2016年3月30日05時00分
インド西部ダボール。商都ムンバイから車で8時間、アラビア海に臨む入り江から全長2・5キロの桟橋が延び、そこから太い管が巨大なタンク3基につながっている。2013年に稼働した液化天然ガス(LNG)の輸入基地だ。
ナイジェリアやカタールなどから来たタンカーがLNGを積み下ろす。年500万トンのLNGを受け入れ、再びガスにする能力は国内2位の規模を誇る。
運営する国営インドガス公社(GAIL)によると、昨年は能力の83%のガスを受け入れた。幹部は「需要はどんどん増える」と増設を視野に入れる。
経済成長と人口の増加で、インドのエネルギー需要は増えている。国際エネルギー機関(IEA)によると、石油需要は昨年第2四半期(4~6月)に日本を抜いて米国、中国に次ぐ世界3位となった。IEAは、40年にインドの石油需要は13年の2・6倍、天然ガス需要は3・3倍になるとみる。アナリストは「(爆発的に需要が増えた)10年前の中国と似ている」と口をそろえる。
インドは人口の4分の1の3億人が電気のない生活を送り、政府は「22年までに全世帯に給電」と掲げる。発電用エネルギーの4割を30年までに太陽光などの非化石燃料でまかなうとするが、化石燃料の需要も大幅に増えるのは確実だ。
車の普及もニーズを増やす。インド自動車工業会によると、14年度の乗用車の国内生産台数は約322万台。同会は、26年までに業界規模は3~4倍に成長し、米中に次ぐ世界3位の自動車市場になるとみる。
■天然ガス事業、タリバーンも支持
中央アジアのトルクメニスタンにあるシルクロードの町マリー。昨年12月13日、天然ガスの国際パイプラインの起工式があった。
世界屈指の天然ガス埋蔵量を誇る同国からアフガニスタン、パキスタンを通ってインドに至る事業は4カ国の頭文字を取って「TAPI」と呼ばれる。19年の完成を目指し、インドのアンサリ副大統領ら4カ国の首脳が握手を交わした。総延長1800キロ余、建設費は約100億ドル(約1兆1300億円)。年間330億立方メートルのガス(LNG約2400万トンに相当)を運ぶ。
同じ日、アフガンの反政府勢力タリバーンの幹部がトルクメン側の招きで同国を秘密裏に訪れていた。タリバーン筋によると、カタールを拠点とする政治外交部門責任者スタネクザイ氏だった。
翌1月下旬、カタールで国際NGO「パグウォッシュ会議」が開いたアフガン和平をめぐる国際会議で、スタネクザイ氏がタリバーンの声明を読み上げた。「我々はTAPIを支持する」。計画の最大の障害が取り除かれた瞬間だった。
計画は、ソ連が崩壊してトルクメンが独立して間もない1990年代までさかのぼる。アフガンで政権の座にあったタリバーンと米石油大手ユノカルなどが建設合意目前まで進んだ。
しかし、98年、国際テロ組織アルカイダがケニアとタンザニアの米大使館で爆破テロを起こすと状況が一変。アルカイダの指導者ビンラディン容疑者をタリバーンがかくまっていることが発覚し、ユノカルは計画断念に追い込まれた。01年のタリバーン政権崩壊後、再び構想が浮上した。だが、印パ関係の悪さに加え、タリバーンによる妨害テロの懸念から「リスクが高すぎる」(石油アナリスト)とみられてきた。
タリバーンの今回の「賛成」の背景には、国際的に孤立した政権時代、例外的に政権を承認したパキスタンや、中立を保ったトルクメンへの恩義があったとみられる。その両国を突き動かすのは、紛争の論理を超えて、エネルギー需要が急拡大するインドへガスを運べばもうかるという経済的な現実だろう。
完成にはなお懐疑的な見方がくすぶるが、インド行政委員会でエネルギー政策を担当するアニル・ジェイン補佐官は「紛争地帯を通るパイプラインは世界では珍しくない。実現可能だ」と期待する。背景には中国への対抗心もある。中国はトルクメンからのパイプラインを09年に完成させ、中央アジア諸国と関係を深めている。
■LNG、大口契約で半値に
米国での「シェール革命」で、世界最大の石油・ガス消費国の米国の海外へのエネルギー依存は低下。エネルギーの国際地図が大きく変わるなか、中東などの産油・ガス産出国にとって、消費が急拡大するインドの存在感が増している。
昨年末には25年の長期契約に縛られ、高値での購入を余儀なくされていたカタールからのLNG価格を半値に下げさせた。交渉はモディ首相も加わって約50回に及んだが、「大口顧客となったからこそ交渉力がついた」(業界関係者)。
インドは、コメなどの食料供給を産油国に保証し、逆に石油やガスの供給を約束させることも検討中だ。水に乏しい湾岸諸国がアフリカなどで農地を手に入れ、食料を確保しようとしていることに目をつけた。プラダン石油相は今月7日、「すべての湾岸諸国がインドを見ている。インドの石油安全保障と、他国の食料安全保障の問題はつながっている」と語った。
(ダボール=貫洞欣寛、カブール=武石英史郎)
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