小説書くの面倒臭いので口語体で失礼します。

@antiyutori

第1話 本音

10~15年程前 私は周囲に非常に嫌な事をされました。

行動を見て「精神障碍」「体は大人 心は子供 みたい(逆コナンとも言われた)」「伝達機能が無い」と言われました。


当時私はオタク趣味に傾倒しかけていました。ただ心のどこかで「これはやばいな」と思う所がありました。

私はできる限り自分のオタク趣味(漫画等)を消しました。今の自分の「アンチオタク主義(オタク方面への消費を否定する事等)の土台がこの時期にできあがりました。


普通の人はオタク趣味なんてやらないし会話に力を入れて作り笑いをして相槌を打ちながら「笑い」をとろうとするのでしょう。


私もそれはしました。けど意味が無かった。

異口同音に「それがどうした?」「つまらない」「こいつおかしくね?」「こいつ

最悪じゃね?」「ばか」「将来反社会的行動に出てそう」等と普通は言われない事を言われました。


私が知る限りそういう事を面と向かって言われたのは私だけです。

「お前だけじゃないぞ」と思わせる為に「誰それが否定された」と噂を吹聴する人もいました。ですが本当にそうなら言った奴は私以上に嫌な目にあって

誰とも関わらなかったはずだ。


今はそれが嘘である事がわかるんです。振り返ってみてもその人は「あいつ言われたんだって!」と叩かれるのではなく誰にも相手にされなくなっていた筈でしょうから。


建て前と本音がここまで違うのか。なぜ自分だけ?と疑問に思わざるを得なかった。

廊下で数秒見まわしましたね。私には読唇術なんて無かったし聖徳太子みたいに

会話を全て把握する事なんてできなかった。ただ「あ~そうか演じているだけなんだ」という事がわかっただけだった。


ちょっと注意深くみてればわかるものだ。だって本気で笑ってる人なんていなかった。5人いたら1人が何か言って4人がどっと同時に笑う。それは彼らのルールだった。私の周りにはそういう人しかいなかった。


互いに嘘をつきあう。騙してる。「素の性格」という言葉もあった位に。

「作ってる」「演技してる」それは建て前。「フリをしてる。」


そんな事されたら人間不信になる。「信じる者は馬鹿を見る」

それが不文律な所だったんだなと思う。


最近ネットでもリアルでも演じてる人が多い。ほめるのは嘘

蔑むのが本音。


私はそういうのを見て痛烈に「哀れ」に見えた。

冷めていたんだろうなって思う。

「へーそんな事してるんだ。そんな事やって面白いとか正しいとか

思ってるんだ。イケてないのにイケテルとか思ってるんだ。

終わってるって言った方が正しいね。お前は俺よりも

終わってるよ。くだらないばか。いやバカに失礼だ。今すぐ辞めろ。

それ以上自分を貶めたくなかったらな。」


失礼な言い方だけどそう言える機会があったら言っていた。

そんな人間達に見下されたら私は怒りを我慢するか

爆発させるしかなかった。


幸か不幸か私は耐えるタイプだったから彼ら・彼女らは

私にされずに済んだ。


したら停学は免れられなかったのだろう。

私はその位怒っていたし相手を哀れんでいた。


もうかなり前だ。年を経た。

当時を知る人間に接してもあの頃以上に

辛辣な言葉を返された。

「近寄るな」「もう俺に関わるなバカ!」


驚いた。相手の性格は高校生の頃よりも劣化していた。

どう生きたらそうなるんだ?という表現があるが

彼のそれは元からそれかと思った。


高校時代あまり自分の思う様に肯定されなかった

分鬱憤がたまり否定されると怒りが爆発しやすくなったのか。


私に言わせれば「肯定」なんて煽てて何かをやらせる為の

手段に過ぎない。

「豚もおだてりゃ木に登る」という言葉もある位だから。


「やってる自分は他人から見れば格好良い筈」と思う人ばかり

ではないだろうけど一般的に考えて「おかしくね?発達障碍なんじゃね?

お前 もうそういう遊ぶ年じゃないよね?」と思えるオタク趣味(ゲーム等)

をやっていたら笑われて当然だ。


うわあとなった。仲間内だけの趣味。それはいい。

だが世界人口90億人の内数える程しかいない仲間内でしか

それは肯定されない。下手すりゃ仲間内だから譲歩して

言われないという現実を相手は意識したくないのではないだろうか

と疑問が頭をもたげた。


この話のタイトル、「本音」は「あの時お前は俺が蔑まれてるのを見て

どう思っていたんだ?笑っていたな。それは演技か?口裏合わせていたのか?」

という問いかけもある。


無論 真実はその場の「する側」しか知らない。

クラス全員がやっていたしその場で言わなかったからといって無関係とは

言いきれない。疑心暗鬼だった。

だが「全員が黒」という結論は楽だった。


私は他人と会話する方では無かったから嘘に気づきやすかった。

「俺はお前の友達じゃない」「友達でもないのに」

皮肉な事にそういう言葉が私を賢くさせてくれた。


スクールカースト 偏見 悪意 敵意 殺意、怒り、蔑み 負の社会システムと負の感情が混ざり合った所が私が5年間いた所だったんだなって思う。


最近になってネット・雑誌・近所等で見受けられる「他人へのやっかみと強要と攻撃活動」は私が昔みた光景まんまだった。


大人がなぜ子供みたいな真似をしているのだろう。

そういうのはダメだと学ばなかったのか。わかっててやっているのか。

それが彼らの本音なのか。


社会のルールを平気で破り 口実があればどんな事でもまかり通ると思っている

のは異常者という認識は私だけなのか。私が堅いだけなのか。いや甘いのか?


「隙を見せてはいけない」という言葉も私は10年前に聞いた。


明文化しないとわからないのかと思える程の低俗さだった。

人が何かを言ったらしたら即座にその場で顔を見合わせる。

「こいつおかしいよな?」と顔に書いてありその場でうだうだ文句をいって

ああしろこうしろと強要する。


それはカスだという事がわからない。

話が通じない人間には何を言っても無駄。


私は10年前に諦めた。「ああこいつらはわからないんだ。そういう人種なんだ。

背伸びをしているだけの年をとっただけの小中学生なんだ!」と結論に至った。

演技?演技ならよくしろよ。演技してもしなくても質が同じ低質とは

驚いた。


「赤信号皆で渡れば怖くない」を地で行った背景には

何か非常に孤立する事を恐れた逃げ的な行為があるのではと思えるのだ。


いつか「当時の本音」を私は聞きたい。

そしてあの時あの場で私を蔑んだり私に何かを強要した人間に「お前の行動は

皆の目にこう映ってたぞ」と言ってやりたい。


それが私の本音です。

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