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THE NEW GATE 作者:風波しのぎ

『第二巻・亡霊平原(書籍化該当部分)』

5/51

【1】

 子狐をおとなしくさせてから王都に向かって歩き始めたシン。肉球パンチは爪をしまってすること、と言い聞かせるまであっちにフラフラこっちにフラフラしていてまっすぐ歩き始めてからまださほど時間はたっていない。

 来た時と違い、森の中は生き物の気配が満ちていて物音一つしなかったのが嘘のようだ。もしかするとシンが神社に向かっているとき、既にスカルフェイスが近づいてしていたのかもしれない。自然発生したと考えるにはさすがに数が多すぎた。
 あれほどの数がポップするのはそれこそアンデッド出現地帯である墓や地下ダンジョン、瘴気渦巻く危険エリアくらいだろう。

 これも報告しないとまずいよなあ、とため息をつきながら歩を進める。とりあえずエレメントテイルのことは隠しておかなくては、と頭上で呑気に脱力している子狐に声をかける。

「なあ、一つものは相談なんだが」
「クゥ?」

 子狐から疑問符付きの鳴き声が返ってくる。さっきまでのやり取りで子狐が自分の言っていることを理解しているのは既にシンもわかっていた。

「お前の正体がばれるとまずいから俺と契約しないか?」

 この場合の契約とは調教師(テイマー)の行うパートナー契約のことだ。召喚士の使役する召喚獣と違い、パートナー契約ができるのはプレイヤー一人につき五体までという制約があり、さらに成長させるには個別で経験値を積ませなければならない。調教師の職業を経験してれば契約自体は他の職業でもできるのでペットやちょっとしたサポート要員として契約しているプレイヤーも多かった。調教師(テイマー)をメインの職業にしていない場合は一体しか契約できないが、今回はそれでも問題ない。

 シン自身はサポートキャラクター達がいたので契約は行っていなかったが、六天の調教師(テイマー)兼召喚士であったカシミアに勧められ半ば強引に契約自体はできるようになっていた。というよりされていた。

「俺は調教師(テイマー)じゃないからボーナスはないが、他の奴らにお前のレベルや種族がばれることはなくなるし、アイテムなしで意思疎通もできるようになるぞ」

 これはパートナーモンスターのステータスを見るには、その主であるプレイヤーのステータスが見れなければならないからである。見た目(レベル)強さ(ステータス)が必ずしも一致しないTHE NEW GATEではステータスが見えるか、見えないかで相手の強さを判断することもあった。

 ちなみに意思疎通できるというのはパートナーモンスターに指示を与えるためのもので、主従同士でしか聞くことができない。

「クゥッ!? ククッ!」

 ほんと!? やるやる! とでも言うようにまたもや肉球パンチを繰り出す子狐。なにげにシンも子狐の言っていることがなんとなくわかるようになっていた。

「わかった! わかったからちょっと動くな!」

 そう言って頭上の子狐を抱えて自分の方を向かせると額を合わせてキーワードを唱える。

「我、汝とともに歩むことを願う」
「クー……」

 子狐がシンの言葉にこたえるように鳴く。もしこれが言葉を解するモンスターなら「我、汝の傍らにあることを誓う」という言葉を発していただろう。鳴き声がやむと一人と一匹、それぞれの左腕、左前脚に隼をかたどった刺青が浮かび上がる。これはプレイヤーが設定できる契約の印で、普通のモンスターとパートナーモンスターを区別するためのものだ。

「んじゃ、あらためてよろしくな」
「クゥッ!!」

 シンが言うとよろしく!! とでもいうように右足をピョコッとたてて鳴く子狐。何とも微笑ましい光景である。

「さて、実は契約して最初にすることがある」
「ク?」
「お前の名前だよ。エレメントテイルは種族名だからな。パートナーになったらちゃんとそいつだけの名前を考えるのは当然だろ?」
「クゥ!? クークー!!」
「それでだな……って落ち着けい! 頭が揺れるわ!!」

 ほんと!? どんなの!! と急かしてくる子狐をなだめながらシンは頭に浮かんだ名前を告げる。

「ユズハ、っていうのはどうだ?」
「クククゥ……クゥ!」

 シンの言葉を追うように鳴いた子狐はユズハという名を反芻するようにしばし黙り込む。そして、気に入ったとでも言うように一際高く鳴き声を上げた。
 クエストを受ける際のエレメントテイルは九尾の伝承を基にしているのか女性の姿でプレイヤーの前に現れていたので、シンもなんとなく女性よりの名前が浮かんだのだ。

「まあ、実のところ性別なんてないわけだが」
「クゥ?」
「なんでもない。まあ、もし男モードになったらユズトとかでいいだろ」

 女性の名前をつけたといってもモンスターであるエレメントテイルに雌雄の縛りはなく、男にも女にもなれたりする。プレイヤーの前に現れるときに女性の姿を取るのが通例ではあったが、極稀に男の姿で現れることもあると攻略サイトに載っていたのをシンは記憶している。実際に見たことはないが。

 この世界で同じようにエレメントテイルが人型になれるかどうかシンにはわからないが、なれるなら女性の姿がいいなあと密かに思っている。気に入っているモンスターの中でもさらに上位に入るのがエレメントテイルなのだ。ここへきて男の姿になるなどと言う変化球は望んでいない。

 小説や漫画、アニメで時折見られる子狐を抱いて寝たら次の日に全裸の美女になっていたなどというパターンがあるが、変化するのが男だったら完全に悪夢だ。そっち系の人を否定する気はないが踏み込む気はもっとない。

(俺のLuckは低い。きっと大丈夫だ)

「クゥ?」

 変な幸運はないはず、とブツブツ言っているシンにさっきから首をかしげてばかりの子狐あらため、ユズハ。何やら一部挙動不審な主に一抹の不安を覚えるが、まあいっかと考えるのを止める。いくらエレメントテイルといえど、その身は子狐。難しいことを考えるのは得意ではないのだ。

 なんとなくシンの額を爪をしまった前足で軽くポフポフと叩く。それに反応して、どうしたー? と声をかけてくるシン。長い間、一匹で毒や呪いに耐えてきたユズハにはそんな些細なことが、ただただ嬉しかった。



 ◆◆◆◆



「ん?」

 もうじき北の森からでる、というタイミングでシンの耳元でポーンッ!という聞きなれた電子音がなった。レベルアップにメールの着信、イベントのアナウンスなどゲームではよく聞いた音だ。
 ユズハが反応していないところを見ると聞こえているのはシンだけらしい。

「メッセージ着信。ティエラからか」

 先ほどの電子音とともにシンの視界の端に「メッセージが届いています」という半透明の文字が浮かび上がる。明らかに非現実的な、それこそゲーム特有のそれは数日をこの世界で過ごしたシンにまだゲームの中にいるのではないかという錯覚をもたらす。

「中途半端にシステムが生きてるせいで違和感がありすぎる」

 今まではVRとはいえ見えていたのがゲーム画面だったからこそ違和感を感じなかったが、現実でそれが起こるとシンとしては違和感がぬぐえない。ゲームと現実が混じるとこんな感じなのか? とぬぐえぬ違和感に顔をしかめる。だが便利であることに変わりはないので慣れるしかないとため息一つついてメッセージを開く。

『シンへ
 私が試したら師匠にメッセージが送れました。
 師匠がメッセージカードを持ってるか分からないけど返事がきたらまた連絡します

 追伸
 メッセージカードにアイテムをつけて送る、とかできないの?』

 どうやらシュニーと会ったことのあるティエラなら問題なく送れたらしい。シンはその可能性をすっかり失念していた。

「まあ連絡が取れたんだし、よしとしよう」

 結果オーライということで自分を納得させ、返信ついでに未使用のメッセージカードを添付する。添付したメッセージカードは光の粒になって便箋の中に吸い込まれた。軽いものしか添付できないが、これはこれで便利である。

「こっちだとこうなるのか」

 ゲームだからで納得できていたことも、現実ではそうはいかない。これはアイテムの検証も必要だな、と脳内メモに書きたす。ゲームよりも融通がきく分予想外のことも起きそうだ。

 アイテムボックス内のアイテムの数を考えるとやる気が急降下してくるが、いざという時のためだとどうにか踏みとどまる。

「シュニーが何か言ってきたら連絡宜しくっと」

 アイテム添付の方法も含めて、メッセージを書き終え返信するとまた歩き始める。目指す先は東門だ。
 ユズハのことは伏せておくにしても、三桁近いスカルフェイスの軍勢を報告しないわけにはいくまいとギルドに向かうことにする。

