特撮の申し子・樋口真嗣監督に訊く、『サンダーバード』の衝撃
『サンダーバード音楽集 ~オリジナル・スコアによる』- インタビュー・テキスト
- 麦倉正樹
- 撮影:豊島望
このサントラを通勤のときに聴くと、自動改札を抜けるだけで、異常に高揚します(笑)。何かすごい使命を帯びて、どこかに向かっているような気がするというか。
―『サンダーバード』の音楽を担当したバリー・グレイのオリジナルスコア(オーケストラ譜)が近年発見され、それをもとにオーケストラが演奏した『サンダーバード音楽集』が発売されます。『サンダーバード』の音楽とは、どういう評価を受けているのでしょうか?
樋口:『サンダーバード』って、音楽の効果がものすごく大きいと思います。今回のサントラにも入っていますけど、『サンダーバード』の劇場版では、映画が始まってからしばらくの間、ずっと火星探査ロケットの組み立てシーンが続くんですよ。こっちからやってきたパーツがドッキングして、今度はあっちから翼の部品がやってきてドッキングするみたいなのを、延々やっている(笑)。そんなの普通は映像として間が持たないんですけど、『サンダーバード』の場合、これが持つんですよね。なぜ持つかというと、そこに音楽があるからなんです。
―特撮と音楽の関係性というのは、やはり通常のドラマとは違うものなんですか?
樋口:そうですね。寄り添い方というか支え方が全然違って、特撮の場合、音楽がないとホント退屈なものになってしまうんですよ。というのも、画には一切の感情がないから。そこにあるのは感情ではなく、「すごい!」っていう驚きだったり、ワクワク感であって……いわゆるセンチメンタルな要素は、一切ないんですけど、それが音楽によって半ば強制的に感情が揺り動かされる。言葉とか意味じゃない。純粋な美なんですよ! バレエとバレエ音楽の関係と同じだから、高度な芸術と言っても過言ではありません。わかっていただけないかもしれませんが、一向に構いませんよ私は!
―音楽と特撮の関係性は、高度な芸術である。わかる気がします。
樋口:出撃シーンとかも、さっさと出撃すればいいのに、そこでなぜ溜めるみたいな(笑)。
―それを言ったら、ヒーローの変身シーンとかもそうですよね。
樋口:あと、ロボットの合体シーンとか。でも、最近の若者たちに言われちゃうんですよ、「この出撃シーンは長いから切っちゃいましょうよ」とか。いや、それは音楽が入れば大丈夫なんだよって言うんだけど……それは昭和の考え方なのかな。だけど、僕らの世代は、そういうものを見て育ってきちゃったから、これはもうしょうがないですよね(笑)。栄養はないけどコクとか旨味のような成分なんです。
―先ほどのロケットの組み立てシーンじゃないですけど、『サンダーバード』って人間模様よりもメカの移動だったり、出撃シーンが多い、ちょっと不思議な人形劇ですよね。
樋口:そうなんですよ。物理現象を追い掛けているだけっていう(笑)。ただ、そこに音楽が流れていれば、いつまでも見られるというか、もうそれだけで満足なんですよね。別に、人間ドラマとか恋愛とかいらないんじゃないかって。
―それはそれで間違った大人になりそうですけど(笑)。
樋口:そうなんですよ! すっかり間違った大人になっちゃってね(笑)。あと、『サンダーバード』の音楽の話で言ったらもうひとつ、『サンダーバード』の場合、音楽が鳴ると台詞がなくなるんですよね。ここからは音楽だけで映像を見てくださいっていう。
―あ、なるほど。
樋口:今の劇伴って、台詞と喧嘩しちゃいけないというのが、まず大前提としてあるんですよ。だから、台詞の帯域であるところのピアノや弦の音――バイオリンとかの音って台詞と近いから、あまり使えないんですよ。でも、『サンダーバード』の場合、そういう配慮がほとんどないんですよね。だから、サントラだけを聴いても、全部の帯域がまんべんなく入っていて、楽曲として非常に完成度が高いという。
―“オープニング・テーマ”の有名なカウントダウンコールもそうですけど、台詞ですらSEのように使っていますよね。
樋口:そうそう、優先順位がちょっとおかしいんですよ。そういうもので育っちゃったおかげで、我々の年代が作るものは、みんなおかしいんですけど。その原点が、ここにありますよね。
