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パライソの守り人 作者:スターリン
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プロローグ2 中東イラクの日常

西暦2008年 
10月23日
ユーラシア大陸 
中東地域北部

イラク共和国アンバール県 某所




 ユーラシア大陸に中東と呼ばれる地域がある。
西アジアとも言われるこの地域は俗に言うアラブ系が多く住む地域で、
宗教はイスラーム教一色であるがそのイスラーム教もスンナ派とシーア派と、
キリスト教のカトリックとプロテスタントのように2つに分かれており、
その勢力圏にユダヤ教とキリスト教の聖地であるエルサレムや膨大な石油産地を抱え、
更にアフガニスタンやクルド人のような民族問題と現在エルサレムを占有しているイスラエルとの紛争など、
色々と民族問題から宗教問題、それに石油など貴重資源を巡る問題など世界でも最もホットなスポットでもある。
中東はこう表現されることがある。

「文明の十字路」

「世界の鉄火場」

この2つの異名からわかるように遥か昔のローマ帝国やアレキサンダー大王よりも前の時代から地中海貿易やシルクロードを利用した交易が盛んであり、
地中海ではレバノン杉による木材取引が行われ、
シルクロードでは中東の貴金属類と高官に中国の上質な絹を売買する交易が行われるなど、
文化的にもローマや中国に引けをとらないポテンシャルを持つ地域であった。 




 その後イスラーム教がムハンマドにより教えが伝わり、
イスラーム教の王朝が一大勢力を築く西暦500年から1200年ごろまでは、
まさに中東が世界で最も発展している地域であった。
世界でも当時最も進んでいるかつての古代ギリシャより引き継いだ科学に、
インドから伝わったインド数字を発展させた後の数学の元となるイスラム数字の普及、
キリスト教よりも幾分寛大なイスラーム教によって多くの人種が集まる国際都市バクダート、
このように中東はローマにも引けをとらぬ黄金期を迎えていた。

だが、
15世紀頃から西ヨーロッパで大航海時代が始まり、
イタリアでルネサンスが始まるとその状況は一変する。
もう地中海貿易は古い遺物となって替わりに新大陸との貿易やアフリカ大陸最南端の喜望峰を通ってインドに渡る航路の発見など、
新しい貿易路の発見と海運の発達が大きくイスラーム圏に影を落とす。
今までイスラームにもモンゴル帝国やティムールの襲来など遊牧系による襲撃で危機に瀕したことはあれど、
この新大陸の発見とインドへ貿易ルートの開拓による西ヨーロッパ拡大に勝るものはなかった。
今までイベリヤ半島やバルカン半島にまで進出していたイスラーム圏は、
次第に西ヨーロッパ諸国にレコンキスタなどで追い詰められていくようになり、
遂には19世紀にもなると完全に力関係は逆転するようになった。
産業革命による圧倒的な工業力とそれに基づいた軍事力によって、
ヨーロッパの列強諸国は帝国主義思想による植民地獲得のために世界中に展開するようになり、
南北アメリカ大陸やアフリカ大陸、
このオセアニア大陸やアジアにまで進出し、
現地の国々を植民地にするか保護国化にするなどで自国の勢力範囲図に組み込んでいった。
中東も例外ではなく南下政策により南下してくるロシア帝国に、
世界7つの海を支配する大英帝国やそれに対抗するために植民地を求めるドイツやフランスなど、
列強の多くにその土地を狙われて分割されていった。
本来なら全て分け前をもらえるはずの資源は全て列強の会社の裁量で計られて、
彼らの部下の様に生きることでしか道は無かった。
なので当然改革または革命なんぞ全く起きず、
起きたとしても列強とそのシンパに潰されて終わるので改革は失敗に終わるので、
インフラは必要最低限ぐらいしか整備されず彼ら中東の人間の待遇も低かった。
これがタリバンのようなイスラム過激派を生む1つの要因となるのは言うまでも無いだろう。




 そして20世紀に起きた2つの世界大戦が終わり、
やがて冷戦と呼ばれる新しい戦後国際体制に中東も組み込まれると、
この状況にも変化が訪れるようになる。
アメリカとソ連を盟主にする資本主義陣営と共産主義陣営の2つの陣営に、
この中東もどちらかに加わるように両国から色々と工作を受けたのだ。
安全保障条約の締結から顧問団の派遣、インフラ整備用の資金提供から暗殺まで米ソ両国は中東諸国に色々と行動し、
その結果特に共産主義陣営に加盟した国々では古くからの専制体制が崩れていくようになる。
更にこの時期は民族問題と宗教問題も白熱していた時期であり、
特にイランではホメイニを中心としたイスラム法学者によるイラン革命が発生し、アメリカや西欧を中心とした西側でもソ連や東欧を中心とする東側でもインドや中国の様な第3陣営でもない、
全く新しい第4の陣営とも言うべきイスラーム陣営が生まれた。
だがしかし、
この国を中東諸国が支持するかといえば微妙な存在であった。
ソ連とアメリカが共通する民族自決による自由の主張と白人によって虐げられてきた歴史が原因で、
この時期には色々とイスラーム協過激派の連中が生まれていたのだが、
彼らもこぞってこの誕生した新国家を積極的に支援するようなことはしなかった。
理由はその宗教で、
この国は全イスラーム教徒の約9割を占めるのイスラーム教徒であるスンナ派ではなく、
約1割といわれているシーア派が大多数を占める国であったからだ。
このスンナ派とシーア派は大層仲が悪く、
それこそ昔のソ連と中国のような関係でした。
そのような理由で大多数のスンナ派が占める中東諸国がシーア派中心のイランを歓迎するわけがありません。

また当時の中東諸国のバックにいたソ連とアメリカにとっても、
イスラム教に基づいて国家運営される国となったイランは少し好ましく無い存在であった。
なぜならアメリカは熱心なキリスト教国家であるからだ。
国家のトップとも言える大統領就任演説の際に聖書を用いるのは大変有名な話である。
未だに旧約聖書にかかれている事をそのまま信じて、
ダーウィンの進化論を学校の授業で取り入れない学校があるぐらいだ。
そしてKKKに代表されるように白人至上主義を掲げる人間や、
政界や経済界上層にユダヤ人も多く住んでおり、
毎年イスラエルに高い金で支援を送っている国なので、
彼らと仲が悪いイスラーム教徒の国、それも自国の良い手駒であった国王を追放したり自国のスポンサーと敵対している国家に好印象を抱ける筈が全く無いのは当然の結果だろう。
そしてソ連にとっても好ましく無い(厳密的に共産主義国家においては宗教は余り好ましくない存在)宗教家による政治体制を敷いており、
自国領内のイスラム教徒を刺激する恐れがあったので、
ソ連もイランの事をあまり好ましく思っていなかった。

