
書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。
書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
天久聖一(あまひさまさかず)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。
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東大卒の売れっ子俳優であり、複雑な過去をもった歌舞伎役者でありと、才能も経歴もいちいちトゥーマッチな香川照之氏、先日観たバラエティ番組でも芸人以上のトークで客席を惹きつけていた。いついかなる場面でも最高のポテンシャルを発揮してしまう香川照之氏。もうポテンシャル病と診断していいかもしれない。それでは今回もめくるめく書き出しの世界へご案内しよう。
書き出し自由部門
実験は成功し、親戚中を敵に回した。
TOKUNAGA
並行世界に行きたいなら、午後を早退すればいい。
えむ毛
君が思うほど、僕はそうじゃない。僕が思うほど、僕はそうじゃない。
夏猫
自分が弱っているとき、人から優しいといわれる。
まじいい
土曜日の午後の公園の移動販売のポップコーン屋さんの前。
チヒロ
「話おかしいなぁと思ったら、愛蔵版の525頁ですね」
いがそ君
ゴリラから「ゴリラらしさ」を抜くと、消える。
正夢の3人目
和久井映見裁判の一部始終を此処に書き記す。
菅原 aka $UZY
せやけどうちのホクロは雪化粧しておます。
ヘリコプター
少年のポケットには鳥軟骨が一つ入っていて、彼がポケットを叩くたびに塩だれの良い香りが漂った。
prefab
野球拳が終わり、半裸のふたりが脱いだ衣類を身につけ始める。
紀野珍
博士が開発したキャタピラ。点字ブロックも越えられない、優しいキャタピラ。
義ん母
吊革の穴の中に次々と吸い込まれ、車内は無人になった。
morin
換気扇の下で一服する。やかんに俺の顔が映る。夕べ俺が磨いたやかんに。
尻炉
東ことり氏「春は〜」あけぼの、ならぬ天ぷら。たしかに春野菜の天ぷらは最高に美味しい。さりげないパロディのようで実は「冬は鍋」と対になる名文句ではないだろうか。ふじーよしたか氏「北口に〜」うん、ある。(笑)スルーした日常にはまだまだ発掘されていないお宝が眠っている。尻炉氏の「その生姜焼き〜」も同じ。夏猫氏「君が思うほど〜」このラストが「君はそうじゃない」だったら完結しすぎると思う。さらに自分に失望する「僕」から物語ははじまる。チヒロ氏「土曜日の午後」ただの場所指定でもドラマは立ち上がるという発見。いがそ君「話おかしいなぁ〜」マニア同士の会話には疎外感と同時に妙な憧れを感じる。正夢の3人目氏「ゴリラから〜」なにを言ってるんだね君は(笑)菅原 aka $UZY氏の「和久井映見裁判〜」もあまりにアホらしくて採用してしまったが、実際にこの書き出しからはじまる本があればとりあえずめくるだろう。その他ヘリコプター氏、義ん母氏など、今回は頭がお花畑な作品が目立った。これも春のせいか。
つづいては規定部門、今回のモチーフは「イケメン」であった。女子のみなさま、お待たせしました。ご堪能ください。
規定部門 モチーフ「イケメン」
たった今、イケメンが担架で運ばれて行った。
菅原 aka $UZY
菊人形を見据えたまま、イケメンは溜息を零した。
流し目髑髏
『パンに挟んだら美味しそうだな』その単語を聞くたびに千代子は何故かそんな事を思っていた。
夏猫
「ボクたちが流しました!」1cc5000円の汗にイケメンの写真が並んでいる。
Mch
「イケメン焼き」は、いわゆる今川焼きだった。
紀野珍
競りのマグロに混じって、イケメンが1人転がされていた。
ひしまるまるこ
「広義のイケメン」ということで論争は決着した。
Mch
イケメンたちが、おそるおそる知恵の輪に触れ始めた。
TOKUNAGA
「なあハンサム」「どうしたイケメン」続きを通過列車が遮った。
井沢
漂流した中で一番のハンサムが一番役に立たなかったし、割とすぐ死んだ。
prefab
誰もボスに指摘できないまま、六人目の「イケメン」刑事が誕生した。
紀野珍
私が大便し終えるまで彼はずっと鏡を見ていた。
g-udon
女子の間で「壁ドン馬鹿」と呼ばれている事を彼は知らない。
wabisuke
クラス替えのこの時期、いつ渾名がばれるかと思うと、池田面太郎は気が気でないのだった。
よしおう
黙ってればいいのに、彼はギターを買った。
赤羽一番街
いちいち「無駄に」が引っかかる。
suzukishika
「やだ、イケメン〜」と言われたばかりに、男の部屋には一本三千円する、よくわからない水が三ケース置かれていた。
おっつ
イケメンに小さな二重アゴ、靴紐の解けあり。
ボーフラ
最後のイケメンたちを積んだ船が港を発った。
TOKUNAGA
漫画ではよく「キャラがひとり歩きする」という表現があるが、イケメンもまたキャラとしてひとり歩きしている感がある。そしてキャラとして認定されてしまえば、あとはどう遊ぼうと自由である。そこに個体の差はなくただイケメンというあいまいな概念だけが弄ばれる。イケメンにはバカであって欲しい。採用作にはそんなイケメンではない我々の祈りにも似た願いが感じられる。Mch氏「吐き出した〜」唾に濡れた種がいい感じの光を反射してそう。prefab氏「漂流した〜」三番目くらいに落下したヤシの実にあたって死んで欲しい。wabisuke氏「女子の間で〜」イケメンの浅さがよく出ている。赤羽一番街氏「黙っていれば〜」イケメンのそういうところが嫌い。哲ロマ氏「イケメンの〜」哲ロマ氏のライフワークと呼んでいい網戸ネタ。仕方なく採用しました。えむ毛氏「辛うじて〜」誰でも瞬間、ある角度だけならイケメンの可能性を秘めている。xissa氏「だからなんだ〜」これほどガイコツに共感できる文章をはじめて読んだ。
それでは次回にモチーフを発表する。
いまの家電は昔に比べて驚くほど性能が上がり、中にはルンバのように半分ペットのような役割を果たすものもある。けれど考えてみると深夜に鳴る冷蔵庫のモーター音や、叩けば直ったテレビのように、私たちは昔から家電にある「気配」を感じていたように思う。家電には種類もあるし、身近なモノには思い出付着する。それぞれの家電物語を立ち上げて欲しい。締め切りは4月29日、発表は5月1日を予定している。下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択し送っていただきたい。力作待ってます!
最終選考通過者
aaa/min/ぬけさく/星空さん/terayo/おとぎ坊主/トミ子/morin/宵の舞/茂具田/マークパン助/ゆの字/くのゐち/