ブラジル 五輪前の政争が心配だ
ブラジル下院がルセフ大統領に対する弾劾決議を採択した。上院も弾劾賛成派が多いと見られており、ルセフ氏は職務停止に追い込まれる公算が大きい。8月のリオ五輪は国家元首不在での開催となりそうだ。
弾劾決議の理由は、政府予算の赤字を隠すために不正な会計処理をしたことだ。政権側は「これまでも行われてきた慣行だ」と反論したが、支持率低迷を受けて連立与党内から離反が相次いだ。
背景にはルラ前政権から2代続いている分配重視の経済政策がある。
ルラ政権下では世界的な金融緩和に伴うカネ余りで大量の資金が流入した。中国向けの資源輸出も好調だった。左派のルラ前大統領は豊かな財政を使って手厚い貧困対策を取り任期末まで高い支持率を誇った。
しかし、ルラ政権の後継であるルセフ政権になって環境は一変した。好況を支えた資金は米国が利上げに転じたことで逃げ始めた。中国経済の減速もあって資源価格は低迷し、ブラジル経済はマイナス成長に転落した。
ルラ政権下で約3000万人が貧困層から脱したのに、この2年間で約800万人が中間層から貧困層に逆戻りしたとされるほどだ。
時を同じくして、前大統領を含む与党幹部らの関与が疑われる巨額の汚職事件が明るみに出た。
ルセフ氏は捜査対象になっていないが、不況と汚職に対する国民の怒りは現職大統領に向かっている。
気がかりなのは五輪への影響だ。
幸いなことに、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は昨年末に「ここまできたら政治の影響は受けにくい」という見通しを語っている。
2年前のサッカー・ワールドカップ(W杯)のような施設建設の遅れはなく、会場は一部を除いて完成している。W杯で見られた大規模な反対デモも今回はないという。
一方で、ルセフ氏はギリシャでの採火式出席を取りやめた。職務停止となれば、開会式で各国首脳を出迎えるのはテメル副大統領となる。
その場合には、急速な経済成長で注目されたBRICSという新興5カ国の一角を占め、南米初の五輪を開く地域大国の国際イメージが損なわれることは避けられないだろう。
世論調査では6割以上の国民がルセフ氏の罷免に賛成しているという。だが、ブラジルを取り巻く経済環境を考えれば、政権が代わっても景気を改善するのは簡単ではない。ジカ熱の流行など国民生活に密着した課題への対処も急務だ。
国際社会の耳目が集まる五輪に向けて、ブラジル政界が落ち着きを取り戻すよう求めたい。