そのため革命によって誕生したイラン・イスラーム共和国は建国当初から周辺諸国に敵対国家しか居らず、
更に隣国は狂犬サダム・フセイン引き入りイラク共和国が存在し、
フセインはそうしたほかの中東諸国や米ソの心情を巧みに利用して、
イ・イ戦争を起こして油田地帯を獲得しようとした時にイランは一変する。
彼らは独自のイスラーム教系民兵組織「イスラム革命防衛隊」を創立して戦争に導入して、
中東でベトナム戦争を再現しようとしたがイラク軍が思ったほど弱く、
何とか第3のベトナム化はまぬかれたがこの民兵組織が後に西洋諸国に大きな災いをもたらすことになるとは、
まだどの国も予測できていなかった。




 時代は進み1990年ベルリンの壁崩壊に伴い冷戦が終結し、
パックス・オブ・アメリカーナの時代となると、
冷戦終結以降の世界では超大国同士がぶつかりあう大規模な戦闘の可能性は大幅に少なくなったものの、今まで冷戦時代に押さえつけられてきた民族問題や宗教問題が一気に盛り上がり、
テロリズムや小国における内戦、民族紛争など小規模な戦闘や特定の敵国が断定できない非対称戦争が頻発化し、
俗に言う「テロリズム」が盛んに世界各地で発生する世界が訪れる事となった。
特に中東とユーゴスラヴィア、
旧ソ連構成国の中央アジアとアフリカ大陸など、
冷戦時代の米ソの上からの押さえ込みがなくなったのと、
その国を統治していたカリスマ性の高いチトーのような独裁者の死去などで、
元々何とか押さえ込まれてきた諸問題が再発してしまい、
更にそれを押さえ込める人がその国にはいないので国連の介入を必要とする有様となり、
国連が平和維持の名目で使節団を派遣したり軍を派遣することもあったが中々解決できなかった。
何せ基本的に国連の上位を占める国は西欧諸国でかつては中東やアフリカを植民地として支配してきた過去があるので、
現地住民の行為を得たり協力を得るのは難しく、
特に長年の民族問題や宗教問題など根が深い問題に対して、
それを植民地支配
(宗主国に従う少数民族による多数民族の支配)に逆利用した国(特にイギリス)などもいるので、
余計に問題がややこしくなっているのだ。

そしてこの中東ではそう言った民族問題と宗教問題が激しい地域で、
有名所を挙げればクルド人問題やイスラエル問題、そしてヒズボラのような反イスラエル武装組織など多くの問題を抱える地域になった。
だが、やはり何よりも一番中東問題で有名なのは「アル=カーイダ」であろう。
この組織はイスラム主義(シャリーア {イスラーム法}を規範として統治される政体{イスラーム国家}の実現を企図する政治的・社会的諸運動や思想潮流)を標榜するスンナ派ムスリムであるが、
この組織は元々はアメリカ中央情報局(CIA)とパキスタン軍統合情報局(ISI)が1978年以降のソビエト連邦によるアフガニスタン侵攻に対抗させるために、
サイクローン作戦の名の下でムジャーヒディーン(イスラム義勇兵)を訓練・育成し武装化させたことに始まる。
つまり元々はアメリカの手駒の組織の1つであったのだ。
だが戦争終了後もその組織によるムジャーヒディーン同士の連帯は続き、やがて彼らはタリバン(アフガニスタンとパキスタンで活動するイスラム主義運動)に影響を受け、
世界各地での聖戦という名のテロを計画するにまで至るようになる。
特に1991年に湾岸戦争が勃発し、イスラームの2大聖地であるメッカとマディーナを領有するサウジアラビアがアメリカ軍を常駐させたことが、
彼らのアメリカとそれに追従する西欧諸国に対する反感を買った。
更に彼らの中にイスラエル建国に伴い、
土地を負われた難民達も加わるようになって更にこの団体の攻撃性は増した。
彼らは即座に世界各地で西欧諸国やアメリカ、イスラエルに対するテロ活動を行い、
その活動に反米、反イスラエルを掲げるイランも革命防衛隊を利用して密かに協力するようになり、
事態はますます混沌を極めることとなった。
そしてそれがこの中東のど真ん中に位置する国、
イラクにとある悲劇をもたらすことになるとは誰も予想していなかっただろう。



 2001年9月11日
この911として知られるアル=カーイダによる米国での同時多発テロ事件が起きたとき、
米軍はアル=カーイダを匿っていたとして英国と共同でアフガニスタンに侵攻し、当時アフガニスタンの9割を占領していたタリバン政権を崩壊させ、
彼らと敵対していた北部同盟による新政権を樹立するところまでは、
読者の皆さんもテレビやニュース等でご存知のはずだ。
その後に米国は、
かつての湾岸戦争時に大量破壊兵器の不保持を国連から義務付けられたのに対して、
それに関する査察へのイラクの非協力姿勢を当時の大統領が問題にし、
2003年3月17日に安保理事でフランス、ドイツ、
ロシア、中国などの反対を押し切り、
米英共同で大量破壊兵器保持を理由にイラクに空爆を加えてここにイラク戦争が始まった。
色々と当初はアメリカは開戦理由をごねていたが、
そのうちの1つである「大量兵器の保有」は正式に間違いであった事を認め、
これがますますこの戦争の謎を深くする原因となっている。

さて、このように開戦目的の大量破壊兵器は発見されなかったが、
その後の米英連合軍は予定通りにバクダートを占領し、
12月13日にはイラク中部の隠れ家に潜んでいたフセインの逮捕に成功するなど、
戦争に関しては上手くいったのだがその後の占領統治政策に問題が多く発生し、アメリカを色々と苦しめることとなった。
そのうちの1つが治安の悪化である。
ベトナム戦争の結果を踏まえて計画された、
少数の兵力しか用いないという米英軍の戦術は進攻作戦においては大いに役に立ったが、
占領政策にはひどく不向きであったと現在では考えられている。
敵の軍隊のみを排除すればいい軍事行動とは違って、
占領時にはインフラの復旧、治安の確保に食糧の配給など様々な活動が求められるが、
兵士の数が足りないためどれも完全には行なえず、結果イラク国民の反発を招いて更に治安の悪化が進み、
より多くの兵士が必要となるという悪循環を招いている。
また、バグダードなど大都市を占領すると、圧政から解放されたと感じた市民が略奪に走り、
博物館の展示物や商店の品物が略奪されてしまい、
また市民の略奪に紛れ、武装勢力の中には市役所や警察署などを対象に狙う者もあり、
米英連合軍はこれも防ぐこともできなかった。
更に今まで政権の中枢にいたスンナ派系に取って代わり、
これまで弾圧されて支配下に置かれていたイスラム教・シーア派勢力が中枢に踊りでるなど、
今までの勢力バランスの変化が起きたので、
それに伴う混乱や反発で更に人手が不足するという事態に成った。
現地の住民も反米思想を掲げてアル=カーイダやタリバン系武装組織に加わって米軍に攻撃するものもいれば、
逆に彼らを自分達の生活を乱す無法者として攻撃するスンナ派の住人が登場するなど、
誰が敵で味方なのかという基本的な状況も定まらない情勢が続き、
おまけにIED(即製爆発装置)等を利用した自爆テロで米軍に約1500人を越える死傷者が出るなど、
アメリカ国内での厭戦気分を助長するようなことが起きてアメリカ政府は戦争前より更に追い込まれることとなった。