「よお、シン。今度はまた妙なのをのっけてるな」

 東門で声をかけてきたのはベイド。連日顔を合わせているせいかもう初めて会った時のような堅苦しさはない。

「相棒になったユズハだ。確認しときたいんだが、パートナーモンスターを連れるときって何か制限とかあるのか?」

 いくら調教師(テイマー)に連れられているとはいえ、モンスターをそのまま国内に入れはしないだろとシンは予想していた。

「攻撃的なモンスターや図体のでかいモンスターならいろいろと制限もあるが、そのちっこいのなら大した制限はないだろ。一応こっちで用意する書類に必要事項を書いてもらう。あとはお前の連れだってことを証明するためにお前達の契約印を記録して終了だ」
「意外と緩いんだな」

 もっと厳重だと思っていたシンとしては少々拍子抜けした感じだ。

「暴れたら危険そうな奴にはもっと厳重だ。それに、もしパートナーモンスターが問題を起こしたらその全責任は主人が取らなきゃならん。場所によっちゃあワザと手を出して主人に代金を請求するような奴もいるから気をつけろよ」
「ああ。やっぱりいるか、そういうやつ」
「困ったことにな。それにへたに能力を制限しちまうと今度はパートナーモンスターの方が狙われちまう。その辺は調整が難しい」
「緩いかと思ったらしっかり考えてるんだな」

 珍しいモンスターを捕まえて売り飛ばそうとする輩もいる、とベイドから聞いたシンはたしかに下手に制限はできないなと納得する。
 力技で捕まえようとしてきた場合には反撃も許可されているらしい。もっとも、その後の処理が非常に面倒ということでやるなら見つからないところで徹底的にやれとベイドは言う。それでいいのか衛兵と思わないでもないが、パートナーモンスターとわかっていて手を出すのはほとんどがモンスター売買組織の構成員かそれに類する犯罪者なので容赦はいらんとのことだった。

「名前はユズハで、種族は妖狐。あとは……」

 ベイドが持ってきた書類に必要事項を記入する。
 妖孤というのは狐系モンスターが属する種族で、モンスター数だけでなくペットにするプレイヤーも多かった種族だ。
 エレメントテイルは最上級ボスのため妖狐族でありながら、同時に「エレメントテイル」という一つの種族としてカウントされている。ハイヒューマンやハイエルフのような上級種といってもいい。
 なのでシンが書類に書いた種族も全くのデタラメというわけではない。真実でもないが。

「……よし、記入終わり。確認してくれ」
「……ふむ。とくに問題ないな。ではあとは契約印の登録だ。これに契約印が出てる方の腕なり足なりを触れさせてくれ」

 書類の不備がないか確認したベイドはそれを別の衛兵に渡すと、代わりに野球ボールほどの大きさをした紫色の球体を受け取った。
 シンとユズハはそれぞれ左腕と左足を球体に触れさせる。すると球体が僅かに光り、球体の中にシン達の腕にあるものと同じ隼を模した模様が浮かび上がった。

「これで登録終了だ。あと、あまりなってほしくはないがもしパートナーモンスターが死んじまったときか攫われちまったときは登録解消の手続きがある。一応覚えといてくれ」
「わかった。縁がないことを祈る」

 ベイドの内容故か少々事務的になった言葉に頷いて門を後にする。
 頭の上にユズハを乗せているせいか、すれ違う人がちらちらとシンの方を見てくるが気にせず通りを歩く。こうなるだろうなとはシンも思っていたのだ。小さい子供など、きつねさんだーとシン達を指差して大人達に注意されている。

 周りからの視線に耐え、冒険者ギルドの看板をくぐる。ここでも例外なくシン、というより頭上のユズハに視線が集まるが、門からの道中ずっと好奇の視線にさらされていたので気にした風もなく受付に向かう。
 受付には瓜二つの容姿をもった受付嬢がいた。セリカとシリカである。

「すいません。ちょっと報告しておきたいことがあるんですけど」
『承ります』

 同時に返事をする二人。タイミングはピタリと一致している。どちらもユズハにちらっと視線は向けるが好奇の視線というよりはただの確認という感じだった。さすがである。

「えっと、どっちにすれば?」
「私がう――」
「あたしが承ります!」
「……シリカ」
「なに?」
「シン様は私の前にいらっしゃるのだから、私が承ります」
「えー、あたしでもいいじゃない」
「ダメです。私です」
「なんかいつもと雰囲気違うなぁ」
「なにか?」
「いえいえわかりました。あたしはおとなしくしてます」

 はたから見るとしっかり者の姉とお調子者の妹のように見える二人。シンは髪型で判断したのだがどうやら間違ってはいなかったらしい。
 何やら報告を受けるのがどっちかでもめていたが、結局セリカの方に軍配が上がったようだ。細かいやり取りは小声であったためシンには聞き取れないところもあったが、気にしないことにした。どちらにしろすることは同じである。

「……あー、報告しても?」
「はい、お騒がせして申し訳ありません。ご報告をどうぞ」
「はい、今日北の森の中心部付近で大量のスカルフェイスに遭遇したので報告を。確認できる範囲にいたのはすべて倒したんですけど、はぐれた個体が他に森に行っていないとも限らないので」
「大量……と言いますと?」
「正確な数は数えてないのでわかりませんけど、百体近かったと思います」
「なっ……」

 百体近くのスカルフェイス。そんな数がいたというのにも驚くセリカ。倒したという発言には先日のジャック級討伐の件もあって驚きはしなかったが、補足されたその数にはさすがに驚きを隠せない。

「まさかとは思いますが、先日と同じような個体が?」
「いえ、今回遭遇したのは一般に知られているレベルや装備の範疇を超えてはいませんでした。クラスはジャック級とポーン級の混成でとある建物を包囲するように動いていました」
「建物、ですか?」
「はい。神社……神様を祭るための建物なんですけど」

 神社が通じるかわからなかったので、大雑把に説明する。

「神社……ヒノモトにそういうものがあると聞いたことがありますが、北の森にそのようなものがあるとは知りませんでした」

 生き物を寄せ付けないようにする結界が張ってあったせいだろう。加えてそう広範囲に張られていたわけではないので気付きにくかったとも考えられる。

「俺も気になって近づいたら急に何かが割れる音がして、それと同時にスカルフェイスが押し寄せてきたんです。たぶん、結界か何かが張ってあったんだと思います」
「そこで何か発見しましたか?」
「建物には物自体がほとんどなかったんですが、魔法陣のようなものが描かれていました。考えられるのはそれくらいだと思います」

 ユズハのことは隠すつもりなので他に気になったところを挙げておく。

「ご報告下さってありがとうございます。先日のジャック級の件も含めてこちらでも調査しておきます。他に何か気付いたことがありましたらまた連絡してください。実際に立ち会ったシン様でなければ分からないこともあるかもしれませんし」
「わかりました。何か思い出したらその都度また来ます」

 依頼書が張ってある掲示板に目を向ける。ヒルク草の依頼を決めたときはGランクの依頼書しか見ていなかったのだ。現在のランクでは受けることのできない高額の依頼に目を通していくシン。そしてふと、掲示板の横に隠れるように存在する別の掲示板を見つけた。
 大きさは縦横30セメルほどで、張ってある依頼書もなんとも手作り感あふれる仕様だ。横にある掲示板とつい見比べてしまうが、もはや比べる以前の問題だろう。

 少し気になったシンはものはためしと乱雑に張られていた依頼書に適当に目を通していく。するとその中に気になる単語が混じった依頼書を発見。手にとってしっかりと内容に目を通す。

――スキル継承者の方にお願いしたいことがあります。
――依頼を受けてくださる方は東区教会横の孤児院までご連絡ください。
――報酬は応相談

 依頼書の内容を見て、シンはそれがランク適用外の依頼書だと気付いた。
 ランク適用外の依頼とは訳ありの者達が使う掲示板に張られるもので貧しい子供からの依頼から犯罪にかかわるものまである、というのが説明をしたシリカの言だ。
 なぜそんな物を設置しているのかと問えば、どんな方でも依頼するのは自由ですからという答えが返ってきた。

「訳ありの依頼はここへって感じだな。他の依頼書も見るにあの噂もあながち間違いじゃない、か?」

 シンは感想を口にすると同時に、聞き耳スキルで収集した情報の一つを記憶から呼び起こす。あくまで噂の域を出ないが、少々気になる情報でもあった。
 ギルド同士の繋がり、特に裏ギルドと呼ばれるものと冒険者ギルドとの関係だ。正確にいうなら世間に受け入れられている冒険者ギルド、商人ギルドのような表ギルドと、暗殺や誘拐など犯罪を請け負う裏ギルドとの関係である。
 噂いわく、横暴な依頼人や無理難題を押し付けてくる貴族などの粛清を裏ギルドが行う代わりに表ギルドは裏ギルドへの一部不干渉を認めているという。真実かどうかは不明だが、『何か』があったとしてもおかしくはない。

「にしても、孤児院か。たしかミリ―がいるのも孤児院だったな」

 先日の別れ際にヴィルヘルムの言っていたことを思い出す。シンがユズハと出会うきっかけをもたらした少女とかかわりがあるかもしれないと思うと、このまま放置するのは後味が悪い。

