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意思
それから数日が経って、忠臣は自宅でずっとスマホを睨みつけていた。
忠臣ももう夏季休業に入っている。
家でやる事もなく、普段なら本を読んだり映画を観たりしているのだが、今は第一に目指すべき事がある。
桜からの連絡を今か今かと待ちわびて、それでもスマホが通知してくるのは、友人からの遊びの誘いだったり的外れなものばかりだ。
外のアスファルトを熱する太陽光の様な、じりじりとした気持ちを抱きながら、大きなベッドに転がってスマホを眺め、昼食にコーヒーを飲んでまた部屋に戻り、そうしていると時間は夕方を過ぎていた。
まだ桜は男と会っていないのかもしれない。
あれだけ暴力を振るわれたのだから、恐怖があって当たり前だ。
女性なのだからあんなに顔を腫らせて外に出るのも恥ずかしいだろうに、彼女は音楽に対する情熱だけで動いている。
彼女のそんな熱意と夢を絶対に摘み取らせたくないと思うし、自分には何も出来ないかもしれないが、その手伝いがしたい。
男がもし彼女の手や指に手をかけたら、と思うだけでゾッとする。
忠臣自身も教育の一環としてピアノを習わされた事はあるが、あれは指だけを使うのではない。
指から腕、肘、肩、それを支える背筋。
ペダルを踏む足、付随する脚の筋肉。
全身を使う楽器だ。
鍵盤の高低差が大きな曲を弾く時は全身で表現しなければならず、テンポの速い曲を弾き上げた後には、汗を掻いている時だってある。
それをあんな怪我を受けていて、体に痛みを感じずに弾ける訳がない。
どうしてこんな事態になる前に、自分が防げられなかったのだろうと、押し寄せる後悔で胸が潰れそうだ。
あの日、桜と気持ちを確かめ合った事は後悔していない。
だがその後に、自分から積極的に桜と付き合いたいという明確な意思を発して、交際相手に自分から話をつけにいくとか、そういう事をしなかった事については物凄く後悔している。
ああ、もしかしたら今こうやって自分がぐずぐず迷っている間にも、桜は暴力を受けているのかもしれない。
そう思うと我慢出来ず、少し様子を見に行くだけ、という言い訳を自分にして忠臣は財布を尻ポケットに突っ込み、そのまま外へ出た。
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