熊本地震は広範囲の連続地震となってきた。これまでにない事態だ。見通しが立たないときこそ、気象庁や政府機関は幅広く情報を提供してほしい。
十四日夜から続く熊本県の地震。十六日未明にはマグニチュード(M)7・3の地震が起き、多数の犠牲者を出した。阿蘇山の近くでも地震が続発し、小噴火もあった。同日朝には大分県にまで広がった。
繰り返し起きる地震で、被害は広がり、多様になっている。住宅の倒壊に加えて、山間部では大規模な土砂崩れがあった。電気、ガス、水道、鉄道、道路といったライフラインの傷みも大きい。十六日夕からの大雨も心配だ。
◆専門家も未経験の事態
被災地を見ると、備えをしていればと思えることもある。
鉄筋コンクリート五階建ての宇土市役所本庁舎が崩壊寸前だ。四階部分が押しつぶされている。地震が日中だったらと思うとゾッとする。同庁舎は耐震診断で震度6強で倒壊の危険が指摘されていたという。
連続地震は東にも延びて、ドミノ倒しのようだ。震源は中央構造線に沿うように移動している。
中央構造線は多くの断層からなる大断層系で、西南日本を横断している。断層の中には活断層もあり、地震がよく起きる場所とそうでない場所がある。熊本県は中央構造線の西の端だ。大分県から海を渡ると愛媛県の佐田岬半島。ここには伊方原発がある。四国の中央部を通って紀伊半島、静岡県、長野県へと続き、東の端は関東に達する。
政府の地震調査研究推進本部は、地震活動が活発とされる佐田岬半島から奈良県にかけて、今後三十年の地震発生の可能性を調べている。奈良県から和歌山県にかけては「可能性が高いグループ」、四国は「やや高いグループ」となっている。
◆四国、近畿も注意を
名古屋大の鷺谷威(さぎやたけし)教授は「地震活動が飛び火して急激に拡大していく事態は、専門家にとっても未経験だ」と話す。「これまでの常識」が通じない事態になっているのだ。
先の見えない連続地震だが、鷺谷教授は「一五九六年、大分県から四国、近畿にかけて、中央構造線に沿って地震が連続した例も、頭の片隅に置いた方がいい。また、南海トラフ(地震)などへの影響がないとも言い切れない」と言う。約四百年前にも似たようなことが起きていた。
今、求められているのは、こういうアドバイスだ。予知はできなくても、専門的な知識を基に「起きそうなこと」を伝えてほしい。
専門家や政治家が、国民に不安を与えてはいけないと情報を出さなかったことが裏目に出るのは珍しくない。
福島第一原発事故で、民間事故調の報告書は「『国民がパニックに陥らないように』との配慮に従って行政の各階層が情報を伝えない情報操作があった」として「メルトダウン(炉心溶融)」と言った原子力保安院の審議官の更迭やSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の沈黙などを例に挙げて、エリートパニックだったとしている。
エリートパニックは「災害ユートピア」(レベッカ・ソルニット著)に出てくる造語だ。「『普通の人々』がパニックになるなんて、とんでもない…。エリートパニックがユニークなのは、それが一般の人々がパニックになると思って引き起こされている点です」と書かれている。
東日本大震災直後の二〇一一年三月十五日深夜、富士山の直下で震度6強の地震があった。発表は「静岡県東部地震」で富士山噴火には触れていない。科学部の記者が取材したが、関連を認める火山学者はいなかった。噴火を心配したと語り始めたのは、随分、後のことだった。
◆肝を冷やした地震
今月一日午前十一時三十九分、M6・5の三重県南東沖の地震があった。震源はフィリピン海プレートと陸側のプレートの境界。次の南海トラフ地震が始まるかもしれないと考えられている場所である。しかも、微小地震が続発している時期だった。「肝を冷やした」と話す地震学者もいる。
実際には何も起きなかった。だが、「南海トラフ地震の発生確率が通常よりも高くなっている」と伝えるべきだったと考える。
鷺谷教授の言葉にある「(可能性のある事態を)頭の片隅に置く」ことが防災力を高める。逆に言えば、情報の不提供は学者の怠慢ということにもなる。私たちメディアはできるだけ多くの情報を提供する責務がある。
この記事を印刷する