印南敦史 - アイデア発想術,スタディ,リーダーシップ,仕事術,働き方,書評 06:30 AM
これからのリーダーは、なにもせず「ビジョンの共有」だけをすべし
『最高のリーダーは何もしない―――内向型人間が最強のチームをつくる!』(藤沢久美著、ダイヤモンド社)とは、なかなかインパクトの強いタイトルです。著者は15年にわたり、1000人以上のトップリーダーにインタビューしてきた実績を持つという人物。その結果、求められるリーダーシップが変化していることを感じたそうですが、つまり、その変化をひとことで表現したのが上記のタイトルだというわけです。
著者も認めているとおり、リーダーには「即断即決・勇猛・大胆」「ついていきたくなるカリスマ性」「頼りになるボス猿」というようなイメージがあるはず。しかし、そのようなリーダー像は過去のものになりつつあるというのです。
いま最前線で活躍しているリーダーたちは、権限を現場に引き渡し、メンバーたちに支えられることで、組織・チームを勝利へと導いています。
「優秀なリーダーほど『リーダーらしい仕事』を何もしていない」というのは、まさにそういうことなのです。(「はじめに――内向型リーダーのための導火線」より)
そして一流のリーダーの多くは、内向的で、心配性で、繊細であるという点でも共通しているのだとか(もちろんポジティブな意味で)。つまり「自分はリーダーに向いていないのではないか」と問題意識を持っている人こそ、実はリーダーに向いているというのです。さらに、そんな考え方を軸として「新しいリーダーシップのエッセンス」を身につけるには、「6つの発想転換」が必要だともいいます。そのなかから、「第1の発想転換 『人を動かす』から『人が動く』へ なぜ優秀なリーダーは『何もしない』のか?」を見てみましょう。
最高のリーダーは「指示」しない
「指示しないリーダー」の好例として著者がまず紹介しているのは、「塚田農場」「四十八漁場」などの居酒屋チェーンを全国展開する株式会社エー・ピー・カンパニー。同社の特徴は、食品の生産(一次産業)から流通・加工(二次産業)、販売(三次産業)までを一貫して手がけるビジネスモデルにあるのだそうです。
それは創業者の「生産者さんたちのために、自分にできることはなにか?」という自問自答のなかから生まれたビジネスモデルであり、「一次産業の方々の生活をもっとよくしたい」「後継者に困らない環境をつくりたい」「地方の活性化を目指したい」という思いが、お店の隅々にまで行きわたっているのだといいます。
そしてエー・ピー・カンパニーには、本書の主題であるリーダーシップの典型を見てとれるのだそうです。現場で働く人たちの「マニュアルに収まりきらないアクション」の根本に、創業者というリーダーが打ち出した「ビジョン」があるというのです。いわばそれは、「働く目的」。そんなビジョンが各メンバーに浸透しているからこそ、それが現場での行動となって現れるということ。
いってみればリーダーにとってもっとも大切な仕事は、ビジョンをつくり、それをメンバーに浸透させることだというわけです。もちろんそこに最低限のマニュアルは存在するものの、より深いところで社員やアルバイトたちを突き動かしているのはリーダーが伝えたビジョンだという考え方です。
特筆すべきポイントは、リーダーである創業者の究極の仕事が「ビジョンの共有」だという点。「お客様に残さずに食べきっていただくためにはどうすべきか?」について、なにか具体的な指示があるわけではなく、そこは各メンバーに委ねられているというわけです。しかも、それが業績にもつながっているというのですから驚きです。(22ページより)
「動き回るリーダー」から「静かなるリーダー」へ
それにしても、なぜエー・ピー・カンパニーのようなリーダーシップが生まれてきているのでしょうか? この点については、社会の変化と合わせた解説がなされています。
ビジネスのあり方を大きく変えたのは、21世紀にかけて急速に進んだ情報通信革命。かつては、枠組みのなかで小さな改善を進めながら仕事をしていれば、会社や組織は安泰でした。そして、そのような状況下で求められたのは、ルールやマニュアルからはみ出ようとするメンバーがいないか注意しながらチームを統帥する、軍隊の隊長のようなリーダーシップだったわけです。ところが、いまではそうしたリーダーシップはうまく機能しないというのです。その理由は、大きく2つあるといいます。
まずひとつは、消費者の価値観やニーズの多様化。インターネットなど情報通信の発展により、かつて知りようがなかった「小さな価値観・ニーズ」が顕在化し、それがダイレクトに企業や組織に伝わるようになったということ。また、モノやサービスが充実した結果、大量生産された画一的なサービスではなく、精神的充足が得られる商品、「特別感」のあるサービスを求める傾向が強くなってきたわけです。そしてもうひとつは、変化のスピード。「先週喜ばれたものが、今週には陳腐化している」ことも起こる時代になったということ。