―そんな『サンダーバード』のサントラを、今の人たちはどんなふうに楽しめばいいでしょう。
樋口:逆に今の人たちには、どう聴こえるんでしょうね。僕たちはもう擦り込まれちゃっているから、この音楽を聴くと自動的に映像がぶわっと浮かぶわけで……でも、普通にかっこいいと思うんだけどな。優雅なメロディーラインだったり、オーケストレーションの気持ち良さがあって。あと、意外と欠かせないのが、パーカッションの音なんですよね。こう見えて、意外とラテンなリズム隊になっているので。
―1960年代のイギリスという時代柄、スウィンギン・ロンドン的なエッセンスが密かに入っていたりしますよね。
樋口:そうですね。それで言ったら、劇中にThe Beatlesっぽいバンドが出てきたこともありましたよね。だから、パンクが生まれる直前の、一回途絶えちゃったイギリス音楽の何かが、ここにあるような気もするんですよね。そのへんのパーツがいっぱい混じっているような気がします。
―なるほど。
樋口:あと、さっきの組み立ての話じゃないですけど、このサントラを通勤のときとかに聴くといいんじゃないかって思いますね。エスカレーターとかに乗るだけで高揚するというか、自動改札を抜けるだけで、異常に高揚します(笑)。何かすごい使命を帯びて、どこかに向かっているような気がするというか。通勤中のテンションが俄然上がってくると思います。
―確かに(笑)。
樋口:まあ、いずれにせよ、50年前に放送されていた番組のオリジナルスコアが発見されて、それがこうして今の若いオーケストラの人たちによって力強く演奏されるっていうのは、一周まわってやっとここまできたかっていう感慨がありますよね。こういうものが企画として通る世の中になったというのは、僕としては非常に嬉しい限りです。
リリース情報
- 『サンダーバード音楽集 ~オリジナル・スコアによる』(CD)
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2016年4月13日(水)発売
価格:3,240円(税込)
COCQ-852891. オープニング・テーマ
2. フッドとファイアーフラッシュ号(SOS原子旅客機・組曲)
3. ファイアーフラッシュ号着陸(SOS原子旅客機・組曲)
4. ペネロープ号の追跡(SOS原子旅客機・組曲)
5. トレーシー・ラウンジ・ピアノ(SOS原子旅客機・組曲)
6. サンダーバード・マーチ
7. ロケット“太陽号”の危機
8. 火星ロケット輸送車
9. 独占スクープ失敗(ニューヨークの恐怖・組曲)
10. エンパイア・ステート・ビルの移動(ニューヨークの恐怖・組曲)
11. ネッドの救出(ニューヨークの恐怖・組曲)
12. サンダーバード6号~メイン・テーマ
13. トレーシー島
14. ゼロX号のテーマ
15. スポーク・シティ・ジャズ
16. ゴングの命運(ジェット“モグラ号”の活躍・組曲)
17. 危険な穴(ジェット“モグラ号”の活躍・組曲)
18. 救助!(ジェット“モグラ号”の活躍・組曲)
19. イージーリスニング・ラジオ・ミュージック
20. 東南アジア道路でのドラマ(死の谷・組曲)
21. 絶望的な挑戦(死の谷・組曲)
22. 救助に向かうサンダーバード(死の谷・組曲)
23. エンディング・テーマ
24. 日本版「サンダーバード」主題歌
イベント情報
- 『サンダーバード&ファンタジー・フィルム・スペクタキュラー・コンサート』
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2016年4月16日(土)OPEN 12:30 / START 13:00
会場:東京都 新宿文化センター 大ホール
指揮:榊真由
演奏:東京ガーデン・オーケストラ
料金:指定席3,500円 一般自由席2,500円 学生席1,500円
プロフィール
- 樋口真嗣(ひぐち しんじ)
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1965年生まれ、東京都出身。平成ガメラシリーズでは特技監督を務め、日本アカデミー賞特別賞を受賞。監督作品に『ローレライ』、『日本沈没』、『のぼうの城』、実写版『進撃の巨人』など。2016年公開予定の『シン・ゴジラ』では監督と特技監督を務める。