印南敦史 - お金,マネーハック 06:30 AM
いまさら人に聞けない。金融ビジネスを根底から変える「フィンテック」とは
『カール教授のビジネス集中講義 金融・ファイナンス』(平野敦士カール著、朝日新聞出版)は、実務家、経営コンサルタント、著者、大学教授とさまざまな経験を経てきた著者によるシリーズ最新作。「経営戦略」「ビジネスモデル」「マーケティング」に続く第4弾で、今回は「金融・ファイナンス」をテーマにしています。
専門知識が必要で難しそうなイメージがあるだけに、ファイナンスと聞いただけで抵抗を感じてしまう方もいるかもしれません。しかし、そんな思いを見越したかのように、著者は冒頭でこう主張しています。
安心してください! ファイナンスは難しくありません。みなさんの多くは、金融・ファイナンスというと何か複雑な数式や横文字が多く難解だし、自分は経理部や財務部でもないから関係ないと思われているのではないでしょうか。(中略)しかし実は企業人としても個人としてもこれからの時代に最も学ぶべき学問、それが金融・ファイナンスなのです。(「本書の使い方」より)
理由は、ファイナンスを学ぶことにより、「お金」を増やし、減らさないようにするための知恵が身につくから。そこで本書では、まったくの金融初心者でも理解できるように書かれているというわけです。きょうは、「ファイナンス業界でいまなにが起きているか」に焦点を当てた第1章「ファイナンスの最新潮流」を見てみたいと思います。
フィンテックとは
いま「フィンテック」という、世界で金融ビジネスを根底からひっくり返すようなことが起きているのだそうです。いうまでもなくこれは、Finance(金融)とTechnology(技術)を合わせた造語。ちなみにフィンテックにおける金融とは、かなり広い概念で使われているものなのだとか。
具体的には、早くて安価で使いやすい為替や送金(個人間送金、海外送金)、決済(店舗やネットでの決済、クレジットカード)、個人からの資金調達、人工知能(AI)を使った資産運用、手数料無料のネット証券や個人ごとの行動履歴に連動した保険などがそれにあたります。
スマートフォンの家計簿アプリから企業の請求書発送代行、それらのデータや取引などのビッグデータに基づいた企業や個人への融資、ビットコインなどの暗号通過や仮想通貨、そうした通貨の技術的基盤方式であるブロックチェーン(後述)の他分野への応用サービス(ビットコイン2.0)など、お金に関するさまざまな事業が革命的に変化しているというのです。
簡単にいえば、「ITを利用することで、誰にでも安価で簡単に利用できる金融サービスが次々と登場している」ということ。当然のことながら、スマホやSNSなどのソーシャルメディアが普及の大きな要因として機能しているわけです。そこで日本の大手銀行もようやく、フィンテックに積極的に取り組むようになってきたのだそうです。いいかえれば、フィンテックにより、新たなビジネスモデルが生まれる可能性が増えてきているということにもなるでしょう。(22ページより)
フィンテック企業概観1. 決済
フィンテックベンチャーは活況を呈しており、アメリカでは2014年以降、スクエア(Square)、レンディングクラブ(Lending Club)などの企業が上場。50社以上が買収されたそうです。また世界的にも、すでに1000社以上が登場しているといいます。その多くは従来の金融機関と同様のサービスを10分の1以下の手数料で提供するものや、なかには無料のものも。やはり人気があるのは、スマホを使った「安い」「早い」「簡単」という特徴を持つもの。
そんななか、現場においてもっとも多くのスタートアップが競合しているのが「決済業務」。具体的にいうと日本では2005年ごろからSuicaなどの電子マネーとおサイフケータイによって世界最先端のサービスが普及しましたが、海外ではクレジットカードの利便性を高める方向で進んでいるのだといいます。
例を挙げてみましょう。たとえば「ペイパル」(PayPal)のように、さまざまな決済手段を、ウェブでもリアルでも定額かつ容易に行えるものがあります。また、複数のクレジットカードやポイントカードなどを専用のカード型デバイスで一枚にできるものもあります(Coin、Plastic)。専用のデバイスを取りつけ、スマホをPOSレジ化するものもあります(Square、Coiney、PayPal Here)。
あるいは、カメラを利用してスマホをPOS化するもの(flint)、銀行の代理店として顧客にサービスを提供するもの(Moven)、ウェブ決済と同じ仕組みを利用し、店舗でもレジに並ぶ必要なく決済できるものもあります。
その他、アメリカ最大手の小売業であるウォルマートも決済ビジネスに参入していますし、すでに世界ではさまざまなジャンルにおいて、フィンテックベンチャーが活躍しているわけです。(24ページより)
フィンテック企業概観2. 為替・審査・資産運用・融資まで
為替については、スマホのアプリ、メールやチャットで個人間の送金を安価または無料で行えるものが人気(M-Pesa、Venmo)。海外送金も、ほぼ無料で行えるものがあります。
資金調達については、プロジェクトごとに少額の資金を集めることができるクラウドファンデディングが浸透(OnDeck、Kicstarter)。ちなみにクラウドファンディングには株式投資型、社債型、購入型、寄付型などがあります。また家計簿アプリから家庭のキャッシュフローの状況を把握できるため、資産運用の手段をAIを使ってアドバイスする企業も数多く登場しています。
