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三百三十一日目~
“三百三十一日目”
今日は朝から主戦場となる【鬼哭神火山】を重点的に色々と弄っていく。
何せ、告知した日まであと数日。
ギリギリに完成させるよりかは、さっさと終わらせている方が心身ともに万全な状態で本番に挑めるというものだ。
期限ギリギリになって、慌てて徹夜残業して完成させたけどそのまま休まず本番に突入、みたいなのは極力したくない。
【鬼神】としての強靱な肉体だけでなく、【不眠不休】などにより体力面では問題ないが、精神的な疲労は無視できない。
今回の相手が相手だけに、万全な状態で待ち受けるべきだ。
などという私事はさて置き、現在、今回の聖戦に参戦確定である聖王国を中心として結成された対【世界の宿敵】連合軍――聖王国と王国と帝国の三ヶ国に加え、数は少ないが聖王国の属国といえる幾つかの小国の【英勇】達で構成されている――と、魔帝国と獣王国の【帝王】とその臣下達によって結成された帝王同盟軍は、【鬼哭神火山】と外界を隔てる【境界圏】の近くにぞくぞくと結集している最中である。
ただし結集しているとは言っても、人間至高主義を掲げる聖王国と長年敵対していたり単純な地理などの関係から同じ場所ではない。
意図されたモノではないが、丁度【鬼哭神火山】を間に挟んで対峙する地点に二つの陣営は一時的な拠点を構築している。
この状態だと聖戦が始まれば必然的に挟撃される事になるので、うっかり背中を刺されないように気をつける事にして。
着々と準備を進める両陣営は今回の聖戦に本気で取り組んでいる為、どちらもその気になれば国すら陥落できるだけの大戦力となっている。
もし俺達が居らず、連合軍と同盟軍が正面衝突したと仮定した場合、規模相応の甚大な損害が発生し、周辺諸国の均衡は大きく崩れるだろう。
双方共に、ほぼ総力戦といってもいい状態だ。
ついでなので、両陣営の戦力についてもう少し簡単に説明する事にしよう。
同盟軍の方は約二千名と兵数こそ少ないが、その全てが【魔人】や【獣人】など種族的に魔力量や身体能力が優れている者達だけで構成されている。
しかも今回参戦するのはその中でも日々厳しい訓練を行い、数多の死線を潜り抜けてきた精鋭だ。
その為、実際の数の数倍以上の戦力であると考えるべきだろう。
一つの意思によって統率された精鋭部隊は執拗に獲物を追い回し、時に自身の命を投げ出す事も厭わず襲いかかり、弱った瞬間喉笛を噛み千切る猟犬の群れ。
そう表現しても過言ではない。
対して、連合軍の方は同盟軍と比べれば兵の質では劣っている。
しかし、その数は同盟軍の数倍以上ととにかく多かった。
ザッと数えただけでも、万は超えている。
連合軍には纏まった数の配下を率いている時こそ本領を発揮する【英雄】が複数居るのだから、数が多いのはある意味当然だ。
【生成】かそれに類似する能力を持つ一部の【英雄】は単身でも本領発揮できるのだが、それは極一部でしかないので、ここまでの数になっている。
雑魚ばかりでは面白みも無く面倒事にしかならないが、ここは獲物が多い、と喜ぶべきだろうか。
まあ、まだ聖戦が開始されるまで待機している状態だから、今は身の回りの世話をする非戦闘員の方が陣営には多く居る。
実際に戦うのは、もっと少ないだろう。
ともあれ、これだけ数が居ると連合軍の陣地はまるで街のような賑わいがある。
訓練する者達の大きな掛け声もあれば、恐怖心を紛らわせる為に笑う声も聞こえてくる。
娼婦がいるのだろう一部のテントから漏れ出る嬌声と、興奮した雄の荒々しい呼吸音や動作音などからは種を残そうとする純粋な生物としての性愛が伺える。
十中八九戦力として用意されているのだろう魔鳥や魔獣の類が集められた一角には独得の活気があり、下級兵達が動物園の飼育員のように大量の餌をやっていた。
数多の荷馬車によって運ばれる武具はガチャガチャと軽くぶつかり合い、指定された場所に持って行かれて兵士の手元に届けられていく。
少し分体で調べてみるだけでも、聖戦の準備が着実に進められているのが良く分かった。
それはいいのだが、それに比例するように、【鬼哭神火山】内部に放たれた各国の斥候達の動きもより活発になっている。
戦いの前に情報を収集する。それは至極当然の事だろう。
前触れ無く発生した場合は難しいかもしれないが、今回の場合は予め分かっている事案である。
だから地形や出現するダンジョンモンスターなどについての情報収集は余程の虚け者でない限りは誰だって行う筈だ。
戦いに関係する情報不足は直接命に関係してくるのだから、必死になるのも分かる。
しかし、容易に情報を与える程俺はお人よしではない。
現在は人ではなく鬼という事もあるが、それはさて置き。
斥候対策として以前から施していたダンジョンモンスターの群れや仕掛けに加え、ある一定の距離から先には進めないように天高く聳え立つ分厚い溶岩製の巨壁と、その手前に深い崖のような堀を新たに構築した。
渡る為の橋なんて親切なモノは当然無いし、堀の底にはとある場所を参考にしてマグマが河のように流れているので、陸路ではどうあっても深部には入れない構造だ。
ダンジョンモンスターを討伐できるだけの実力ある斥候達も、流石に無理だと諦めているので効果は絶大ではなかろうか。
ただしこの構図だと歩いて渡ってくる事は不可能だが、空から飛び越せない事もないという欠点がある。
流石に【自然包囲型】の迷宮に天井を造るのは面倒過ぎるし、そうしてもあまり意味が無い。
そこで空から侵入される場合に備え、溶岩壁の上には【真竜精製】で精製した精製火竜達に巣を造らせ、ついでに不可視の重力トラップも多数配置した。
これで飛べば精製竜達に襲われるだけでなく、不意にかかる重力で墜落するしかない狩り場の完成だ。
聖戦開始まで、主戦場になる予定の深部領域の情報はこれでシャットアウトできるだろう。
カチカチカタカタとちょいちょい迷宮を弄りながらそんな事を思いつつ、ボリボリと【薔薇神之剪定鋏】を齧る。
やはり【神器】は硬く、中々噛み砕けそうにない。
しかし一度【神器】の味を知った者としては、この程度の食べ難さはむしろ味を楽しむ為のスパイスでしかない。
苦労の果てに得る至高の悦楽。一度経験した者にしか、あれは分からないだろう。
一心不乱に齧っていると、以前よりも早く一部が欠けた。
途端に欠けた箇所から内包されている神秘――【神力】が溢れ出し、口内を起点として全身に極楽の雷が迸る。
下手すれば理性が吹き飛び、食の奴隷になりかねない悦楽に支配されそうになる。
しかし一度経験していたからこそ、以前とは違いその圧倒的感謝の奔流に流される事なく、細部に至るまで美味の極限を堪能する事が出来た。
余裕があるからこそ、【清水神之宝核輪】を喰った時には無かった、嗅覚に訴えかけてくる薔薇の甘い香りを確かに感じた。
香りに脳が刺激されたのだろう、華を開くまでに数多の試練を乗り越えて、しかしそれを感じさせずに美しく咲き誇る儚い薔薇の幻影が見える。
視界一面に咲き誇る様々な種類の薔薇は、まるで世界を祝福しているようだ。
やはり語彙の乏しい俺ではその全てを言葉で表す事は出来ないが、どうしようもなく美味い、とだけは断言しておこう。
味わった事がない者には、万の言葉を重ねても想像できないだろうから。
ともあれ、一度欠けてからはそこそこ食べやすくなったようだ。
バリバリムシャムシャと順調に喰っていく。
こんなに簡単に喰えるのは何故だろうか、とふと疑問に思う。
まあ、多分一度喰べた経験があった事と、喰べ始める前に同じく【神器】の一つである【賭博神之賽子】を使ったからだろう。
【賭博神之賽子】の能力の一つである【気紛れで流転する運命】を発動させた状態で振った出目は運がいい事にピンゾロ。
普通に発動させた時の約十倍という桁外れな効力を持ち、俺の全身は淡い黄金の光で包まれた状態だ。
駄目出しとばかりに【確率変動】や【幸運】なども発動させる。
すると噛み砕ける【確率】が上がり、以前よりも食べやすくなっているのではないだろうか。
もしくは【鬼神】としてレベルが少し上がったからか。
正解は分からないが、とりあえず聖戦の日まで、そこら辺の情報も収集してみようと思う。
