(下)「将来は小保方さんが決めること」
−−論文の改良について。前半のSTAP現象と後半の万能性の説明で文体が違う。
◆アーティクル(問題の論文)は、かなり大きく書き直したとはいえ、元は残っている。小保方さん、若山さん。バカンティ氏が手を入れた部分は残っている。
−−「200例も成功した」というなら経験則を文章化すべきだ。ES細胞で論文捏造した黄教授とか、ベル研究所のシェーン氏の論文捏造の時も特殊な技術と説明された。3月5日に詳細なプロトコル(手順)を発表したとき、なぜ丹羽(仁史・プロジェクトリーダー)さんに任せたのか。
◆STAP現象は、2日間のストレス反応で一部が生き残って初期化される。そこが微妙。だれがやってもできるわけではない。2014年バージョン(最新の手順)を作る必要がある。それを書こうと小保方さん、丹羽さんと話していたが、掲載が決まって発表までが短い。電子版掲載のタイミングで、印刷版が出てしまった。
−−そこで、彼女の記録に目を通す時間があったと思う。
◆彼女がいいなと思うのを、誰がやっても作れる手順にする。ノートを見ればできるものではない。
−−世界に発表する資料は、記録からしか起こせない。それがなければ研究自体やっていないと言われる。
◆ノートは見ていないが、彼女は非常な回数(の実験)をやっている。詳細は彼女に聞かないと分かりません。
−−若山さんが小保方さんに渡したマウスからSTAP細胞が作られなかった、との話が出ている。
◆今回の論文とは関係のないこと。若山研内部の話で、当事者が確認する話だ。
−−STAP細胞が存在すれば、そのまま渡せばよかった。真偽を示すためにも、このことは議論する必要がある。
−−博士論文からの画像流用について。取り違えがあったとだけ言って、流用と(調査委に)言わなかったのは、流用を隠したのか。
◆博士論文は、学術論文の世界では非公開扱い。これを投稿論文に引用するのは問題ない。研究不正に関わらない情報と考え、こまごまと説明はしなかった。
−−1月の発表記者会見でiPS細胞との比較をしたことを反省していると。山中(伸弥・京都大教授)さんへの対抗意識があったのでは?
◆そういうことはない。山中先生と僕は十分強い信頼関係を持っている。私が京大を辞めた後を引き継いだのが山中先生。非常に素晴らしい人が後を継いでくれたと喜んでいた。理研での、高橋政代先生の網膜(臨床研究)も最大限バックアップしているし、共同研究もやっている。iPS細胞が素晴らしいのは、100歳を超えた人の皮膚からでも作れる。片や、STAP細胞は生後1週間のマウスでしか作れない。利用の優位性は大きく違う。今回強調したかったのは、STAPが新手の作り方ではなくて、原理が全く違うということだった。体の中で、イモリのように切れた手が再生するというようなことをプレスリリースでは強調したかった。2月12日だったと思うが、山中先生と京大iPS細胞研究所の皆さんへ謝りに行った。
−−論文の撤回について小保方さんは「違うことを国際的に示す」と反対している。
◆そういう考え方は理解できる。撤回は100を0にするのではなく、マイナス300にするくらいということですよね。同じようなことはバカンティ教授も言っている。この論文はかなりインパクトの強い内容で、本当であれば新しい(研究の)扉が開かれる。もし間違いであった時の意味はかなりネガティブであり、たとえマイナス300になっても詳しく真偽を調べる謙虚さが必要だ。
−−再現実験には小保方さんを入れないと言うが、それで成功した場合、小保方さんの位置づけは?
