
「…………」

 シンには少しばかり判断に困る返答だった。拳で語る、剣で語るといった言葉以外での意思疎通が達人では可能だと聞いたことはある。ジラートと戦ったときは、シンもジラートの気持ちが理解できたものだ。
 しかし、当時は精神的に一種の極限状態だったことと、相手のことをよく知っていたからこそ可能だったこと。会ったこともない相手の、それも剣戟の音で相手の人となりを理解するなどシンには不可能だった。

「あんたは信用されてる。それでいいだろう」
「まあ、疑われるよりはいいですけど」

 言葉に詰まったシンに話しかけてきたのは荒樹だ。その表情は「細けぇことをうだうだ言ってんじゃねぇ」と言っている。

「そういえば、わしも名乗ってなかったな。金塚荒樹だ。鍛冶師をやってる。今日は貫九郎殿に玄月を拝見させていただきたく参上した」
「はい、ではこちらを」

 貫九郎は一つうなずくと腰から玄月を抜き、荒樹に手渡す。荒樹は道場の隅に座ると玄月を抜き、布で刀身に触れないようにしながらじっと玄月を見つめ始めた。
 使用者制限は解除されているらしい。

「あれは何を?」
「金塚殿には、玄月と同じ新たな神刀を打っていただくために、協力しているのです。玄月を継承させようとしている件はお聞きになっていますかな?」
「多少は。お世話になっている花梨さんも、候補だといっていましたし」
「それなのですが、現在神刀と呼べるものは玄月一振りのみ。継承者が誰になるかはわかりませぬが、それを東西どちらの勢力が管理するのかといろいろ揉めていまして。継承者の属する方なのは当然なのですが、戦力のバランスが崩れると危惧する者も少なくないのです」

 たかが刀一本と侮るなかれ。刀が使用者に与える能力アップの恩恵もさることながら、高ステータスをもとにして放たれる遠距離斬撃は、下手なスキルよりも強力だ。

「ならいっそのこと神刀が2本あればと考えたのですが、やはり古代(エンシェント)級の刀を打つのは、ヒノモト一と名高い鍛冶師である金塚殿でも難しいようで」

 玄月を見てヒントを探しながら、文献や口伝を集め試行錯誤しているらしい。

「材料とかわかっているんですか? 手に入れるのはかなり難しいですけど」
「刃九郎様が残してくださった材料がある程度は残っています。とはいえ、どう扱えばいいのかもわかっていないものが半分以上あります。私も鍛冶は門外漢ですので」

 多少知識はあるだろう貫九郎に小声で話しかけたシン。内心無理じゃないかと思っていたが、どうやら道のりは遠そうである。

「私としては、何か助言をいただけるとありがたいのですが」

 シンの正体を知っている貫九郎は、同じ鍛冶師としてアドバイスがほしいようだ。玄月を観察している荒樹の目が若干血走っていることから、シンは手詰まりになりかけているか、すでになっているのだろうと思った。

「いきなり俺が何か言ったところで、信用してもらえるんですか? いかにも職人気質って感じで、俺みたいな若造の言うことなんて聞いてくれそうにないですけど」
「シン殿が先祖返り、冒険者ギルドで言う選定者だということは、すでにある程度地位のある者には知れ渡っています。その知識からだといえば、少しは耳を傾けてくださるでしょう。些細な手がかりでもかまいません」

 鍛冶師としての腕や知識を披露しろ、というわけではないようだ。ちょっとした助言を聞いたくらいで古代(エンシェント)級が打てれば苦労はしない。ただ、少しでも玄月から情報を読み取ろうと必死になっている荒樹に、シンは同じ鍛冶師として共感を覚えていた。
 なのでほんの少し、手を貸すことにする。

「武器を打っているところが見られれば、何か言えるかもしれません。鍛冶の技ってその門派でいろいろやり方があるでしょうし、俺の知ってるやり方は本人の能力にも左右されます。使用できる技術があるかどうかの判断くらいは、たぶんつくと思います」
「では、そのように」

