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 政治的公正さを巡り、やれ圧力だ、萎縮だ、果ては電波停止だと騒がしい昨今のテレビ。だが同じ放送法のもとにありながら、ラジオでは、わりと自由に政治が語られている。ラジオ番組を持つ2人に聞く。放送法をどう考える?

 

 ■言論縛る危険、4条撤廃せよ 辛坊治郎さん(ニュースキャスター)

 首相の安倍晋三さんとは、関西のテレビ番組に何度か出演をお願いしている縁で、ラジオにも2月の聴取率週間に合わせて出てもらいました。

 理由は後で話しますが、放送法4条は危険な条文であり、撤廃すべきだというのが、私の持論でして、番組の放送前に安倍さんに直接、4条撤廃論をぶつけたんです。すると「いいですねえ! そうしましょうよ。その代わり、電波をオークションにかけますよ」と言うんです。

 これは強烈です。「痛いところをついてくるな」って感じです。というのも、放送局が放送法4条の撤廃を言い出さないのは、現状で十分、経営的にもうかっているからです。4条を撤廃する代わりに電波割り当てが自由化されたら、放送局は困るんですよ。

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 放送法4条は「政治的公平」「報道は事実をまげない」などの倫理規範を設けています。これは電波の独占利用という特権と引き換えに、放送局に条件を課したものです。言論の自由を守るための規定という解釈は間違いです。新聞の自由を守るために、新聞法が必要ですか。言論の自由は、憲法で保障されています。

 高市早苗総務相が放送局の電波停止の可能性に言及しましたが、あの発言が国会で問題になったこと自体、違和感がありますね。答弁は役人が書いていて、野党側もあの質問をしたら、ああいう答えが返ってくると分かっている。安倍政権が、実際に停波を言ってくることはないでしょうけど、将来の政権が、この条文をたてに言論に強烈な縛りをかけてくることだってあり得る。だから30年来、私は放送法4条は危険だと言い続けています。

 そもそも、放送免許は各新聞社の傘下の放送局に与えられたものです。間接的に新聞にプレッシャーをかける形なんです。でも、だからと言って、新聞が何かに萎縮したり、権力におもねったりすることはないですよね。放送局も同じです。現場の人間で、そんな圧力を感じながら仕事をしている人はいません。テレビにとっての最大の関心事は視聴率です。首都圏のラジオは2カ月に1回、聴取率を調べるだけですけど、私はそれは、あんまり気にしていません。

 ラジオではしゃべりたいことをしゃべっています。私のような放送局出身の人間は、放送法をたたきこまれますから、ここまでは許容範囲、これを超えるとアウト、という感覚は本能みたいにすり込まれています。「よくそこまで言いますね」と言われますが、限界がわかっているから、文字で起こせば問題のない表現で、ぎりぎりで止まれる。でも、我々の仕事はニュアンスで、どうにでも伝えられる。テレビなら、眉の動かし方一つで変えられるんです。多メディア化が進み、インターネットで放送が十分できる時代に、放送局にだけ政治的公平を義務づけるなんて時代遅れでしょう。

 安倍政権になって、メディアの縛りが厳しくなったと言う人がいますけど、私はまったくそうは思いません。民主党政権では、私が大阪のテレビ番組で「鳩山由紀夫首相は宇宙人だ」と言っただけで、東京の政治部を経由して「二度と言うな」とクレームが来ましたよ。

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 私がはるかに問題だと思うのは、近年、社会が不寛容になりつつあることです。インターネットによる監視社会になって、言論の許容範囲や限度が狭まっていると感じています。ヘイトスピーチなんてひどいものが出てくると何とかしたくなる気持ちはよく分かるけど、やっぱり安易に言論を制約することについて、私は反対です。言論の自由は、民主主義社会の根幹です。言論なんて、いい言論も悪い言論も両方あっていい。社会が健全ならば、悪い言論は淘汰(とうた)されて、いい言論が残るんですから。(聞き手・松沢奈々子)

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 しんぼうじろう 56年生まれ。元読売テレビアナウンサー。12年からニッポン放送「辛坊治郎ズーム そこまで言うか!」のパーソナリティーを務める。

 