「……行くだけ行ってみるか」

 もともとユズハのことを聞きに行くつもりだったので、そのついでに依頼の内容だけでも聞いてみようとシンは孤児院へ向かうことにした。



 ◆◆◆◆



 セリカに教会までの道を聞き、歩くこと数十分。シンは教会の前にいた。
 教会と聞くと礼拝堂にステンドグラスという組み合わせを思い浮かべるシンだが、今回はまさしく想像そのままというものだった。大きく開け放たれた扉の奥には参拝者の座る長椅子とステンドグラスから降り注ぐ光が見えた。ちょうどステンドグラスの向こう側に太陽が来ているのだろう、少し薄暗い礼拝堂に後光のような光が降り注ぎ、実に神秘的である。

 礼拝堂内にいるのは参拝者をのぞけばシスターが二人、牧師や神父などの姿は見えない。

(内装に多少の違いはあるがまさに建築スキルの『教会』そのままだな)

 礼拝堂内を見渡しながらそんなことを考える。建築スキルは名前の通り建物を建築するのに必要なスキルで、レベルが上がるほど大規模かつ細かな内装や設計までできるスキルだ。
 六天の奇術師兼建築家であるカインにつきあわされたせいもあり、シンも建築スキルのレベルはⅥまで成長している。そのおかげでシンも建物について多少の良しあしはわかる。
 内装は古いがどれも丁寧に使われているのがわかった。それだけでも教会を管理する者の人格が知れるというものだ。

「どうかなさいましたか?」
「ん? あ、すいません。こういうところに来るのは初めてなもので」

 入口のすぐ近くで教会内を観察していたシン。その姿を初めて教会に来て勝手がわからないのかと勘違いしたシスターの一人が話しかけてきた。黒眼で茶色の髪をシニョンにした妙齢の女性だ。

 はたから見れば教会に来たにもかかわらず、祈るわけでもなく入口のそばで突っ立っているというのはなかなかに不審だ。それでもシスターの口調からはシンに対して警戒しているような響きはない。
 シンは教会には用がなかったので外からでは目につかなかった孤児院ついて尋ねてみることにした。

「孤児院の方に用があってきたんですけど」
「依頼書を見てくださった方ですか!」

 少々大げさと見える驚き方をするシスター。あの掲示板に張られた依頼を受ける者が滅多にいないが故の驚きなのか、そもそも受けてもらえると思っていなかったのか、シンもびっくりするほどの驚きようだ。

「ええと、とりあえず話だけでも聞こうかな、と。あと、この孤児院にミリーって獣人の子がいませんか? この子……ユズハのことでちょっと話がしたいんですけど」

 そういって頭上のユズハを指差すシン。シスターはと言えば、今になってユズハに気付いたのか眼を丸くしたが、すぐにシンに向き直り少し警戒したような目つきで言葉を返した。

「あの子が何か?」
「昨日会ったときにちょっと気になることを言われたんです。それで依頼ついでに調べたらユズハがいたんです」

 シスターの態度から、ミリーにはやはり何かあるのか? と思いつつ、周囲に聞こえないように小声で話す。

「……わかりました。どうぞこちらへ。シスターラシア、ここは頼みましたよ」

 なぜかシンを警戒していたシスターだったが、ミリーがシンに何かを言ったというのを聞くと僅かに思案した後、もう一人のシスターにその場を任せシンについてくるように促した。

 シスターはいったん扉を通って外に出ると、教会の裏手に回った。そこには一軒の古びた建物があった。アパートを彷彿とさせるその建物は所々に補修した跡があったが、シンはあまりみすぼらしい印象は受けなかった。ここが孤児院のようだ。

「ミリーを呼んできますのでこちらでお待ち下さい」

 孤児院の中に入ると応接室とも思しき場所に通される。シンがソファーに腰かけ室内を眺めているとさほど時間をおかずにシスターがミリーを連れてきた。

「……シンにぃだ」

 シスターの影に隠れていたミリーはソファーに座っていたのがシンだとわかるとトトトッと小走りにソファーに近付き、シンの横に座った。

「……どうやら本当に悪い人ではないようですね」

 そう言ってシスターもシンの正面に置かれたソファーに座る。

「微笑ましいって目で見られても困るんですけど……」
「ふふっ、すいません。ミリーがこんなに懐く人は久しぶりなんです」
「ヴィルヘルムも言ってましたね。あ、俺はシン。冒険者をしてます」
「このたびはミリーの頼みごとを聞いていただいたようで、本当にありがとうございます。私はトリア・スリアスと申します。教会のシスターと孤児院の管理を任されています」

 このシスターが責任者だったようだ。教会の人事がわからないシンはとりあえず納得する。

「今日はちょっと確認したいことがあってきました。なあミリー、昨日言ってた狐さんってこいつであってるか?」
「うん、あってる。ありがとう」
「どういたしまして。ユズハもお礼言っとけよ。お前を助けられたのはミリーのおかげだ」
「クゥ!」

 お礼のつもりなのかギュッと抱きついてくるミリーの頭を撫でつつ、ユズハにも礼を言わせるのを忘れない。実際、ミリーの言葉がなければユズハがどうなっていたかわからないのだ。
 シンの頭上から降り、ミリーに頭を下げるユズハを視界にとらえつつ、シンはシスターの方へ顔を向ける。
 微笑を浮かべながらミリーとユズハのやり取りを見ていたシスターも、シンが向き直るのに合わせて姿勢を正す。

「確認したいことはもう一つあります。ギルドに出ていた依頼書のことです。詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
「はい。シンさんは信頼できる方のようですから」

 真剣な顔で頷くトリア。やはりランク外依頼というだけあって訳ありのようだ。

「あの依頼書を読んできてくださったということはシンさんもスキル継承者なのですよね」
「まあ、そうなりますね」

 本当は違うのだが、そういうことにしておいた方が話がややこしくならないので頷くシン。

「探してほしいスキル継承者がいるのです。加えて図々しいとは思いますが、できることならそのスキルを伝授していただきたい」

 シンがティエラから聞いたのはスキルをもっているだけでかなり優遇されるということ、継承にはかなりの労力なり金銭なりが必要と言うことだ。劣化版ともいえるアーツというのもあるらしいがシンはまだ見たことがない。
 シスターがそこまでして必要なスキルということでいくつかのスキルがシンの脳裏に浮かぶ。

「シスターが必要とするというとやはり【ヒール】、【キュア】系統あたりですか?」
「いえ、違います。たしかに必要とは思いますが今回は少し事情が異なりまして」
「事情、ですか」

 回復職にとっては基礎中の基礎なのでそのくらいなら教えてもいいか? と自問していたシンだがどうもそうではないらしい。他にシンが思いつくのは蘇生か光属性の魔法スキルだが、さすがにこっちはおいそれと教えられない。

「で、結局トリアさんが探しているスキルって何なんですか?」
「……か、です」
「すいません、よく聞こえなかったんですけど」
「……【浄化】です」
「ああ【浄化】ですか」

 無理ですよね、と頼みつつもほのかな諦めがちらつくトリア。
 言われてみれば、とすっかり忘れてた事を思い出して納得するシン。

「無茶だということはわかっているのですが……」
「ああ、あれ面倒ですからね」
「ええ面倒で………………えっ?」

 そこで初めて、トリアはシンの反応がおかしいことに気付いた。

 シンの発言から数秒。何かおかしなことを聞いたというようにトリアは顔をあげる。

「あの……今なんと?」
「いや、面倒ですね、と」

 は? という顔をしながら言葉を絞り出したトリアとは対照的に、何とも気の抜けた返事をするシン。どこかで見たような光景である。

「あの、どうすれば身につくのか、知っているのですか?」
「はい、知ってます」
「……依頼を、受けていただけるのですか……?」
「それはそちら次第です」

 その言葉を皮切りにシンは表情を真剣なものに変える。
 能天気な口調でしゃべっていたシンだが、実は多少教会について情報収集を行っていた。ミリーのことが何か分かるかと思ったのだが、それについてはかけらも情報が入ってこなかったのだ。代わりに教会のごたごたについて多少知ることになった。それが【浄化】スキルについてだとまでは知らなかったが、ならばとあえて【浄化】についての情報を出した。いくらこの世界のことについて知識が乏しいとはいえ、初対面のシスターにスキル持ちであることをペラペラ話すほど間抜けではない。

「報酬については時間をいただきたいのですが」
「いえ、金銭的なものはけっこうです。その代わり、いくつか条件があります」

 条件、という言葉にトリアの表情が強張る。まるで次にシンが発する言葉がわかるかのように。

「条件、ですか?」
「はい、まず一つはミリーの力のこと。あとはあなた方が教会内で得た情報を俺に提供すること、期限は一年です。最後に依頼を受けたのが俺だということを秘密にすることです。それが例え教会のトップだったとしても。俺のことは奉仕活動としてきたとでも言ってください」