 貫九郎が荒樹に近づき、事情を説明する。荒樹はガバッとシンの方を向き、射殺さんばかりの鋭い視線を飛ばしてきた。険しい顔のまま数秒シンを睨みつけると、荒樹は小さくうなずく。

「……貴様は鍛冶にも造詣があるのか?」

 蚊帳の外だった冬士郎が尋ねてくる。

「何ができるかはわかりませんけどね。少しくらいは役に立つといいんですが」

 シンの技術はあくまでゲームの影響からくる感覚的なものだ。どの工程で何をどうするといった言葉にするのは難しい。なので、一度見てから考えることにした。
 シンが強力な武器が打てるのは高い魔力も関係しているので、必ずしも力になれるかはわからないが。

「勝負はここまでだな」
「いいんですか?」
「勢力バランスがどうのと言う輩の言うことなど知らん。だが、金塚殿は自らにくだされた命に身命を賭している。ここで貴様を引き留めるのは金塚殿の邪魔をすることと同じだ。そのような無様なまねができるか」
「……なるほど」

 意外にものわかりがいい。悔しげではあるが、感情はコントロールしているようだ。
 また一つ、シンの冬士郎に対する認識が変わった。

「兄上はこの後どうするのだ?」
「八重島家にとんぼ返りさ。忠久殿には父上の意思は確かに伝わったし、お前の成長も見れた。一先ず目的は達したといったところかな」

 紫電は用はすんだと、道場の外で待っていた九条家の兵士とともに城下町へと歩いていった。
 シンたち5人は、鍛冶場へと歩みを進める。
 金塚荒樹は金塚一門の筆頭鍛冶師で、今回はそこで行うということだ。最も質のいい炉と道具がそろっているらしい。
 案内されたのは炉が一つだけ備えられた鍛冶場だった。あまり広さもなく、神刀を打つために一から作られたらしい。弟子たちに近づかないように言って、荒樹はシンに入るよう促した。
 他の3人には、外で待つように言う。鍛冶場は鍛冶の技を伝える者だけの領域らしい。武器を打つときは鍛冶師やそれに連なる者以外は立ち入り禁止のようだ。

「神刀を打つつもりでやる。すべてが終わったら、気になったことを言え」

 それだけを告げて、荒樹は刀を打ち始める。
 その様子を黙って見ていたシンは、鎚を振り下ろす際に荒樹がほとんど魔力を使っていないということに気づいた。予想していたことだが、刀にこめられているのは素材の魔力や鎚を叩きつけた際に大気中からわずかに浸透する魔力だけのようだ。
 インゴットが形を変えていく速度は、シンからすればかなり遅い。スキルは使っているようだが、シンのようなインゴットが自らの意思で形を変えていくようなレベルではないようだ。その動きを見て、シンは荒樹の鍛冶スキルのレベルをⅦくらいだと推測した。シンと同じ技術が使えれば神話(ミソロジー)にも手が届くレベルだ。
 しかし、荒樹の最高傑作は伝説(レジェンド)級だとシンは聞いている。原因はその打ち方だ。ただ鉄を打つ技量を上げるだけでは、性能は頭打ちになってしまう。
 ただ、荒樹の打った伝説(レジェンド)級が上位なのか下位なのかシンにはわからないが、荒樹のように魔力をほとんど使わずにそのレベルの剣を打てるというのは、本来ゲームではありえないことだった。

(天才ってやつなのか、はたまた鍛冶一筋の経験と技術がなせる技なのか。もしくはその両方か)

 命を吹き込むという表現があるが、荒樹の様子はむしろ自分の命を刀に注ぎ込んでいるようだった。
 寿命を削ってるんじゃないかとシンが思うほど、振り下ろされる一打一打に込められる気迫は凄まじい。
 鬼気迫る、とはこのことを言うのだろう。
 やがてすべての工程が終わり、後は砥ぐだけという状態になる。そこからは、専門の砥ぎ師に任せるようだ。
 砥ぎの作業が終わると、美しい刀身を持つ一本の刀が完成した。
 見た目こそ一般的な刀だが、等級は特殊(ユニーク)級中位。シンからすればまだまだ完璧とはいえない素材でこれだけのものが打てるなら、伝説(レジェンド)級に手が届くのも納得だった。