 そんな中にある1つの職業が大いに注目を集めるようになった。
それは民間軍事会社(通称PMC)と呼ばれる新しい形態の傭兵組織で、
冷戦の終結により各国で軍縮が進む一方で、民族紛争やテロリズムが頻発した1980年代末期から1990年代にかけて誕生し、2000年代の対テロ戦争で急成長した。
国家を顧客とし人員を派遣、正規軍の業務を代行したり、
支援したりする企業であることから新手の軍需産業と定義されつつある。
主な業務としては軍隊や特定の武装勢力・組織・国に対して武装した社員を派遣しての警備・戦闘業務に加え、
兵站・整備・訓練など旧来型の傭兵と異なり提供するサービスは多岐に渡る。
軍の増派がたびたび政治問題化していることや、より多くの兵士を最前線に送るために後方支援や警備活動の民間委託が進んだこと、
民間軍事会社の社員の死者は公式な戦死者に含まれない等の理由がその背景にある。
従来であれば正規軍の二線級部隊が行ってきた警備や後方業務を外注する民間組織として、
イラクとアフガニスタンで正規軍の後方を支える役目を担うようにまでその規模とスキルを急成長させてきた職業である。
この組織はすぐさまイラクで多くの取引が持ち込まれるようになり、
戦争後のイラクのイメージを代表するものの1つにまで至るようになった。

この組織を政府が試用するメリットとしては、
統計上の戦死者数を減らせることと、高コストパフォーマンスである。
自国で軍隊を創設し維持し、運用するには莫大な費用がかかり、使用する兵器もどんどん複雑化・高額化している。
また軍事費での一番の比率を占める人件費は正に軍事費削減の一番のキーである。
少ない兵力を運用する上ではいかなる時でも即座に対応できる民間軍事会社のフットワークの軽さは大変魅力である。
そして何よりも魅力的なのが、
民間軍事会社所属の社員が正式な戦死者数としてカウントされないことだ。
ベトナム戦争に代表されるように戦争を継続する上での最大の懸念は自国兵士の想定以上の被害数であり、
このことは世論の戦争に対する支持率を大きく左右し、
し時下の運命をも左右しかねるので民主主義国家にとってはより重要な要素である。
民間軍事企業に所属する社員は軍の公式の戦死者リストや負傷者リストにカウントされないため、
戦争における人的被害者数を数値上少なくできる。 

だが、当然のことだが物事にはデメリットが存在し、
この職業にも存在する。
その1つは戦時国際法での位置づけが不明瞭であることだ。
軍と共に作戦行動を共にすることが多いにも拘わらず、
社員らの戦争犯罪に関しては軍の法令を適用できず、
正規兵と比べ処罰が軽すぎることが問題となっている。
主な事例としては、キューバのグアンタナモ刑務所におけるイラク人捕虜の虐待では実際に虐待行為に参加した米軍兵士は軍法会議で厳しい判決を受けるも、
刑務所を運営していたタイタン社所属の社員は比較的軽い処分で処理された。
また、活動がジュネーヴ条約に規制されないことから、
社員らに戦争犯罪的な行為が『業務』として正式に命じられることもある。
一方、隊員側もジュネーヴ条約やハーグ陸戦条約に基づいた捕虜としての権利を認められずに、
奴隷的強制労働や裁判無しでの「処刑」に処される可能性があるなどのデメリットを有する。
傭兵が正規兵の代わりに「汚れ仕事」を命じられる、
その『役得』として正規軍以上の略奪暴行を働くのは古代以来延々と続く問題であり、傭兵を使う限り抜本的な解決は困難である。
他にも民間軍事会社であることから、
作戦の遂行に拘わらず会社内での社員に対する待遇問題や保障問題によるストライキが起き、
予定されていたサービスが供給されない可能性があるなど、
軍事的な不安材料も多々はらんでいる。
このようにいろいろと不安材料はありながらも、
このイラクの地ではPMCは一定の需要があった。




 そんなイラクの首都バクダート近郊に位置する、
イラクの中で2番目に大きな州であるアンバール県のとある某所を、
4台のマンバ装甲車が6台のタンクローリーで構成されるコンボイを護衛しながら、
イラクの中東独特の乾いた荒地を通り米軍基地へと向かっていた。
そのうちの1台、
最前列で走行中のマンバ装甲車に注目していきたいと思う。
ちなみにマンバ装甲車は南アフリカで開発された装輪式装甲車で、
試作にトヨタ自動車のダイナ4×2トラックが使用された。
車体は圧延防弾鋼板の全溶接モノコック構造で、装甲防御力は小銃弾と榴弾の破片程度と標準的である。
特徴的なのが南アフリカ製装甲車両に共通する地雷防御で、
全体に戦闘室が腰高でグラウンド・クリアランスが大きく、地雷の爆風を左右に逃がすようにV字型の断面形状をしているのが特徴的だ。
運転席と助手席の2名に加えて後部座席に9人の兵士を搭乗させる事が可能なこの装甲車は、
南アフリカ国防軍以外にも海外輸出によって多くの国の軍隊やPMCが採用しており、
今もこの舗装されながらも砂埃や砂利で整っているとは言いがたい車道を、
時速60km/hほどのスピードで駆け抜けている。

車体には追加装甲板のように鉄板が溶接されており、
その上に赤いペンキで「Good War Dog」と文字が書かれており、
傍に白い円状のシールの中に銃を加えたブルドックが描かれている。
どうやらこれはこの装甲車の持ち主の所属を示しており、
彼らがPMCであることが分かるようになっている。
実際にたまに脇から出てくる現地住民の運転する車がこの車を見ただけで道を空けて、
この車列の進路妨害にならないようにしているからだ。

車体上部に防弾盾付きのターレット(銃座)がセットされており、
備え付けられている銃は、この中東ではポピュラーなUSSR DShKの後継銃で、
かなり珍しくて新しいUSSR NSVが200発入りのボックスマガジンを装填した状態で備え付けられており、
それの持ち主は顔を全部すっぽりと包む黒字に白い塗料の使用されたスカル(骸骨)フェイスマスクを装着し、
青い少し膨らんだスウェットの上にマガジンポーチを多く身に着けて周囲を警戒している。
腹部から首元にかけて少し膨らんでいることから、防弾チョッキを着込んでいることが予測される。
首元や手首などの隙間から見える肌の色から黄色人種のようだ。

車体内部の後部座席には7人のむさくるしい社員と思わしき武装した男達が座っており、
武器を足元に置きながら談話して時間を潰している。
そのうち4人は白人と黒人でピカティニーレールとレーザーポインターが備え付けられたKCI KTR-3S突撃銃を持ちながら何かを話しており、
残り3人の内2人はヒスパニック系でナイツSR-25自動小銃を持ちながら会話に加わって話しており、
最後の明らかに力自慢っぽい大男な黒人はボックスマガジン付きのPK汎用機関銃を抱えながら会話に加わらずタバコをふかしている。
他に全員腰にグロック17を身に着けている。
そして前方の運転席には腰にグロック17だけを身に着けてハンドルを握る運転手らしき男と、
助手席にKCI KTR-3S突撃銃を肩に掛けながら鼻歌を歌っているこれまた男が前方に目を光らせて警戒しながら車を進めている。
彼らはイラクを中心に中東やアフリカで活躍する大手PMC「Good War Dog」通称GWD社の社員達で、
全員が元軍隊またはテロリストに在籍していたという経歴の持ち主である戦争の犬ばっかりが集まった老舗のPMCである。

