【エンタメよもやま話】毎日、廃棄弁当食べ…コンビニ店長の残酷日記 “貸せ貸せ星人”来襲!?
さて、今週の本コラムは、話題の本のご紹介です。
小売業大手、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼最高経営責任者(CEO、83歳)が4月7日夕、東京都内で会見し「グループの全役職を退き、引退する」と発表し、大騒ぎとなりました。
子会社のセブン−イレブン・ジャパンの井阪隆一社長兼最高執行責任者(COO、58歳)を退任させる人事案を主導したものの、この日午前の取締役会で否決されたため、経営の混乱を招いた責任を取り、辞任することを決めたといいます。
鈴木氏は1963(昭和38)年、総合スーパーのイトーヨーカ堂に入社し、コンビニエンスストア(コンビニ)という新業態を米から日本に初めて導入。これを日本に定着させたカリスマ経営者で知られます。
鈴木氏がヨーカ堂の子会社として発足させたコンビニが「セブン−イレブン」で、74年に東京都江東区に1号店をオープンさせて以来、24時間、買い物などができるといった便利さから、急速に店舗網を拡大。
ローソンやファミリーマート、サークルKサンクスといったライバルも続々登場し、2008年には全国のコンビニの年間売上高が初めて全国の百貨店の年間売上高を抜き「コンビニが流通業の王者になった」と大いに話題となりました。
そんなこんなで、いまや、われわれの日常生活に欠かせない“生活インフラ”となっているコンビニなのですが、そんなコンビニの“裏側”を、とある中核都市の郊外のコンビニ店のオーナー店長が日記形式で赤裸々にさらけ出す1冊が話題を集めています。タイトルはズバリです。
年167億人、誰もが3日に1回は来店…仕入れ先はドンキ!? 本部だけ儲ける“超ブラック”ビズ
淹れたてのコーヒーから熱々のおでん、日用品、雑誌、文房具に至るまで、膨大な数の商品を24時間扱っているのですから、端から想像するだけで店員さんや店長さんの仕事の大変さは想像に難くないですが、この本を読んで、そのあまりの大変さに度肝を抜かれてしまいました。というわけで今回は、この本の内容をご紹介しながら、コンビニというものについて、いろいろ考えてみたいと思います。
日本フランチャイズチェーン協会の調べでは、昨年12月末現在でコンビニの店舗数は5万3544店で、前年比2・9%、店舗数にして1510店と大幅な増加を記録したそうです。年間来店者数は167億3089万人。単純計算すれば、日本人が1年のうちに130回は訪れている計算になります。凄い数字ですね。
そして、著者の三宮氏は大学の経済学部を卒業後、生活用品のメーカーで営業マンとして働いていましたが、6年前の3月、ちょうど40代半ばを過ぎようとした春、会社が生産拠点の海外移転に伴い、数百人規模の希望退職者を募集したのを機に、コンビニのオーナーになったそうです。
オーナー募集の説明会が「うまい話を並べるでもなく、経営の厳しさにもふれた説明は好印象だった。というより、すでに自分の中で『やる』と決めていたので、プラス情報しか耳に入ってこなかったというほうがあたっている」ことと「最初に用意する加盟金250万円は退職金の割増分で楽に賄えた」ことで「一国一城の主」であるコンビニのオーナー店長の夢を実現したのでした。
商品代を払わぬ客たち、利益を加盟店に残さぬコンビニ本部
ところが、その仕事は想像以上に過酷だったのです。何と言っても「コンビニは人間の素がさらけ出される人間ドラマの宝庫」だけあって、三宮氏は「いつもエリートのような装いをした紳士も、深窓の令嬢も、店内に入ったとたんに鎧(よろい)を脱ぎ捨て、常識では考えられないような行動を起こすことを嫌というほど思い知らされてきた」と語り、具体例を書き記しているのですが、あまりにも面白過ぎて、のけぞってしまいました。
例えば某年の2月3日。「季節を感じる2月の推奨商品といえば、まずは恵方巻きだ…節分の日、店の前に販促用の旗を立て、店内では試食販売をやってみた…小さく切った試食用の恵方巻きと爪楊枝(つまようじ)…来るわ、来るわ。高校生たちが列をなして来店し、まずはカップラーメンを買ってポットのお湯を入れ、ポットのあるレジ横からぞろぞろと移動。みんなで無料の恵方巻きをおかずに、カップ麺を食べている…」
しかし、これはまだマシな方。なぜなら、一応、カップラーメンをちゃんと買っているからです。実際、こんな笑えない事例も発生しています。
某年2月14日。「今日はバレンタインデーだった。今年はお菓子コーナーのほか、レジの横にも、リボンで飾ったカゴに入れて、小さなチロルチョコを置いてみた。すると60歳過ぎの女性客が、会計の途中で包装紙をはがし、パクッと食べたのだ…レジ脇で売っているチョコを試食と勘違いしてパクッとやったのは、朝から3人目だという」
