先日も記事にした第74期名人戦7番勝負/第2局。
前回の記事で名局になる予感…と書いたがその予想は見事に的中。中盤のあまりにも難解なねじり合い(自分の棋力では全く理解出来ない)から羽生善治名人が徐々にリードを広げ終盤戦へ…
そのまま羽生名人が押し切るかと思いきや、佐藤八段の執念の粘りに決め手を欠き、互いに1分将棋の果し合いに…佐藤八段の玉に詰みがある局面もあったが、羽生玉もかなり危険な状態で1分では読みきれなかったか、最後は羽生名人らしからぬ詰み逃しからの事件と言っても過言ではない大頓死。控室も騒然とした。
投了後の羽生名人の悔しそうな表情をみると、おそらく指した後に詰みに気づいたのでは無いだろうか?将棋の面白さが濃密に詰まった1局となった。
この名人戦史に残る名局を封じ手局面から振り返りながら感想を書きたいと思う。
1日目の流れはこちら
1日目は40手目後手羽生名人の△5五歩で佐藤八段の封じ手で終了。注目の封じ手は
▲4八銀とぼくも予想していた1手。佐藤八段らしい手だ。
47手目佐藤八段が角交換
後手の右金が4三に上がっているので7一の地点に角を打ち込める。
角交換から先手は2筋の突き捨てを入れてから桂馬を跳ね、53手目狙いの角打ち。
ここから互いにパタパタと指し手が進み67手目▲3六馬。
桂馬に当たっているので7三桂と跳ねるのは自然だが▲6三馬と桂馬を追われながら4一の地点に効かされるので指しづらい。△8五桂と跳ねるが▲5三銀と打たれるのが厳しそう。飛車を先手に渡すと▲2三歩打がより厳しさを増す。そこで羽生名人の出した答えは…
△5三金と飛車先を通す1手。玉から金が離れるので指しづらい感じもする。先手は自然に行くなら▲4六歩が見える。▲4三歩もどう応じても後手としては味が悪い感じがする。封じ手の段階では後手の羽生名人が指せそうだと思っていたが、こうなってみると先手を持ちたい。
ここから羽生名人は△7ニ角と馬を消しながら、飛車を7筋に転換し、佐藤八段が▲3五歩。
この歩の狙いは、△同歩に対して、▲3四歩と打つスペースを開けるため。後手は△同銀と応じると△6一角が飛車と銀に当たるので△4ニ銀と引くのが自然だが。羽生名人は△4七角と飛車に角を当てて、▲3九飛としてから△3五歩と手を戻し▲3四歩に△4四銀と強く出た。
ちょっとこれには驚いた。先手は4五歩と突いて、△同銀に▲3五飛車と銀に当てながら先手で飛車がさばける。玉形も先手がしっかりしていて、この局面では完全に先手を持ってみたいと個人的には思っていた。
しかし△5六銀が厳しいと言うことでプロ棋士の検討では▲5四銀が有力とされた。対局者の佐藤八段も検討と同じく5四銀を打つ。
△同金に▲6三角と打つ。
飛車を取らせる訳には行かないので△8二飛車と桂馬にヒモをつけながら逃げ、▲5四角成と好位置に先手は馬を作る。
次に4四馬と銀を取られても6四馬と王手飛車をかけられても後手は終了なのでここは△5三銀の1手。 それに対して佐藤八段は▲6三馬と入りここで羽生名人が驚きの1手を…
なんと△7一桂馬と自陣に桂馬を手放すというちょっと理解出来ない手!!!!もちろんぼくなんかがプロの手、ましてや羽生名人の手なんて理解するほうが無理なんだけどこれは驚いた。実際に解説の佐藤九段(永世棋聖)や検討室も驚いていた。
狙いとしては▲7二金、△9二飛、▲5三馬、△同銀、▲8三銀と飛車を強引に取る筋を消している(桂馬が8三の地点に利いている)が、後手の桂得が無くなったような形になり、馬を引かれて4五歩を防ぐために△5四銀とした時に実質駒の損得が無くなったような感じになり、玉形がしっかりした先手が指せそうに見えるというか、優勢位に思っていた。
しかし、この桂が働いてくるのが名人の将棋だった…
この局面から羽生名人はしばらく受け続ける事になる。しかし手付きからは自信が感じられる。局面を悪く無いと思っているのだろうか?
