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第二章 第一話
テロ事件の翌朝。
雪奈はふかふかのベットの上で目が覚めた。
雪奈がいるのは全方向の壁が白一色で統一されていてそれぞれの四つ角にベットと仕切りのカーテンしかない部屋の中だ。イメージとしては病室ようなところでいいだろう。だが、雰囲気は全くもって違う。なぜなら、地下の中にあり窓がない部屋だからだ。
いつ見ても気味が悪いな。
雪奈はベットから体を起こすと代わり映えしない部屋を見渡した。
5年前。咲夜がいなくなってからとある男に拾われた雪奈はしばらく彼の職場であるこの場所に住んでいた。だが、高校への転入とともに元奴隷小屋を改築し最低限の生活を営める環境にしてからはそちらに住処を変えていた。けれど改築と言っても電気やガス、水道を通した以外何も変えていない。
気だるげにベットから立ち上がると久々の感覚に身を任せながら部屋を出た。目をこすりながら複数の道に分かれている複雑な廊下を進んでいく雪奈。頭ははっきりとしないようだが行先ははっきりとしているようだ。
少し進むとこれまた真っ白いドアに突き当たる。自動で開いたそのドアの向こうでは白衣を着た研究者達が慌ただしく何かしている。
部屋の中は数えようとは思えない数のモニターとコンピューター、実験台のようなものが数台とその一つ一つに椅子が置いてありかなり広い。
その中で研究している一人、雪奈の親を名乗る男が開いたドアに気が付いた。
「おう、起きたか」
「……」
言葉を返さず辺りを見回す雪奈は男に気が付いていないわけではない。その証拠に男の後ろの机に置かれているコンビニで買ってきたであろうおにぎりを異能を使って手元に持ってきたのだから。
「ったく父親には返事ぐらい返したらどうだ? 不愛想にもほどがあるぞ」
「次から気を付けます、お父さん」
言うまでもないがおにぎりをほうばりながら返す雪奈はほんの少しもそう思っていない。ただ、会話を打ち切って静かにおにぎりが食べたいだけだ。
「あのなぁ」
男はため息をつくだけでそれ以上は何も言わない。どうやらおにぎりは雪奈のためのものの様だ。
「おい、拓。研究ほっぽり出して出かけたと思ったら小学生を拾ってくるような変態が父親を語るな」
自然に二人の会話に入って来た男が一人。彼が呼んだ拓とは雪奈の親を名乗る男の名前だ。
拓は5年前、羽飛家の焼け焦げた道場で雪奈を見つけた。そして当時小学6年生の雪奈をこの職場まで連れて帰って来たのだ。
「その言い方はやめてくれ崎。これでも親切心のつもりだ」
「どうだか」
その言葉を返したのは崎と呼ばれた男ではない。雪奈だ。
「おい、お前が言うと余計それっぽいじゃねーか」
「……」
雪奈は無言で視線をそらし部屋の壁についている無数のモニターの一つに視線を向けた。他のモニターは何やらよくわからない文字や数式などで埋まっているが一つだけ人が映っている。どうやらニュース番組の様だ。
つい最近までここにいることが多かった雪奈のために一つだけテレビ用に切り替えられていたのだ。
視線をそらした雪奈を見て拓が笑いながら口を開く。
「おまえ、指名手配なんだってな。ずいぶん派手にやったもんだ」
「私は何もしていない」
「だろうな。三定の奴らの情報操作だろう。また面倒なもん背負いやがって」
険しい顔をする崎。
「そんなことはどうでもいい。それより、崎。見つかった?」
「いつも言ってるが俺は年上だ。敬語使え」
雪奈は大抵の年上には敬語を使うようにしてる。だが、拓と崎にはそうすることはない。気を許しているのだろう。
「めんどくさ……」
あから様に嫌がる雪奈。もしかしたらただ単に敬意を表す対象から外れているだけかもしれない。
「こ、こいつ……」
「それより見つかった?」
「……ああ。見つかったよ」
何かをあきらめたように口を開いた崎は近くにあった片手サイズの薄い端末を手に取った。それの電源をつけるとタッチパネルを操作しだす。
「これだ」
崎がそういうと端末は雪奈の手に一瞬で移動する。その端末に視線を落とす雪奈。そこには大きな会社のような建物に入っていく黒髪の少年が後ろ姿で映っていた。
「恐らくそいつで間違いない」
「どこにいる?」
雪奈の目つきと雰囲気が変わった。殺気が漂い始めると室内の研究者達が驚き雪奈を見た。
「まあ、待て。出発は今日の午後11時以降だ。それまでは何もするな」
拓の言葉に舌を打つと崎の手元に端末を返した。
「これはお前のためだけじゃない。その意味、分かるよな?」
「……」