そうして夕方までその他にも色々と作業して、夜はせっかくなので【アンブラッセム・パラべラム号】の豪奢な船長室に設置されている数人がゆったりと寝られる大型ベッドの上にカナ美ちゃんや赤髪ショート達と共に横になり――
[世界詩篇[黒蝕鬼物語]第六章【神災暴食のススメ】の開始条件の全てが満たされました。
解放条件クリアにより第一節【神成の鬼】、第二節【救世の現】、第三節【来竜の言】、第四節【招来の地】、第五節【伝器の改】、第六節【覇宮の道】、第七節【武錬の獄】、第八節【愚者の刃】、第九節【軍炎の波】、第十節【魔獣の斧】、第十一節【救聖の詩】、最終節【鬼神の宴】まで進みます。
詩篇は既に第一節【神成の鬼】から第七節【武錬の獄】まで進行していた為、成功報酬の全てを得る事はできません。
ただし、残りの各節に隠された条件をクリアする事で全てを得る事は可能です。
世界詩篇[黒蝕鬼物語]第六章【神災暴食のススメ】は第八節【愚者の刃】から開始されました。
健闘を祈ります]
――以前と同じく、≪YES≫ ≪NO≫の選択肢が無いアナウンスが脳内で響いた。
まあ、あとはなるようになるさ。
“三百三十二日目”
今日も今日とて設定を弄る。
それ以外には、あまり語る事は無い。
各国の動きも活発になっているが、それだけだ。
大きな変化は起こっていない。
あえて言うなら、昼頃になってようやく昨日から咀嚼し続けていた【薔薇神之剪定鋏】を完全に喰えた事だろうか。
【能力名【薔薇神之剪定鋏】のラーニング完了】
【能力名【薔薇の剪定者】のラーニング完了】
【能力名【命を刻む刃】のラーニング完了】
【能力名【植物特攻】のラーニング完了】
【能力名【切れ味永続】のラーニング完了】
【能力名【弱点看破】のラーニング完了】
以前よりもラーニング出来た数は減ったが、ダブっていたモノもあったのでこんなものだろう。
それにしても、ああ、やはり【神器】は最高だった。
【清水神之宝核輪】を喰った時と同じく、内包されていた【神力】に至るまで一欠片足りとも零す事なく消化・吸収した【薔薇神之剪定鋏】は、俺の血肉になっている。
数々のアビリティをラーニングできただけでなく、内包されていた【神力】は確実に俺を強化してくれている。
身体の奥底から漲る力。まるで火山から溢れだす溶岩のように煮え滾るそれは、【存在進化】した時に感じられる万能感に似ていた。
しかし仮初でしかなかったあの時の感覚と違い、紛う事無き【神々】の力の一部である【神力】に由来する万能感は本物だ。
【鬼神】である俺が【神力】を使えば、それこそ【神々】に匹敵する【力】を振るえるだろう。
【神力】にはまだ限りがあるので簡単には使えないが、奥の手の一つが増えるのは喜ばしい事だ。
ともあれ、一つの悩みは片付いた。
片付いたが今回は良い機会なので、喰い終えた後も休む事なく作業しつつ、手持ちの【神器】の一つである【石像神之石工具】に手をつける。
ゴリゴリと咀嚼し続け、仕事する。
そんな一日だった。
“三百三十三日目”
とりあえず、諸々の準備が終わった。
まあ、大雑把には決めていたし、あとは微調整する程度なのでこんなものだろう。
周囲に居る各国の準備もほぼ終わっているが、まだ聖戦まであと数日ある。
今は嵐の前の静けさといったところだろうか。
ともあれ、時間ができたので今日は子供達と戯れる事にした。
子供達は他の団員達と同じように聖戦が始まるまでの間は自主的に鍛錬していたので、それに混ざる事にしたのだ。
そんな訳で四方を武装した子供達に囲まれつつ、せっかくなのでハルバードの馴らしも行う。
以前よりも遥かに強力になっているハルバードは、訓練でもその本領を発揮した。
振れば斧刃から激流の巨水刃を生み出し、突けば穂先から生じる無数の雷槍が前方を穿ち、鋭いピックは刺せば瞬く間に金属が融解する程の熱量を秘めている。
その他にも色々試してみたが、明らかに以前よりも各能力は強化され、新しく追加された能力も強力なものだった。
やはり鍛冶師さん達の腕前が以前よりも上達していただけでなく、使用されている素材も優れていたからだろう。
それに【翡翠鷲王の御霊石】を追加した事で、武器としての等級が上がっている。
もしかしたら【伝説】級になっているかもしれないと思い【道具上位鑑定】で調べてみると、残念ながら【伝説】級よりの【遺物】級と表示された。
人の手で製造したマジックアイテムにしては破格の等級なのだが、まだ何かが足りていないらしい。
もし【伝説】級だったなら【神力】を込め、【現鬼神器】にする事もできたかもしれないのだが、とりあえず今は保留にするしかない。
というのも、【現鬼神器】となった【飢え啜る朱界の極槍】は元々【伝説】級のマジックアイテムだった。
そして【現鬼神器】は、【伝説】級以上のマジックアイテムで無ければならない、という条件は判明している。
他にもあるかもしれないが、ともかくそれを無視して同じ事を行った場合、ハルバードがどうなるか分からない。
何事も起きなければそれでいい。
だが【神力】に耐えきれず自壊する事も十分考えられるし、最悪の場合は貴重な【神力】を無駄に消費しただけでなく、ハルバードが爆発四散する可能性も否定できない。
そういう理由から、とりあえず【伝説】級になるまでハルバードはこのままにしておこう。
まあ、使ってみた感じでは【英勇】達が持つ【神器】と当たっても十分戦えるだろう。
何やら自己修復している感じもするし、多少手荒に扱っても大丈夫、というのも安心感があって良い。
武器は消耗品であるが、やはり愛用の品は長く使いたいものである。
などと思いながら子供達と戯れつつ、ボリボリと【石像神之石工具】を噛んでいた。
【石像神之石工具】はピリリと舌が刺激される程度にやや辛く、コリコリしていて今までで最も歯応えがあってなかなか美味しい。
なんだろうか、タコとか軟骨なんかを喰っている食感に近いだろうか。
噛めば噛む程味が滲み出てくるというか何というか。こう、ジュワリとするというか。
うん、酒が欲しくなる味わいだ。
休憩時には、少し飲む事にしよう。グイッと一杯、至福の酒を。
“三百三十四日目”
朝飯時、【石像神之石工具】も無事に喰う事が出来た。
【能力名【石像神之石工具】のラーニング完了】
【能力名【空間造形作家】のラーニング完了】
【能力名【万変の創手】のラーニング完了】
【能力名【芸術の感性】のラーニング完了】
【能力名【岩石鑑定】のラーニング完了】
今回も全てを血肉としたが、残念ながらラーニング出来た数は減っている。
それに戦闘面では大して期待できないものばかりである。
しかしそれ以外ではそこそこ使えそうな能力だった。
【空間造形作家】や【万変の創手】は何かを作る時に大幅な補正が入り、【芸術の感性】はモノの良し悪しが分かりやすくなったようだ。
試しに重複発動させた状態で筆を持ってカンバスに【鬼哭神火山】を描いてみたら、高名な芸術家が描いた名画っぽいモノが完成した。
猛々しくも神々しく、これから数多の生命を喰らうだろう地獄めいたその絵を皆に見せてみたら評判は上々だ。
魅入る者も居れば、恐怖心を抱く者も居た。
芸術とは見た者に何かしら働きかけるモノだと思っているので、素人ながら、中々の自信作である。
これだけなら趣味に使える程度なのだが、どうやら芸術面だけでなく、色々な物品の作成時――例えば魔法薬など――にも応用できるらしい。
卓越した技術で製造された物は、ある意味【芸術】作品とも言えるからだろうか。
まあ、そこら辺はさて置き。
手頃な場所にある岩石を拾ってきて、指で削っていく。
【岩石鑑定】は岩石限定と用途は極端に狭いが、その分情報量が多い。脆い部分などは視界に表示されるので、そこを狙うだけで面白いように削れていく。
朝から熱中していたら、気が付けば夜になっていた。
少し勿体なかったかとも思ったが、意外とリラックスできたので良しとしておこう。
ちなみに今日一日使って作ったのは、数十体の石像だ。
俺やカナ美ちゃん、ミノ吉くんやアス江ちゃん、ブラ里さんにスペ星さん、セイ冶くんにアイ腐ちゃん、クギ芽ちゃんや赤髪ショートなど主要メンバーが、まるで【石化】したかのような躍動感と生命力に溢れた石像である。
初めて作ったにしては上出来すぎる出来栄えではなかろうか、と思えるだけの完成度であり、モデルとなったカナ美ちゃん達に石像を見せてみると皆喜んでくれた。
たまにはこうして普段と違う事をするのも、悪くは無いだろう。
“三百三十五日目”