さらに、こんな極悪人もいます。某年10月某日。「お客様の中には、非常識な人も多い。昼間のことだ。いつものように昼食用の弁当を買い求めるお客様で激混みの中、スーツ姿の若いサラリーマンが慌てて入ってきた…レジにいる俺に向かって『今から至急ファクスを送らなければならないんだ。悪いけど、A4の紙を1枚くれないか!』。しょうがないな、と思いつつ、手渡すと今度は『ごめん、筆記用具がないんだ。悪いけどボールペン貸してくれない?』。だまって胸にさしてあるボールペンを差し出す。すると、今度は書き間違えたのか、『あのさ、ホワイト(修正液)ある?』ときたもんだ…」
そして三宮氏はこう記します。「すべて商品として売っているものばかりじゃないか。それでファクスを終えると感謝の言葉もなしに店を出て行った。でもこんなお客さんはけっこういる…俺は心の中でこういう客を『貸せ貸せ星人』と呼んでいる」
それにしても、人はコンビニに入った瞬間から、こうなるものなのでしょうか?。「店内に入ったとたんに鎧を脱ぎ捨て、常識では考えられないような行動を起こす」とはいえ、これでは鎧どころか、全部脱いで素っ裸になって、ブラブラさせているようなもんですよ…。
このほかにも「外のチカチカ光る看板の電源を抜いてスマホを充電」していたやつや、毎日3回はトイレを借りに来る常連客などなど、読んでいるこちらが呆れるやら驚くやらの珍事例のオンパレード。
とはいえ、こうした単なるぼやき話は全体の一部に過ぎません。むしろ本書は、日本独自の会計方式を駆使したコンビニという業態の特殊な利益構造やビジネスモデルを浮き彫りにしている点が非常に興味深いといえるのでしょう。
「値下げすれば黒字」「おでん儲からず」「自腹買い」…
例えば、2011(平成23)年3月11日の東日本大震災にからみ「当初はまったく納品のトラックが来なくなり、さすがに困った。ところが、車で15分ほどのところにあるドン・キホーテは、どこから調達してくるのかモノがあふれていた。そこで俺は一計を案じた。開店と同時にドンキに『仕入れ』に行ったのだ」
つまり、ドンキで商品を買い、それを自分のコンビニで売ったわけです。「いくら顧客のためとはいえ、そんなことをしたらコンビニ側に損が出るのでは」と思ってしまいますよね。ところが「商品を正規ルートで仕入れるより、ドンキから『仕入れ』たほうが利幅が大きい商品がいくつもあったのだ」と三宮氏は驚きます。
そして「SV(スーパーバイザー、店舗指導員のこと)から、なぜか『すぐ止めるように』と指示が来た」と明かし「コンビニの仕入れ値がドンキの小売価格より高いって、一体どういうことなんだ? バイイングパワー(巨大な販売力を背景とした強い仕入れ・購買の力)は幻だったのか、それとも加盟店には還元されていないということなのか−」と疑問を呈します。
このほかにも「特殊な会計によって粗利を見かけ上膨らませる手法は、小売業で必然的に発生するロスを粗利計算から排除することによって、加盟店から本部への所得移転をもたらしている」「日商を上げても本部だけが儲かり、加盟店に利益が残らないようになっている」といった驚愕(きょうがく)のカラクリや「値下げで売ると黒字になる理由」「おでんは売れても儲からない」「ノルマ未達で自腹買い」といったコンビニというビジネスの闇の部分がさらけ出されています。
これ以上のネタに関しては本書を購入して読んで頂きたいと思いますが、著者が本書で最も訴えたかったことは、コンビニという業態が同業他社間との激しい競争と規模の追究によって巨大化する過程において、加盟店やバイト店員らに相当な無理強いを強要すると同時に、そうした独自のビジネスモデルや成長戦略が“そろそろ頭打ちに近づいてきているのではないか”と示唆(しさ)している点に尽きると思います。
最も分かりやすい例は「ドミナント(高密度多店舗出店方式)戦略」です。これは「一定の地域にいくつもの加盟店を出店することによって、チェーンのイメージを強くアピールし…他のチェーンの出店を難しくしながら利益を上げていくコンビニ特有の成長戦略」なのですが、これは、自分のコンビニの近くに別のコンビニができてしまうことを意味します。加盟店にとっては死活問題ですよね…。
冒頭のお話に戻りますが、日本における“コンビニの生みの親”といえる鈴木会長が経営の一線から退いたことは、コンビニという業態が曲がり角を迎えているという暗示ではないかと本書を読んで思ったのでした。 (岡田敏一)
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【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部などを経て現在、編集企画室所属。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。
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