 教会というのは老若男女、さまざまな人が集まる場所だ。神の前故に出てくる情報というのもあるかもしれないと、シンは考えた。この教会の人間は善人のようなのでおまけ程度の期待だが。
 本命はミリーの見せた力のことだ。未来予知や危機察知のようなものではないかとごく自然に考えてしまうのはシンがゲーマーだからか。元の世界なら一笑に付される考えだろう。

 シンがスキルについて無知だったのなら教会のことを聞いて子供たちに同情し、多少の報酬と引き換えにやり方くらいは教えた可能性はなくもない。だが、安易に教えることのデメリットはティエラから聞いている。である以上、それなりの報酬を要求するのは当然だ。

 見方によってはそれほど高くないように思える対価だが、トリアにしてみればいきなり現れた素性もわからない人物にミリーの力を明かすというのは多大なリスクを伴う。シンがこの話をばらさないという確証もない。
 加えて場合によっては教会のトップにさえ逆らえと言われている。いくら【浄化】スキルと引き換えとはいえ条件は厳しいと言わざるを得ない。おまけに本当にシンが【浄化】の取得方法を知っているという証拠もないのだ。未来を予知できる能力など権力者や欲の強い者に知られればミリーの身が危険にさらされる。軽々しく承諾できる内容ではない。

「これらの条件が、俺の希望する報酬です」

 問われたトリアはどうするべきか迷う。ミリーが気を許したといえどそれはそれ、これはこれ。何から何まで信用できるわけではない。

 応接室を沈黙が満たす。

「……だいじょうぶだよ」

 返事を待つシンと口を噤んだトリア。そんな二人の沈黙を断つようにミリーが一言、言葉を発する。

「ミリー?」
「シンにぃなら、だいじょうぶ」
「…………」

 だいじょうぶ。
 そう口にしたミリーはまっすぐにトリアを見つめる。その瞳はとても幼い子供とは思えない、神秘的な輝きを宿していた。

 思案するように沈黙を保っていたトリアだが、そんなミリーの様子に感じるものがあったのか意を決したように小さくうなずくとゆっくりと口を開いた。

「わかりました。その条件でお願いします。ですが情報と言っても私達は素人です。何かを探れと言われてもお役にたてるかどうかは」
「変に構えなくてもいいです。教会に来た人が何か気になることを言っていたら教えてくれる程度で。俺としてはミリーの力の方が重要ですし」

 情報屋のまねごとをさせるわけではないとシンは説明する。へたにやらせる方が危険だ。そのあたりを理解してもらい、一段落ついたところで本題であるミリーの力について促す。

「……ミリーは生まれつき『星詠み』の称号をもっているのです。ミリーの話では唐突に視界とは別の景色が見えるのだと言っていました。実際、こちらで何かしなければミリーの言ったことで外れたものはありません。シンさんに頼みごとをしたのもその力で何かを見たからだと思います」
「星詠み? あれにそんな力が……」
「はい……何か知ってらっしゃるのですか? 私もこの称号についてほとんど知らないのです。称号持ちはスキル継承者より少ないですし、能力を公開することもほとんどありませんから。私が知っていることもミリーの言っていたことですし」

 ふむ、とシンは考え込む。シンの知るTHE NEW GATEにあらざる力(・・・・・)
 もしかすると元の世界に戻る手掛かりの一端になりえないかと思い、リスクを承知で話をもちかけたのだ。スキルを確認した時は効果と食い違うようなものがなかったので気付かなかったのだろう。
 アイテムはまだすべてを試したわけではないので確信はないが、どうやらシンの知識と食い違うものが所々存在しているようだ。
 特に称号は任意発動型と常時発動型がある。星詠みはクエスト発生時に効果を発動するか選択する二つの中間のようなタイプなので予測が立てづらい。

(称号にまで変化がある、か。それがわかっただけでもまるっきり無駄でもなかったが、任意で発動できない称号は確認が取りずらいんだよな。『星詠み』の効果は未来予知って言えなくもないが……俺、なんもないよな)

 『星詠み』とはもともとクエストを受けたときに簡単なヒントを得ることができる称号だ。レアな称号ではあるがなくて困ることでもない。
 シンも持っているのだが、ミリーやトリアのいう力は全く発現していない。何か条件でもあるのかもしれないがシンには全く思いつかなかった。

 思いつかなかった、のだが――

「誘拐、拉致、監禁。ばれた後が怖すぎる。その辺どうなんです?」

 代わりに厄介な単語ばかりが浮かんできた。口調が軽いのはこれまでの経験ゆえだろう。
 ちなみにこの時ばかりはミリーの耳をしっかり塞いで会話している。

「軽々しく言わないように言いふくめてはいますからそう簡単にはばれないとは思います。ここを出た後冒険者になった人が協力してくれていますし」
「ヴィルヘルムですか?」
「はい、他にもいますが一番ここを守ってくれているのは彼でしょう。彼の異名を恐れてここの子供たちに手を出す人はほとんどいなくなりましたし」

 小さい子供が悪事の標的にされやすいというのはどこも変わらないようだ。
 冒険者には恐れられていたヴィルヘルムだが、シンが思った通り悪い人間ではないらしい。良くも悪くも名を上げることで孤児院を守っている。
 難点はヴィルヘルムに恨みをもつ者が孤児院を標的にする可能性があることだが、そこは他の冒険者が何とかしているのだろう。一人でできることなどそう多くはないのだから。

「では、報酬ももらったので正式に依頼を受けたいと思います。【浄化】を取得するのはトリアさんでいいんですか?」
「いえ、それは私ではなく、ラシアにお願いしたいと思っています。教会にもう一人シスターがいたでしょう? あの子に伝授してあげてください」
「そうなんですか? てっきりトリアさんだと思ってましたが」
「あの子はここで神父を務めていた方のお孫さんなんです。それに教会を引き継ぐときは世襲の方が段取りがスムーズに進みますから」

 どうやら【浄化】以外でも何かあるようだ。情報料は高くつきそうだな、とユズハを撫でながらシンは苦笑いを浮かべた。

 子供たちとの壁をミリーに仲介してもらいながら乗り越え、一緒に遊ぶこと数時間。トリアが孤児院に戻って来るころには数人の年長組を残して、子供達は夢の中にいた。

「子供達を見ていただいてすいま…………この子たちも、すっかり気を許したようですね」
「そうだといいんですけど」

 言いかけた言葉が止まる。すやすやと眠る子供達を見てトリアも肩の力が抜けたようだ。さすがに今日会ったばかりのシンに子供達の面倒を見てもらうのは気が引けていたのだろう。
 トリアの後ろには教会でラシアと呼ばれていた少女の姿があった。灰色の髪をトリアと同じくシニョンにしている。茶色の目がシンをとらえるが、先ほどまで相手をしていた子供の一人である少女クアと同じく緊張しているのが見て取れた。

「そちらがラシアさんですか?」
「は、はい! このたびはよろしくお願いしまう゛っ……いひゃい」

 舌を噛んだらしい。

「えっと、大丈夫ですか?」
「ちょっと、そそっかしいところはありますが。頑張りやさんなのは保障します」

 フォローするトリアも苦笑気味だ。

「うう、すいません。お見苦しいところを……」
「まあ、気楽にいきましょう。俺はシン。冒険者です。【浄化】スキルを会得するための指導をします。ですが会得できるかどうかはラシアさん次第です。それをお忘れなく」
「はい!」

 今度はハッキリと返事を返す。その瞳は真剣そのものだ。

「では細かいところを詰めていきましょう。まずお二人にお聞きしたいんですがレベルの高いアンデッド系のモンスターが大量に出現するような場所に心当たりはありませんか? なければ俺がギルドで調べてきますけど」

 【浄化】取得には必須とも呼べる条件だ。その場所次第でどのくらいかかるかがだいたいわかる。

「有名なのはやはり亡霊平原だと思います」
「亡霊平原?」

 トリアの口から出た聞いたことのない地名にシンは首をかしげる。

「はい。国を出て北に向かって進んだ先にある平原です。もとはダンジョンがあったらしいんですが、それがかつての天変地異によって一部が地上に出てしまったらしく、その平原一帯にアンデッド系モンスターが常に徘徊しているそうなのです」
「ダンジョンが地上に? そんなことがあるんですか」
「他にも似たような場所はあるらしいのですが詳しくは……」
「いえ、今回用があるのはアンデッド系モンスターなのでむしろお誂えむきと言えます」

 都合がよすぎる気もしないではないがこの際気にしないことにした。一々そういう場所を探すより、そこに行った方が早く済む。もともとあまり時間をかけるわけにもいかなそうな雰囲気なのだ。早いに越したことはないだろう。