今日は聖戦前日。
既に準備は万全であり、聖戦の前に皆が精神を整えていた。
まさに嵐の前の静けさ、と表現すればいいのだろうか。
ほどよい緊張感と高揚感でピリピリと心地よい雰囲気である。
なのに俺は、手元に残った食糧【神器】候補である【再誕神之竜宝玉】と【船舶神之操舵輪】をどうするべきか、と朝から悩んでいた。
これまでに喰った三つの【神器】――【清水神之宝核輪】【薔薇神之剪定鋏】【石像神之石工具】――は、【亜神】級の【神代ダンジョン】から獲得した、言うなれば【亜神の神器】である。
強力無比であり、ある意味理不尽とも言える結果を叩き出す超常の品である事に間違いはない。
しかし【神器】を細分化した時、【亜神の神器】は三段階の一番下、つまり最も劣っている【神器】という事になる。
【大神】を頂点とする【神々】の力関係からして、これは当然と言えば当然の結果だ。
【大神】は別格としても、【神】に対して【亜神】は劣っている。
そしてそんな三つの【亜神の神器】と違い、【再誕神之竜宝玉】と【船舶神之操舵輪】は【神】級の【神代ダンジョン】から得た【神の神器】である。
【道具上位鑑定】で調べれば能力の数や基本性能など、【亜神の神器】よりも全てが段違いだという事は判明していた。
その為両【神器】から得られる【神力】などはこれまでよりも遥かに濃厚で、血肉になるエネルギーの総量は段違いの筈だ。
喰えば例え予想もしていない何かが発生しようとも、聖戦の勝利は揺るぎないモノになるだろう。
しかし問題は、聖戦が始まるまでに喰い終わる事が出来るのだろうか、と言う事である。
多分、時間は足りていない。
これまでの経験から喰えるだろうとは思うのだが、どうしたって時間が必要だ。
それに聖戦を乗り越えた後は【英勇】や【帝王】、そして【救聖】で腹を満たす予定を立てている。
ここで【再誕神之竜宝玉】か【船舶神之操舵輪】を喰うよりも、少し我慢した方がより美味を堪能できるだろう。
今はグッと我慢するのが正しい選択だ。
と理性では判断しているのだが、どうやら立て続けに【神器】を喰ってしまったせいか、両【神器】にも手を出したいな、という欲求が高まっているらしい。
本能が疼く。ヤバい、手にしているだけで口元に伸びている。思わず反対の手で止めるが、力が拮抗する。近づいては離れ、離れては近づいた。
ふう、とかなりの時間葛藤して、ようやく決断したのは、もう昼過ぎの事だった。
悠長に喰う時間は無いと判断し、今回は我慢する事にした。
そして【船舶神之操舵輪】は改めてアイテムボックスに収納し、【再誕神之竜宝玉】は一先ずセイ冶くんに預ける事にした。
【船舶神之操舵輪】はこの先、別の大陸にまで遠征に行く時に重宝するだろう。巨大な海獣や魚人達の襲来、あるいは時化など危険が多い航海の時、あるのと無いのでは勝手が違うに決まっている。
そして【再誕神之竜宝玉】は【再誕の神】の【神器】である為、回復要員であるセイ冶くんとの相性が良い。それに団員達の支援に回ってもらう予定なので、【再誕神之竜宝玉】を使えば死亡率を少しでも下げられるだろう。
冷静に考えればそう答えが出る筈なのだが、全く、自分の食欲に素直な部分は改善すべき点だろうか。
ともあれ、今日は聖戦前夜。
今日の晩飯は誰かの最後の晩餐になるだろうし、誰かとの今生の別れになるだろう。
だからこそ明日を生き残るべく叱咤激励し、適度に笑いもとりつつ、乾杯して皆と一斉に酒を飲む。
明日にまで残らない程度に、しかし満足できるように、飲む酒は迷宮酒の中でも極上の逸品と、父親エルフ達がくれた秘蔵のエルフ酒である。
限られた者しか呑む事も許されない神秘さすら伴う迷宮酒。
大いなる自然の恵みを一身に感じられる爽やかなエルフ酒。
どちらも甲乙つけがたく、共に竜肉料理とよくあった。
ああ、やはり美味い。
例え何があろうとも、絶対に生き残ろうという思いが湧き出てくるようだった。
“三百三十六日目”
聖戦当日、普段と変わらず世界を照らす太陽が昇った。
それに合わせ、【大悪魔精製】を使って精製した“道化師の悪魔”を使者として送る。
白い顔面に奇奇怪怪な化粧を施し、大きな赤鼻と過剰なまでに装飾が施された衣服を纏う小太りの悪魔は背中の翼で羽ばたき、【境界圏】の近くにいた連合軍と同盟軍まで飛んでいく。
最初はどちらも問答無用で撃ち落とされた。どうやら敵襲だと思われたらしい。
手が速過ぎるだろ、と思わなくもないが、事情を知らなければ仕方ないと納得は出来た。
仕方ないので二体目には白旗を持たせて送ったら、今度は攻撃されなかった。
もっとも『【世界の宿敵】に選ばれし我が主様は最奥にて待ってるニョロー。幾つかの試練を越えれば我が主様の下までイケルニョローンパ。我が主様は寛大な御心で待って居られるのだから、お前等は早く殺されにいくべきニャモン』と、ヒトを小馬鹿にしたように言ったピエロニック・デーモンは言い終わった瞬間に惨殺されたが、この聖戦限定で目的地を示すマジックアイテム【導きのコンパス】をドロップしているので役割は果たしている。
ともかく、話を聞いた二つの陣営は、早朝から早速侵攻を開始した。
非戦闘員は全て撤収した事で総数は減っているものの、それでも数が多い。
最終的に【鬼哭神火山】に踏み入れた者達について、少し長くなるが名前などをちょっと詳しく説明するならば――
≪連合軍≫
聖王国所属。
【白き誕叡なる救世主】アンナリーゼ・ディナ・エインズ・ルーメン、改め『白主』。十代後半の聖王国王女。【神器】持ち。ちょっと頭が可笑しい、今聖戦では最も注意すべき存在。
【境界の聖人】イーシェル・ヴォルフシュ・サーズ、改め『界聖』。聖王国貴族出身。女性でありながら身が隠せるほど大きな金属盾の【神器】である【境界神之魂盾】を愛用する。
【割断の聖人】ウーリア・デュフネス・サーズ、改め『断聖』。聖王国貴族出身。女性でありながら身の丈ほどの長さを誇る両手長剣の【神器】である【割断神之魂剣】を愛用する。
【狩猟の勇者】にして【枢機卿】のラン・ベル、改め『狩勇』。三十代前半の美女。弓の【神器】持ち。その仲間五名。
【数式の勇者】にして【枢機卿】のムテージ・ベイドラス・ディノア、改め『数勇』。老爺。【神器】持ち。その仲間四名。
【天声の勇者】ブランドネス・ダイオル・オルケストル、改め『声勇』。今は無き小国の音楽一族出身の妙齢な女性。【神器】持ち。その仲間四名。
【愛の勇者】ラヴァーズ・アモール、改め『愛勇』。褐色の美女。【神器】持ち。その仲間六名。
【料理の勇者】セルバンテス・アルバンテス、改め『飯勇』。平民出身の中年男性。その仲間五名。料理の達人【神器】持ち。コイツだけは是が非でも生け捕りにする予定である。最悪の場合は死体だけでも回収すべし。
【狂気の勇者】クルトゥク・トィクス・アブトラクフ、改め『狂勇』。聖王国貴族の初老男性。その仲間五名。
【円環の勇者】ウロボレアス・リンデル・バウヘルム、改め『円勇』。聖王国貴族の青年。その仲間六名。
【仮面の勇者】ペルソル・マスクレイド、改め『面勇』。少数民族出身の青年。その仲間四名。
【毒茸の勇者】マシュルム・ポインズ、改め『茸勇』。少数民族出身の少年。その仲間五名。
【共振の勇者】ハウリデス・デュノア、改め『共勇』。平民出身の少年。その仲間四名。
【星読英雄】にして【枢機卿】のアルドラ・オーブス・エスメラルダ、改め『星英』。年齢が化物級老婆。水晶型の【神器】持ち。その配下≪星叡部隊≫百名。
【書冊英雄】にして【枢機卿】のイムルスカ・ファレス・トードル、改め『書英』。老爺。書冊型の【神器】持ち。配下は無し。
【探求英雄】ハワーリップス・クィリス・アブトラクフ、改め『探英』。聖王国貴族の初老男性。その配下≪禁忌改人軍≫二千体。
【悪銭英雄】アクガーネ・タメール・アクドーク、改め『銭英』。太った中年男性。その配下≪金儲け隊≫千名。
【炎舞英雄】リズミオ・トッテルネン、改め『舞英』。盲目の青年。その配下≪踊り子紅蓮隊≫五百名。
【鋼殻英雄】メルディ・ベルナ、改め『鋼英』。少数民族出身の少女。配下は無し。
【魔鳥英雄】ディノバーノ・エインス、改め『鳥英』。平民出身の少女。その配下≪魔鳥黒群≫千羽。
【豊穣英雄】アシュルテ・ムンディボ、改め『豊英』。恰幅の良い中年女性。その配下≪豊穣動樹≫千体。
【飛魚英雄】フラフィ・フィフィル、改め『魚英』。島育ちの青年。その配下≪飛翔魚群≫四百体。
