スタジアムは不思議な空間だ。ピッチで繰り広げられるドラマはその一つだが、それを取り巻くスタンドにはゴール裏、アウェー席、VIPエリア、おのおのに異なるストーリーがある。
特にドルトムントのスタジアム「ヴェストファーレンシュタディオン」(ジグナル・イドゥナ・パルク)の南側ゴール裏は特別な場所だ。通常、大規模スタジアムのゴール裏は1階と2階に分かれている2層構造だが、ドルトムントの場合、下から上までひとつながりの斜面で成り立つ1層構造だ。そこだけで約2万5千人収容できる(全体の収容数は8万1千人)。チームカラーの黄色に染まるため、「黄色の壁」(Gelbe Wand」と呼ばれている。
■今回ついに、その夢がかなった
記者としてクラブに取材申請をすると、プレス席が割り当てられるため、なかなか他の場所で観戦する機会はない。欧州サッカーを取材するものとして、一度はヴェストファーレンのゴール裏から試合を見たいと思い続けてきた。
そして今回ついに、その夢がかなった。急きょイタリアで別件の取材が決まり、その前にドイツに寄ってドルトムント―バイエルン・ミュンヘン戦(3月5日)を観戦できることになった。取材申請は間に合わないが、このチャンスを生かさない手はない。ゴール裏のチケットを手に入れ、「黄色の壁」へ挑むことにした。
入念な荷物検査を終えて南側の入り口をくぐると、まず驚かされたのは、至る所が「表現の場」になっていたことだ。スプレーを使ったストリートアートのような絵がいくつも階段に描かれており、裏路地に足を踏み入れたような緊張感がある。トイレに入ると、壁一面にドルトムントをモチーフにしたシールがびっしりと張られていた。こんな芸術的なトイレは見たことがない。
階段を上がって踊り場に出ると、パーカーを着た若いサポーターが黄色い冊子を配っていた。全6ページをホチキスで留めた手作りのもので、最大のサポーターグループ「THE UNITY」が発行しているフリーペーパーだ。名前は「VORSPIEL」(前奏曲、前座という意味)。ホーム試合ごとに1400部製作しているそうだ。
■ウルトラスの日常が詰まっている
ページをめくると写真は一枚もなく、黄色い紙に黒い文字が詰まっており、ぶっきらぼうな紙面である。だが、読み始めると、その世界観にあっという間に引き込まれた。サッカーの世界で、過激なサポーターは「ウルトラス」と呼ばれている。冊子には通常のメディアでは報じられることが少ない、ウルトラスの日常が詰まっていたのだ。
バイエルン戦当日に配られた第129号の冒頭は、こんな文章で始まる。
「残念な2つのニュースから始めなければならない。ひとつはポルトガルのポルトにおける欧州リーグ(EL)の試合で、警察と衝突して逮捕者が1人出たこと。幸い翌日に罰金を払って、彼はドイツに戻ることができた(そのためのお金は、みんなで募金して捻出)。もうひとつはアウェーへの移動中に交通事故が起こり、ラースが入院したこと。ラース、君の1日でも早い回復を僕たちは祈っている」