崎に言葉を返さない雪奈は近くにあった椅子に腰を下ろした。どうやら話を聞く気になったようだ。
「男の名前はわかっていないが5年前には既に理想投射の使い手だったらしい」
崎がそういうとモニターの一つに先ほどの写真が写った。
「そして男がが入っていくこの会社は我らが宿敵のナノキューブだ」
拓と崎が所属している研究室は世間である程度名が知られているマナ研究会社、ギスペック。彼らがマナを発見したのだが、数年前、そんな彼らの研究を打ち破り新たな研究成果を生み出した会社それがナノキューブだ。それ以来ギスペックでは彼らを目の敵にしている。
そんなことから雪奈が手伝っていた仕事はナノキューブへの侵入などが主だった。
だが、雪奈は無利益に彼らを助けているわけではない。五年前、羽飛家を襲撃し咲夜を斬った人物の捜索をしてもらうことを条件に協力しているのだ。
そしてその候補として挙がったのが先ほどの少年というわけだ。
「男は奴らに金で雇われている傭兵らしい。俺たちはそれがどうにもきな臭い」
「崎、また嫉妬か」
雪奈の顔が呆れの色に変わった。
「嫉妬なんかじゃない! 奴らは絶対何か隠しているんだ。だいたい、成人の体内にはマナは存在しないんだ。なのにあいつらの研究でマナをもたないはずの成人が異能を使えるようになった。そんなこと絶対にありえない!」
「はぁ」
崎の本音からすると少年はただ崎たちにでっち上げられた適当な替え玉に見えてならない。潜入してほしいのなら今まで通り潜入しろとだけ言えばいいのに。そう思う雪奈はため息を零した。
「おい。話聞いてたか?」
「この話の根拠は?」
「お前、疑ってるな?」
「当然だ。無駄に人を斬りたくはない」
「そ、そうだよな……」
雪奈は人柄的に冗談を言うような人ではない。そんな雪奈が言った言葉は雪奈の本当の思いだ。だが、崎は一瞬だけ戸惑った。数日前の雪奈からは想像もできない言葉だったのだから。
「良かった。お前は大丈夫だな」
「どういう意味だ?」
「いや、なんでもない」
拓が雪奈を見る目つきは妙に優しい。だが、雪奈にはそれが気持ち悪かった。
「話を戻すが、安心しろ。根拠ならある。空間操作能力をもつお前の姉を殺せるのは同じく空間操作の異能保持者かそうでなければ未来予知か理想投射ぐらいなもんだ。そのうち5年前からその異能を使える輩となればさらに限られてくる」
今現在でも三強異能保持者の数は多くはない。空間操作は雪奈一人だが、他二つもそんなに大差はない。数は定かではないがそれぞれ十人くらいだ。その中からさらに五年前から異能が使えるともなると計五人にも達しないだろう。
「その中の一人がこの男だ。しかし! それだけではない。この男は他とは確実に異なる点、すなわち最大の理由がある。それは、ナノキューブに所属しているということだ!」
「……」
雪奈が崎に送る目線はとても冷たい。
要するにあてずっぽうということか。
「なんだその目は?」
「何でもない」
出会ってから確かめればいい話だ。
「それで、他の目的は?」
「よくぞ聞いてくれた! いつも通り潜入調査だ。だが、今回は一味違う。今回潜入してもらうのは多少危険だがこの近くにあるナノキューブ本社だ」
崎は片手でタブレットを操作し無数にあるスクリーンの内の一枚にその建物を映した。
「先ほどの男が入っていったのもここで間違いはない。本社で何が起こっているのか確かめて来てくれ。そして必要ならそれの阻止を依頼する」
「……何もなかったら?」
やけにテンションが高い崎とは対照的に雪奈はとてもつまらなそうだ。視線も崎が写した写真ではなくニュースの方を見ている。
「何もないわけがない! 我々ギスペックが総力を決して研究した結果。二十歳以上の人間にマナは存在しないという結論が出た。事実異能を使っている二十歳を超えた者の身体調査も行った。しかし、マナのかけらも残ってはいなかったのだから」
「悪いがまたうちのリーダーに付き合ってやってくれ」
崎はこう見えてもギスペック研究所のリーダーをしているらしい。
「うん」
微かな返事を返した雪奈は立ち上がると部屋を出ようとする。
「勝手に出歩くなよ?」
「わかってる」
「午後10時半ここに戻ってくるように」
「うん」
部屋を出ていく様子を最後まで見つめる拓と崎はともに雪奈が心配なのだろう。
部屋を出た雪奈は廊下を進み十字路で立ち止まった。
「これからどうするか」
無駄に部屋が多く、広い施設だがその場には雪奈の声しか響くことはなかった。
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