帝国所属。
【黒雲の勇者】クラウドラス・ベルマウストス・グフスタフ、改め『雲勇』。中年男性。序列第二位。【神器】持ち。その仲間五名。
【雷鳴の勇者】アルトゥネル・ベアーダ・リッケンバー、改め『雷勇』。男装の麗人。序列第三位。【神器】持ち。その仲間五名。
【剛脚の勇者】アンダーソン・ボーキャク、改め『脚勇』。青年。【運命略奪】された組。その仲間六名。
【斬糸の勇者】ディオリマス・アイオドス、改め『糸勇』。女性。【運命略奪】された組。その仲間三名。
【骸蟲英雄】フィリポ・マスケス・イグセクト、改め『蟲英』。以前戦って逃がした少年。序列第七位。その配下【魔蟲】無数。復讐者が狙う獲物。
【覇狼英雄】ウォルフ・ヴォルフ、改め『狼英』。平民出身の中年男性。【運命略奪】され組。その配下≪狼化闘軍≫五百名。熱鬼くん達と少し因縁があるらしい。
【砂牛英雄】ヌー・ウシカ、改め『牛英』。【運命略奪】され組。その配下≪砂牛蹄群≫六百体。
王国所属。
【岩鉄の勇者】岩勇。頭部に秘密を抱えた男。その仲間四名。今回は【鬼哭の賭場】にて遊んでいてもらう予定。
その他小国所属。
【爆発の勇者】ボムル・ボボルル、改め『爆勇』。小国の青年。その仲間五名。
【腐浄の勇者】キフス=デナ=エルナ、改め『腐勇』。妙齢の女性。その仲間四名。何処かの誰かと雰囲気が似ている。
【雹雨英雄】アルララ・ラララ、改め『雹英』。無表情な女性。【神器】持ち。配下無し。
≪同盟軍≫
魔帝国所属。
【魔帝】ヒュルトン・ガスクラウド・アタラクア。男性。多分【神器】持ち。要注意人物。少し特殊な魔法を使ってくる。
【重黒将】ゼムラス・ス・スラムゼ、改め『黒将』。第二席。不定系魔人。性別不明。第二席。
【重翠将】ファルニア=ヤルゥ、改め『翠将』。鳥類系魔人。女性。第三席。
【重緋将】バララーク・バラク、改め『緋将』。金属系魔人。男性。第四席。
他精鋭部隊二千名。
獣王国所属。
【獣王】ライオネル・ガウロ・エストグラン。男性。多分【神器】持ち。要注意人物。肉体面では間違いなくトップクラス。
【雷豹牙将】チチルタ・ラーチラ、改め『豹将』。二牙。ヒョウ系獣人。男性。自由人。
【黒斑牙将】ハイエルダ・ダーフス、改め『斑将』。四牙。ハイエナ系獣人。女性。苦労人。
【剛猿牙将】ゴリ・ゴリーラ、改め『猿将』。五牙。ゴリラ系獣人。男性。脳筋。
【河馬牙将】ヒポポ・タモス、改め『河将』。六牙。カバ系獣人。男性。楽天家。
【猟兎牙将】ラビ・トトリ、改め『兎将』。九牙。ウサギ系獣人。少年に見える老爺。腹黒い。
【紅猪牙将】ブラーヌ・ブル、改め『猪将』。十牙。イノシシ系獣人。少女。天然。
――となっている。
主力になるだろう人物は他よりもより詳しく説明してみたが、そこまで詳しく覚えなくてもいいだろう。その他の者についても、何となくでサラッと流すだけでも十分だ。
さて、前後から侵攻してくる両陣営であるが、やはり【鬼哭神火山】ではその暑さが問題になる。
何の対策もしていなかったら、数分と経過せずに肉体が燃えて死ぬ事になるだろう。
専用のアイテムがあればある程度防ぐ事が出来る、というのは俺達が【フレムス炎竜山】時代に攻略した事からも証明されているが、流石にこの数だ。
少数精鋭の同盟軍はともかく、連合軍は全員分を揃えるのはそれなりに大変だ。予備なども含めて考えれば、人数の数倍は必要になる。
過酷な【鬼哭神火山】の環境ではそういった些細な準備不足が致命的になる為、決して無視する事はできない。
しかし連合軍は『大量の魔法薬を用意する』とは別の方法――保険として一応全員に魔法薬は配布しているようだ――で解決していた。
入ってくる前に【神器】持ちの一人である声勇パーティと、それに追随する共勇パーティ、そして舞英とその配下達がその能力を使ったのだ。
声勇は能力の性質から多数に影響を与える【英雄】と酷似した結果を出す事が出来る、珍しいタイプの【勇者】だ。
歌声で仲間を増強し、あるいは敵の能力を減退させる【吟遊詩人】系の上位職を複数所持し、【天声の神】から与えられた【加護】によって大幅に強化されている声勇の歌声には、聴いた者達に様々な影響を及ぼす力があった。
声勇の心を直接震わすような澄んだ歌声と、仲間達が持つ打楽器や弦楽器など多彩な楽器によって奏でられたのは『ディエノスの炎天回路』と呼ばれるものだった。
歌の内容は省略するとして、その効果は味方に対して【高温適応】【平常行動】【炎熱耐性】【身体強化】などを一時的に付加するモノである。
煌びやかなマイク型【神器】である【天声神之魂声機】との合わせ技もあり、その持続時間は驚異の丸一日。普通なら数分、長くても数十分程度しか持続しない事を思えば、どれだけ凄まじいか分かるだろう。
ただ、効果範囲は歌声が聞こえる距離までと制限がある。
連合軍は不意の奇襲で壊滅しない様に密集せず、少し間隔をあけていた事もあり、この人数だと聞き洩らす者も出たかもしれないが、そこで活躍するのが共勇だった。
【共振の神】の【加護】を持つ共勇は声勇の歌声と共振――音なので共鳴の方が適切だろうが――し、増幅させて周辺一帯に響かせる。
ある種のスピーカー、と言えばいいのだろうか。まるでライブのように熱く激しい歌声と演奏が【鬼哭神火山】外縁部に轟いていた。
そしてその演奏の中、舞英とその配下である≪踊り子紅蓮隊≫五百名は前方に突出し、曲に合わせて舞い踊った。
すると【鬼哭神火山】のアチラコチラにある溶岩の噴出やマグマの流動がまるで支配されたかの如く、舞英の一挙手一投足に追随して動き、紅蓮が舞い踊る。
徐々に盛り上がる声勇の歌声に合わせるように舞英の踊りも熱く激しくなる。まるで一体化したようなその踊りには、見る者の内心に訴えかける力強さがあった。
そしてその舞いを見た者達は、【炎舞高揚】【炎舞強身】【炎舞強心】などにより身体能力や戦意などが大幅に底上げされる。
効果持続時間は声勇には劣るものの、それでも数時間以上持続する各種の恩恵により、戦力は短時間で倍増した。
そうして高熱をモノともしなくなった連合軍は、全体の行軍速度も大幅に上昇した事により破竹の勢いで中心部へと向かってくる。
時折ダンジョンモンスター達と遭遇するも、数の暴力で鎧袖一触だった。
直進してくる連合軍は、奇しくも同盟軍とほぼ同じ頃、溶岩壁がある区画にまで到達した。
対岸に渡る為の橋は無いし、溶岩壁の上には精製竜が巣を作っている為飛び越える事もできない、あの場所だ。
無事到着したので、俺は【迷宮警備員・主任】を使いながら床ドンし、両陣営の進行方向の地面から石版と、外装を溶岩で加工した【鬼哭門】を出現させた。
連合軍の方の石版には『最も容易な試練である。四人の【英勇】とその仲間を戦場に捧げよ。さすれば未来への橋が架かるであろう』と、同盟軍の方の石版には『最も安易な試練である。三名の【将】と千の兵士を戦場に捧げよ。さすれば未来への橋が架かるであろう』と書かれている。
しばらく相談し、連合軍では聖王国の面勇と円勇と鳥英、そして帝国の牛英達が選ばれて【鬼哭門】を潜る。
同盟軍は河将と兎将と猪将、そして魔帝が選んだ千名の兵士達が【鬼哭門】を潜る。
選ばれた者達が全員この場から居なくなれば、ズゴゴゴゴゴッ! という効果音と共にマグマの大河から溶岩製の橋がせり上がる。
高熱で赤く輝く橋の先にある溶岩壁の一部はそれに合わせ、まるで巨人に両断されたかのように道を空けた。
大規模な地形変動はある種の神秘さすら感じられ、救聖以外の全員がしばしの間見入っていた。
ここの演出は少し凝って弄ったので、両陣営の反応は俺の苦労に見合うモノだっただろう。
頑張ったかいがあったというものだ。
などと言う個人的感想はさて置き、出現した橋を渡った両陣営は、更なる侵攻を開始する。
ちなみに【鬼哭門】を潜った者達は団員達の為に【鬼哭水の滝壺】の四十六階に用意した狩猟場に出現し、連合軍や同盟軍という分類に関係なく攻撃を受けていた。
攻撃の内容は実にシンプルだ。
腰くらいの高さまで水が張ったすり鉢状の地形の中心に出現し、まだ現状が理解できていない敵集団に対して周囲を取り囲むように存在する二十メートル程の高台から【骨杭射小銃】や様々な系統の【魔法】を一斉に撃ち込むだけだ。
正面から戦闘せず、出来るだけ安全に敵を屠る奇襲攻撃である。
短時間で雨霰と降り注ぐ攻撃は狙い通りにハマり、数秒ごとに敵陣営の被害は拡大していく。
