質が低い「アベノミクス」批判
安倍首相赤っ恥 クルーグマン教授が極秘会合の中身を暴露 | 日刊ゲンダイDIGITAL(2016年3月31日)
しかし安倍首相らは、教授の提言を聞きたいというよりも、消費増税の判断材料にするなど、政権にとって都合のいい話をつまみ食いしようとしている。クルーグマン教授は、話をつまみ食いされたくないので、自ら議事録を全文公開したのかもしれませんね私も安倍政権には大反対だし、その経済政策も大部分反対だけれど、この記事は質が低い。
くだんの「議事録」は以下。
Paul KrugmanさんはTwitterを使っています: "What I said in Tokyo: https://t.co/5WgageyKOH Aftermath (no, I don't enjoy this sort of thing): https://t.co/MfV1HHxCTS"
クルーグマンが公開した「議事録」(Paul Krugman: Meeting with Japanese officials, 22/3/16)
誰かの和訳:ポール・クルーグマン 『私が東京で言ったこと』:niconicoffee - ブロマガ
この和訳にざっと目を通しただけだが、ゲンダイの記事も議事録の「つまみ食い」(トリミング)だと思う。
ゲンダイは
後半は政府側との討議になったが、「わざわざ米国から呼んでおいて、日本政府の質問はこの程度?」と思わざるを得ない次元の低い質問がやたら目立つ。として質疑応答の内容を批判するのだが、上の「議事録」(和訳)を読む限り、安倍、菅、麻生の各氏の質問は悪いとは思えない。むしろ国際協調と拡張政策を重視する日本政府の認識が現れていて好印象だとすら言える。
ゲンダイはこう書いている。
例えば安倍首相は「難民のための住宅投資や教育投資は景気刺激になるのではないか」と質問。だがこの批判は難癖としか言い様がないものだ。これに対し教授は「難民受け入れは、とてつもない社会的緊張をもたらすが、実のところ金額的には大したことはない」とやんわり否定。人道問題である難民を、経済的価値でしか見ていない安倍首相の底の浅さが透けて見える。
この応答はおおよそ以下の文脈でなされた。
クルーグマン:
1.深刻なEUの経済状況を改善するためにはドイツの積極的経済政策が必要だ。
2.だがドイツ(メルケル)は難民問題等でそれどころではなく、彼らには期待できない。
3.先進国経済の状況改善は日本とカナダに期待するしかない。
安倍:
1.ドイツの重要性は理解しており、積極的経済政策を取るよう説得したい。
2.彼らの現在の問題意識に重ねられる説得材料はないか。例えば難民支援など。
クルーグマン:
1.難民支援を経済刺激の面で評価すると、規模が小さすぎる。
2.逆に言えば、支出規模で見ても難民支援は十分手厚くできるはずなのだ。
という話なので、「人道問題である難民を、経済的価値でしか見ていない」と解釈するのは無理筋すぎる。
ゲンダイは
また、菅官房長官は「商品価格の下落が発展途上国に大きな打撃となっている」と発言したが、教授は「商品価格ではなく、需要不足こそが問題だ」とこれまた否定した。とも書いているのだが、これもまた奇妙な切り取り方をしている。
この文脈は、
菅:
1.資源価格低下が途上国経済に打撃を与えた。
2.これは世界経済にどんな影響をもたらすか。
クルーグマン:
1.これは世界経済には深刻な問題だ。
2.だが今回のテーマである先進国経済の問題の原因とは異なっている。(つまり先進国経済の問題は需要不足である。)
ということで、別に菅氏のビジョンを批判しているわけでもない。
日本経済を占う上で中国をはじめとする途上国経済の動向が気になるというのは理解できるし、クルーグマンはその面にあまり触れていなかったから尋ねるのももっともだ。強いて言えば、クルーグマンは、景気低迷の原因を海外要因のせいにせず、政治責任として積極財政を決断せよと釘を刺したと言えないこともない。けれども、菅氏がそのような責任回避の言質を取る意図を持ってこのような質問をしたと言い切ることはできないだろう。
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私はむしろ、安倍、菅、麻生の発言の適切さに感心した、というか、正直な話もっとバカであってほしかったぐらいにちょっと危機感を覚えた。今の野党の誰がこのような水準の発言ができるだろうか。多岐にわたる政治課題にまたがって判断を迫られ多忙に過ごす閣僚が、概略的とは言え特定の専門的領域でそれなりに論点がかみ合った質問をするというのはなかなかできることではない。
実際のところは、閣僚の質問は事前に事務方から指示があったのではないかという気がする。限られた時間を生かし、的を射た質疑応答によって有用な観点を得るために、クルーグマンの講演内容を事前に予習し、質問内容を絞り込んでいたのではないだろうか。そうでないとクルーグマンにも失礼だし、彼からアメリカの政府筋に何と言われるか分からないし。自分が事務方なら、政治家に質問させるよりも、もっと深い知見を持つ官僚層に質問させたいぐらいである。
ともあれ、ゲンダイは安倍内閣の愚かさを強調したかったようだが、この議事録からそれを言うのは無理筋過ぎる。かえってゲンダイの愚かさが際立つ記事になってしまっている。そしてこのことが、「安倍政権を批判している連中はろくなものじゃない」というイメージ操作の格好の材料になることを危惧する。
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