説明するまでもないネット界隈のいろいろ。私がブログを始めたころは自殺の話をネットですらあまり公にはできないように感じていて、私もネットにしか思いを吐き出す場所はないと思っていたのでブログでお父さんの話をできたのは救われた思いでした。
でもここ1年くらいでその雰囲気も変わったようで、わりと大っぴらにネットで自殺の話をできるようになってきたのかな。私の観測範囲の中ではですけど。だんだん色々な人が自殺について話ができるようになって、いろんな考えがあることを私も知った。だから別に私がどうこうする必要もないような気がする。いろんな人がいるからわからないけど、自殺の話がアクセス稼ぎの道具になってしまいかけてるなら私はもう自殺の話をネットでするのはやめます。
もう充分でしょう。当事者だから伝えられる思いがあると思っていたけど、その話が発展した先が「結局当事者以外は話づらいよ」と感じさせてしまうような、アンタッチャブルな雰囲気が広まっていくくらいなら、それは私のネット世界での望みではないので。もう余計な被害者をあえて増やすことがないように。もはやネットはカタルシスを得るよりも傷つくことが多くなってしまっているような気がするので、私はブログで自殺の話をしないほうがいいんじゃないかと思いました。
うまく言えないけど、ほかの自死遺族の人達がネットに救いを求めた先で傷つかないように、なんて言いながら
私が疲れただけなのかもしれないけど。私が疲れたんだ。ここが引き際なのかもしれない。ふわふわパンケーキとかまかまかマカロンとかてかてか天下一品とかそういうブログ記事は書くだろうけどね。もう充分ネットの世界で自殺の悲しみや苦しみや、自殺を知るきっかけはネットにたくさん添えられたと思うので。一応今もコメントを残してくれる人はいるので過去記事は残します。ブログは続けていきたいと思います。
とりあえず私はもうネットで自殺の話も自死遺族の話しもするのはやめます。これからはどうするかは、まぁ適当に考えます。