(対局後の感想戦では羽生名人は7一桂と打つようでは苦しいとコメント。形勢が悪いと見ていたようだ)
ここからはあまりにも難解なねじり合いが続く。正直、解説を聞かないと手の意味がわからなかった…
そして99手目
佐藤八段が33銀と後手玉にプレッシャーをかける。一目怖い形に見えるが飛車の横利きがあるので見た目以上にふところが広い。アマチュアならこうやって玉頭にプレッシャーかけられるの嫌だよね…ぼくなら後手持ってすぐに崩壊する自信がある。
ここからいつの間にか7一に打った後手の桂が5五まで跳ねてきて先手陣の急所に利いてくる。先手良しと思っていたが後手もやれそうな感じに…
104手目 後手羽生名人 △5六歩まで
ここから▲同金、△3五歩、▲5五金、△同銀、▲5四歩、△同銀、▲3ニ銀成、△同玉と進み、ここで佐藤八段らしい手が飛び出す。
ここで自陣に手を戻す。▲8八玉!王手飛車のラインが無くなったことで次に▲1六馬が厳しくなる。たった1つの玉寄りでだいぶ寄せにくい形になったのがわかると思う。
この1手に羽生名人は△2六金と馬を抑えに行く。
そして▲同馬、△同馬、▲5六歩、△同銀、▲4四金
銀取りに当てながら後手玉にプレッシャーをかける。思った以上に先手玉が遠いように見える。先手が良さそうに見えるが少し攻めが細いか?…
以下、△4三金、▲3三歩成、△同桂、▲3四金、△同金、▲同金、△4五銀引、▲4四桂、△4ニ玉、▲5ニ金
後手玉は相当に怖い形だが、やはり先手の攻めが細い印象。
以下、△同飛、▲同桂成、△同玉、▲4三金、△6三玉、▲5五歩、△同銀、▲5一飛
ここで後手は8五桂と勝負を決めに行くか、6二金や5三金と受けに回るか、羽生名人の決断は…
さすが名人。この怖い状況で勝負を決めに強く踏み込む。対して佐藤八段は▲4三金とジワリと後手玉に迫り、羽生名人は△6二金と一度受けに回る。先手の攻めに対して後手玉がしのげるか?という戦いになる。
以下、▲6七桂、△4六銀右、▲8一飛車成、△5六角
ここで先手は一度▲5八飛と回り、△58歩、▲2八飛と一度5筋に歩を打たせ将来5一龍とした時に歩で合駒されるのを防いだのが狙い。そして△5九馬と飛び込んだのが以下の局面
ここで▲2四飛は飛車の横利きがなくなるので危険(検討で2四飛には△7七桂成から詰みが確認された)
そこで佐藤八段が指した手は…
秒読みギリギリの9八玉!!!これは△7七桂成が相当危険に見えるが…
ここで羽生名人も9時間の持ち時間を使い切り1分将棋へ。ここからドラマが始まる。
△7七桂成、▲同桂
△5八歩成
▲2四飛
これは▲5五桂打からの詰めろになっているので羽生名人は先手玉を詰ますか、受けなければいけない。
△3四銀
羽生名人、一旦詰めろを解除しながら先手玉の詰みを探す時間を作る。ここで検討で先手玉に詰みがあるという結論が出た。読み切れれば羽生名人の勝ちだが…
155手目 佐藤八段 ▲4四金
先手玉は8九銀から詰んでいる。完全に読み切れていなくても最初の8九銀は絶対に読んでいる(アマチュアでも考えるレベル)8九銀を指せば、僅かだが読む時間が出来る。
間違いなく羽生名人は8九銀を指す。そう思っていたら信じられない事が起こった。
秒読みギリギリで信じられない程に慌てた手付きで羽生名人が指した手は…
156手目 羽生名人
5四歩。これはどう見ても受けになっていない。ニコニコ生放送でも騒然としている。以下は▲7五桂からの詰み。
159手目佐藤八段の▲7五桂
この手を見た羽生名人は30秒まで読まれて投了。羽生名人の勝利だと誰もが思っていたところでの大逆転劇。佐藤八段の執念が実った形となった。特に8八玉と9八玉の2手に絶対にこの勝負は落とせないと言う強い気持ちを感じた。
対する羽生名人は投了後に顔に手を当ててうつむいている。その様子はかなり悔しそうで怒っているようにすら見えた。おそらく89銀からの詰み筋が後になって見えたのでは?(感想戦で詰みを指摘されて驚いていたらしいので見えていなかったようだ。)
これで名人戦7番勝負は1勝、1敗のタイ。羽生名人としては痛い敗戦だったが、内容的には押していたと思うので3局目以降しっかりと切り替えてくるだろう。
先手玉の詰みは、詰将棋のようにこの局面は詰みますよとわかっていればアマチュアの段位者でもある程度時間があれば見える詰みなのだが、実戦ではこの局面でそもそも詰むのかどうか?から読まないといけないのでプロ、それも羽生名人ですら詰みを逃すことはある。ましてや1分将棋だ。
しかし、絶対に39銀からの筋は読んだはずなのだが、どこかで読み間違えて嫌な筋が見えたのだろうか?
羽生名人が2度詰みを逃したことが話題になりそうだが、この結果は佐藤八段の粘りが素晴らしかったからとも言える。賛否ありそうだが、ぼくにとっては間違いなく将棋の面白さが詰まった名局の1つだ。
最後に先手玉の詰みを解説する。
先手玉に詰みが生じたのは153手目の2四飛の瞬間。(155手目の4四金でも同様)やはり飛車の横利きが無くなったのが危険だった。
この局面で89銀
当然、同玉の1手
67角成
同金
ここからは問題にしてみよう。正解者には特に何もないですが…
15手の詰将棋ですが直線的なので詰むとわかっていれば、意外と簡単ですので是非挑戦してみてください。
それにしても凄い将棋だった…
将棋の勉強法も書いています