「で、そこにはどれくらいで着くんですか?」
「さすがにそこまでは――」
「馬車で五日か六日ってとこだな」
「……あら、ヴィル。帰っていたのですか」

 トリアの言葉を遮ったのは、入口から姿を見せたヴィルヘルムだった。その手にはヴェノムを携え、静かに闘気を高めている。

「よっ、お邪魔してる」
「お前が例の依頼を受けた冒険者ってわけか」

 表面上は平静に見えるヴィルヘルムだが、シンからすればあからさまに戦闘態勢になっているのがわかる。

「ああ、報酬はもらったから【浄化】については任せてもらって構わない」
「…………何を聞いた?」

 シンの返事に報酬が金品でないことを見抜くヴィルヘルム。嘘は許さないとその瞳が明言していた。
 シンは一呼吸おいて返す。

「……ミリーの称号のこと、どんな力を持っているのか。後は孤児院出身者で情報が漏れないようにしているってこと」
「信用しすぎじゃねぇのか?」

 言葉を向けられたのはトリアだ。孤児院の面子を見れば誰が交渉したかなど考えるまでもないこと。ラシアに交渉役が務まるとはシンも思えなかったので、ある意味当然と言える。

「大丈夫。悪い人には見えないわ。それにミリーが断言したのよ。大丈夫って」

 ミリーの力を知っているヴィルヘルムは、まさかと呟きミリーを見る。

「……見えた(・・・)のか?」
「うん」
「…………そうか」

 ミリーの言葉に一瞬口を閉ざし、一言返す。一応は納得したようだ。

「あー、話はまとまったか?」
「ああ、そいつが言う以上、一応は信用してやる」
「俺も一言言っとくが聞いたことを言いふらしたり、ミリーの力を悪用しようとかは考えてないからな」
「たりめぇだ。んなことしてみろ、こいつで吸い殺すぞ」

 軽口をたたくようにヴェノムを振りながら言うヴィルヘルムだが、目が完全に本気だ。それらしい行動をしただけで槍が飛んできそうな気配である。

「む~、けんか、だめ!」
「おっと」
「けっ」

 そんな刺々しい雰囲気を察して、ミリーが仲裁に入る。ヴィルヘルムもこれ以上どうこうする気はないらしく、撒き散らしていた闘気をおさめた。

「すいません、どうも昔から気が短くて」
「ヴィルは堪え性がないんですよ」
「ヴィルにぃ、せっかち」
「何かいろいろ言われてるぞ」
「てめぇら……」

 さりげなくフォローを入れるのはトリアとラシアだ。フォローというよりこき下ろしているようにも見える。
 常人なら怯えてしまうほどの闘気を受けてなお平然としているあたり、この二人も一般人とはいえない気がしてきたシンである。

「ちっ、まあいい。そっちはいろいろ聞いたんだろ。ならこっちも【浄化】について情報をもらおうじゃねぇか」
「一応、他言無用な」
「安心しろ。教会の秘法についての情報なんざ、誰かにしゃべる方がやべぇ」

 ヴィルヘルムの言葉に他の面々も大きく頷いている。どうやらシンが思っている以上に教会というのは勢力が大きいらしい。

「念のため盗聴防止の魔法をかけておくか……よし、じゃあ本題だ。【浄化】の習得方法は【祈りの聖玉】っていうアイテムをもった状態でレベル150以上のアンデッド系モンスターを200体以上倒すことだ。一人で相手をしなくてもとどめを刺せば一体にカウントされるから、俺が弱らせたところをラシアさんの魔力が持つ限り延々と倒しまくればいい」
「……おいそりゃあ、マジなのか?」
「マジだ。本当は【祈りの聖玉】を手に入れる方が大変なんだが、それは俺が持ってるから今回はいいだろ」

 なんでもないことのように告げるシン。
 気づいていないが、この世界でレベルが150を超えるモンスターは一般人からすれば非常に危険な存在だ。そんなモンスターをとどめだけとはいえ200体も相手にしなければならないと聞いたラシアは魂が抜けたように呆然としている。

「おい、ラシア!」
「はひっ!!」
「おいおい大丈夫かよ、おまえ……」

 呆けていたラシアをヴィルヘルムが肩を叩いて正気に戻す。他に方法がない以上ラシアが頑張るしかないのだ。

「おいシン。今回は俺も同行するぞ」
「ああ、かまわないぜ。知り合いがいた方が気が楽だろうし」

 むしろ俺と二人っきりの方が酷だろ、とラシアの心境を慮る。
 ラシアの反応を見て気付いたがこの世界でシンが言った条件を満たすのは冒険者であってもほいほいやれることではない。ついゲーム時代を基準に考えてしまう自分にシンは自重、自重と呟いた。

「ではラシア、頑張ってきなさい」
「はい、がんばります!」

 シンが考え事をしている間にラシアも何とか立ち直ったようだ。教会を背負って立つ以上、これくらいは乗り越えてもらうしかない。

 ラシアの覚悟が決まったところで後は細々としたことを話し合ってその日はおひらきとなった。
 早いに越したことはないということで、各自が旅支度を整えて明朝出発。集合場所はラシアもいるので東門前ということで決まった。



 ◆◆◆◆



 シンが教会をさった後、残された面々はそれぞれ明日に向けての準備を行っていた。ラシアとトリアは旅支度をしつつ子供たちへの説明をしている。

 長旅に必要な食料や物資はヴィルヘルムが買いに出ていた。
 大通りを歩きながら必要なものを買い込んでいく傍ら、孤児院出身の冒険者に声をかけていく。孤児院をつぶそうとしている神官が自分がいない間に動かないとは言えないからだ。
 孤児院出身の冒険者であってもミリーの力を知っている者は限られている。長期になる可能性があるので全員に警戒するよう伝えながらも、ヴィルヘルムはある男のことを考え続けていた。

 言うまでもなく、シンのことだ。
 初めて会ったのは行きつけの店で、たまたま同席になった。冒険者になったばかりだと言ってヴェノムをもつ自分にも臆することなく話しかけてきたので、孤児院で会った時もすぐに思い出すことができたのだ。

 教会でトリアがミリーの力のことを話したと聞いていくらなんでも無警戒すぎると思ったものだが、ミリーまでもが大丈夫だと断言したので一応は納得しておいた。特にミリーは見えたと言っていた。なにが、とは言っていないが少なくとも教会に危険が迫るようなものではないことは確かだ。そうでなければミリーが擁護するとは思えない。

 だが、得体が知れないということだけは変わらない。

 自分に普通に接してくる相手が珍しく、たまたまその言動が記憶に残っていたヴィルヘルムだが、よくよく考えてみればおかしなところが多々あることに気付く。

 ヴェノムを前にした時に言った、鑑定はしたのかという言葉。そしてわざわざ鑑定した奴のスキルレベルを聞いたこと。今思えば、その時の表情はまるで「それじゃあ無理だな」と言っていたような気がする。
 【浄化】の取得条件についてもそうだ。シンはたしかに「レベル150以上のアンデッド系モンスターを200体以上倒すこと」と言った。そしてそのあとに「自分が弱らせたところをラシアがとどめを刺せばいい」と言ったのだ。シンの口ぶりからして依頼を受けると決めたときにヴィルヘルムを頭数に入れていたとは思えない。
 言ったことが嘘でないなら、それはつまり、Lv.150以上の相手でも一人で相手にできる実力をもっているということだ。それも、足手まといであるラシアを連れていった状態で、だ。

(本当に冒険者になったばかりだってのか?)

 相席した時の冒険者になる前も戦いの経験はあるような口ぶりだったのを思い出すが、だからといってそれほどの腕をもつなら何がしかの情報があってもおかしくない。冒険者でなくとも腕の立つ者の情報と言うのは存外早く伝わるものだ。だが、孤児院繋がりの情報屋に聞いてもそんな情報は一つもなかった。
 レベルが150を超えるモンスターを単独で撃破できるとなれば冒険者ならランクは少なくともB以上。Aだとしてもおかしくはない。
 そんな人物がこれまで無名だったというのはどういうことか。

(まさか、あいつ……)

 思わず足をとめた。
 ヴィルヘルムの脳裏にある単語が浮かんだのだ。一部の者だけが知る、ある単語が。

 それは通常では考えられないような力をもつ存在をさす言葉。
 生まれながらに多くのスキルと知識を宿し、世間の持つレベルという概念を逸脱した、選ばれし者達の総称。

「選定者……なのか?」

 自身とも深く関わりのあるそれ。
 思わずもれた呟きは誰に聞かれることもなく、街の喧騒の中に消えていった。

 明けて翌日。

 シンは手早く朝食をすませるとツグミにしばらく部屋を空けることを伝え、残りの代金を受け取った。荷物はすべてアイテムボックスの中に入れているので荷作りの時間は必要なく、それほど時間をかけずに出発できた。すぐに、ではなかったのはツグミがユズハを離そうとしなかったからだ。あれは獲物をみつけたときの狩人の動きだ、とシンは感じた。やはりベアーだからだろうか。

 相変わらずユズハを頭の上に乗せ、人通りの少ない通りを歩く。昼間のように人でごった返していないせいかいつもより短い時間で東門に到着する。少し早かったかと思ったシンだが、東門にはすでに先客がいた。