しかし今回の相手は雑魚ではない。
【ネルメアの獅子面】を取り付けて鋼鉄の獅子獣人のようになった面勇が、円形の特殊な双剣【円月蛇剣】を高速で振るう円勇が、【鳥停の魔笛】による旋律で多種多様な魔鳥を従える鳥英が、【アムルノア牛刀】を持って獰猛な魔牛達の先陣を走る牛英がその力を発揮する。
あるいはヒト一人を丸呑みできそうなほど大きい口が特徴的な河将が、二本の短剣と長く鋭い刃尾で首を切り落とす戦法を得意とする兎将が、突破力は飛び抜けて優れている猪将が、魔帝国の精鋭達と共に奮闘していた。
普通なら圧殺できそうな程の攻撃量だったのだが、予想以上の立て直しの早さと個々の戦闘能力の高さから、予定よりも若干倒せた数は少ないようだ。
まあ、まだ始まったばかり。
保険として鈍鉄騎士や秋田犬、クマ次郎やクロ三郎など【鬼乱十八戦将】も居るので、何とかしてくれるだろう。
あちらはあちらに任せるとして、溶岩壁を越えて進む連合軍と同盟軍の本隊に対し、小手調べとして複数のフィールドボス達をぶつけてみる。
俺の影響により以前よりも強化されているものの、流石に戦力差が大きく負けてしまった。
だがフィールドボス達は役割を全うし、俺は十分な情報は確保できている。働きとしてはこれで十分だろう。
その後も細々とした戦闘を続けた連合軍と同盟軍の本隊は、しばらくして次なる試練に直面する。
といっても少し巨像などを付け加えた豪華版溶岩壁とマグマ堀が立ち塞がっただけである。
ここでは、連合軍の方の石版には『縁ある者との試練である。【骸蟲英雄】【覇狼英雄】【岩鉄の勇者】【料理の勇者】とその仲間を戦場に捧げよ。さすれば未来への橋が架かるであろう』とあり、同盟軍の方の石版には『終焉の前の試練である。耐久力に優れた【巨鬼魔像】を見事粉砕してみせよ。さすれば未来への橋が架かるであろう』とある。
先ほどと同じように、連合軍の指定された四人の【英勇】は偽装した【鬼哭門】を潜って別の迷宮へ転移していく。
蟲英はヤル気満々の復讐者達の所に、狼英は熱鬼くんや風鬼さん達の所に、岩勇達は【鬼哭の賭場】でしばらく滞在してもらう予定だ。
飯勇に関しては蟲英や狼英のように縁ある者は居ないのだが、ここで確保しておけば後々楽だろう、と言う事で一足先に俺の下までやってこさせた。
螺旋火山の山頂に通じている【鬼哭門】から出てきた直後、待ち受けていた俺が何者なのかが一目で分かったのだろう。
まるでヒヨコのような丸々とした体躯と人好きする顔立ちをしているからか、中年男性ながら何処か可愛らしさすら感じられる飯勇は、一瞬取り乱したが即座に精神を持ち直した。
伊達に経験は積んでいないらしい。
黒いコックコート型防具を纏う飯勇は右手に包丁型【神器】である【料理神之魂包丁】を、左手に鍋型【神器】である【料理神之魂鍋】を構え、似たデザインの白いコックコート型防具を装備した仲間であり弟子である料理人達に指示を出した。
即座に体勢を整える様は、流石は【神器】持ちのパーティだと感心する程だ。
それに満足しつつ、俺は朱槍とハルバードを手に持ち、飯勇を捕らえる為に駈け出して――
[夜天童子の【異教天罰】が発動しました]
[これにより夜天童子は敵対行動/侵攻開始を行った≪異教徒/詩篇覚醒者≫に対して【終末論・征服戦争】の開戦を宣言しました]
[両者の戦いが決着するまで、夜天童子の全能力は【三〇〇%】上昇します]
[特殊能力【異教天罰】は決着がつき次第解除されます]
――復讐者や水勇の時と同じように、脳内でアナウンスが流れた。
飛躍的に向上する身体能力を完璧に制御しつつ、飯勇達へと朱槍とハルバードを繰り出す。
そして二分も経たず。
[決着がつきました]
[特殊能力【異教天罰】は解除されます]
[夜天童子は≪異教徒/詩篇覚醒者≫との【終末論・征服戦争】に勝利した為、報酬が与えられます]
[夜天童子は【料理之調理具】を手に入れた!!]
生体ならば防御力を無視して切断できる【料理神之魂包丁】と、同じく生体なら防御力を無視して炒めたり煮る事ができる【料理神之魂鍋】の相手をするのは少々面倒だったが、それ等は朱槍や銀腕で対処できる程度だった。
個人的にはその二つを相手にするよりも、飯勇とその仲間達を殺さずに無力化する方が苦労したくらいだ。
ともあれ、飯勇達は黄金糸によってグルグルに拘束された状態で椅子に座っている。
少々反抗的な態度をとられるが、復讐者のように仲間にするため説得を試みる。
別にそんな事をしなくてもいいのだが、気持ちよく仲間になってくれた方が後々の関係が良好になるだろう、と思っての事だ。
そんな訳で、色々と話してみた。聖王国の暗部についてとか、飯勇達の家族が今どうしているかリアルタイムで中継してみるとか、本当に色々だ。
すると最初は反抗的だった飯勇達も理解できたのだろう、顔が紅潮したかと思えば蒼褪め、最後には白くなって了承してくれたのだから。
[夜天童子の【運命略奪】が発動しました]
[これにより≪詩篇覚醒者/主要人物≫であるセルバンテス・アルバンテスの運命が夜天童子の支配下に置かれた為、英勇詩篇[満腹料理への道標]は世界詩篇[黒蝕鬼物語]に組み込まれます]
[最上位詩篇に組み込まれた為、国家詩篇[ルーメン]から英勇詩篇[満腹料理への道標]が永久的に削除されました]
[詩篇転載の為、英勇詩篇[満腹料理への道標]の≪副要人物≫である称号【畜産料理長】【水産料理長】【農産料理長】【甘味料理長】【香辛料理長】保因者の【詩篇能力/特殊能力】は一時凍結されます]
[英勇詩篇[満腹街道への道標]の≪詩篇覚醒者/主要人物≫と≪副要人物≫の能力解放決定権は、掌握者である夜天童子に一任されました]
[以後、≪詩篇覚醒者/主要人物≫であるセルバンテス・アルバンテス、ならびに≪副要人物≫の能力解放は夜天童子の意思によって行われます]
【運命略奪】により、無事に飯勇を引きずり込めた。
これでより美味い飯が楽しめそうだ。
とりあえず反乱防止のために分体を飲ませた後、ブラックフォモールの肉を使った料理を作ってもらう事にした。
そんな事をしている間に同盟軍と対峙した【巨鬼魔像】はというと、【魔帝】が黒い孔から【召喚】した無数の太く長大な触手によって拘束され、全身から黄金の闘気を迸らせる【獣王】の拳によって胸部を粉砕されてしまった。
結構な自信作がアッサリと倒されて悔しくもあるが、仕方ないと諦める。
ともあれ、両陣営共に条件をクリアした事で、再び橋がせり上がる。
今回の橋の演出は前回に加え、溶岩壁にある巨像が動いて左右に並んだ。巨像達が持つ武器が橋の上空で交差し、ある種のパレードのようになっている。
連合軍と同盟軍の本隊はそれを潜り抜けた後、俺達が待つ螺旋火山の麓にて、進撃を一旦止めるようだ。
まあ、何だかんだと到達したのは既に夜である。
道中襲いかかって来るダンジョンモンスターとの戦闘だけでなく、起伏の激しい過酷な地形とここまでそれなりの距離がある。
どうしたって心身共に疲労は出るし、人数からすれば行軍速度が速いといっても限界がある。
明日の本番に備え、体力を蓄える事を選択したらしい。
そのまま突っ込んでくれば疲労がある分楽だったのだが、これはこれで面白い。
取りあえず、団員達の戦いがどうなったのか確認を――
[保有迷宮内にて【仮面の勇者】が死亡しました]
[死亡した事により流出する【神力】の一部が迷宮に吸収され、【神器】として再変換されます]
[夜天童子は【仮面之魂封面】を手に入れた!]
[保有迷宮内にて【円環の勇者】が死亡しました]
[死亡した事により流出する【神力】の一部が迷宮に吸収され、【神器】として再変換されます]
[夜天童子は【円環之魂蛇剣】を手に入れた!]
[保有迷宮内にて【魔鳥英雄】が死亡しました]
[死亡した事により流出する【神力】の一部が迷宮に吸収され、【神器】として再変換されます]
[夜天童子は【魔鳥之魂律笛】を手に入れた!]
[保有迷宮内にて【砂牛英雄】が死亡しました]
[死亡した事により流出する【神力】の一部が迷宮に吸収され、【神器】として再変換されます]
[夜天童子は【砂牛之魂角斧】を手に入れた!]
[保有迷宮内にて【覇狼英雄】が死亡しました]
[死亡した事により流出する【神力】の一部が迷宮に吸収され、【神器】として再変換されます]
[夜天童子は【狼之魂牙剣】を手に入れた!]
