PLANETSが抱えている読者はすごく若い
加藤 前回は宇野さんが評論家として活躍する傍ら、なぜPLANETSという会社組織を立ち上げてまで、自分のメディアをつくったのかという理由を伺いました。
いまPLANETSのようなコンテンツを楽しみたい読者って、どれくらいの規模感でいるイメージなんですか?
宇野 思想・批評というジャンルの読者は、1万人くらいの固定読者に加えて、風が吹いたときに3万人ぐらいまで伸びるんだと思うんですよね。さらに、それがライフスタイルの問題やビジネスの問題が絡んだときには、その何倍かになっていくんじゃないかというイメージです。
加藤 宇野さんが編集された落合陽一さんの書籍『魔法の世紀』は、かなり売れているようですが、あれはまさにそうですよね。あれは未来予測の本といえばいいんですかね。
宇野 本人はおそらくアートの本と主張すると思います(笑)。
加藤 たしかに、あの本は、アートとテクノロジーとライフスタイルが交差している内容で、本当におもしろかったです。おっしゃるとおり、思想・批評から別ジャンルに広がれば10万部ぐらい行く可能性がありますよね。なぜこんな話をしているかというと、宇野さんが今後、メディアの分野でどのようなビジネスをしていこうと思ってらっしゃるのかに関心があるからです。どのあたりの市場を狙って、どんなことをしようとしているのでしょう?
宇野 僕が今一番読んでほしいと思っている層は、若い会社員と大学生です。でも、これはマーケットとしてはそんなに美味しくないんです。そもそも人数が少ないし、若い子たちは、リテラシーが高ければ高いほど、情報にお金を払うことは馬鹿馬鹿しいと考えている。だから、よほど質の高いものか、イベント性の高いもの、要するにコミュニケーションにしかお金を払いません。
僕らが今やっているのは前者で、ウチでしか出せない希少性と情報のクオリティで勝負しようとしています。
加藤 なるほど。
宇野 ただ、僕自身は文化のジャンルの人間だと思っているので、批評ジャンルの自意識みたいなお話はあまり興味がないんですよ。これからそういう話になると思うんですが、ジャンルそれ自体の自意識が議論されるようになるっていうのは、そのジャンルが生きたものとしては終わっていくタイミングになったってことだと思うんですよね。だから悪い、ということでもなくて、歴史化とそのノウハウを抽出した他ジャンルへの応用が課題になるフェイズに入ったってことだと思うんです。
たとえば今の出版文化もそうだし、たとえば映像文化もそうだと思うんですけど、いわゆる戦後のある時期からのカルチャー、具体的には70年代以降の消費文化のルールの中で生きてきた人たちは、彼らは思春期の頃や青年期のときに好きになったものをノスタルジックに追い求めながらこの後もずっと生きていくと思うんですよ。
加藤 いやー、たしかにそうです。
宇野 本当にそう思うんです。たとえば、僕みたいな今30代のガンダムオタクたちは、半世紀後に介護にやってきた若い人たちに「お前は一年戦争を知っているか」と説教しながら死んでいくと思うんですよね(笑)。
『映画秘宝』の読者はそのまま歳をとって、70歳になっても70年代や80年代のボンクラ映画が好きだと言いながら死んでいくだろうし、昔の渋谷系の音楽が好きだった人たちは老人ホームで渋谷系を聴きながら死んでいくと思うんですよ。
加藤 かなり残念な感じがします(笑)。
宇野 はい。ただ僕はこういう現象が良いか悪いかという話をしているんじゃなくて、文化ってそういうものだと思うんです。第二次世界大戦後のベビーブーマーから、彼らの子どもであるベビーブーマージュニアまでの何十年かの世代は、映画、テレビ、ポピュラーミュージック、そしてマンガという広義の映像系のポップカルチャーを、マスメディアを通じて共通の世代体験にして人格形成してきた特殊な世代だと思うんですよね。
加藤 マスメディアも強くて、コンテンツも強かった時代だからだと。
宇野 団塊より上の世代の場合は放送メディアが貧弱なので映像カルチャーの思春期の映像文化の支配力が後続の世代ほどには高くないですし、若い世代は情報の供給量が飽和してしまってマスメディアの支配力がそこまで高くありません。
たとえば去年の映画のラインナップを見ると『スター・ウォーズ』と『007』と『クリード』(ロッキーシリーズ最新作)が並んでいますよね。映画のメジャーシーンは20世紀後半の有名タイトルをいかにコストパフォーマンスよくリバイバルするか、というゲームに変化しつつあって、世界中の「映像の世代」の人々がそれを喜んで消費している。それは全然構わないのだけど、物書きとして、編集者としてそこには僕の出番はないんじゃないかと思ってもいるんです。実際、僕が抱えている読者ってすごく若いんですよ。だいたい僕と同世代か、僕より下なんですよね。
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