「……失敗だ」

 険しい表情のまま、荒樹が言う。
 目指しているのは古代(エンシェント)級下位の『玄月』と同等の一振り。それを考えてしまうと、頂どころか山裾にすら辿りつけていないことになる。荒樹が険しい顔のままなのは、刀の質の問題だけではない。

「何かあるか?」
「考えつくものなら、いくつか。先に少し質問したいことがあるんですが、いいでしょうか?」
「秘伝の技術を教えろ、とでも言わなければなんでも聞け」
「では遠慮なく。なぜ、刀に魔力を込めないんですか?」
「なに?」

 シンの質問を聞いた荒樹が、目を細める。

「鍛冶師が魔力を込めることで、刀の強度や切れ味が上がります。俺の知る限り、それ以外のやり方で伝説(レジェンド)級以上の刀は打てないはずです」
「鋼を打つ技術を高めるだけでは、だめだと?」
「いえ、ただ魔力を込めればいいというものではありません。言葉にするのが難しいんですが、まずは鎚に魔力を込めて、それを打ちつけると同時に刀に流し込む。大雑把に言ってしまえば、そんな感じです。正直に言えば、今の状態で伝説(レジェンド)級が打てる金塚さんは規格外といっていい」

 もちろん、鍛冶師としての技量が一定以上なければ、いかに魔力の扱いがうまくてもいい武器は打てない。ただ魔力の扱いがうまいだけでいいなら、ピクシーやエルフの方が鍛冶に向いていることになってしまうからだ。

「……そりゃあおそらく、伝えられることなく消えちまった技法だろう。まだヒノモトが戦乱の中にあった時代には、今よりも優れた鍛冶師が多くいたと聞いている。当時は今よりも質のいい武器が多く出回っていたという話だ」

 戦火の中で失われた技術は少なくないらしい。
 そもそも、鍛冶の技術は門外不出。技術を伝える一派が戦火に消えれば、それはそのまま受け継がれ洗練されてきた技術の消滅となるのだ。

「まさか失われた御技の一端を聞かされるとは思わなかった。金塚の名にかけて、口外しないと誓おう」
「いえ、俺は技術を秘匿する気はないので出所だけ内緒にしてもらえればいいです。実在した技術ですから、いつか誰かが復活させてもおかしくないですし、実はどこかにまだ残っているかもしれませんから」

 貫九郎のようにプレイヤーに仕えていた者たちなら使えてもおかしくはないだろう。
 そして、荒樹の気迫と真剣さは、決して彼らに劣るものではないとシンは感じた。

「細かい部分まで言葉で説明するのは難しいので、後は見てもらったほうが早いです。道具を借りても?」
「……いいだろう。好きなものを使え」

 習うより慣れろ、見て覚えろ。技術には、得てして説明や理論だけでは理解しきれない部分がある。
 だからこそ、シンは実演して見せることにした。
 打つのは数打で、素材は鍛冶場にあった玉鋼。まだ完全とはいえないそれを炉で熱し、鎚で叩き、刀身を形作っていく。
 鎚に魔力がこめられているので、一打打つごとに火花とは違う光が玉鋼から飛んだ。

「…………」

 その様子を、荒樹は一瞬たりとも見逃すまいと凝視していた。まるでシンとともに鎚を打ち付けているかのような気迫が、荒樹から発せられていた。

「……できました。後は研ぐだけです」

 明らかにおかしいといえる速度で、刀身が完成した。シンなら研ぐまでもなく完全な状態にできるが、それは腕がいいとかいうレベルではないのでやめておく。
 先ほど荒樹の刀を砥いだ砥ぎ師によって、シンの打った刀が鋼の輝きを得る。等級は特殊(ユニーク)級中位。さきほどの荒樹の打ったものと同じ等級だった。

「狙って打ったというのか……?」
「いえ、そこは偶然です。でも今は都合がいいです。どのくらい違うのか見てもらいたいのですが、先ほど打った刀、だめにしてしまってもいいですか?」
「……いいだろう。どれほどのものか、見極めさせてもらう」