[保有迷宮内にて【骸蟲英雄】が死亡しました]
[【運命掌握】下にある【陽光の勇者】が倒した為、【神力】は【神器】として既に変換されています]
――すると、こうなっていた。
保有する迷宮内で【英勇】が倒れると、こうなるのかと驚きを隠せない。
直接倒さなくても支配した迷宮内で倒せば【神器】は獲得出来る。
それを現時点で把握する事ができたのは、非常にありがたい事だった。
[世界詩篇[黒蝕鬼物語]第六章【神災暴食のススメ】の第八節【愚者の刃】の隠し条件≪愚かなる者≫≪求めし刃≫がクリアされました]
“三百三十七日目”
聖戦二日目。
昨日の戦いは紆余曲折あったものの、無事終局している。
最終的なこちらの被害は約三千の団員の内、死亡したのが約八〇〇名、重軽傷者は多数、という結果になった。
【英勇】という≪主要人物≫六名、その仲間である≪副要人物≫他多数を討ち取る、という大戦果からすれば損害は軽微とも言えるだろうが、しかし実質的には全滅している。
セイ冶くんが居たので重傷者の多くは治療が間にあったので死者はこれだけで抑えられたが、それが無ければ全滅ではなく壊滅していた可能性は高いだろう。
舐めていた訳ではないが、【英勇】といった存在と複数同時に対峙するのは団員達はまだ早かったのかもしれない。
だが今更そう言っても意味は無い。
そもそも聖戦への参加は自主的に決めさせた。命を落とす危険性は理解し、それでも参加を決めた者達だけである。
ならうだうだと悩まず、居なくなった者達の分まで、俺達は進んで行くしかない。
南無阿弥陀仏と死んだ団員達の冥福を祈りつつ、団員達の死体は後日弔う為に全て回収した。
それと並行して回収された【英勇】達の死体は、保存の為俺のアイテムボックスに放り込んでおく。
まだ聖戦は始まったばかりなので、終わってから他と一緒に喰う予定である。
とはいえ腹は空くので、牛英が率いていた魔牛を食材にして、飯勇に朝食を作らせて喰う事にした。
内容はシンプルにステーキだ。香しい肉の匂いが食欲を刺激して、思わず感謝しながら口に運ぶ。
そして肉に歯が入ったその瞬間、言葉を失った。
上質な魔牛の肉はほどよい柔らかさがあり、口内で肉汁が溢れ出る。それだけならば上質なステーキだ。しかし、飯勇の料理には様々な技術と工夫が施されているのだろう。
その美味さに、ただただ腕が動く。咀嚼する為に顎が上下する。舌が次から次へと胃にステーキを運搬する。
【神器】と比べれば劣るモノの、それに匹敵するだけの美食であった。
食べ終えて、余韻に浸るのは心地よいモノだ。
そんな至福の朝食を満喫していると、どうやら連合軍と同盟軍の本陣は行動を開始したようだ。
螺旋火山では両陣営が衝突しないように、螺旋の坂道は二重螺旋を描くように調節している。
頂上に登るまでは交わらなくした結果、連合軍と同盟軍はだいたい同じ頃に登頂し終えた。
山頂は以前なら上空に重苦しい黒雲が君臨し、飛び金属塊を渡って螺旋火山の火口に浮かぶ決闘場が存在した。
しかし現在は少し異なっている。
上空の黒雲は変わらないが、決闘場に渡る為の飛び金属塊は無くなり、火口全てに蓋をしたような円形の決戦場と化している。
決戦場の直径は約三キロ。大人数による戦闘でも支障が無い様に、遮蔽物の類は一切存在していない。
そんな決戦場の中心にて、俺はベルベットが最後に座っていた豪奢な椅子に腰かけている。
周囲にはミノ吉くんなど【八陣ノ鬼将】全員も座し、今か今かと戦意を漲らせていた。
登って来たと同時に奇襲してよかったのだが、せっかくの【聖戦】だ。
連合軍と同盟軍がある程度陣形を構築するまで少し待つ事は事前に決めていたのだが、待っている間に連合軍の方から『神意である。皆命を賭して、【飽く無き暴食】を成敗するのです』などと色々言われた。
恐らく、開戦前の宣言みたいなものだろう。
わざわざ付き合う必要性は感じなかったので、とりあえず耳を傾け、準備が進んだ頃合を見計らって椅子から立ち上がる。
――本格的な【聖戦】がいつ始まったのかと言えば、この時こそそうだったのだろう。
ただ戦い、強い方が喰い、弱い方が喰われる。
とてもシンプルな、弱肉強食の戦いである。
ある程度両陣営が準備が整ったのを確認して、俺は開戦を告げる一声を解き放つ。
それは破壊を伴った、咆哮と言う名の攻撃である。
[夜天童子の【異教天罰】が多数に対して発動しました]
[これにより夜天童子は敵対行動/侵攻開始を行った≪異教徒/詩篇覚醒者≫率いる軍勢に対して【終末論・征服戦争】の開戦を宣言しました]
[両軍の戦いが決着するまで、夜天童子の全能力は【三〇〇%】上昇します]
[共闘補正【参神級】により、雷炎牛皇の全能力は【二一〇%】上昇します]
[共闘補正【弐神級】により、月蝕神醒の全能力は【二一〇%】上昇します]
[共闘補正【壱神級】により、大地母鬼の全能力は【二〇〇%】上昇します]
[共闘補正【弐神級】により、流星魔涙の全能力は【二〇五%】上昇します]
[共闘補正【弐神級】により、灼血闘剣の全能力は【二〇五%】上昇します]
[共闘補正【壱神級】により、慈善救命の全能力は【一〇〇%】上昇します]
[共闘補正【壱神級】により、魂魄腐界の全能力は【二〇〇%】上昇します]
[共闘補正【壱神級】により、運命導眼の全能力は【一〇〇%】上昇します]
[特殊能力【異教天罰】は決着がつき次第解除されます]
何気にスペ星さん達の【真名】が出たりしたが、それについては後にしておこう。
明確な殺意と殺傷力を秘めた俺の咆哮が敵陣営を直撃するも、防がれてしまったのだから。
―――――■ З ■―――――
真なる【聖戦】の始まりを告げたのは、空間を破壊するような鋭い鬼声だった。
「オオオオオオオッ!」
それは、かつて【フレムス炎竜山】だった頃よりも高く、大きくなった【鬼哭神火山】の中央に存在する螺旋火山の頂上。
頭上には重圧感すら漂う分厚い黒雲が鎮座する、対策無しでは数分と経たずに焼死する獄炎が支配する迷宮の最奥。
まるで死者が最後に行き着く場所かと見間違うそこに用意された広大な決戦場の中心にて、連合軍と同盟軍を迎え撃つ為に待ち構えていた九鬼の内の一体――【世界の宿敵・飽く無き暴食】に選ばれたオバ朗が、両陣営がある程度準備を済ませたのを見計らって座していた椅子から立ち上がり、明確な殺意をもって発した咆哮だった。
無論、オバ朗の咆哮がただの咆哮である訳が無い。
元々、【金剛夜叉鬼神・現神種】にまで【存在進化】しているオバ朗が意図して放つ咆哮には、聞いた者の心身から力を奪い、あるいは即死させるなどの恐るべき効果がある。
ある一定以上の存在ならば同じような事は出来るが、それ等と比べても一段と強力だ。
本来の咆哮ですらただ意図して放つだけで軍隊を壊滅しかねないにも関わらず、今回は例え強靭な【知恵ある蛇/竜・龍】だとしても聞いただけで高確率で死亡させる【告死鬼の奪命声】と、膨大な魔力によって聞いた者に強力な状態異常と物理的破壊を齎す【竜帝の爆炸咆哮】という強力なアビリティを重複発動させた状態で放たれていた。
その結果、オバ朗を中心にして呆れるほど膨大で、理解できないほど濃密な魔力によって赤黒く可視化された音速の破壊咆吼が全周囲へ広がって行く。
オバ朗のすぐ傍に居たミノ吉達は瞬時に破壊咆吼に呑み込まれたが、そもそも個々が強力無比な存在であった事と、予めセイ冶が張り巡らせていた積層式【聖力領域】や、障壁系のマジックアイテムの効果によって被害は一切無かった。
しかしそれ以外の万物は例外なく、破壊の脅威に晒される。
発生源であるオバ朗を起点に広がる赤黒い破壊咆哮によって、まず最初に決戦場が影響を受けた。
決戦場にはまるでガラスを砕いたかのような大小無数の亀裂が生じ、衝撃で飛散した破片は空中で更に微細に砕かれて砂と化す。
迷宮の一部であり、本来なら小さな傷を残す事すら困難を極める決戦場でなければ崩壊していた程の破壊は広がり続け、一切衰える事は無く、決戦場へと足を踏み入れた連合軍と同盟軍に襲いかかる。
両陣営からすれば、赤黒い壁が突如として眼前に発生し、それが凄まじい速さで膨張しながら迫ってきているようにしか見えなかっただろう。
「御心のままに」
迫る赤黒い壁に触れればどうなるか、生物としての本能から『死ぬ』と誰もが理解した。
理解したが、その速度が速過ぎて、また規模が大き過ぎていた為に連合軍と同盟軍とも、咄嗟に行動に移す事が出来たのはごく僅かな限られた存在だけだった。
「世界に光在れ」
オバ朗の破壊咆哮が両陣営に到達するまでにある猶予は、五秒にも満たない僅かな時間だけ。
その間に何か対処をしなければ、両陣営の兵士達の身体は瞬時に血煙になるまで破壊され、この世に肉片一つ残す事は無かっただろう。
