エア言及っていうそうです。
コールしないで、別のブログや、ブロガーさんのことを記事に書くこと。
通知が届かないので、私は、友人に教えてもらって知りました。
スルーしてもいいのかもしれないけれど、炎上してもスルーできる人もいるけれど、でも私にはそのスキルがどうしてもありません。
エア言及なのだから、私の目に触れないことを前提に書いたのかもしれないし、本当はエアお返事にしようと思ったのだけど、実際にその記事のブクマが伸びてるのを見て、公共の場で、本人のいないところで、公然と陰口を叩かれる悲しさ、叩く残酷さが身に染みたので、私は同じことはしないことにしました。
書かれた記事を読み返すのは正直とても辛いのだけれど、私の文章でちゃんと伝わるのか自信がないのだけれど、お返事させてください。
私は以前、泡なんとかサディなんとかションというブログが好きでした。
知ったきっかけは、互助会のことを揶揄した小説。
とても面白かったです。
その後に書かれた、互助会っぽい桃太郎のお話も面白かった。
でも当時私は、情報過多をうまく処理できなくて、どんなに読みたいブログでも、極力購読はしていませんでした。通知が届くのを回避するためです。
なので、登録してくださってるブロガーさんのところへは、アイコンから時々おじゃましたり、そうでないブロガーさんのブログを読みたいときは、面倒でもその都度、検索をかけて見つけていました。
泡なんとかサディなんとかションさんのブログも、そんなブログの1つでした。
それがいつの間にか検索しても消えてしまって。
友人に聞いてみたら、ブログ消しちゃったよと教えてもらい、とても残念に思っていました。
なので、今まで見つけられなかったことを
愛されていたのは「私」じゃなくて、ブログタイトルや読者数900人とかバズブロガーとか、そういう偉そうな肩書だったんですね^^
URL変えてないしIDも変えてないのにわかんなかったとか、かなしいなぁ^^
変えたのはブログタイトルだけだと思うんだけどなぁ^^
と、捉えられてしまうのは、思い当たらな過ぎて、悲しいです。
きっと、私の伝え方の問題なんだと思います。
泡なんとかサディなんとかションというブログの読者数も、バズブロガーさんだったということも、私は知らずに、ただ、書かれていた記事が好きで、読ませていただいていました。
「愛誤家さんを煽るのも、私の悪い癖なんですが、やっちゃいますねw」なんてコメントに書いてあるし、もうすっごく不安^^
私は、過激な動物愛誤活動をしている人が大っきらいなんです。
その活動のために、本当に動物のためにと思って動いているたくさんの人たちまで奇異な目で見られてしまったり、『動物愛護』というフレーズそのものさえ偏見で見られてしまい、動物福祉の考え方が世の中に受け入れられなかったり、そして何より、子供たちにとって安全であるべきはずの公園や街中で、深刻なPTSDを起こしかねない、長期的なうつ状態を引き起こしかねない、もしかしたら命の危険すらある、残酷な画像や映像を、小さな子供たちの気をひく着ぐるみをきて垂れ流す彼らの行動が、心から許せないんです。
だからこれからも、彼らに対するヘイト記事を書きたいです。
煽って逆上されてもいいです。
でもそれは、誰かれ構わずってわけではなく、彼らに向けたヘイトです。
ニッチな記事になるので、炎上するどころか、ブクマもほとんどつきません。
Twitterで批判した人を「読解力が足りないね」などとdisらない
これに関しては、私が本当にダメだったなと思っていることです。
炎上後、いろんな方にコメントをいただいたり、『文章の主旨が伝わらなかったり誤解されるのは、読み手の読解力の問題じゃなく、書き手の伝え方の問題』という記事を読んだり、似た経験をされている方の真摯で思いが伝わる文章を読んだりするうち、私の未熟さ、浅はかさ、文章力の低さ、客観的な視点の欠落から招いたことだったんだなと理解、自覚できるようになっていきました。
そして、エア言及されたブログ主さんにいただいたコメントを改めて何度も読み返し、ひとつひとつの言葉の意味に、納得できるようになり、コメントをくださったことを、とても感謝していました。
くださったコメントの主旨は、次のようなものでした。
私がちゃんと読み取れていれば。
「思ってもいいこと」と「書いて大勢に訴えること」は別です。そのことをとにかくわかってもらいたい。
文章の巧拙がどうとかではありません。あなたは思ったことを思ったまま口にして反感を買っているだけです。
「誤読」「反論」という表現はやめたほうがいいです。例え言葉通りの意味を伝えたいとしても、「私は間違っていない、悪いのはそっち」という態度は読んだ人にいい気分を与えません。