 シンは研ぎ上がったばかりの刀を刃を上にして固定する。
 荒樹に離れるように言ってから、固定された刀に向かって荒樹の打った刀を振り下ろした。

「ッ!?」

 その結果に荒樹は目を見張った。
 シンの手に握られている荒樹作の刀は、その半ばから斬り飛ばされていたからだ。固定してあった方の刀には刃こぼれ一つない。

「同じ等級で、ここまで違うのか……」
「この技術を使わずにここまでこれた金塚さんなら、おそらくこれ以上の刀を打てると思います。真に魔刀と呼ばれる武器は、刀身を魔力が覆っているんです」

 そう言って、シンは荒樹に固定してあった刀を渡す。その刀身は、シンの言うとおりうっすらと魔力によって覆われている。
 ゲーム設定上は特殊(ユニーク)級は本当の意味で魔剣、魔刀とは呼べない。だが、シンの手でつくられたからか、荒樹の手に握られた刀は十分魔刀と呼べるだけの性能をもっていた。

「真の魔刀か。たしかに、ワシがかつて打った最高の刀も玄月も、刀身の周りを魔力が覆っていたな。だが、玄月はただの魔力とは何かが違うように感じたが」
「おそらく素材が原因だと思います。今回は玉鋼を素材にしているので、純粋に武器としての性能が上がったんです。ですが、素材によってはそれ以外の効果を発揮することもあると聞いたことがあります。詳しいことまではわかりませんが」
「十分だ。おまえさん、いや、シン殿には多大な恩ができた。もしわしの力が必要になることがあれば言ってくれ」
「とりあえず、さっきも言った通り、情報の出所は秘密にしてもらいたいですね。それ以外は今のところとくにありません」

 幾人かの金塚一門の鍛冶師たちに姿を見られているので、シンが情報を提供したと推測することは可能だということはわかっている。
 荒樹が言いふらすとはシンには思えなかったが、一応言っておいた。

「金塚さんが認めた人になら、技術を伝えてもらっていいですよ。俺も自分だけの力で手に入れた技法ではないですし」
「いいのか?」
「隠していても盗み見ようとする人がいないとは限りませんし、かつては当然のように使われていた技法ですからね。作られた刀が人を守るために使われることを祈りますよ」

 刀はただの道具。それを使う者次第で、守り刀にも妖刀にもなるのだ。
 改めて刀を打つという荒樹に注意点をいくつか告げて、シンは金塚家を後にした。
 帰りは花梨と冬士郎が一緒だ。貫九郎は荒樹に呼びとめられて金塚家に残った。

「……何か教えたのか?」
「俺の知っていた技を伝えました。神刀作りも、少しは進むと思います」

 三枝家に戻る道すがら、冬士郎は金塚家でのことを話題に上げた。

「あの、そういった技術は秘匿されるものだと、聞いたことがあるのですが」
「俺はこれといった流派とか、一派に属しているわけではないので、技術を囲い込む気はないんですよ。もちろん、意味もなく人前にさらしたりはしませんけど」

 話すときにまだ少し赤くなる花梨に、シンはなるべく以前と変わらないように話す。

「しかし、金塚殿のあのような顔は初めて見た。よほどの技術だったのではないか?」
「……そうなんですか。俺にはよくわかりませんでしたよ。最初は少し助言するだけのつもりでしたけど、あんなに真剣に鎚を振るっているのを見たら、同じ鍛冶師として一言二言言って終わりなんてできませんでしたし」

 それらしい理屈を述べることもできたが、シンはそれをしなかった。
 真面目に修行をした鍛冶師からすれば、ゲームの影響を受けているシンの技術は卑怯といってもいいだろう。だからというわけではないが、一般人でありながらあの領域まで達した金塚荒樹という鍛冶師をシンは尊敬していた。

「貴様は、何者なんだ?」
「ただのおせっかいな冒険者ですよ」
「い、いい人だと思います」
「なっ…………ぐぬぬ」

 シンの返答に続いて花梨の言った一言に、冬士郎は小さく呻いた。あきらかに花梨の様子がおかしいことに気づいたのだろう。

「なら、俺からも一ついいですか?」
「む……なんだ」
「冬士郎さんは八重島の人ですよね? 八重島家はヒノモトの西を治める大家と聞いています。なのになぜ九条家に仕える貫九郎さんと行動をともにしているんですか?」