富裕層を相手にした専門家による投資アドバイスも変化しており、これまでは運用資産の2%程度かかっていた手数料を、0.25%からという格安で行う企業も出てきているそうです。さらに個人向けのローンなどもはじまっており、銀行以外が融資を行うケースが増えてくると予想されているのだとか。
融資といえば審査にあたって決算書や担保の有無など膨大な資料が必要でしたが、フィンテック企業による審査では、会計ソフトのデータ活用(Kabbage)、SNS上でのやりとりや評判などのデータ、EC(eコマース)サイトにおける売上推移などのビッグデータをもとに行っている点が特徴。日本でもマネーフォワード、freee、Moneytreeなどが実績を上げてきているそうです。(26ページより)
フィンテック企業概観3. 事業者向けローンその他
ECプラットフォームの米アマゾンも、出展企業向けのスモールビジネスローンを開始。出展企業の管理画面に「貴社はこのくらいの金額をこのくらいの金利で借りることができます」という趣旨の提案が自動的に表示されるわけです。
今後、EC企業はこうしたローンや売掛金などの金融業務に進出していくだろうと著者は予測しています。リアルタイムでの売上情報はなかなか把握できないデータであるため、銀行がECなど他業種に進出するきっかけになるわけです。そこで、今後は銀行グループがECサイトの買収や運営を行う可能性もあるとか。
他にも、心拍数や歩数などの健康関連の数値測定アプリと保険を組み合わせたもの(Oscar)、個人ごとの車の運転の走行態度によって保険料が変わる保険、あるいはセキュリティ関連のベンチャーも数多く登場。まだまだ多くのサービスがありますが、それら成功しているフィンテック企業に共通する特徴は、「簡単」「便利」「安価」。また同時に、人々の行動を大きく変えない点にも重要な意味があるといいます。(28ページより)
ビットコイン
ビットコインは「仮想通貨」「暗号通貨」とも呼ばれるもので、それらの基礎となる技術が前述したブロックチェーン。そんなビットコインを理解するために、ここで著者はまず、従来の送金の仕組みを再確認しています。
たとえばAさんが甲銀行の自分の口座からBさんの乙銀行の口座に100万円を送金する場合、甲銀行の帳簿では「Aさんの口座から100万円引かれた」と記載されます。一方、乙銀行では「Bさんの口座に100万円入金された」と記載され、送金者であるAさんの口座からは手数料が引かれます。重要なのは、このとき、甲銀行と乙銀行が実際にお金のやりとりをするわけではなく、日本銀行にある両行の口座間で差額決済するということ。
つまり実際に資金移動があるかどうかではなく、記載こそが送金された証拠になるということ。そう考えると、実は「お金はデータである」と考えられるのです。
そんななか、「信頼性を保持するためには衆人の監視下におけばよいのではないか」という考え方のもと、2009年に運用が開始されたのがビットコイン。厳密には通貨ではなく、通貨と同様の機能を持ったコンピュータ上のコード。機能としては、通貨と同様に決済や送金などに使える仕組みだというわけです。
通常の通貨は中央銀行(円であれば日本銀行)が管理していますが、ビットコインに中央銀行は存在せず、あらゆる取引はインターネット上の個人間のやりとり(ピア・ツー・ピア・ネットワーク)で行われ、その信用はネットワーク参加者全体で相互監視されることに(公開鍵暗号方式を採用)。
あらゆる取引は元帳のような役割をするブロックチェーンに記録され、ネットワーク上の参加者(ノード)に分散、過去のすべての取引が記録されることに。そのため、誰でも過去の取引を確認・検証することができるわけです。またデータが分散しているため、仮にひとりがネット上の攻撃を受けてデータを喪失しても安全だというメリットもあります。
ビットコインのメリットは、「銀行やクレジットカードより送金などの手数料が安くできる」「365日24時間利用可能」「個人情報、口座番号、カード番号などの入力不要」「カントリーリスクがない」など。そのため、送金やECサイトでの決済手段として広がりつつあるということです。特に海外送金の制限がある国や、通貨の信用度が低い国などでは、通貨の代替手段としても注目されているとか。
ただし、リスクもあります。いい例が、当時世界最大級の取引所だった日本のマウントゴックスが、数百億円相当のビットコインが喪失されたとして2014年2月に破産した一件。真相は明らかになっていないものの、取引経営者による横領が疑われ、社長が逮捕されたことは記憶に新しいところです。ビットコインそのものの安全性が棄損されたわけではないとはいえ、取引所における人為的な不正の可能性が明らかになったわけです。
しかしそれでも、ビットコインに可能性があることは事実。2016年3月には政府が仮想通貨を「貨幣」と認定したこともあり、今後の展開には注目しておいたほうがいいということです。(30ページより)
このように、未来を見据えたアップトゥデイトな話題について解説されている点が本書の魅力。ひとつひとつのテーマが簡潔にまとめられ、各章の終りにはチェックテストもついているため、ファイナンスについて無理なく学ぶことができるはず。苦手意識のある人にこそ、適した1冊だといえます。
(印南敦史)