自分の責任を棚に上げて相手を見下す態度は今回のことがなくても貶されて仕方のないことです。
今回の炎上の原因は周囲の悪意や無知ではありません。無自覚なあなたの不用意な発言のせいです。 すぐにとは言いませんが、ブログやSNSとの付き合い方をもう一度よく考えてみてください。以前ブログでやらかしてアカウント削除、という流れを経験していると思うのでわかると思うのですが、今回もおそらく同じだと思ってください。
本当に、親身で、とても貴重なコメントをいただけたと、とてもありがたく思いました。見ず知らずの私のことなんか、放っておくこともできたのに、ここまで言ってくださって、嬉しかったです。
なので、前回の記事で抜粋させていただいたのは、本当に、その感謝を伝えたかっただけです。以前ご指摘くださった通りでしたと。そして、こんなに鋭い忠告をしてくれた人がいたことを、記事を読んでくれた人に伝えたかったです。
せっかく言及記事とかブコメで晒し上げ回避してあげたのに、自分から「ねえねえ私注意されちゃった! 怒られちゃった!」って、なんか脅してるみたいな切り取り方してんの。
そんな意図はもう本当に、全然なかったです。記事を読んだ人もきっと、そんなこと思ってないです。あの記事はとても内輪な記事だったので、多くの人の目にはきっととまらず、私のことをよくわかっているブロガーさんたちが読んでくれた記事でした。中には前アカウントからお付き合いのあるブロガーさんもいます。そして前アカ削除の経緯を知っている彼らにとって、いただいたコメントはまさに、あ~、さめちゃん、ずばっと指摘されちゃったね~鋭いね~。という印象だったと思います。
そしてこれだけは絶対に否定したい。
周りのお友達は誰も何も言ってあげないの? むしろ褒め称えているのはなんで? そんなにお友達に忠告するのが嫌なの? それともみんな「この文脈での炎上=誰かを傷つける文章を書いてバズること」が素晴らしいって思ってるのかな? いつもTwitterでお話ししているお友達は、みんな類友の炎上予備軍なのかな? そもそも炎上の意味わかってるかな?
いっぱい忠告してもらいました。
DMで。
全然褒めてもらってません。
DMで忠告してくれたのは、友人のやさしさです。
最後に。
いただいたコメントの中で、私が特に胸に刻んでおきたいと思ったのは
「思ってもいいこと」と「書いて大勢に訴えること」は別
というフレーズでした。
今後何かを書くときは、このことを忘れずにいようって本当に思っていました。
エア言及主さんにとって、私のツイッターや過去記事の魚拓等を晒して、こんなことがあったんだよこいつ最低でしょバカでしょ酷くない?っていうのは、『書いて大勢に訴えたかったこと』だったんでしょうか。
それくらい、私にブログをやめさせたいってことでしょうか。
友人のことまで言及して、私から友人を遠ざけ、ひとりぼっちにしたいってことでしょうか。
実際、あの記事についたブコメの中には、大好きなブロガーさんもいて、正直私にとってはそのことが、記事の内容以上に、1番のダメージでした。こうやって文章に起こすと涙がでてきます。
それくらい、私の不用意な言動が、エア言及主さんを怒らせてしまったのだと思うので、仕方がなかったと思います。
でも、エア言及主さんは、ツイッターでこうも言っていました。
「炎上=あなたが誰かを傷つける可能性」っていうことをまず理解しようか。つまり言いたいことを無責任に言うことで誰かが傷ついたり不快に思うの。炎上を避ける避けないの問題ではなく、「言いたいこと」と「傷つく」は同一線上にあるの。
炎上で多くの人を傷つけなければ、個人攻撃で個人を傷つけるのはありなんですか?
でもね。
私、書くことをやめないです。
とても悲しかったけれど、大丈夫です。
私はこれからも、私の言葉で、文章を書きます。
誰かを傷つける記事は書きたくない。
でも、誰かを傷つけたとしても、伝えたいことが、私にはあります。
ゆるふわブログもほっこりブログもほんわかブログも好きなことだらけのブログも、読むのは大好きですが、私には書けないんです。
今回のことは、身から出たさびとして、悲しかったけれど、記憶に刻み、忘れません。
でも、こんなことぐらいでブログを放り投げてしまえるほど、私は軽い気持ちで文章を書いてきたわけではないんです。
ということで。
私は本当に伝え方が下手なんだと、今回の一件で再確認したので、この文章もちゃんと伝わるか自信がないのですが、これ以上はもういいです。これでおしまいにします。
以上。
今後何があっても、次回は通常営業です。
今後何があっても、次回は通常営業です。
今後何があっても、次回は通常営業です。
と、3回唱えておわります。