そんな状況下で、リーダーが自社商品・サービスのすべてを把握し、それぞれに意思決定をしていくのは不可能。また現場がマニュアルだけに頼っていたり、個別のケースごとにリーダーの指示を仰いでいたりすると、柔軟で素早い対応ができず、お客様のニーズとの間にズレが生じることになってしまいます。
いわば従来のトップダウン型リーダーシップだけでは「遅すぎる」ということ。目まぐるしく移り変わる複雑なニーズに対応していくためには、現場のメンバーたちが自律的に動き、個別に対応するしかないわけです。だから、「働く目的」を明確に伝えていくビジョン型リーダーシップが求められるという考え方。いわば命令や管理はもはや不要で、これからのリーダーの仕事は「ビジョンをつくる」ことであり、それを「メンバーに浸透させること」だというのです。(30ページより)
「型を教え込む」から「思いを伝えきる」へ
現場に求められる対応スピードが上がっている事例として、ここではIoT(Internet of Things=モノのインターネット)が引き合いに出されています。いうまでもなく、あらゆるものにセンサーや通信デバイスが搭載され、モノ同士が情報交換をするという動き。IoTが浸透した結果、個別対応の商品を量産品並みのスピードとコストで生産することが当たり前になりつつあるわけです。
既製品に対して不満を抱いていた人たちの不満を解消し、スピードと価格の壁も崩されたわけですが、このサービスで注目すべきは、"実はテクノロジーではなく人である"という点にあるといいます。たとえば補聴器メーカーがIoTを導入したとしたら、そこでは耳の形状を測る計測担当者のこだわり度が、製品の質を大きく左右するということ。いってみれば計測担当者が、その仕事にどれほど真剣に取り組み、顧客を思うかにかかっているというわけです。
サービスもものづくりも、ますます個別対応が必要とされるようになってきたいま、それに対応する人・組織の質的向上が求められています。
リーダーの指示やマニュアルに従って忠実に働く人ではなく、リーダーの「ビジョン」に基づき、自ら考え行動できるメンバーが、仕事の成否を左右する時代に入ったのです。(39ページより)
これまでのリーダーに求められたのは、みんな同じように仕事ができるよう、組織独自の「型」を身につけることでした。しかし、消費者のニーズが刻一刻と変わっていくような世界では、新たな課題を自分で発見し、その解決策を自ら考え、実行できる人材を育てる必要があるということ。リーダーが部下に対して個別に教えていたのでは、到底間に合わないわけです。
ただし、現場にすべてを任せればいいかというと、そうではないとも著者はいいます。メンバーが個別に判断する際のよりどころ(ビジョン)を伝えるのはリーダーの仕事だから。したがって、リーダーには次の2つの能力が求められるそうです。
1. メンバーが共感して自ら動きたくなる、魅力的なビジョンをつくる力
2. ビジョンをメンバーにしっかりと伝えて浸透させる力
(43ページより)
ビジョンは、「リーダーが実現したいこと」といいかえることも可能。ただし実現したいことであればなんでもいいわけではなく、「なにを実現したいのか」によって、人が動きたくなるかどうかは変わってくるといいます。
一方、どれだけすばらしいビジョンをつくっても、それがメンバーに伝わっていなければ、ただの「きれいごと」で終わってしまうことに。そこで優秀なリーダーほど、「どうすればこの思いをメンバーにわかってもらえるだろうか」「どうすればこのビジョンが腑に落ちて、自分から動きたくなってくれるだろうか」ということに知恵を絞っているといいます。
ところで「ビジョンをつくる」とは、組織・チームに所属するメンバーたちの仕事を「定義」することだともいえるそうです。「なんのために働いているのか?」考えるための土台を、メンバーそれぞれに用意するということ。リーダーが"働く意味"まで用意しなければならないと聞くと、「押しつけがましくないかな?」と感じても無理はないでしょう。
しかし、「はたしてどれくらいの人が、明確な目的意識を持って働いているだろうか?」と考えてみれば、答えは明白。ほとんどの人は「仕事で実現したいこと」についてはっきりとしたイメージを持っているわけではなく、「なんとなく」「ちょっとしたご縁で」いまの会社で働くことになった人も少なくないということ。
そのため働く人たちは、「この会社は『生産者の人たちの暮らしをよくする会社』であり、あなたの役割は仕事を通じてそれを実現することだ」といったストーリーを必要としているというのです。
そしてビジョンが指し示す「仕事の目的」に共感できたなら、それを実現する喜びを味わうことになるので、誰かに指図されなくても、自らの腕を磨きはじめるということ。その結果として働くひとりひとりが自らの成長を喜べるようになれば、それこそまさに最高の職場だといえるわけです。(37ページより)
こうして基本的な考え方を俯瞰してみると、本書が訴えかける次代のリーダーのあり方が、とても理にかなったものであることがわかります。そしてそれが、これからの「働き方」とも直結していることも実感できるはず。そういう意味で、ぜひ読んでおきたい内容だといえます。
(印南敦史)