彼らは大手顧客の1つで最も金払いの良い米軍からの依頼で、
自分達の基地に軍用車両向けのガソリンを運搬するコンボイの護衛を頼みたいという頼みで、
現在その基地までコンボイを護衛中なのだ。
彼らがその護衛中にも拘らず気楽な様子なのは、
この任務は数え切れない程こなしてきたPMCの職務の中でも最も基本的な任務であり、
慣れ親しんできているので少々油断が生まれているのと、
それを後押しするようにイラク駐留多国籍軍とイラク治安部隊(イラク軍と内務省管理下のイラク警察と国家警察、
そして国境警備隊に各政府機関施設警備隊)の活躍もあり、
反政府武装組織の活動がここ最近衰えてきているからだ。
アメリカの活動はようやく報われたと言って良いほど治安が回復してきており、
彼らにとって見れば命の危険のリスクが下がって大変喜ばしいことだが、
その分仕事の受注が減ることにもなるので複雑な心境であった。
なので6人は今後の事について会話しており、
もし仮にこの仕事を辞めるとしたら、
次はどんな仕事に就くべきなのか互いに尋ねあっているのだ。



 「もうイラクも大分安定してきたな。
今後はこのような仕事も無くなって来て、やがていつかまた職探しに求人を母国で捜しまわる未来が訪れるんだろうな。
はっきり言ってこのまま平和にならないで欲しいよ。
その方が言い方は悪いが金になるからな。俺は金を稼ぐためにこんな荒地に遠くから派遣されてきて、
撃ち殺したり撃ち殺されたりしているんだからな。
平和になったら糞つまんない一日中警棒を持って門のガードとなる仕事ぐらいしか残らねから、
何かイランや北朝鮮でも良いからアメリカと戦争しないかなー。」

「おいおいおい、それテレビの前とかで絶対に言うんじゃねぇぞ。
インターネット上で絶対に批判の嵐がうちの会社を襲い、
俺の経歴にも傷がついちまうから本当にマジで勘弁してくれ。」

「けどまぁ、
本当に今後どうなるのか心配だよなぁ。
母国のメキシコに帰っても碌な仕事は無いし、真っ当な仕事は俺には無理だ。
特にホテルマンのようなサービス産業だ。あんなぺこぺこと1日中頭を下げて感謝し続ける仕事に就くなんぞ死んでもごめんだ!!
かといって金払いだけは良いそこら辺のマフィアやチンピラの護衛として雇われるのも何だかなぁー。」

「俺は大人しく実家の仕事を継ごうかな?」

「あれっ?
お前さんの実家の仕事って何か農家みたいなのやっていたっけ?」

「あぁ、俺の家は我が偉大なる祖国アメリカにドイツから移住してきた先祖代々から牧場を経営しているぞ。
そこそこ規模が有る牧場なのでちょっとしたスーパーなどにうちの牧場の製品を毎日トラックで納入していたなぁ。
仕事は毎日決まった内容の仕事の繰り返しでつまんなかったから、
高校卒業後に一旦軍に入隊する形で家を飛び出して順風満帆かと思ったが、
軍隊もあまり熱意を感じず面白味がなかったから、
当時最高にスリリングな職業の1つであったPMCに大変興味を持ち、
その中でもこの会社が魅力的だったからここに入社したんだよ。
約5年前の話になるかな?結構昔の話になるな。
いきなり実家に帰ってきて、
また従業員としてでも良いので置いてください!
なーんて頼んだら親父たちは一体どんな顔をするんだか。」

「良いなぁ、
そうやってちゃんとした財産を持っている親がいて羨ましいぞ。
こっちは貧乏人の子沢山の一家だったから、家なんてホームレスの一歩手前ぐらいのほんの僅かな財力しか所持していなかったな。
その所為で俺は勉強もせずに幼い兄弟のために10歳から金を稼いでいたな。
まぁそん時に手っ取り早く金を稼ぐには外人部隊が向いているんじゃないかと思って入隊したんだが、どうも自分に合わないことばっかりで入隊早々3ヶ月で脱走したんだ。
そして色々な場所を窃盗などで点々してたどり着いたのがここなのさ。
そしてここはそんなろくでなしの俺でもちゃんとした社会人らしい生活を送れるように、
色んな事を教えてくれたよ。
だからここは第2の故郷みたいな会社なんだ。
俺は例え倒産することになってもこの会社に最後まで残り続けるぞ。」

「何だお前、日本語で言う社畜だったのかよ!?
まぁお前さん見た目から言って馬鹿っぽいもんなー。
この会社ぐらいしかまともに雇ってもらえなさそうだお前の日頃の様子を見ていると。」


ワイワイガヤガヤ


車内で実に騒がしい様子で6人は未来について話し、今後の自分の行く末を互いにからかいながらも相談していた。
そのノリは何となく高校生や大学の飲み会のノリであり、
交わされている会話の内容や馬鹿にした言葉はどれも薄っぺらいが、
それらに篭る密かに仲間を気遣う気持ちは本物であり、
彼らの友情がどれほどのものなのかがさらりと聞いただけで分かるようだった。

そんな彼らを見ながら1人でタバコをふかしている大男は、
ふかしながら彼らのことと今回の任務について静かに考え込んでいた。


(今回の任務が終わった部下のあいつら全員をどっか旨い酒と食い物、
そして上玉な女が揃ったところへ連れて行くとするか。
その方があいつらも色々と気晴らしができて清々するだろうよ。
しかし、
あいつらの言うとおりそろそろこの仕事から転職する事を考えておいたほうが良いかもな。
ここ1年は随分とタリバンやアル=カーイダといった大物テロ組織から、
無名の反政府武装集団までもがあまり襲撃してこなくなってきたな。
そのおかげでインフラ整備も進んで道路の状況や治安などが改善されたしたが、
仕事が大分減ってきて報酬の良い仕事が余り出回らなくなってきたな。
これは絶対何か大きなテロを起こすために隠れているのかもしれない。
絶対にここ数日のうちに仕掛けてくるぞ。
米軍のお偉いさん方も俺と同じ事を考えているんだろうな。
今回のミッションの目的地の基地はかなり量の弾薬やガソリンを保管していて、
本来ならばもう2・3ヶ月は補給無しでも活動することが可能なんだが、
いきなり今回のミッションの様な事を3日前に頼み込んでくるとはまず間違いなく戦闘に備えているな。それもかなり大規模な掃討戦をな・・・・・・・・・)