屈強な【英勇】達ならば残骸すら残らないという事はないかもしれないが、殆ど何もできずに全身を蹂躙され、屍を晒した事は想像に難くない。
しかしそれは仕方の無い事でもあった。
音を触媒にした攻撃を防ぐ手立てなど、そうあるモノではない。反応する事すら困難である。
だが、約五千名居る連合軍には【英勇】を越える【救聖】が居た。
「――“精錬武救の聖神鎧”」
まるで全ての災いを薙ぎ払うかのような神秘的で暴力的な白刃を備えた純白の杖――【大神の神器】である【誕叡大神之魂界杖】を構えたアンナリーゼが、【白き誕叡なる救世主】だけが行使可能なとある【魔法】を圧縮詠唱にて発動させた。
その【魔法】は光速で連合軍に所属する全ての存在に届き、【劣化神兵】【聖神鎧】【精神耐性強化】【戦技向上】【一度だけの救済】という能力を一時的に付与し、破壊咆哮という絶望的な【死】に抗うだけの力を与えた。
しかし、それでもまだ足りていない。
決戦場の砂という研磨剤を取り込んで更に破壊力を引き上げた破壊咆哮の前では、それすら多少生存確率を上げるだけの効果しかない。
殲滅は回避できるだろうが、これだけでは連合軍は壊滅する程の被害が出る。
「イィイイイイヤアアアアアアアアアアアアアアッ!」
それを回避する為、【救世主】であるアンナリーゼにつき従う【聖人】の片割れ――【割断の聖人】のウーリアは最前線へ飛び出した。
助走も無く、たった一度の跳躍で連合軍の中央から数百名以上居た連合軍兵達の頭上を越えて、雷の如き速度で決戦場へと着地、すると同時に裂帛の気合と共に放たれる横一線。
[ウーリア・デュフネス・サーズは戦技【割断剣・大界横断】を繰り出した]
一目見ただけで心を奪われそうになるほど美しい両手長剣型の【神器】である【割断神之魂剣】と、卓越した技術と強力無比な戦技の全てが合致した事によって生じた極大の黒い斬撃。
軌道上の空間を切断しながら飛翔するウーリアの一閃は、迫る破壊咆哮と正面から衝突した。
元々ウーリアの斬撃の威力は【帝王】類の竜種が放つ【息吹】と互角以上に渡り合えるだけの段階に達していた。
それがアンナリーゼの支援や、【救聖詩篇】によって発動している【終末論・征服戦争】の効果によって全てが大幅に底上げされた現在、普段の数倍以上の破壊力があった。
放てば敵を確実に葬る、まさに必殺の一閃と言えるだろう。
しかしそれでも、まるで抗えない自然災害かと見紛うような破壊咆哮を完全に消す事はできなかった。
ウーリアが【終末論・征服戦争】の効果で強化されているのと同様に、オバ朗もまた強化されているからだ。
その為、ウーリアも勢いを削る以上の事はできず、最前線に居た為そのまま破壊咆吼に呑みこまれ、後方に大きく吹き飛ばされそうな程の衝撃に襲われた。
「イーシェル、次は頼みます」
しかし斬撃によって威力が大幅に落ちていたので、破壊咆哮を浴びてもウーリアが死ぬ事は無かった。
全身を保護する光の鎧【聖神鎧】は目に見えて削られ、時折突破されて傷を負い血を流すものの、どれも浅く致命傷にはなっていない。
アンナリーゼによって付与された能力が無ければもう少しダメージを負ったかもしれないが、それでも【英勇】を超越している【聖人】であるウーリアにとって数秒で完治する程度だ。
しかし威力の減じた状態でも【英勇】達ですら大ダメージを負ってしまいかねず、その配下である兵士達では戦闘など不可能になる程の威力がまだ残っていた。
だからウーリアは全身を破壊咆哮で痛めつけられつつも、血を分けた双子の片割れ――【境界の聖人】のイーシェルに守りを託す。
「はい、任されました」
ウーリアに僅かに遅れて最前線に立ち、荘厳な装飾を施された金属盾型の【神器】である【境界神之魂盾】を構えたイーシェルは、目前に迫った破壊咆哮に耐える為に腰を落とした。
女性ながら長身のイーシェルがスッポリと隠せるほど大きな【境界神之魂盾】はまるで地面に根を生やした大樹のような力強さを宿すイーシェルに支えられ、戦技と共にその真価を発揮する。
[イーシェル・ヴォルフシュ・サーズは戦技【境界盾・白界鏡壁】を繰り出した]
まるで世界をそこで区切るかのように、【境界神之魂盾】を起点に上下左右に白い光の壁面が構築された。
赤黒い破壊咆哮は白い光の壁面が構築された直後に衝突し、何処にも逃げ場が無くなったエネルギーを間に挟んでせめぎ合う。
しばしの間は拮抗したが、ウーリアによって斬られた事で勢いを失っていたからだろう。徐々に破壊咆哮の方が綻び、白い光の壁面以外の方面に散って行った。
「――ふぅ、流石は【世界の宿敵】、といったところですね。勢いを衰えさせて、それで尚この威力とは……」
物理的な圧力による肉体の疲労か、あるいは眼前に迫った脅威と対した精神的な重圧からか。
額に汗を滲ませながら、イーシェルは【境界神之魂盾】から顔を覗かせる。
その視線の先には、滅茶苦茶に荒れ果てた決戦場の姿があった。
中心部ほど深くなった地形を見て、『まるで天から隕石が降って来たみたいね』、とイーシェルは独り言ちる。
たった一声で、これほどの影響を及ぼす存在。
遠くにいるオバ朗の姿を細部に至るまで視認しながら、イーシェルは静かに武者震いした。
『ガオオオオオオオオオオオオオオッ!』
再度、決戦場に咆吼が轟いた。
思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音量であり、含まれる大量の魔力と鮮烈な殺意は強烈だ。
通常なら精神を強く保たなければ呑み込まれていたに違いない。
その為連合軍の者達は皆一様に身構えたが、その咆吼は破壊咆吼とは違い、脅威的だがある意味普通の咆吼だった。
それもその筈、そもそも咆吼の主が違っている。
咆吼の主はイーシェル達から見て、オバ朗達を越えた更に先。
連合軍の五分の一程度の人数で構成されている同盟軍。その中でも一際目立つ黄金の獅子――【獣王】ライオネルだった。
ライオネルの全身からは、離れていても認識できるほどの濃密な黄金の【闘気】が立ち昇っている。
特に両腕に纏う【闘気】は濃く、その前方にある決戦場には爪で抉ったような破壊の痕跡がある事から、ウーリアと同じく破壊咆吼を切り裂いて威力を低下させた事が窺えた。
また、そのすぐ背後には【魔帝】ヒュルトンによって【召喚】された≪魔界≫の巨大生物がいた。
外の世界を視認する為の眼球は存在せず、鱗も無ければ毒牙も無い、乳白色のツルツルブニブニとした皮膚が特徴的な二百メルトル程の巨大な龍である。
龍の名は“堕落誘う白龍王”。
万物を糧とする【エネルギー吸収】という能力によって巣と定めた場所から動く事無く生涯を過ごす、“堕落する白蛇”が万年生きた果てに到達する存在である。
【魔帝】ヒュルトンが【召喚】出来る存在の中でも五指に入る一体である“堕落誘う白龍王”はとぐろを巻いて、まるで宇宙に繋がっているような黒い孔の覗く口を大きく開けていた。
ライオネルでも削り切れなかった破壊咆哮を、【エネルギー吸収】によって吸い取った事は想像に難くない。
「ガハハハハハハハハハッ! 咆哮だけでこの威力たぁ、想像以上の相手じゃのぉ!」
「そんな気楽に笑えるような相手じゃありまセーン。底なしの“堕落誘う白龍王”が、『結構お腹膨れた、こんなの初めて』と言ってるくらいデース。直撃してたら、私達でも死んでたかもしれまセーンね」
「ガハハハハハハッ! 全くだなオイッ。ちょいと予想以上だったが、配下もまた予想以上のが揃っちまってるようだぜッ!」
「全くデース。恐らくデスが、八鬼の内の殆どが【帝王】類か、それに近い種族のようデース。オーフ、全く何てこった、といえばいいのでショウ」
豪快に笑うライオネルは戦闘種族である肉食獣人としての血が騒ぐのか、纏う【闘気】はより荒々しいモノとなる。
その傍らで呆れながら、しかし声音からは同じく戦いへの興奮が窺えるヒュルトンが肩を竦めた。
両者は配下を引き連れ、軽く談笑しながら荒れた決戦場の中心に向かって歩んでいくが、その姿に隙は一切存在しなかった。
両者はあくまでも自然体ながら、その視線はオバ朗と、その周囲に居る八鬼達から逸れる事は無い。
何かあれば、即応できるようにしていたのだ。それは世界有数の猛者であるライオネルとヒュルトンが、オバ朗達の実力の高さを実感していたからに他ならない。
そして【救世主】であるアンナリーゼを筆頭に、オバ朗達を見つめるのは連合軍も同じであった。
「それじゃあ、約束通り一日は傍観するから、後は各自の判断に任せる」
【救聖】率いる連合軍約五千名、【帝王】率いる同盟軍約千名、合計六千名から注がれる視線を感じながらも問題ないとばかりに無視し、初撃である破壊咆哮を防がれたオバ朗はそう言って再び椅子に腰かけた。
