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“TRF”になれると思ったら“ELT”だった!?ELT・いっくんデビュー秘話
週刊ジョージア 2016年4月19日 7時00分 配信
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Every Little Thingの“いっくん”こと伊藤一朗。グループ活動20周年を迎えた彼の“ほろ苦い”体験を前後編に分けてお届け!前編ではデビュー前後の知られざるエピソードに迫る!バラエティーに出過ぎて同業者にたたかれ…
――伊藤さんはEvery Little Thing(以下、ELT)のイジられ役としてバラエティーでの印象も強いですが、最初からそういう役割だったんですか?いえ、僕だってバラエティーが得意ではなかったですよ。だからイジられ始めた当初は…すごく困りました。
グループの方向性としては、持田(香織)が前で、僕はCDジャケットでも顔が分からないような位置で後ろに…最初に話してそう決めてましたからね。
有名になりたい願望もなくて、自由に街を出歩いたりセール品を買いに行ったりしたいと思っていたくらいで(笑)。
――そんな伊藤さんに対して、「うたばん」(TBS系)でのとんねるず・石橋貴明さんや中居正広さん、「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」(フジテレビ系)でのダウンタウンさんのイジり方は相当なものでしたね。
当時は歌番組にも変化が出てきた時代で。
昔の歌番組だと「どんな歌なんですか?」とかボーカルにだけ話を振りますよね。
でもとんねるずさんやダウンタウンさんのような芸人さんが司会の番組では、僕のような地味なヤツが「おまえちょっと出てきてみ」とイジり倒される(笑)。
…皆さんには本当によくイジっていただきました。
――「イジっていただいた」…?ダウンタウンから「森本レオ」とイジられてもイヤじゃなかったんですか?
はい。確かにライブの時に「森本レオやってー」みたいなリクエストが飛んでくるようにもなりましたけどね(笑)。
――「笑ってはいけないシリーズ」(日本テレビ系)(※)では、クワガタに鼻をはさまれたり、女装されていたりしたのも衝撃でした…。
(※伊藤は同シリーズ番組の2009~2014年放送回に6年連続出演)
ああいうのは一回やっちゃうと、もうどうでもよくなっちゃいますから。
ギター弾く仕事が本業なのに、「なんでこんなに体張ってんだろ?」とは時々思いますけどね(笑)。
――バラエティーに出過ぎてアーティスト仲間にたたかれたりはしなかったんですか?
ああ、それはたくさんありました。
真面目に音楽やってる人たちって、基本的に“テレビに出るミュージシャン”が大嫌いなんです。
「音楽と関係ない笑いをとってCD聴いてもらって、情けなくないのか?」と言われたこともあります。
――それはツライですね…。
でも音楽以外何にもしないでいるより、なんでもいいからテレビに出てファン層が広がる方がいいじゃないですか。
だから「え?手をケガして楽器が弾けなくなっても、俺テレビ出られるんだよ、うらやましいでしょ?」って返してましたね。
デビューが決まってもレコード会社の契約は決まらなかった数カ月
――ELT結成前はどういう活動を…?僕は高校卒業後、アマチュアでずっとバンド活動をしていたんです。
地道に活動してましたがメジャー契約は難しくて、もうバンドで食べていくのは諦めていたんです。
――そうだったんですか!?
そう、だからリハーサルスタジオに就職もして普通に収入も得ていて、「音楽は趣味程度でいいや」と決めていたんです。
当時僕は、元ELTのメンバーの五十嵐(充)くんが作るデモテープの楽曲のギターを弾いてたんですね。
それである日、五十嵐くんの紹介でTRFのディレクターさんから「ギター持って来てよ」と連絡をもらって。
TRFのツアー前の時期だったから「TRFのツアーのギターとして使ってもらえるのかな」と、TRFの曲を数曲覚えて行きました。
そしたらギターを弾くことなく、音楽のバックボーンの話を聞かれたり面談が始まって。
それが結局ELTのオーディションだったんです。
でも今思えば、ELTのギターが僕じゃない可能性も大いにあったんです。
――どういうことですか?
五十嵐くんが作ったデモテープを当時の社長がたまたま聴いて。
それで気に入ってくれたらしく、TRFのディレクターに話が伝わり、ELTのギターにと声を掛けてもらえたんですよ。
それで持田、五十嵐、僕の3人でデビューすることが決まったんですが…。
実は当初、あとDJとダンサーもいるグループだって話もあったんです(笑)。
――第二のTRFが誕生するところだったんですね(笑)。一度は諦めたメジャーデビューが決まって喜びもひとしおだったのでは…?
いや、もう20代後半で、同世代はみんなデビューしちゃっていて、取り残された感もあったし、業界の良い話も悪い話も聞いてたので意外と冷静でした。
でも生活は激変しましたね。
ELTとしての活動が始まって1カ月ちょっとは、通常の仕事の方も引き継ぎとかあってすぐには辞められなくて。
深夜1時くらいまで通常の仕事をして、それからレコーディングを夜通しやって始発で帰るっていう生活で…さすがにしんどかったです。
ギター2本背負って朝の通勤ラッシュに乗ってましたが、ずいぶん白い目で見られましたね(笑)。
しかもELTのデビューが決まっても僕はレコード会社との契約手続きができていない状態で。
芸名もグループ名も決まらないままレコーディングだけをこなしてたんですが…その間、約5カ月は正直不安だらけでした。
――デビュー前後は怒濤(どとう)の日々を送られてたんですね…。
1stシングル「Feel My Heart」(96年)を出した時点でもうすぐに1stアルバム「everlasting」(97年)の制作がスタートして。
しかも1stシングルのミュージックビデオはロスでの撮影で、新人なのにお金を掛けてもらってるというプレッシャーがありましたね…。
【週刊ジョージア】
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