彼はつらつらとそのような事をぼんやりと咥えたタバコから伸びる煙を眺めながら思い、
目の前で賑やかに談話している部下の連中を引き連れて行く任務が終わった後の歓楽と、
ここ最近のイラクの現状と自分達の敵であるイスラーム過激派について考察し、
今回の任務を要請してきた米軍への思惑と絡めて何か大きな戦闘が起きると予測していた。
嵐の前触れの様に何か不自然に静かとなっているイラクの現状を思うと、
その予測に行き着くのは歴戦の傭兵である彼にとっては容易なことだった。


(元々この国はアフガンほどじゃないがあまり統一された国とは言いがたい国家だ。
大多数のスンナ派といえどもバラバラに派閥同士に分かれているのに対し、
そこに少数派のシーア派が力を持って主権を握ろうとして更にクルド人もイラクの政治に加われば、
もうフランス料理にイタリア料理とファーストフードを加えた様な腹いっぱいかつ胸焼け間違い無しの有り難味の余り無いイラクという料理の完成だ。
誰も彼も下手にこの料理に手を出したら、
気持ち悪くなるぐらいに食道にまでこの料理を詰めることになって、
尚且つ胸焼けと胃もたれを起こすような料理を食べようとは思わないだろうよ。
これで油田がなかったら今だこの国の再建はバクダートぐらいしか進んでいなかっただろうな。)

料理に例えられた彼のイラクに対する認識は、
まさにイラクの現状を見事に表していると言っても過言ではなかった。
アフガニスタンほどではないが主に3つの分類される民族が同じ土地に同じ言葉を話しながら生活し、
それでいて思想や宗教が違っているのでトラブルが発生しやすい。
これで世界中で価値のある油田が採掘できなければ、
そんな色々な意味で爆弾を抱える不穏なこの国に手を出すものはほとんどいなかっただろう。
だが、幸運なのか不運なのかは知らないが油田があることがイラクにとっての救いであった。
場所はクルド人の集中する地域と問題になる所にあるのが難点だが。
そんなことを彼がつらつらと考えているときであった。



 「リーダー!!
11時方向から不審なテクニカルが数台接近中!!!
後部座席に機関銃を装備しており、
服装から判断して明らかに同業者やイラク治安部隊の連中じゃないのは確かだ。どうしますか!?
発砲しても良いですか!!??」

車体上部の銃機関銃を構えて周囲の警戒に当たっていた黄色人種らしきガンナー(銃手)が、
不審なテクニカルが数台こちらのコンボイに向かって来ている事を伝え、
彼らが味方である同業者の同じPMCやイラク治安部隊では無い事を確認し、
明らかに武装勢力がこちらに襲撃しようとしていると判断したガンナーは、
重機関銃による発砲の許可を自分の所属する部隊のリーダーに求めた。
彼は走行中ゆえにかなり揺れている中でも重機関銃の照準をこちらに向かってくるテクニカルに定め、
許可が下りれば直ぐにでも発砲できるように準備している。
彼に頭からたらりと緊張による汗が一滴流れ落ちて、緊張した雰囲気が彼に流れ始める。


「本当か!?
一体何台こちらに向かってきているのだ?人数は?」

「およそ6台ほどこちらに向かってきています!!
人数は1台に付き約4人ほどが乗っているので24人ぐらいかと予測できます。」

「分かった!!
一応連中の前方に向けて警告射撃をしろ。
それでも停車しなかったらもう攻撃してよいぞ!
オーバー(以上)!!」

「コピーザット(了解)!!
これより警告射撃を開始します!!」


ヴォヴォヴォと毎分800発の速度でUSSR NSVの銃口から12.7mm×108の徹甲弾がマズルフラッシュの閃光と共に10発ほど飛び出し、
米軍基地へと向かうGWD社のマンバ装甲車と護衛対象のコンボイに向かって走行中の謎のテクニカル集団のタイヤ前方の地面を抉り、
言葉には出さないが「これ以上こちら側に近づけば問答無用で車体に向けて射撃を開始する」という暗黙のメッセージを伝えた。
彼が登場しているマンバも向きを変えながらスピードを更に上げて彼らのほうに向かい、
他のマンバに向けてリーダーと呼ばれた黒人の大男が、
そのままの陣形を維持して速やかに速度を上げてここから退避しろと無線に怒鳴っている。
車内では喋っていた他のメンバーが一斉に武器を銃眼に構えて、
何時でもテクニカルが射程範囲に入ったら撃てる様にして準備している。
しかし連中のテクニカルは一向に停まる気配がなく、
逆にこちらに向けてダダダダダダダダダ!っと撃ってくる有様だった。


「Fuck(畜生め)、
奴ら有無を言わずに撃ってきやがった!!
今のところリーダーと同じPKの7.62mm弾の音が車体を叩いているのが聞こえてくる。
まだRPG(RPG-7)は見当たらないが、
いずれそれを持って撃ってくるだろうから撃ってくる前に今の内に死んでもらうか。」

ガンナーはそう吐き捨てるとNSVの銃口を地面からテクニカルの車体に向け、
ハッキリと殺すつもりで射撃を開始した。
銃口から飛び出る12.7mm弾がテクニカルの動きに合わせて飛んでいき、
その車体に穴を穿いて中の乗員や荷台で攻撃してくる者たちの肉体を引き裂いていく。

「ーーーーーーーー!!!」

英語ではない現地の言葉らしき言葉で悲鳴を挙げながら床に倒れる男達や、
体の重要な部位に弾を喰らったことで即死してしまい、
脳漿や肉片、
血煙などを辺り一面に撒き散らしながら、
がくんと首をたらして崩れ落ちながら死んでいく男達の姿がガンナーの彼の目に映る。

更に、

「ファイア・イン・ザ・ホール(爆発するぞ)!!」

ドッグゥワァーーーン!!!!

車内に設けられた銃眼ようの窓から見ていたナイツSR-25自動小銃の持つマークスマン(選抜射手)らしき男が、
上でガンナーが連射しているNSVの弾丸がとある1台のテクニカルのエンジン部分に命中して爆発するところを目撃してそう叫ぶ。
それと同時に大きな音を立ててエンジン部分からそのテクニカルは爆発し、
乗っていた武装勢力らしき男達を黒焦げに丸焼きにし、
爆発の衝撃で肉片にしながら車体のパーツごとばらばらに吹き飛ばした。
その破片はこちらにも飛んできてマンバの装甲板を叩き、ますます緊張感を彼らGWD社員に走らせることになった。
この間に爆発したのも合わせ3台のテクニカルを無効化することに成功したが、
残りの3台のテクニカルが仲間の復讐のための攻撃性を過激にする結果になった。
互いの距離が近づいてきてPK汎用機関銃の有効射程範囲内に近づいてきたときであった。


「あっ、
RPG!!RPG!!」

誰かが車内から叫ぶと同時に、
1筋の光とバシュッという音が車体を掠めたとガンナーが瞬時に思ったときであった。

バッゴォーン!!