「よお」
「おはようさん、早いな」

 返事を返しつつもヴィルヘルムが先に来て待っていたことに少なからず驚くシン。
 この街で時間を知る手段は基本的に定時でなる鐘の音を聞くことだ。なので待ち合わせをしても相手がいることはあまり多くなく、どちらかが待つことになる。商人などは時計をもっているのでそういうことはあまりないが、冒険者同士となるとそのあたり意外と大雑把なのだ。時間ぎりぎりなんてのもさほど珍しくないとツグミやドウマは言っていた。

 シンの持つ時計では約束の時間までまだ20分はある。早く出すぎたと後悔していたのだが、今回は失敗というわけではなかったようだ。

「いつもこんなに早いのか?」
「いや、出発前に確認したいことがあってな。ちょっと面かせ」

 やけに真剣な表情のヴィルヘルムに困惑するシン。どうしたのかと思いながらもヴィルヘルムの後をついていく。ユズハはシンの頭上で脱力中。任せるということだろう。

「そういえばラシアは?」
「ちっとばかし用事を頼んだ。まあ半刻は遅れるだろうよ」

 どうやらラシアには聞かれたくない話のようだ。

 歩き出して僅か数分。とある店の前でヴィルヘルムは足をとめた。
 看板から察するに飲食店のようだ。グラス(・・・)スプーン(・・・・)という組み合わせのなのでどんなものを出すのかは想像できないが。

 一定の間をあけて三回扉をノックし、ヴィルヘルムは扉を開く。店内は薄暗く、照明によって歩くのに不自由しない程度の明るさが保たれていた。目に入るのはテーブルが三つとカウンター席が五つ、そしてカウンターの奥に整然と並べられた酒瓶。そして、グラスを磨くバーテンダー。
 どうやらこの店はバーのようだ。

「わりィな。場所借りる」
「…………」

 バーテンダーはヴィルヘルムの言葉に一つ頷くと、カウンターの奥の扉を開いて店を後にした。ユズハにも気づいていたはずだが特に何か言ってくることはなかった。衛生上断られるかと思ったがどうもこの世界ではそこまで気にされていないようだ。調教師(テイマー)だと思われたのかもしれない。

「知り合いか?」
「孤児院繋がりのな。そういう奴らがいることはトリアから聞いてんだろ?」
「ああ。ってことはさっきの人も冒険者?」
「そういうことだ」

 立ち話もなんだと二人はカウンターに座る。
 ほとんど間をおかずにヴィルヘルムが切り出した。

「一つ確認したい。お前は選定者か?」
「……なんだ、それ?」

 記憶にない単語にシンは首をひねりながら問い返す。僅かに間が空いたのはそんな称号があったかなと記憶を掘り起こしていたからだ。だがシンの知る限りでは称号に選定者というものはない。

「知らねぇか?」
「ああ、さっぱりだな」
「…………」

 ヴィルヘルムは返事をするシンの様子を観察していたが、とくにとぼけている様子も見受けられず本当に知らないようだと結論を出した。

「選定者っついうのは生まれながらにスキルや称号、知りえないはずの知識をもってる連中のことだ。本人のレベルからは考えられない力をもってるってのもあるな」
「生まれながらに? まさか赤ん坊が言葉話したり、魔法はなったりするのか?」

 ヴィルヘルムの言葉にシンはネット小説で読んだ赤ん坊からリスタートする転生モノに時折あった、赤ん坊にもかかわらず複雑な思考ができる、言葉が話せるなどの摩訶不思議現象を想像した。

 スキルは発動しようと思えば子供でもできるので、内心まさかなとは思いつつも聞いてみる。

「そういうのもいたってのは聞いたことがあるな。他にも歳が一桁のガキがテトラグリズリーを素手で殺しただの、秘伝といわれるスキルをいきなり使ったただの、その手の話はきりがねぇ」
「生まれながらの強者ってわけか。なんというか、普通に化け物呼ばわりされそうだな」

 能力だけならありえないことではないかもしれないが、スキルや知識となるとそうはいかない。見方にもよるが、この世界の住人にとってはまさに選ばれし者ということなのだろう。

「知識っていうのは前世の記憶も持ってるのか?」
「いや、アイテムや魔物の知識がほとんどで過去の自分のことを覚えていた奴がいたって話は聞かねぇな」
「そうなのか」

 ヴィルヘルムの話を聞いていくうちに、シンの脳裏に一つの可能性が浮上してくる。腑に落ちない点もあるが「これならありえなくもないか?」程度には考えられるシステム。

(最初から複数のスキルが使える、称号をもってる、能力が高い…………まさか、転生システムが生きてる?)

 本来は神殿で行い、また神殿で終わるのがTHE NEW GATEの転生だが、さすがにリアルで転生となれば赤ん坊からやり直しでもおかしくはない。そうなれば普通にどこかの家庭で生まれることになる可能性は否定できない。

 転生回数にもよるが称号やスキルの継承、ステータスへのボーナスなど転生には特典が多い。いくつかの大きな問題に目をつぶれば、シンにはそれが一番しっくりきた。
 その一番の問題が神殿のある場所が現在ではとても立ち入ることのできない危険地帯になっていることなのだが。

「心当たりはあるか?」
「あるというかないというか」

 シンは答えに窮する。
 転生はしているがそれはゲームのときの話であり、この世界で赤ん坊に生まれ変わったわけではない。しかし、シンの能力をこの世界の人間的に考えると選定者としか考えられない。また、ギルドでもヒューマンで通しているので、長命種だからという言い訳もできない。

 正直に話したところで信じてもらえるかわからないし、信じられても困る。ハイヒューマンは滅亡したことになっているのだ。

「まどろっこしいな。まあいい、洗いざらい吐かせようってわけじゃねぇしな。言いたくねぇこともあるだろうよ」
「そう言ってもらえると助かる」
「どうにも自覚がねぇようだったからな。レベル150を単独で相手にするなんてのは上級冒険者のすることだ。お前みたいなのが軽々しく言えることじゃねぇんだよ、ランクG」
「言われてみればそうだな。いや、うっかり!」

 しまった、しまったと頭をかきながら苦笑するシン。レベルが評価の一端であるこの世界ではステータスを基準にしているシンの判断は場違いととらえられやすいのは一応理解していたつもりだったが、やはりボロが出ていたらしい。
 少々チャラけた反応をしているが、内心は穏やかではない。ラシアの反応を見たときに気をつけようと思っていたことだ。とはいえ、こちらに来て日が浅いシンにこの世界の物事の判断基準を完全に理解できるているかと問われれば無理としか答えられないだろう。ゲームのときよりある意味シビアな世界だ。数日過ごしたくらいで価値観や常識まで順応などできない。

「選定者っつう呼び名も知ってるやつはそう多くねぇ。だが力をもってんのがばれると厄介事も付いて回るからな。気をつけるに越したことはねぇ」
「……それは、もう手遅れだろうな」
「おい、何やらかした?」
「ギルド長と試合して勝っただろ、キング級のレベルのジャック級スカルフェイスを倒したって報告もした。おまけに三桁単位のポーン・ジャック級スカルフェイスの混成群を一人で倒したのもつい最近だ」
「……つっこむのもアホらしくなるなぁ、おい。なんなんだそのクソ濃い内容は」
「仕方ないだろ。俺だってここまでいろいろ続くとは思ってなかったんだ。てか、別に自分から厄介事に首突っ込んでるわけでもないっての」

 ユニークモンスターのスカルフェイスにはたしかに自分から近づいたシンだがバルクスとの戦いは月の祠の紹介状が原因であり、三桁単位のスカルフェイスもタイミングをはかったかのように現れたのだ。俺のせいではないとシンは主張する。特にスカルフェイスはあのまま放っておくという選択肢をとるわけにもいかなかったのだ。

「ったく、何かしでかしてそうな気はしたがこれはシャレになってねぇぞ。マジで気をつけやがれ。選定者ってのはその能力から尊敬されやすい。だがさっきお前も言った通り、場所によっちゃあ忌み子扱いだからな」
「そりゃあるよな、当然」
「神託を受けたとかほざく奴もいるがな。成長するにつれて力が段階的に強くなるっつうわけでもない分扱いにえらく差がある。まあ、大概の選定者は教会か国が保護してっからそこまで深刻じゃねぇが」
「そうなのか。一つ気になったんだが、選定者って一つの国にどのくらいいるものなんだ?」

