「Zero to One(ゼロトゥワン)」の著者Peter Thiel(ピーター・ティール)による、清華大学特別授業「Startup Thinking」の紹介(第1回目)です。
授業の概要と序文は下記リンクから。
Contents
価値の創造と獲得(Creating and Capturing Value)
この授業で私が特に強調したいアイデアの1つは、「新しいビジネスを始める場合は、必ず市場を独占することに注力すべき」ということです。
アメリカの航空会社とGoogleの検索事業を例に考えてみましょう。
アメリカ航空業界 | ||
国内売上 | 200億ドル | 75億ドル |
時価総額 | 150億ドル | 500億ドル |
売上の観点から考えると、アメリカの航空業界の合計売上はGoogleの3倍程度あり、検索技術よりも航空事業のほうが重要であると言えるかもしれません。しかし、時価総額の観点から見ると、Googleは全ての航空会社の合計の3倍以上の価値があります。つまり、もしビジネスを始めるのならばGoogleのようなビジネスのほうがベターと言えるでしょう。Googleは2002年以来、アメリカでもヨーロッパでも実質的に競争がない状況が続いています(マイクロソフトやヤフーとの多少の競争はありましたが)。
独占というものはあまり理解も議論もされていないように思います、なぜならいつも独占の議論よりも競争の議論が重要視されているからです。我々はいつも競争について話してばかりで、独占について十分に考えることができていません。
私はスタンフォード大学の大学1年の経済学の授業で完全競争(Perfect Competition)のモデルを学びましたが、その時、1人のが学生が教授に質問しました。「もし全てのビジネスが完全競争に従うとすると、どのようにお金を儲けるのでしょうか?」その時の、教授の答えはこうです。「完全競争というものは経済がどのように働いているかをモデル化したものだ、しかし、もし全員がそのモデルに従って行動すると、この世界は全く成り立たなくなる。」
それと反対の概念の独占(Monopoly)は、新しい物を生み出すための源泉になります。なぜなら、もし独占を築くことができれば、会社はより長期的な視点で計画を立てることができるからです。(経済学の静的な世界においては、独占は悪で、価格を底上げし、またイノベーションを阻害しますが。)
みんながつく嘘(Lies People Tell)
独占が重要視されていないのにはビジネス的な理由があります。
もし独占を築くことができれば、あなたはそのことを話そうとしないでしょう。仮にあたながGoogleのCEOだとすると、「我々は独占企業で、90年台のマイクロソフトよりもずっと稼いでいて、競合はほとんどいない」などとは言わないはずで、替わりに「我々は激しい競争にさらされている」と嘘をつくでしょう。それとは逆に、仮にあなたが競争が激しい会社のCEOであるならば、競合というものを過小評価したくなるかもしれません。
もしあなたがGoogleだとするならば、あなたは政府に悪の独占企業だと目をつけられるのを避けるはずです。Googleを検索事業と説明する際には、広告事業などより大きな文脈の中で説明をするでしょう。Googleはアメリカの17億ドルの検索エンジン市場では66%のシェアがあり市場を独占しています。しかしGoogleを37億ドルのオンライン広告市場、150億ドルのアメリカ広告市場、495億ドルのグローバル広告企業の中で語れば、17億ドルの市場なんて非常にちっぽけなものです。もしくは自身をもっと大きな会社として説明するかもしれません。技術の会社としておけば、マイクロソフト、アップル、アマゾンなど競合はいくらでもいます。Googole CEOのエリック・シュミットの言葉を引用するならば、「インターネットは競合が熾烈で、Googleは様々な領域で激しい競争の影響下にある」と。
一方でもしあたなが競争の激しい会社、例えば北京でレストランを開業しようとしているとしましょう。投資家を見つけるのは簡単ではなく、競争が激しいことを指摘されたあなたは、「我々のターゲットは清華大学から半径5km以内のイギリス料理とネパール料理を融合したレストランである」などと、市場が小さくて競合がないことをでっち上げるかもしれません。
完全競争にいる場合は、マーケットは小さく競争は熾烈ではないふりをし、独占を築いた場合はマーケットは大きく、世間に気づかれないようにしているのです。
独占企業は自身を市場の和集合(Union)で表現します。例えば、Googleは検索エンジン企業であり、携帯企業であり、自動車企業でもあり、巨大な市場の中の極小さな点にすぎないのだと。