近くの地面で何かが爆発した音が響いて、土煙が彼の体に降り注いだのは。

お互いに高速で凸凹の荒地を走ってるのが幸いし、
1台のテクニカルから発射されたRPGの弾が彼らの乗るマンバを狙おうとするも、
それらが原因で狙いが外れてマンバの脇に弾着したのだ。
直ぐにガンナーが撃ってきたテクニカルの方へと標準の向きを変え、
ヴォヴォヴォヴォヴォと何発も弾を叩き込んで無効化に成功するも、
残りの2台のテクニカルからRPGの筒が出てくるのが視界に映り、
彼らに全滅の恐れが脳裏に浮かぶことになったのでますます彼はテクニカルへの銃撃を激しくした。
敵の銃撃が車体に当たるが強化された装甲板によって跳ね返され、
逆にマンバが装備するNSVの弾丸が濡れた紙を引き裂くようにテクニカルの車体を引き裂き、
更に距離がかなり近づいたので車内からの援護射撃も加わり、相手の武装集団も何とかRPGを取り出して抵抗しようとしたが照準を定めようと肩に構えて、
とりあえず銃撃を黙らせようと引き金を引いて撃った瞬間に突然弾頭が爆発してしまい、
バックブラスト(逆噴射)が発生して持ち主とテクニカルを巻き添えに爆発・炎上するので、
程なくして6台のテクニカルは全滅・大破した。


「何とか切り抜けたようだな・・・・・・・・・・・・
だが、明らかに少ない気がする。
もうちょっと多く数の暴力で連中なら攻めてくるはずだ。
それに何も罠を仕掛けずに待ち伏せしてこなかったのが腑に落ちない。
過激派武装組織の連中にしては明らかに手ぬるい戦法だ。」

リーダー格の黒人がPKを車内から構えながらそう呟く。
今までのタリバンやアル=カーイダのようなイスラム教過激は武装組織のとる戦法は、
こちらより圧倒的な数の優位を生かした状態で攻めてくるか、
地形を利用して罠を仕掛けた場所で襲撃してくるか、
自爆テロ要員を使ってこちらの注意をそらしながら本命を襲撃するといった、
こちらとの真っ向勝負を好まずにこそこそと戦うのが今までの彼らの戦法であったからだ。
今戦った連中は明らかに正々堂々と戦ってきたので、
彼にとっては連中が今まで相手してきた過激派武装組織の連中じゃないと確信めいた予感がしたのだ。
実は今の襲撃は囮で、本隊がコンボイに襲っているのではと危惧したが、
銃撃の音や爆発の音など戦闘の音や、無線から救援を要請する声が聞こえてこなかったのでその予想は直ぐに消えうせたが。

そんなことを彼が考えているうちに、
ガンナーが何か上空を指差してるのが見えた。
彼がそちらの方に目をやると1機のヘリコプターがこちらに向かってくるのが目に見えた。
機種はフランスのアエロスパシアル社製のH-65/AS365ドーファン。
GWD社が所有する中型双発ヘリコプターで航空支援用としてやってきたのだ。
GWD社の1台のマンバが奮闘している間に、
残りの3台のマンバがコンボイを戦闘地域から安全な地域へと離脱する援護をしながら、
ついでに付近の米軍基地やイラク治安部隊などに対して一報を入れ、
航空支援のヘリを要請しておいたのだ。
だが、既に銃撃戦は終わっていたのでとんだ無駄足となってしまったが。
機体には中国のWZ-9攻撃ヘリコプターのように改造されており、
特別に改造された連装式12.7mm機銃ポットと19連装70mmロケットポットを装着しており、
軍の本格的な攻撃ヘリに比べれば対戦車ミサイルや機関砲が装備できないと攻撃力の点や、
12.7mmを抗堪できるぐらいしか無い防御力の点など色々と不安な面があるが、
PMCが使う任務としては本格的な戦闘を元々予想していないし、
元が汎用ヘリなので色々と用途があるので使い勝手の良いGWD社唯一の航空支援兵器として、
自社の社員の要請で地上に機銃掃射やロケット弾による掃射を行ったり、
負傷した兵士や物資などを輸送したりと色々な任務で使用されていた。



「こちらドッグアイ1、お前達の航空支援を一応頼まれて来たはいいが、
どうやら無駄足だったようだな。
まったくこっちはポーカーで勝てそうなところで呼び出しを喰らったんだぞ?
掛け金200ドルが一気に俺の財産になるところだったんだ。どうしてくれるんだ?」

「勘弁してくれ、それは別にお前の勝手じゃないか。
というか一応会社の規定どおりだと、
ヘリのパイロットは任務中は賭け事をしてはいけないとなっているぞ。
だがまぁ少し謝りたいと思う。
何せ今日はやけに連中素人の様に攻めてきやがった。
おまけに数も少ないし、はっきりいって良い練習になったぐらいだぜ。
お前達を呼ぶ手間とヘリのエンジンのオイル代が無駄に消費されただけだな。
だが逆にぬる過ぎて色々と後が怖いな。
間違いなく連中は何か企んでいるぞ。
今日襲ってきた連中も死んでも平気な捨て駒なんだろうよ。オーバー。」

「コピーザット、
まぁ確かに違いないな。
実際米軍の情報部から今さっきうちの会社に回されてきた警告のメールには、
お前の懸念しているようなことがたっぷりと記載されていてな、
今にも第6次中東戦争または第2湾岸戦争でも始まりそうな勢いだ。
少なくとも今後1・2ヶ月は油断できない状況が続くな。
とまぁそんな事は置いといて、
無事に米軍基地にいけそうか?
何ならヘリに乗っけて行ってやるよ。
あっ、もちろんその車はここに置いていくがな。」

「遠慮しとくよ。
別にうちの装甲車は周りの装甲板に穴がいくつか開いたぐらいで走行に支障は無いし、
重役出勤宜しく俺らがヘリで基地に降り立ったら他の連中に文句言われちまう。
だから乗っていかないよ。オーバー。」

「コピーザット。
じゃあ帰るから先に待っているぞ。既にコンボイは基地に到着したから余り時間を掛けるなよ。」

顔見知りのヘリのパイロットの女性からポーカーでかなりの掛け金をゲットできるチャンスを逃す破目になったと文句を言われたが、
リーダー格の大男は軽くいなしながら下手に呼ばないほうが良かったと少し謝罪して、
その理由と己の考察についてヘリのパイロットに話した。
その話を聞いたパイロットの彼女は男口調で米軍から彼の危惧した様な事が起ころうとしているという警告が出されたと伝え、
その後に自分の操縦するヘリに乗って米軍基地に向かうかどうか聞いてきたが、
彼は断ってこのままマンバに乗って向かう事を伝えて分かれた。




 その後にヘリがバラバラバラバラと特有のローター音を鳴り響かせながら飛んでいくのを見送ると、彼は停車している自分達の乗ってきたマンバに近づき、
そこで社外に出て休憩している部下達の中からガンナーの男を探し出すと、
彼を連れて少し離れた場所へと連れ込んだ。
その際に他の部下の連中から隊長は野外プレイが好きなホモですか?と冷やかしを受けながらも、
やかましいと怒鳴って付いてこないように釘を刺すと彼を地面においてある大きな岩に座らせ、
自分もその近くの大きな岩に座って対面する形をとった。
そしてガンナーの肩に両手をがしっと置いて彼の目を見据えながらこう言った。


