<パナマ文書報道>「最大リーク」分析、76カ国の記者参加
中米パナマの法律事務所から流出した内部文書「パナマ文書」に基づく報道が、各国首脳や著名人の不透明な金融取引を次々に暴き、世界を揺るがしている。異例なのは、日本を含む76カ国の報道機関やジャーナリストが協力して分析や取材を進め、同時に報道を始めたことだ。国境を超えた新時代の調査報道は、どのように行われたのだろうか。【日下部聡】
誰も知らない情報源
発端は1年前、ドイツの全国紙「南ドイツ新聞」で調査報道を担うバスチアン・オベルマイヤー記者に、暗号化チャットで匿名の人物が接触してきたことだった。
「データに興味はあるか? 犯罪を公にしたい」
情報源はそう切り出したという。
暗号化されて送られてきたデータ量は最終的に2・6テラバイトに達した。2010年に内部告発サイト「ウィキリークス」が入手した米外交公電(1・7ギガバイト、テラはギガの1000倍)の約1500倍となる。文書の件数ではウィキリークスの公電25万件に対し1150万件。仮に1件をコピー用紙1枚とすると、積み重ねれば約1000メートル。「史上最大のリーク」(同紙)とされるゆえんだ。
同紙の調査報道班は5人。「とても我々だけで調査できるものではない、と早い段階で悟った」とウォルフガング・クラハ編集長は世界新聞・ニュース発行者協会(WAN−IFRA)のウェブサイトで語る。そこで同紙は、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)と共同で文書を分析することにした。共同分析は初めてではなかった。13年以降、ICIJが銀行などの内部文書を大量に入手・報道したケースが3回あり、同紙記者も参加している。
ICIJは1997年に元米CBSテレビプロデューサーのチャールズ・ルイス氏によって設立された。米ワシントンを拠点に、現在は世界約65カ国の約190人が加盟している。犯罪や公害、汚職などが国境を超える一方、メディアに調査報道を担う余裕がなくなっている現状を打開するため、各国のジャーナリストのネットワーク化を目指している。
専用データベース構築
南ドイツ新聞によると、パナマ文書を受け取ったICIJは専用データベースを構築し、契約書やパスポートの写しなどの画像はOCR(光学的文字読み取り装置)でテキストデータに変換して検索可能にした。「これは重要なステップだった。大量のデータを隅々までチェックできるようになった」と記事は記す。
そしてICIJは、英国のBBCやガーディアン紙、フランスのルモンド紙など各国の報道機関やジャーナリストに協力を依頼した。参加者はデータベースを共有して取材し、その結果もネットワーク上で共有した上で、今月3日に一斉に報道を始めた。最終的には76カ国の100を超えるメディアから記者約370人が参加した。
ICIJは「公共の利益と関係ない文書もある」として生データは公表しない方針。政府機関にも渡さない。ただし5月には、文書に含まれる21万4000の企業と役員や株主などのリストを公開する予定だ。
気になるのは情報源が誰なのか。オベルマイヤー記者を含め誰も知らないという。文書が本物であることをどう確認したのだろうか。
実は今回のリークの前に、ドイツの検察当局が内部告発を受けて文書を一部入手していた。米CNNのインタビューに答えたICIJのジェラルド・ライル事務局長によると、この文書は米国や英国の政府にも提供されており、ICIJも手に入れてパナマ文書と照合したところ、一致したという。ライル氏は「1150万件もの文書を偽造するのはほぼ不可能だ」とも述べている。
当人取材で「文書は本物」
日本のメディアにも声がかかった。朝日新聞と共同通信だ。
朝日新聞は12年からICIJと連携してきた。中心的役割を担ってきた奥山俊宏編集委員によると、パナマ文書については今年1月に協力の打診があり、文書に名前のある日本人を中心に取材した。当人に取材することで、文書が本物であることは裏付けられたという。
奥山氏はICIJとの提携について「全く新しい情報源につながることができ、従来とは違う手法や価値観を学べた。目を見開かされることも多い。例えば、私たちは『違法でなければ書けない』と考えがちだが、ICIJや欧州のメディアは今回、違法かどうかにかかわらず問題提起し、社会を動かした」と語る。
共同通信には2月に打診があったという。担当した特別報道室の五十嵐泰室長は「今回の手法は調査報道の一つの武器だと思う。将来は日本で発掘した資料を世界に提供できるよう努力したい」と話している。
政治家ら140人記載
パナマ文書は、パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した内部文書。ICIJによると、約40年間の金融取引が記され、計140人の政治家や公務員の名前が含まれていた。
モサック・フォンセカは英領バージン諸島など租税回避地(タックスヘイブン)に顧客の依頼で多数の企業を設立していた。文書には21万4000の企業名が記されているという。こうした企業は「オフショア企業」と呼ばれ、匿名性が高いために税金逃れや犯罪資金の秘匿などに使われやすいとされる。設立自体は合法だが、ICIJは「疑わしい取引の隠れみのになっていることを文書は示している」と指摘する。
これまでに、アイスランドのグンロイグソン首相▽中国の習近平国家主席の親族▽英国のキャメロン首相の亡父▽サッカー・アルゼンチン代表のメッシ選手−−らがこうした取引に関与していたと報道された。
日本の著名人で文書に名前があったのは、共同通信によれば、セコム創業者の飯田亮氏と故戸田寿一氏。共同通信と朝日新聞はマルチ商法で財を成した兵庫県の男性らのケースも報じた。朝日新聞は「(文書にある日本人に)政治家ら公職者は見当たらなかった」と伝えている。
ICIJによると、モサック・フォンセカはドイツ出身のユルゲン・モサック氏、パナマ出身のラモン・フォンセカ氏がそれぞれ経営していた法律事務所を統合して1986年に設立された。英・米・中国など世界35カ所以上に事務所を展開し、オフショア企業管理では世界第4位の規模という。
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