一方で競合企業は自身を市場の共通部分(Intersection)で表現します。あたなは中国でレストランをオープンするとは言わずに、競合が少ない小さな市場であることをアピールすることでしょう。イギリス料理とネパール料理を融合して、北京の清華大学の近くにある、高級レストランであると。
もしあたなが会社を始めるのならば、少なくとも自身に対しては真実を理解しておく必要があるのです。技術の会社なのか、広告の会社なのか、検索の会社なのか、本当の市場は何で、どのように大きなシェアを獲得するのか。
独占の築き方(How to Build a Monopoly)
小さく始める
それではどのように本当の市場を見つけて、どのように独占を築けばよいのでしょうか?あなたが会社を始める際に大切なことは小さなマーケットから始めることです。
多くのビジネススクールなどではいわゆるTAM(Total Adressable Market)のような大きな市場を獲得することにフォーカスする傾向があります。しかし私は最初は比較的小さな市場から初めるべきだと考えます、そちらのほうがシェアを獲得するのがはるかに簡単で、またそこから拡大することもできるからです。多くの成功しているインターネット企業はみなこのパターンに従っています。
企業 | 初期市場 |
Amazon | 書籍のネット販売のみ |
eBay | マニア向けのオークション |
PayPal | eBayの3万人のパワーユーザへネット決済を提供。 |
ハーバード大学の学生に限定。 | |
Alibaba | 地元の中国の中小企業(輸出業者)と外国の輸入業者 |
人はみな巨大な市場の全員に対して少しだけ魅力のあるようなスキームを考えがちです。しかし、非常に多くの人に対して小さな改善を提供することは、ビジネスにとって極めて難しいことです。
私の創業したPayPalのケースでは、当時アメリカの決済システムには、小規模な小売商はクレジットカードが使えず、小切手を使うために7〜10日が必要という大きな欠陥がありましたた。これらの2〜3万人の小売商にとって、PayPalの決済は大きな改善だったのです。新たな決済手段を創りだした競合もいましたが、彼らは皆、多くの市場に対して小さな改善を対象にしたため失敗しました。
1万人のハーバード大学の市場から始めたFacebookもそうです。もしあなたが当時のFacebookのビジネスプランを聞いたとすると、1万人の市場は小さすぎて成功するはずがない酷いビジネスで資金調達なんて出来っこないと思ったことでしょう。
中国ではアリババも同様です。今ではアリババはeコマース、オンライン決済、金融などグローバルに展開して何でもやっていますが、最初は非常に小さな市場がスタートでした。中国の輸出業者と外国の輸入業者をインターネットで繋ぐサービスを、地元の中小企業に限定して始めたのです。
一方で大きな市場から始めたアメリカのクリーンテクノロジー企業はみな失敗しました。2005年〜2007年のクリーンテック企業のビジネスピッチの1枚目のスライドはいつも、数千億ドルの巨大な市場の説明から始まりました。そして、その超巨大市場では例えほんの小さなシェアであっても大きなな価値があると。問題はそのような巨大なマーケットにおいては、競争もまた巨大であるということです。もし創業者が大きすぎるマーケットのことを語り始めたら、それは非常に深刻な警告のサインです。
アイデアと実行力
もう一つ独占を築く際の重要な考え方は下記の2つのタイムフレームです。
T1:マーケットシェアを獲得するまでの時間
T2:誰かが真似をするまでの時間
T1がT2よりも短ければ、誰かが気づく前にマーケットシェアを先に獲得できて、他の誰かが真似をするのはより難しくなります。一方で、T1がT2よりも長い場合は、誰かに真似をされてマーケットシェアを獲得するのは難しいでしょう。Facebookにおいては、T1は「10日」で、60%のシェアを獲得し、当時、競合は誰も何が起きているのか気づきませんでした。PayPalのeBayパワーセラーのユーザに対しては、T1は「3〜4ヶ月」で、30〜40%のシェアを獲得し、誰も真似する時間はありませんでした。
中国においてはTencentの創業者であるPony Maの言葉が的を得ています。
アメリカではアイデアを市場に売り出してから競合が登場するまでに、通常は数ヶ月間の時間があり、その間にシェアを獲得できる。しかし中国では、最初の数時間で数百の競合が登場する。重要なのはアイデアではなく、実行することである。
数時間は大げさだとしても、これはアメリカと中国の極めて大きな違いです。アイデアは重要ですがそれが全てではありません。それは開始点であって、実行することも同じくらい大切なのです。