「今日の戦闘はほとんどお前の手柄だな、おつかれさん。
お前が敵の攻撃よりいち早く連中に気づき、的確な射撃で相手の直撃弾を打ち落とすという神業さえ見せてくれたな。
一体どうやって相手の銃弾に自分の銃弾をぶつけて相殺することが出来るんだ?
なぁ、教えてくれないか?
前から気になっていたんだ。何か超能力を使っているのかと思ったが、
そのような兆候は見受けられなかったからますます気になるんだよ。」

自分の上司がやけに熱を帯びた真剣な声でそう聞いてきて、
ガンナーは何か戦慄が体内を走るのを感じた。
肩に上司の手が置かれて進行形で指が食い込むほど力を込められているので、
身の危険を察知して逃げようとする彼の意思を砕いており、
彼は自分は今壁際に追い詰められた気がして、冷や汗が首元から腰に流れるのを感じた。
上司の目は真っ直ぐにまるで標的に止めを刺そうとしている狩人のような真剣な目をしており、
彼は今どのように動けばこの状況を変えられるのか必死に考えていた。

リーダーの黒人は、
部下のガンナーの男が自分の目を見つめ返しながら忙しなく脳を動かしているのを感じ取り、
彼の抱える謎ついてこれ以上の事を追求しようとしたが、
今までの彼の働きが脳裏に浮かんできて恩がある事を思い出してしまい、
緊張して次の言葉を待っている彼に向けてフッと微笑むと、冗談だと笑いながら右手で彼の左肩をバンバンと叩いて緊張をほぐそうとし、
彼の顔を覗きこむよう鼻息が掛かるぐらいに顔を近づけてこう言った。


「何てな!
そんな辛気くさい顔してんなよ。
別にお前がマジシャンだろうがサイキッカーだろうがこっちは便利ならどうでも良い。
何しろお前さんがこの会社に就職してこの部隊に着任してから、今のところ我がチームで死んだ奴や負傷した奴は1人もおらんからな。
だから別に変に事を荒立てて問題をややこしくするつもりは無いんだ、サナダよ。」

さっきまでの緊縛した雰囲気を和らげようと彼にそう告げると、
ガンナーのここでの(GWD社)名前を話しながら彼に何も尋問する気は無いと伝えた。
それを受けて彼にサナダと呼ばれた名前からして日本人または日系人であるガンナーは、
そのさっきから装着している顔を全部すっぽりと包むスカルフェイスマスクを外し、
その中の素顔を曝け出した。

するとどうだろうか。
スカルフェイスのマスクを被っているから少々柄の悪い、
所謂DQNのような野蛮そうな男の顔が出てくるかと思われたがその予測は外れた。
マスクの下から出てきた顔は、
まるで美術館に飾られている古代ローマ風の彫像の様に、
男らしさを残したままとても整った中世的な顔立ちだった。

男らしい要素が大分あるので女性に間違えられることは決して無いが、
とてもイケメンな顔立ちをしており、美青年をそのまま年取らせたような風貌である。
身長は170cmほどと日本人の平均身長を見事イメージしたような背丈で、
髪の毛を短く太平洋戦争時の日本兵の様に均等に短くしており、
目はまるでヤクザも逃げ出すような血に飢えた豹のような肉食系の獣の様な鋭い目をしているので、
まるで番長のような寡黙な雰囲気とあわせて普通の者が近寄りがたい雰囲気を発している。
彼の名前は「サナダ」
もちろんこれはこの会社での名前であって、
ニックネームの様なものなのでいわゆる偽名である。
本当の名前は別にあるのだが、今は説明しなくとも良いであろう。
どうしてサナダというニックネームが名付けられたのかというと、
彼がGWD社の応募試験に合格して採用される時に、
日本映画好きの社長夫人が自分の夫が新人採用する者達のプロフィールを眺めていたときに、
その彼のプロフィール写真を見て「若いときのMr.サナダヒロユキみたいだわ」と呟いて、
社長がそれを聞いてこいつのこの会社での名前に使えるという理由で本人の承諾を得ずに採用し、
それを採用書類に無断で記載して社内に通したのでこのような名前となったのだ。

彼はこの部隊に加わったのは1年ちょっとであり、
何か職業に勤めていた事も無い大学卒業したばっかりの23歳で、
しかも日本人で戦争を経験していないという明らかにお荷物になりそうな兵士であったのだ。
なので当然それを聞いたグループのメンバーに彼を歓迎するような雰囲気ではなく、
逆に会社に嫌みを言ったり邪魔者扱いする険悪な雰囲気が流れるのも当然だろう。
だが彼はそれを気にせずむしろ見返すように初めての戦闘で9人のテロリストを射殺し、
5人に重傷を負わせて4人の捕虜を取るなどいきなり特殊部隊員のような凄まじい活躍をし、
3ヵ月後のとある拠点襲撃の作戦では1人で32人殺害して40人負傷させ、
20人の捕虜を取って更に敵の通信記録の確保に成功するなどゲームの主人公宜しく多大な戦果を挙げたのだ。

このような素晴らしい戦果を挙げて今更お荷物扱いする者がいるだろうか?
いや、
いないだろう。
いるとしたらそいつは早く追い出したほうが良いだろう。
そいつは絶対に現実を直視できずにちんけなプライドの世界に生きている無能である証拠で、
絶対に組織や個人に害をもたらすのでなるべく早く追い出すか事故に遭ってもらうしかないだろう。
とまぁこのような戦果を挙げた彼をお荷物扱いする者は消えうせて、
彼はグループの1員として認められるようになったのだ。

他にも理由として彼が真面目でかつ寡黙ながら、
色々と気配りできて戦闘が上手な事が挙げられるだろう。
彼は何時如何なる時も、例えば普段の戦闘状態では無いが何か任務中であったりまたは非番の時であろうが、
普通と変わらないごく自然体な様子で行動しているのだ。
例えば非番の時に銃撃戦に巻き込まれようが任務中に自爆テロに遭遇しようが、
彼は何だか仕方ないといった様子で肩を落としながら原因となる武装勢力の排除に移り、
排除が完成したらまた普段どおりの寡黙な様子に戻るのだ。
その際に何か驚愕したり平和な時間を壊されたことによる怒りなどの感情を顕にする事は全く無く、
精々やれやれと言わんばかりに眉をしかめるだけで普通の表情で戦っているのだ。
他の社員達から少し気味悪がられるのも最初のころは多少なりともあったが、
今ではとても頼もしく思えられてきたので逆に人気者として扱われる有様だ。
何せいつもと変わらぬ無愛想な様子で戦闘や任務をこなして、
しかも全く何かしらの動揺が見れないので手慣れているように思えるからだ。


「とりあえずこの後は米軍基地に本来の任務どおりに直接向かうのですか?
ヘリを返したことからこのままマンバで行くようですが。」

20代の若い声でサナダが場の雰囲気を変えるように、この後の自分達の予定について尋ねてくる。
彼のその声から余り先程の事を気にしている様子は全くなく、至って普通の様子でリーダの男に接している。


