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 ■「宇宙からの視点」に出会う

 ――ロッキード裁判の傍聴記を執筆する多忙な中で、1977年に「ジャーナリズムを考える旅」、78年に「アメリカSEX革命報告」を、それぞれ「諸君!」に、79~80年は「農協」を「週刊朝日」、81~82年は「宇宙からの帰還」を「中央公論」に連載されます。

 裁判は毎週あったが、夏休み中は公判が開かれない。フルに別の取材に向けられた。「宇宙からの帰還」は、「農協」の連載でカリフォルニア米を取材したとき、三井物産のロサンゼルス支店長から、「知り合いの元宇宙飛行士の人生が、いろいろと面白い」と聞かされたことがきっかけ。雑誌「タイム」に、元宇宙飛行士が伝道師や画家になっているという記事も出ていた。宇宙での体験が意識にどんな影響をもたらすのか、興味がわいた。

 「中央公論」の編集部に持ちかけると、「費用を出すので、記事を書いてほしい」と編集者が乗ってきた。NASAに元宇宙飛行士たちのリストを送ってもらい、現在の職業とともにあった約30人の住所に、アンケートを送った。何人かから「インタビューに応じる」と、好意的な返事があった。

 ――取材はすんなりですか。

 いやいや、ハハハ。米国の広報文化局(USIA)に取材のアポイントメントを依頼。「準備は万全だ」と返事があったので、ワシントンに出かけると、返事をくれた担当者は休暇でいない。「それは大変だ」と、USIAを引退した日系2世のフランク馬場さんが同情して、元宇宙飛行士たちに連絡を取ってくれた。

 ワシントンで議会図書館に数日こもり、ケネディ大統領がアポロ計画について語った演説など61年以降の雑誌検索目録を元に、アルバイトを雇って関連記事を片っ端からコピー。インタビューの前日までに、会う人の資料を必死で読んだ。

 留学中のいとこがマイアミにいたこともあり、周辺に住んでいたアポロ14号のエドガー・ミッチェルから取材を始めた。彼は精神面で宇宙体験の深い影響を受けており、インタビューで重要な人物と考えていた。手紙にも「喜んでインタビューを受ける」と積極的な内容が記されていた。会うと、「宇宙でテレパシーで交信できた」と話してくれた。取材費が限られていたので、自らレンタカーを運転して東海岸から回った。左ハンドル、右側通行の米国で、初めての運転。非常に大変だった。

 ――アポロ15号で月面着陸したジェームズ・アーウィンは宇宙飛行までは神の存在を疑っていたが、月で「神と語り合っていると実感した」と明かしたそうですね。どう感じましたか。

 彼が伝道師として活動していることは「タイム」で知っていた。しかし神の臨在を感じた話を彼の肉声で聞くと、充実した取材ができたと感じた。宇宙から地球を見た宇宙飛行士たちの話を聞くうちに、彼らは「神の目」を持つ経験をした人間なのだと思った。スケールの非常に大きな視点の転換だと感じた。

 日本人の宇宙飛行士たちにも「宇宙からの帰還」はよく読まれていて、野口聡一さんは「宇宙飛行士を目指すきっかけ」と語っていた。(聞き手・平出義明)=全15回

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