逆説的な質問(The Contrarian Question)
私が起業を語るときによく使う質問があります。それは、「ほとんどの人は賛成しないけど、あなたが大切で重要だとおもっていることは何か?」という質問です。これは多くの人にとって非常に答えるのが難しい問題です。インタビューなどで聞かれた時などは非常に辛い質問でもあるでしょう、なぜなら正しい答えはインタビューアーが賛成しないものでもあって、インタビューアーが同意するようなものは良い答えではないのです。しかし成功したスタートアップは良い回答を持っているものです。
Facebookが登場する前の状況を考えてみましょう。当時、ソーシャルネットワークに関するあらゆる理論が既に存在していて、皆がソーシャルネットワークの重要性を認識していましたし、Facebook創業の7年前に既にSNSを提供する会社も存在していました。当時のSNSが考えていた質問は、「どのようにインターネット上でネットワークを広げるか」でした。しかしFacebookが考えていた答えは「人の身元をインターネット上でどのように本物にするか」でした。それを実現するための答えが、ハーバード大学で始めたFacebookです。ハーバード大学では周りの人が誰でどんなことに興味あるのかを皆が知りたがっていました。一方で当時のFacebookのライバルのMy Spaceでは、ユーザはネット上で実際の自分とは違うふりをしていました。My SpaceなどほとんどのSNSが偽物の身元を使ったのに対して、Facebookは本物の身元を使ったのです。
このようなことを考えるともう世界に新しい答えは残されておらず、全て明らかになっていると悲観的になることがあります。もし他人とは異なるアイデアを思いついたのならば、それは間違っているに違いないと。しかし私はそのような人とは異なるアイデアはまだたくさんあると考えます。皆、全ての問題は解決されてしまったと少し簡単に考えすぎなのです。
競争の心理(The Psychology of Competition)
競争が重視されているのには心理的な理由があります。
中国にも高考(Gaokao)という大学受験がありますが、そこでは熾烈な競争があります。競争を通して、競争している内容のレベルはあがるのでいいことでもあります。しかし、問題は常に周りの同じような人たちと、高みを目指してずっと競争し続けることになるということです。私はアンチハーバード大学ではありますが、ハーバード大学は非常に強いブランドと力を持っていて、入学するのは非常に困難で熾烈な競争があります。しかし入学した後も大学院に行くため等の理由で同じような競争が続くのです。
私はカリフォルニアで育って、典型的な決まりきった道を歩みました。8年生の卒業アルバムには友達が「私は4年後に飛び級してスタンフォードに行くだろう」と書き、実際に私はスタンフォード大学に入学し、そしてスタンフォードロースクールの大学院に進学しました。競争に勝ち残った後は、さらなる競争が待っていましました。ロースクールで競争するということは、アメリカ最高裁の法務事務官を目指すことで、そこでは36人だけが仕事を得ることができる世界でした。私は2つのインタビューをこなしましたが、結局は法務事務官にはなれませんでした。そのときは世界の終わりのように感じたものです。しかし、競争に勝つということは、結局のところ次にまた同じような競争に勝ち残らないといけないことを意味するのです。ロースクールの後に、私は結局ニューヨークの大きな法律事務所で働きましたが、そこは奇妙な場所でした。外にいる人はみんな入りたがるのに、中で働いている人はみな不幸で辞めたがっていたのです。
シリコンバレーの奇妙な現象の一つは、会社を始める人の多くは社会的に適合していなくて、話すのが下手だということです。我々はいつもこのことを逆に考えます。もしあなたが人付き合いも話すのも上手であったら、そのことが逆にハンディキャップになったりはしないかということです。ビジネススクールの生徒というのは内向的とは反対に位置する人たちです。彼らは外向的で周りのあらゆる人と交流しますが、何がやりたいのかをあまりわかっていません。1980年代には金融、1990年代にはインターネットなど皆が周りの真似をして競い合いました。ビジネスの世界では皆が競い合っていますが、私は時々後戻りすることも価値があると思っています。そこで周りのみんなと同じことをすべきなのか、なにか違うことをすべきなのかを考えてみて欲しいのです。
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