 それはヒノモトを治める勢力の話を聞いてからシンが感じていたことだった。
 授業で日本の歴史を学んできたシンは一瞬人質という言葉を思い浮かべたが、それにしては自由すぎる。

「俺は貫九郎殿に弟子入りしている。あの方は身分を問わず剣を教えてくださるからな。忠久様も認めてくださっている」

 ただ、もし八重島家がヒノモトを戦火にさらすようなことがあれば、冬士郎の命はないという。

「父上も兄上も、そのような愚かな真似はしないと信じている。もしものときはこの命を差し出すまで」

 目をそらすことなく、冬士郎は言い切った。
 もし何か企むなら、九条家の中で暴れさせるのは有効な手だ。
 いざとなれば命が惜しくなる、なんてこともある。
 だが、冬士郎がそんな事をするとは、シンには思えなかった。そして、それは貫九郎の下に集まっている者たちも同じなのだろう。
 理屈を超えた信頼のようなものが、ヒノモトにはある。冬士郎を見ていたシンは、そう感じていた。

 ◆

 シンが金塚家を去った後、炉の火を落とした鍛冶場で荒樹と貫九郎は神刀について話をしていた。

「シン殿は何か神刀作りの助けになることを言っていましたか?」
「ああ、貫九郎殿は察しがついているようだから言うが、失伝した技術を伝授してもらった」

 プレイヤーに仕えていた貫九郎は、詳しい内容は知らずともそういった技術があるということは知っている。
 できた武器を見れば何を知ったか悟ると考えて、荒樹は語った。

「これで、神刀作りはまた一歩前進するだろう。しかし……」
「どうかしましたか?」

 荒樹がいつにも増して険しい顔をしているのに気づいた貫九郎が、問うた。
 返ってきたのは、力のない声だった。

「ワシには、神刀は打てん。ワシだけではない。おそらく、ヒノモト中を探しても打てる者はおるまい」
「それは、どういった理由で?」
「おそらく、いや、間違いなくシン殿は我らの知らん技を習得している。それも1つや2つではなくだ。
シン殿なら玄月と同等の刀も打てよう。侍と聞いていたが、あれは武器を使う側の人間ではない、作る側の人間だ」

 刀作りに生涯を懸けてきた荒樹だからこそわかった。
 シンのゲーム時代の呼び名は『黒の鍛冶師』。他にも六天は『赤の錬金術師』や『白の料理人』、『金の商人』など、メンバーの二つ名は大半が生産よりだ。
 それは、シンも含め、彼らの本質が作り手だったからに他ならない。

「先祖返りでも、よほどの者でなければ無理だろう。本人は軽く打っているつもりだったのかもしれんが、ワシなど及びもつかんほど洗練されていた」

 鍛冶師の完成形だと、荒樹は語る。

「そうですか。では、継承の儀をこれ以上遅らせることはできそうにありませんな」
「ああ。少なくとも、よほど鍛冶に特化した先祖返りでも生まれぬ限り、100年かけても神刀は打てぬと結論が出てしまった。これ以上継承を遅らせても意味はないだろう」

 憑き物の落ちたような顔で、荒樹はそう締めくくった。
 そして、おもむろに鎚を手に取る。

「おや、結論は出たというのに、また刀を打つのですかな?」

 修練に励む若武者を見るような顔で、貫九郎が声をかける。

「頂を垣間見てしまったからな。辿りつけぬとわかっていても、挑みたくなるのが鍛冶師という人種よ。くく、まさかこの歳で挑戦者の気分を味わえるとは、思ってもおらんかったわ」

 荒樹は清々しささえ感じさせる顔で炉に火を入れた。

「いやはや、またシン殿に礼を言わねばなりませんな」

 それからしばらく、鍛冶場からは鉄を打つ音が響き続けていた。
 書籍第4巻が3月27日発売予定です。
 宣伝でした!
cont_access.php?citi_cont_id=983019185&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