◆検証結果とともにデータとして別の論文にする可能性はある。検証チームに関しては、協力は惜しまない。小保方さんがするのは検証ではなく再現。彼女なりに2014年バージョンの手順を実践することが必要だが、高いレベルでの判断が必要で、私は言えない。
−−シニアのアドバイザーとして責任を感じていると謝罪されたが、今回の件を引き起こした責任は。
◆多くの混乱を招いたことは幹部の一人として、副センター長として責任を感じている。最初の発信の仕方にしても、納税者から頂いている研究費の成果を、アカウンタビリティー(説明責任)を果たしたいという思いだった。小保方さんを、会見日と翌日しか(メディアに)露出させないと決めていたが、こんなことになった。今の事態を予測できなかったのかという反省はある。
−−発表会見に笹井さんが出席して権威付けをした。なのに、その(不正発覚の)後は出てこず、今日になったのは遅すぎる。
◆私自身は混乱を起こしたこと、期待していた皆様、研究コミュニティーの皆さんにおわびしたいと思っていた。声明の形でしかできなかったのは、調査委員会が動いていたので、4月1日まで許されなかった。申し訳ない。
−−小保方さんの科学者としての資質と将来をどう思うか。
◆小保方さんには、豊かな発想力がある。彼女が「これは」と思った時の集中力も非常に高いものがある。それは採用時の人事委員会の全員が一致するところ。私も今もそう思っている。ただ、トレーニングが足りなかったところ、未熟という言葉を多用したくはないが、科学者として身に着けるべきだったところが多々あるということが、今回の発表後に分かった。結果的にデータを取り違えるずさんさがあった。その両極端なところが1人の中にある。ネイチャー誌に2本載せるのはそんなに簡単なことではない。研究者仲間が彼女の強いところを引っ張り出そうとした。シニア研究者として自戒しているのは、若い研究者には逆に弱い部分もあるということを、もっと認識した上で、足元をきっちり固めるということもできなかったのかと非常につらく思っている。
−−小保方さんを再現実験に加えるよう理研に意見するお考えは。
◆自問自答しているが、STAP現象は、それがないと説明できない不思議な現象。科学者としても、白黒ははっきりとやらないといけない。それが何よりも大事。小保方さんの参加については、理研が第三者に、説得力をもって言うには、小保方さん以外がやる方がいい。
−−論文不正を見抜くのは困難だったと言うが、実験を担当していた若山先生が果たすべき(責任)ということか。
◆実験を行う時、研究室の主宰者は管理責任がある。個々の実験についての過誤や不正についてはケース・バイ・ケースだが、若山さんも見抜けたかというと、相談されていないと分からないと思う。
−−胸につけているのは理研のバッジか。
◆今日、ここに出てきた一番の目的は謝罪。多くの人に混乱と、失望、ご迷惑をかけたことにセンターの幹部としておわびを申し上げたい。一個人としてのみならず、幹部の一人としてなので、正式ないでたちで、職員の一人として来ている。
−−小保方さんを理研内で笹井さんが囲い込んだために外部の目が届かなかったという指摘がある。
◆小保方ラボの工事に時間がかかったこともあって、2年に1回、PI(研究者)が話す機会の、彼女の順番は2月だと思うが、この疑義が出て発表できなくなった。それ以前に順番が回ってきたことは無かった。研究成果の発表は、若山研、人事委員会、私の研究室と関係が深いユニットではしたことがある。
−−できた細胞の分析については話しても、作り方についてはどうだったのか?
◆ここはバカンティ教授の意向が強く、許可なしに情報を広げることは難しかった。私たちの判断で、根幹に関わる部分について自由に情報を発信できなかった。
−−酸処理(酸性の液に浸すという刺激)は理研に来てからの技術だと思うが。
◆バカンティ教授は着想、小保方さんもバカンティ教授が雇用していたので、情報操作をしたいという意向だったと思う。
−−小保方さんを採用する時に面接をしたというが、最も責任の重い人は。
◆当時、私はグループディレクターの一人で、副センター長でもなかった。理研の人事委員会はメンバー全員の合意で採用が決まる。多数決はほとんどない。合意に至りそうにない時は時間を置く。全員が合意して、センター長が決めて、理事長に推薦する。
−−山中教授への対抗意識は。組織面から見てもなかったのか。
◆山中先生の仕事はリスペクトしている。ゆかりのある方がノーベル賞を受け、誇りに思う。山中先生はiPS細胞研究を推進するとともに、ES細胞をやるべきではないとは言ってない。STAP細胞についてもそれに近いことを言っていたと。変な言い方かもしれないが、ちょっと領域が違う。こちらは原理、基礎。山中先生は出口論。応用のために力を入れている。協力、すみ分けしていくのが健全かなと。
−−小保方さんに論文撤回を勧めるか。バカンティ教授が「ボストンに戻っておいで」と言っていることをどう感じるか。
◆私や丹羽さんは彼女と話をした。中間報告では、撤回を視野に共著者と話すとなった。小保方さんは理研とハーバード大の両方の立場で、非常に複雑なんだなと思う。将来は小保方さんが決めること。本人が決めるなら、どういう決断でも私は応援したい。