そして周囲に空間支配型防御系アビリティである【神獣の守護領域】を使った防御壁を構築し、アイテムボックスから酒瓶とコップを取り出した。
完全に寛ぐ用意を進めるオバ朗とは逆に、ミノ吉達八鬼は抑えきれない戦意を隠しもせず立ち上がり、自身が定めた敵を見据える。
「ブルルルル……。己は、あの黄金ノ獅子を相手にモラうぞ」
「ほな、ウチは吉やんのサポートに回るな。【獣牙将】と【六重将】とか、それから同盟軍の兵隊でも相手にしよか」
破壊咆哮を防いだライオネルの爪撃を見ていたからか、あるいはミノ吉のように優れた身体能力を持っているからか、ミノ吉の興味はライオネルに注がれていた。
口から雷炎を零すミノ吉はライオネルを見据えたまま斧と盾を構え直し、それと並行して自身の筋肉を怒張させる。
それによってただでさえ巨大なミノ吉は一回りも大きくなり、圧倒的な力強さを見る者に感じさせた。
それを見て、ライオネルも応戦する。胸筋の厚みなどをアピールするサイドチェスト、上腕二頭筋や全身などをアピールするダブルバイセップスといったポーズが色々と繰り返され、次第にライオネルとミノ吉の間にある種の共感が生じた。
まさに肉体言語であり、暑苦しさすら感じられるやり取りが数百メルトル離れた状態で繰り広げられる。
「ほら、それ以上のやり取りは実戦でやりーな」
アス江は自身の力強さをアピールしているミノ吉の腰を軽く叩いて暑苦しいやり取りを止めさせながら、反対の手で巨大な【大地母神の破城槌】を軽やかに肩に担ぎ上げた。
見据える先に居るのはライオネルとヒュルトンの後方に控えた【獣牙将】と【六重将】、そして魔帝国の精鋭達である。
アス江は笑みを浮かべ、ジッと見つめた。
全てを包み込むような雰囲気はまるで母なる大地のような安心感があり、しかしどこか冷たいモノだった。
「じゃあ、【魔帝】は私が貰おうかしら。【魔帝】の生き血がどんな味なのか、興味もあるしね」
そう言って淫靡に舌なめずりするのは、カナ美だった。
普通の食事でも栄養は摂取できるが、【吸血鬼】という種族の最上位の一つである【氷血真祖・超越種】となっていたカナ美にとって、生血を啜るというのは本能に近い。
カナ美にとって最も美味なる血はオバ朗のモノである事に間違い無いが、【魔帝】という存在の血がどのような味なのかはやはり気になってしまうらしい。
冷徹に獲物を品定めする捕食者の如き鋭い眼をしたまま、その味を想像しているようだ。ヒュルトンもそれに応えるかのように肩を竦めた。
それに椅子に座っているオバ朗が反応して何か言いたそうにしていたが、結局黙っている事にしたらしい。
それを見ていたブラ里は僅かに苦笑し、そして獰猛な笑みを浮かべて連合軍の一角に視線を向けた。
「なら、あそこからあそこまで、私が貰っちゃおうかな。【英雄】が固まってて、ヤりがいがありそうだしね~」
ブラ里が狙いを定めたのは、連合軍の右翼。浮遊し自走する巨大水晶に座った【星読英雄】アルドラや、周囲に十数冊の書物を浮かべている【書冊英雄】イムルスカなどが固まっている場所である。
【血剣軍女帝・亜種】となったブラ里は、背中に備わった血剣翼もあり、多対一の戦闘を得意としている。
またブラ里は戦闘時に精神が高ぶり、普段は出てこない凶暴性が表に出てくる為、大勢の配下を引き連れている【英雄】は絶好の獲物に見えているらしい。
血剣翼はまるで獲物を求めるように僅かに動き、右手に持つ【鮮血皇女】と左手に持つ【屍斬血狩】の柄を握り直した。
血に飢えた剣鬼は、獲物をどう捌こうか脳内で思案する。
その姿を見つつ、その傍らに立つスペ星はブラ里が狙うといった右翼ではなく、連合軍左翼に目を向けた。
「そちらは里ちゃんに任せるとして、なら私はあちらを相手にしましょうか」
そこには【神器】を持つ【狩猟の勇者】ラン・ベルや、特殊な戦い方をする【数式の勇者】ムテージなど【勇者】が多くいた。
多彩な魔術を行使するスペ星はブラ里同様、多対一の戦闘を得意としている。
恒星の周りを公転する惑星のように、スペ星を中心に回遊する八個の虹色の球体の能力もあり、例え前衛が居なくとも問題にならない。
少数精鋭である【勇者】達を相手にしても、単鬼で十分戦えるだろう。
「では、僕達は余った敵兵を相手にしましょうか。二鬼とも、それで構いませんか?」
セイ冶にそう言われ、クギ芽とアイ腐は頷いた。
「はい、それが最適ですからね」
「構いませんが、その前に」
ミノ吉とアス江とカナ美は同盟軍に狙いを定め。
ブラ里、スペ星は連合軍に狙いを定めた。
それぞれの戦闘能力を知る者からすれば、例え敵兵の数が圧倒的に多くても大丈夫だと考え、手助けはしないだろう。
事実としてその通りなのだが、しかし敵兵の数が多いとどうしても余る敵が出てくる。
それに対処する事を選んだのはセイ冶、アイ腐、クギ芽の三鬼だった。
八鬼の中では戦闘能力で劣る三鬼は今まで他の鬼達のサポートを主に担当していた為、自然とそういう事になったらしい。
また、戦闘能力が劣ると言っても八鬼の中に限定しての話である。
決して三鬼は弱くなかった。例え一軍を相手にしても殲滅しかねないほどである。
自身の力量を把握しているからか、多勢を相手にするというセイ冶の指示に文句は無いようだ。
しかし一つだけ、アイ腐は要望を出した。
「愚腐腐腐腐、先にあちらと話をさせてもらいますね。同胞の匂いがしますので」
その要望は、とある人物と対話する事だった。
「それは……なるほど、構いませんよ」
アイ腐はまるで運命に導かれたかのように、とある人物をジッと見つめていた。視線の先には、ある意味当然なのだろう、【腐浄の勇者】キフスの姿があった。
キフスもまた、まるで導かれるようにアイ腐を見つめている。
両者の間で交わされる何かは、付き合いの長いセイ冶にはよく分かったらしい。
セイ冶は苦笑いを浮かべ、アイ腐にしばらく自由にさせる事にした。
ともあれ、連合軍と同盟軍は到達し、八鬼はそれぞれの標的を定めた。
主役であるはずのオバ朗は決戦場の中心で静かに座し、戦況がどうなるのかをしばしの間は傍観するようだ。
それぞれがそれぞれの思惑で動き始めようとする最中、連合軍の中心、そこにいる【白き誕叡なる救世主】であるアンナリーゼは、陶酔するような艶めかしい恍惚の表情を浮かべ、その顔を両手でそっと包み込んだ。
「ああ、ああ、なんて喜ばしいのでしょうか。私が果たさねばならない使命の、なんと苦難な事でしょう。咆哮一つで世界を破壊しかねない、【飽く無き暴食】の恐ろしさ。殺す殺されるという話ではなく、対峙しただけで自身の愚かさを自覚してしまいそうになる程の重圧感。普通では達成する事など、到底不可能に違いありません」
アンナリーゼは呼吸を荒くし、周囲で始まった激しい戦闘をツマミに酒を嗜むオバ朗に熱い視線を注いでいた。
「だからこそ、意味がある。私がこの世界に生まれた意味が、【飽く無き暴食】を打ち倒す事で約束される。ああ、ああ、なんて喜ばしい事でしょうか、なんて素晴らしい事でしょうか」
溢れ出る想いを吐き出すように、アンナリーゼは純白の杖【誕叡大神之魂界杖】を掲げ、全軍に【魔法】を付与する。
何重にも強化された兵士達は、恐るべき鬼達へと勇気を振るい立たせて挑んで行った。
「戦いましょう、使命を果たす為に。戦いましょう、世界を救済する為に。戦いましょう、【飽く無き暴食】と【白き誕叡なる救世主】はそう運命付けられているのだから」
真なる【聖戦】は、まだ始まったばかりである。
――――――――――
朝から始まった戦闘も、気がつけば夕方になり、夜になっても続いた。
夜間戦闘は視界の確保が重要になるが、ここには溶岩などが光源となるので、夜になっても一定以上の視界が確保できる。
暗闇でも昼間のように見える俺達からすれば大した助けにはならないが、その他の者達にとっては十分な助けとなっているようだ。
うーむ、少しはそこら辺も調整した方が良かったか、と観戦しながら酒を嗜み、ツマミを堪能しながらぼんやりと思う。
[保有迷宮内にて【斬糸の勇者】が死亡しました]
[死亡した事により流出する【神力】の一部が迷宮に吸収され、【神器】として再変換されます]
[夜天童子は【斬糸之魂紡錘】を手に入れた!]
[保有迷宮内にて【悪銭英雄】が死亡しました]
[死亡した事により流出する【神力】の一部が迷宮に吸収され、【神器】として再変換されます]
[夜天童子は【悪銭之魂算盤】を手に入れた!]
ブラ里さんとスペ星さんが二人の【英勇】を仕留めたが、それ以降は仕留める事が出来なかった。
まあ、倒すのも時間の問題だろう。
[世界詩篇[黒蝕鬼物語]第六章【神災暴食のススメ】の第九節【軍炎の波】の隠し条件≪軍騒鉄火≫≪戦火拡大≫がクリアされました]

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