 選定者がシンの考えている通りの存在だとしたら、場合によっては一人で国を滅ぼせるようなのがゴロゴロいる可能性がある。

「国によってまちまちだな。公表されてる情報を鵜呑みにするならこの国にはギルドマスターを除いて選定者は三人。近隣諸国にはだいたい一人いるかどうかってとこか。強さは個人でかなり差があるが選定者ってのは戦闘に特化した奴ばかりってわけでもねェから一概にどこが優勢とは言いづれぇ。戦闘能力ならベイルリヒトだろうがへたに選定者を出すと周りの国が連合組んででも対抗してくる。いくら選定者が強かろうが一人で軍を殲滅できるわけじゃねぇし、隠し玉がいないとも限らねぇからな。今んとこ均衡は取れてる。まあ、どの国も隠れて選定者を囲ってるってのは暗黙の了解みたいなもんだがな」
「そりゃ切り札を公開するようなことを国がやるわけがないか。にしても、選定者といっても軍を殲滅するのは難しいか。ちなみに一番強い奴でどのくらい相手にできる?」
「俺の知る限りじゃ、うちの第一、第二王女さんが有力だな。近接なら第二、魔法なら第一。第一王女なら魔法で広範囲をカバーできっから千単位でもどうにかなるだろうが近づかれたらアウトだ。第二王女は体力と敵の戦術次第だな。遠距離から魔法をバカスカか打たれたらきついだろ。戦闘特化の選定者でも個人差がかなりあるからな。ベイルリヒトの王女コンビは高い方だ」

 ヴィルヘルムの言葉を聞きつつ、シンは選定者の能力を暫定的にではあるが割り出す。一般の兵は転生システムの恩恵がないので武具をのぞけばレベルを上限まで上げてもステータスは300に届かない。武具の能力によっては当然その限りではないが、レベル上限にまで上り詰めている者も少ない現状では武具込みでいくつかのステータスが300に届いていればいいほうだ。
 ヒューマンは他種族より魔法抵抗が高いのでそれを千単位で相手にできるとなれば第一王女のINTは最低でも500を越えているし、MPもかなり多めだろう。一度に複数を攻撃できる魔法を使えるからというのもあるのだろうが、個人が持つ能力としてはこの世界では破格だ。それと対になる第二王女はおそらくHPが高くSTR、VIT、AGIのどれかがやはり500に近い数値なのだと推測する。ものの見事に戦士タイプと魔法使いタイプに分かれているのには苦笑を禁じ得なかったが。

「なんだかわかりやすいな。てか二人をセットにしたらある意味無敵じゃないか」

 第一王女が魔法で敵を討ち、近づいて来た者は第二王女が倒す。どちらも一騎当千とくれば面白いように戦果が上がる気がする。

「そりゃそうだがよ。いくらコンビを組もうが所詮は二人だ。同じような選定者が出てきて拮抗したら一般兵の差で押し負ける。どこも同じような状態だから互いに手が出せないってわけだ」
「なるほどな」

 どこも似たような状態ということは実力のある選定者といえどステータスにそれほど差がないということなのだろう。確証はないが、選定者――シンの定義としては転生者――のステータスは恵まれていても500前後というところか。
 シュニーに依頼が来るのもうなずけるなとシンは思った。シュニーのステータスは一部どころか全てが800を超えている。武器は何を使っているのかわからないがその補正を加えればSTRなど900に近いだろう。シンが覚えさせた広域殲滅魔法を使えたとしたら千単位どころか万単位を単騎で殲滅できる。どこかの国に仕えることがあるようなことがあれば周辺諸国など瞬く間に併呑されてしまうのは想像に難くない。

(そのわりにはエルスもセリカさんも聞いてこなかったな)

 ギルド職員なのだからそのくらい知っていそうなものだと思ったが、ヴィルヘルムの口調から察するにある程度上位の職員や冒険者でなければ知らされていないのかもしれないとシンは考えた。実際は呪いの解呪やスカルフェイス討伐の印象が強すぎて忘れていただけだが。

「忠告ありがとよ。手遅れかもしれないが気をつけることにする」
「そうしとけ」
「にしてもヴィルヘルムって意外と面倒見いいんだな。怖がられてるってのはほんとなのか?」
「そりゃ周りが勝手思ってることだろ。俺の知ったことじゃねぇ」

 話をして感じていたことがつい口から洩れる。聞いていた印象と実際に会ってみて感じた印象の違いにシンは妙なズレを感じたのだ。よくあるそういう印象を意図的に抱かせようとしているような、そんなわざとらしさ。

「でも孤児院を守ってるんだろ?」
「他の奴らが熱心なだけだ。ただでさえ神父がくたばったせいで欲の皮が突っ張った豚野郎がちょっかい出してきてやがるからな。おかげでガキどもが泣きやがる。ガキの鳴き声は耳障りなんだよ」

 顔をしかめていうヴィルヘルム。だが先ほど抱いた違和感のせいか、子供の泣き声にいらついているというよりは、子供が泣いていることにいらついているように感じてしまう。もしくはその原因に、だろうか。

「だからちょっかい出してくる奴を黙らせる、と?」
「そういうことだ。最近じゃ、何考えてやがるのかガキどもまで変な気をまわしてきやがる。ガキはガキらしく食って寝て走り回ってりゃいんだよ」

 ぶっきらぼうに言い放つヴィルヘルムに対してシンは思う。

(やべぇ、こいついい奴だ)

 つまりは子供は子供らしく無邪気に過ごしていればよく、泣かせる奴は容赦しないということだ。なんともよくできた“兄”である。

「いやはや、素直じゃないな」
「あ゛あ゛?」
「おっとなんでもない。ところでちょっと気になってたんだが、教会の相続に口を出せるってことはその豚野郎も【浄化】をもってるってことでいいのか?」

 ついニヤニヤしてしてしまったのはご愛嬌だ。
 顔を引き締めて気になっていたことを確認する。気に入らない相手ではあるが、もし【浄化】を自力で取得したのなら甘く見ることはできない。戦える豚はただの豚ではないのだ。

「クソ忌々しいがたしかに持ってるらしい。ただ、野郎の強さはハッキリ言って雑魚だ。昨日お前が言った方法は無理だな。レベル的にありえねぇ」
「具体的なレベルはわかるか?」
「聞いた話じゃ40だとよ」
「なるほど、ありえないな。となるとやっぱり秘伝書か」

 やはりアイテムによるスキル取得を行っていたようだ。でなければ【浄化】をもっていてそんな低レベルはありえない。転生者―この世界では選定者―ならありえるが、ヴィルヘルムの話し方からして違うのだろうとシンは思った。

「教会は何かと秘密が多いからな。そういうもんがあってもおかしくはねぇ。つうかまず間違いなくあるな。本部に勤めてる高位の神官はどいつも強ぇらしいって話も聞く」
「人を見る目がないのか、金の力か……どう考えても後者か」

 さすがに指導者の地位にいる者全員の目が節穴ということはないだろう。他にもいろいろと考えつくが、とりわけ金というのは実にわかりやすい力の一つだ。

「初めはおまえが野郎の差し金かとも思ったがな」
「そう思われてもおかしくはないか」

 【浄化】スキルがすぐに必要というこのタイミングでやってきた冒険者。疑うなと言う方が無理だろう。事情を知っているならなおさらだ。
 ミリーがいなければ、どうなっていたかわからない。

「ミリーが自分から見えた(・・・)もんについて話す奴は大概何かある。何がしかの縁はある、くらいには思ってたがな」
「へえ、他にはどんな相手に話したんだ?」
「気になるか?」
「俺も話しされたしな」
「そうだな。詳しくは言えねぇが、黒いドラグニルに金髪のピクシー、銀髪のエルフってとこか」
「へぇ」

 軽く相槌を討ちながら聞いていたシンだが、ふとその組み合わせに心当たりがあることに気付く。

(黒ドラグニル、金髪ピクシー、銀髪エルフ……どこかで聞いたような特徴だな。いや、別にこの組み合わせ自体は珍しくないか。でもどれか一つならともかく三つともってのがな)

 足りないものもあるがどうも「あいつらじゃね?」という疑問が浮かんでしまう。

「なあ、最後の銀髪エルフってシュニー・ライザーか?」
「あん? なんでそう思う?」
「勘……としか言えないんだが、そんな気がしてな」
「勘、ねぇ」

 探るようなヴィルヘルムの視線をシンはまっすぐに見返す。

「その時なんて言ったか、聞いてもいいか?」
「…………『もうすぐ、帰ってくる』だ。それが何を意味してるのかは知らねぇがな」
「そうか」
「心当たりでもあるってか?」
「いや、わからない」
「微妙に納得した面してるくせにわからないだあ?」
「何と説明したもんかな」

 意外にも話の内容を教えてくれたヴィルヘルムに驚きつつ、自分のことかもしれないとは言えないシンである。もしかすると、ミリーはシンがここに来ることを予期していたのかもしれない。

「えーとだな。ん?」
「今度はどうしたってんだ」
「すまん、ちょっと待ってくれ」

 唐突に視界の端で点滅するメッセージ。どうやらティエラのようだ。
 ヴィルヘルムに待つように言って思考操作でメッセージを開く。

『シンへ
 師匠からの返事がきました。
 なんだかたくさん質問されたのでとりあえずわかることだけ伝えておきました。
 仕事を終わらせ次第、大急ぎで帰ってくるらしいです。
 もしベイルリヒトを離れるときは一報してください。

