変化するトイレットペーパー
私たちの生活に欠かせないトイレットペーパーに僅かな変化が起きていることをお気づきでしょうか。
物差しでその幅を測ってみてください。JIS=日本工業規格で標準とされている114ミリよりも幅が狭い商品が増えてきているのです。その差は僅かなのですが、実はその違いから日本経済の置かれた現状が透けて見えます。経済部の楠谷遼記者が解説します。
9ミリの差がコストダウンに
富士山のふもとにある静岡県富士市。多くの製紙会社がある紙の町として知られています。先月、私はこの町の従業員およそ240人の製紙会社を取材しました。JISより狭い幅105ミリのトイレットペーパーを生産している会社です。
工場に足を踏み入れた私の目に真っ先に飛び込んできたのは、薄い紙が巻かれた巨大なロールでした。これは「ジャンボロール」と呼ばれるもので、幅は3.145メートルあります。トイレットペーパーは、このジャンボロールを、まず幅はそのままで商品の長さの分だけ芯に巻き直すなどしたあと輪切りにして作られます。
会社によりますと、このジャンボロールからJISの114ミリの商品は27ロール作れますが(3145ミリ÷114ミリ=27.58)、105ミリの商品ならば2ロール分多い29ロールを作ることができるというのです(3145ミリ÷105ミリ=29.95)
ロール1本で考えると差は僅か9ミリにすぎませんが、幅を狭くすることで2ロール分多く商品が生産でき、コストの削減につながるというのです。
この会社では、こうした幅の狭い商品の生産がここ5年の間に徐々に増え、今では全体の半分近くを占めるようになっています。
何ミリまで狭くできるか
コスト削減のためとはいえ、消費者にとって使い勝手の悪い商品になってしまえば買ってもらえません。そこでこの会社は、幅をどこまで狭くすることができるのか実験を繰り返しました。
海外のトイレットペーパーは幅100ミリ以下が主流だといいます。しかし、幅を狭くすればいいというわけではない特殊な事情が日本にはありました。
それは、海外と違って日本の家庭ではトイレットペーパーのホルダーが芯のないワンタッチのタイプが多いということです。幅を狭くしすぎるとトイレットペーパーが安定せず、ホルダーから落ちることもありえます。
ミリ単位の試行錯誤を続けた結果、導き出された幅が105ミリだったと言うのです。この会社の佐野裕宣経営戦略室長は「お客さまからは、幅を狭くする前と全く変わらない反応をいただいている。ほっとした」と話しました。
長さにも工夫
工夫は「幅」だけではありません。
この会社は今月、新たな商品を市場に投入しました。1ロール当たりの長さがほぼ2倍の商品です。特徴は、2年かけて開発したより薄く破れにくい紙を使って、長さは倍なのに1ロールの直径はほとんど変わらないようにしたことです。
この商品、価格は1.5倍します。それでも会社側は、取り替える手間や保管場所の面で、消費者にとって付加価値が高いと考えています。会社にとっては、人手不足などで上昇傾向にある輸送コストを減らせるというメリットがあります。
直径がほとんど変わらないため、トラックに積み込めるペーパーの長さがほぼ2倍になるからです。この会社では、こうした商品によるコスト削減効果を4割と見込んでいます。
製紙会社を取り巻く厳しい現状
「幅が少し狭い」「1ロール当たりの長さが長い」
こうした商品の生産を増やしているのは、この会社に限った話ではありません。大手を含めて、トイレットペーパーを製造する各社にほぼ共通した動きです。
いったいなぜなのか- 背景には、製紙業界が厳しい環境に置かれていることがありました。
まず、製紙業界は、原料となる古紙の調達コスト、つまり、原料コストの上昇に直面してきました。ペーパーレスの流れのなかで、使用済みのコピー用紙などの流通が少なくなっていて、各社で奪い合いになっているからです。
にもかかわらず、中国など海外から、価格の安いトイレットペーパーの輸入が増加傾向にあります。デフレ基調からなかなか抜け出せない日本経済、消費者から価格に厳しい視線が注がれていることもあり、原料コストの上昇分をなかなか販売価格に転嫁できない… 製紙各社にとって共通の悩みとなっているのです。
トイレットペーパーの変化は、価格を据え置いたままで利益を確保するため、少しでもコストを下げようという製紙会社の苦肉の策なのです。
商品開発力を磨け
「たかがトイレットペーパーと思われるかもしれませんが、実は奥が深いんです」
先ほどの佐野室長は、私にこう話しました。私自身、ふだん何気なく使っているトイレットペーパーにさまざまな工夫がこらされているとは、取材をするまで知りませんでした。
この会社の場合、その差9ミリ。トイレットペーパーのこの僅かな幅の変化に、ほとんどの人は気づかないと思います。でもそこから、原料価格の上昇、長きにわたる消費者のデフレマインド、それに、海外からの輸入品との競合という、日本経済が直面し続けてきた課題が透けて見えてくるのです。
厳しい課題に直面しているからこそ、企業はあの手この手の工夫を凝らし、消費者にとって付加価値の高い商品開発につなげていくー 日本の企業のお家芸の重要性が改めて問われていると、ミリ単位の変化が訴えているように感じます。