「まぁその通りだな。
このままマンバで行く予定だ。
うちのヘリでは軍用の本格的な輸送ヘリや汎用ヘリと違って運用量が違うから、
元から武装を改造して装着して容量を押しているから、
ヘリに俺達全員が搭乗する事になると置いていかなければならないからな。
じゃ、そろそろ戻るか。」

「えぇ、そうしましょうか。」

それを見てリーダイーの彼も先程の事を無かったように接して、2人はそろそろ戻ることにして腰掛けた岩から立ち上がった。
その戻る際に不自然に強風が吹いて彼らの髪をたなびかせた。


「珍しいな、
この辺りの土地でこんな強い風が吹くなんて珍しいこともあるんだな。」

リーダーの黒人は気にしていないようだったが、
サナダは何やら風の吹いてきたほうへ視線を向け、何事かを呟いた。
もしリーダーがもう少し彼に気を向けていたら呟いていた内容が聞こえただろう。



「貴方の推測は正しいですよ」と。





登場した兵器解説

「USSR NSV」
全長:1560mm
重量(銃本体)25kg
口径:12.7mm×108

ソビエト連邦がDShkの後継として開発した重機関銃。
第二次世界大戦後の1960年代、大戦を戦ったDShkは前線で使用され続けていたが、遠距離での精度が不十分であるなど不満の声も上がっており、新たな12.7mm重機関銃が必要とされていた。
その後1969年にG.IIニキーチン、Y.S.ソコロフ、V.I.ヴォルコフにより本銃は開発された。
「NSV」の名は1971年のソ連軍制式採用の際につけられ、この3人の名前に由来している。
前任DShkの本体重量34kgから軽量化、三脚架も専用に設計し直され、より歩兵レベルでの運用を容易にした。
また、DShkの他に用いられていた14.5mmKPV重機関銃の代替で対空機銃ZPU-1の対空砲架に搭載されて運用されたものもある。
基本的にベルトリンクで装填するが、改造を受けてバイポットを備え付けたボックスマガジンによって給弾される仕様になっている。
各種車両や主力戦車の副兵装としてT-64、T-72、T-80等に搭載。


「ナイツSR-25自動小銃」
全長1118mm
重量4.88kg
口径:7.62mm

ユージン・ストーナーとアメリカのナイツ・アーマメント社が開発した308口径セミオートマチックスナイパーライフル。
口径こそM16の原型であるストーナー設計のアーマライト製AR10と同一だが、どちらかといえば現行のM16を下敷きに7.62mm×51弾仕様に仕立て直したものに近い。
パーツの60%がM16と共通のものだが、レシーバー、ボルトキャリアー、レミントン製のフリーフローティングバレルなど、基幹部品はSR-25固有のものである。
固定のアイアンサイトを持たず、レシーバーとガスブロック(又はRAS)に設けられたレール上に、着脱式のフォールディングサイトを装備することが前提となっている。
また、排莢が後方に流れるのを防ぐカートディフレクターも、着脱式のオプションである。
SR-25はナイツの高い技術力により、標準仕様で0.75MOAとセミオートライフルとしては驚異的な精度を持つ。
装弾数は20発である。


「KCI KTR-3S突撃銃」
全長:864mm
重量:3.4kg
口径:7.62mm×39

アメリカのKCI(Krebs custom Inc. / クレブス・カスタム社)が製造しているAKのモダンカスタム。
KTRはKrebs Tactical rifle(クレブス タクティカル ライフル)の略で、
自社製のカスタムパーツなどを組み込んだコンプリートモデルである。
サイガのレシーバーをベースとし、
レシーバー上部とフォアエンド部にピカティニーレールを備えている。
主な特徴は、レシーバー左側面にガリルタイプのマニュアル・サムセイフティ、ミニミタイプのピストルグリップ、
A2タイプのバードケージ・フラッシュハイダー、AR15系カービンタイプのテレスコピックストックなど。
装弾数は30発ほど。


「PK汎用機関銃」
全長:1170mm
重量:9kg
口径7.62mm×54R

PKは「Pulemet Kalashnikovaプリミョート・カラシニコバ:カラシニコフ式機関銃」の略。
その名の通りAK47の設計者であるカラシニコフ技師が、1961年に設計した軽機関銃である。
非分離式の金属製ベルトリンク給弾で、ベルト一つに25発の弾薬が連結された。この225ベルトを幾つも繋げて給弾することも出来たが、のちに100連や250連のベルトも作られている。
機構はAK47と同様のガスオペレーションとロータリーロックを採用しているが、使用弾薬にはモシンナガンの時代からの制式弾薬である7.62mm×54Rを採用している。
大祖国戦争での疲弊の残る当時のソ連が、備蓄弾薬と既存の弾薬製造設備を活用することを選択したためだ。
7.62mm×54Rは、もともと帝政ロシアの時代にボルトアクションライフル用に作られた旧式のライフル用弾薬だが、
威力・射程とも申し分なく、現在も制式弾薬として使用されている。
しかし、表記の"R"が示すとおりのリムド・カートリッジ(リム付き弾薬)であるため、弾薬を薬室へと送り込むには、
一度ベルトリンクから後方に引き抜いたのち改めて押し込むという動作が必要であり、給弾システムとしては複雑なものとなっている。
不向きな弾薬の採用もあって設計上の不利も少なくなかったが、にもかかわらずカラシニコフはPKを信頼性の高い優秀な機関銃にまとめ上げた。
銃身と一体になったキャリングハンドルを使えば、耐熱手袋なしで素早く銃身を交換できるなど、第2次大戦以降の汎用機関銃としてツボもしっかり押さえている。同世代の西側の機関銃と比べてもかなり軽量で、当時の西側軍事筋も「弾薬と給弾システム以外は総合性能の高い汎用機関銃」と一目置いていた。
装弾数には200発装填のボックスマガジンを使用。


「グロック17」
全長:186mm
重量:625g
口径:9mm×19

1980年当時、銃器業界へは新規参入だったオーストリアのグロック社が開発した自動拳銃。
グロックシリーズの中核を成すフルサイズモデルである。
いまや空前のベストセラーピストルであり、民間のみならず公的機関でも幅広く使用されている。
グロックは従来のマニュアルセイフティやハンマーが無く、スライドを引く以外には、発砲にあたって操作するのはトリガーだけとなっている。
強いてあげれば、トリガーバーから僅かに覗いているトリガーセイフティのレバーがあるが、
トリガーに指を掛けるだけでセイフティが外れるため、
意識して操作する従来の安全装置とは異なる。
このトリガーセイフティを含む「セイフアクション」と呼ばれる、3の安全装置と、スライドを引く操作でストライカーを60%ほどあらかじめコックするという変則ダブルアクションオンリーのトリガーからなる機構により、
シングルアクション並みの軽いトリガープルのダブルアクションと、極めつけにシンプルな操作と安全性を兼ね備えた優れものとした。
装弾数は17発とかなり多めである。
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