 ■自由に語る場、「公平」を実現 吉田照美さん(ラジオパーソナリティー)

 ラジオの世界に入って43年目。元々、ラジオでくだらないことを追求してきた人間ですが、いまは、自分が言おうと思ったことを言わないと大変な世の中になっちゃうなという思いがあります。

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 変わったのは3・11がきっかけです。震災、特に原発事故被害の実態が政府発表をもとにする報道だけではつかめなかった。「戦時中の情報統制みたいだ」と感じました。ならば、せっかくマイクの前にいるのだから、少しは自分の感じたこと、できることを伝えようと考えました。ツイッター情報も積極的に使った。吉田照美は反日だとか左傾化してるとか、批判されましたが、仕事を干されても仕方ないと覚悟を決めました。

 以来、政治のありようについても自由にしゃべってます。例えば安倍政権の「1億総活躍」。1億人を総まとめにしてるけど、「個」はそれぞれ違うってことを分かってないんじゃないですか。原発再稼働も安保法も、僕は反対です。黒塗りだらけのTPPの交渉文書開示なんてのも、どう考えてもおかしい。昔の輸入版「PLAYBOY」のヌード写真だって、黒塗りは肝心なとこだけだったのに!

 確かに僕は偏ってます。当然です。そもそも人はみな偏っているものですから。偏り具合が違うだけです。すべての人が同じ考えだなんてありえないし、気持ち悪い。だから、リスナーが同じ考えになってくれなんて全然思ってなくて、世の中の大体2割の人が共感してくれれば御の字です。残り8割についても、ご自身の意見とどこが違うか、僕の番組が考えるきっかけになればいい。

 高市早苗総務相が放送法の規定をもとに、放送の内容によっては「電波停止もあり得る」と発言しましたが、僕はいろんな人がいろんな意見を好きに語る場をつくりたいという気持ちでやってるし、それが結局、放送法のうたう「政治的公平」の実現につながるんだと思います。ただ、より影響力の大きいテレビでは、同じようにしゃべれないことは僕自身が分かっています。権力側の人もラジオには油断しているんじゃないかな。

 僕の番組のレギュラーで詩人のアーサー・ビナードさんが以前、テレビについて「動かなくていい、そのままで君は幸せなんだというメッセージを送り続けている」と言いました。原発事故の報道で、その言葉の恐ろしい意味を実感しました。テレビを見る人は受け身になりがちだから、権力にとっては都合のいいように操作しやすいんじゃないか――。

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 僕が、こんなふうに考えるのは、おやじから聞いた戦争体験があるからです。少年兵として海軍に志願したおやじは戦時中、人間魚雷「回天」をつくる一人でした。人間を兵器の一部にするような非人間的なことを、なぜ日本の権力者はやったのか、できたのか。権力がつくった流れに、国民が乗っかったからでしょう。

 そんな歴史を二度と繰り返さないため、メディアに関わる一人としてできることをする。そう腹を決めて、自分の考えを自由に番組で語っているわけです。

 ラジオの最大の持ち味は個人に対して強く働きかけることができる点です。権力に都合のいい流れをつくらないためには、やっぱり一人ひとりが考えなければなりません。世の中にあふれる情報の中から自分に必要な情報を感知するアンテナを磨くのも個人です。そのお役に少しでも立てればと思いながら、毎日、マイクに向かっているところはありますね。

 僕の番組に4月から、時事ネタのコント集団「ザ・ニュースペーパー」のコーナーをつくったんです。安倍晋三さん、石破茂さんの物まねをはじめ、政治コントをやってもらいます。笑いもラジオの武器ですが、どうも最近は笑いが窮屈ですからね。最近の政治を、どうぞ思い切り笑ってください。(聞き手・永持裕紀)

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 よしだてるみ 51年生まれ。74年からラジオで活躍。「吉田照美 飛べ!サルバドール」(文化放送)パーソナリティー。5月12日から池袋東武百貨店で絵画展を開催。

 

 ◆キーワード

 <放送法> 4条で「政治的公平」など番組編集の基本方針を定める。政府は違反すれば停波を命じることができると主張。研究者らは停波命令は表現の自由を侵し、違憲の疑いも、と批判している。

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