 追伸
 質問が多すぎてちょっと怖いんだけど、一体師匠に何したの?』

「…………」

 怖くなるような質問の量ってどれだけだよ、と思いながら了解のメッセージを送る。五百年も音沙汰なしだったせいだろうかと心配になってしまったが、それはシンにどうこうできる問題ではないのでまずは会って確かめようと気持ちを切り替えることにした。

 苦笑いを浮かべながらメニュー画面を消そうとしたところで、『大切なもの』の欄が点滅していることに気付く。何事かと開いてみれば『月の祠の紹介状』の項目が銀色に光っていた。

「ん? …………あ!」

 何故光っているのかと考えていたシンだが、ふとバルクスと対面した時のことが脳裏をよぎる。月の祠の紹介状は互いの魔力が共鳴して本物かどうかわかると言っていた。

「ってことは」

 カード化した状態で紹介状を取り出す。絵柄が見えなければ何のカードかはわからないので念のため手で絵柄が見えないようにしている。
 カード化した状態でも紹介状は銀の光を放っていた。

「これは……」
「おい、お前の持ってるそいつはまさか、月の祠の紹介状か?」

 一体? と言おうとしたシンにヴィルヘルムが問いかけた。
 何故それを、と問い返そうとして、シンは気づく。
 紹介状が発光することを知っているということは――

「お前も、持ってるのか?」
「つうことはその光ってんのはやっぱり紹介状か!」

 驚愕の表情を顔に張り付けたまま何もない空間(・・・・・・)から一枚のカードを取り出すヴィルヘルム。シンの持つカードと同じようにヴィルヘルムの持つカードも銀色の光を放っている。

「……それはまさか」
「……そのまさかだ」

 互いに顔を見合わせるシンとヴィルヘルム。
 何とも言えない空気が場を満たしていた。




 ◆◆◆◆



 しばらくして平静を取り戻した二人はカードを実体化させ、それが本物であることをしっかりと確認しあった。

「おまえも紹介状持ちだったとはな」
「それはお互い様だろ」

 脱力気味のヴィルヘルムに苦笑しながらシンが返す。
 ミリーの仲介があったとはいえ何がしかの警戒はされているだろうなと思っていたシンと、「みだりに力は使わねぇだろうが……」という前提のもとその能力を警戒していたヴィルヘルム。表面上は問題なくとも、心の片隅に存在したわずかな疑惑。それを互いの手にある紹介状が木端のごとく吹き散らしていった。

「これ以上に信用できるもんもねぇからな。どうりでシュニー・ライザーだけわかるわけだ」
「俺の場合もらったのはティエラからだけどな。ヴィルヘルムはシュニーからもらったのか?」
「ちぃとばかし稽古をつけてもらったことがあってな。つっても一方的にボコられただけだがよ」
「ああ……生真面目なとこあるからな、あいつ」

 そういう設定にしたのはシンなのだが、性格面はあくまで大まかにであって事細かに手を加えたわけではない。ゲーム自体のシュニーと性格的な違いがあっても別段おかしなことはないのだが、ヴィルヘルムの話を聞くとほとんど変わってないような気がしてきたシンである。人と変わらないようなAI、なんてものを積んでいたわけではないのであくまで印象でだが。

「さて、そろそろ行かねぇとラシアがきちまう。続きをするなら歩きながらだ」
「もうそんな時間か」

 壁にかけてある時計を一瞥してヴィルヘルムが立ち上がる。もともとそう長い時間居座る気もなかったのだが、シンが紹介状をもっているという予想外の事態のせいで思ったより時間がかかったのだ。といってもかけた時間に見合うだけの収穫はあったので心情的には満足のいくものだった。
 紹介状持ちというのは一人一人が破格の能力を持ちながら、それに付随することの多い人格破綻をおこしている者がほとんどいない。これならば教会の抱える面倒事も一息にどうにかできるかもしれないとヴィルヘルムは感じていた。

「ところでお互い信用できるってのがわかったから聞くが、ヴィルヘルムも選定者なんだよな」
「今さら隠す気はねぇが、何故そう思う? Aランク冒険者が全員選定者ってわけじゃねぇぞ」
「いや、お前の持ってた武器な。あれ普通の奴じゃ装備できないから。弾かれるんだよ。だからそれを普通に持ってる時点でああ、こいつただ者じゃないっていうのはわかってたんだ」
「はっ! そういうことか。どうりで鑑定だのスキルレベルだのやけに食いついてきたわけだ。初めっからあれがどういうもんかわかってやがったな」

 ヴィルヘルムの持つ伝説(レジェンド)級の魔槍『ヴェノム』
 これはプレイヤーのSTRが500を超えていなければ装備できないという制限のある装備だ。シンが初めてヴィルヘルムに会った時、武器に目がいったのはそういう理由もあった。
 本来、伝説(レジェンド)級の装備は特定のステータスが350を超えるくらいで装備できるようになる。それを考えれば『ヴェノム』の要求するステータスは異常といえるが、これにもしっかりとした理由があるのでバグというわけではない。

「あまり大勢の前で話すわけにもいかなかったからな。あとお前さっき何もないところからカード出してたけど、アイテムボックスが使えるのか? そういるもんじゃないって聞いてるけど」
「ああ、あれはちょっとした裏技みてぇなもんだ。『拡張キット』っつうアイテムを使うと容量はそれほどじゃねぇが擬似的なアイテムボックス……みてぇなもんが使えるようになる。誰でもってわけじゃないようだがな」
「へぇ、そうなのか」

 やっぱりその機能は残ってたかと思いつつ相槌を打つ。その機能はサポートキャラクターやパートナーモンスターに大量にアイテムをもたせたりするためにある機能で、最終的にはプレイヤーとほぼ変わらない容量までアイテムボックスを拡張できる。大概のプレイヤーはいざというときアイテムで自己回復させるために一、二個使っていくらかアイテムを持たせるということが多かった。
 シンの場合はサポートキャラ全員が限界まで拡張されていた。これといった理由があったわけではない。ただのこだわりである。

「そういうお前も使ってただろうが」
「俺の場合最初から使えたんだよな、これが」
「やっぱり選定者だろ、おまえ」
「むむ、この際もうそれでいいか」

 細かい説明をせずとも選定者だからで納得してくれそうなので、それでいいやと考えることを放棄する。逐一設定を考えているのも面倒というのと、どこかで矛盾が出るかもしれないという理由とでこの際選定者で通そうと決めた。

 そんな会話を続けながら来た道を戻る。二人が東門につくとラシアが二人を探してキョロキョロしていた。

「あ、ちょっとヴィル。買い物を私に押し付けてどこ行ってたのよ!」
「わりィ、わりィ。こっちも用事があってな」
「そんなこと言って、またいかがわしいお店に行ってたんじゃないでしょうね」
「行くか! まだ寝ぼけてんじゃねぇだろうな」
「シンさん。ヴィルが誘ってきてもついていかないでくださいね。一度痛い目を見た方がいいんです」
「聞け! つうか誤解を招くようなこと言ってんじゃねぇ!!」
「とりあえず二人とも落ち着け」

 なにやら痴話喧嘩を始めた二人をなだめ、移動を開始する。遠慮なく言いたいことを言い合える二人がちょっと羨ましかったのは内緒だ。

 今回の移動手段は馬を使うことになっていた。ヴィルヘルムがギルドで借りてきたらしい。ギルド子飼いの馬貸しが連れてきたのは馬について素人のシンでもわかるくらい立派な体躯と見事な栗毛をもつ馬だった。シンの頭上で脱力したままのユズハを見て一瞬動きが止まったが、ユズハが小さく「くぅ」と鳴くとそれに答えるように「う゛るるっ」と小さく嘶き大人しくなった。何やらシン達にはわからないやり取りが行われたようだ。

 片方の馬にヴィルヘルムとラシア。もう片方にシンとユズハという組み合わせで馬を走らせる。シンは本物の馬に乗るのは初めてだったのだがどうやら【騎乗(ライディング)】スキルの補正が生きているらしく、問題なく乗りこなすことができた。ゲーム中では馬に限らずグリフォンやドラゴンなど様々なモンスターに乗る機会があったのでスキルレベルもかなり上がっていたのだ。

 ゆっくりとした馬車では五日か六日といったところだが、この速度ならもっと早く着くなとシンは思った。無論、シンが走った方がはるかに速いのだが一般人のラシアを抱きかかえていくわけにもいかないので話に出すことはしなかった。

 途中で馬を休ませつつ、道中特にこれといった問題もなく進んでいく。アイテムボックス保持者が二人もいるので荷物などないのと同じでその分だけ距離が稼げた。さらに言うならいろいろと道具をもっていけるので野営する時も味気ない保存食ではなくそれなりの料理が並んだ。旅で最もつらいことの一つである食事が楽しめるので旅に不慣れなラシアもそこまでこたえてはいないようだった。

 砕けた口調で話せる程度に親睦を深めつつ、馬を走らせること4日。昼前にはシン達は亡霊平原と呼ばれる一帯に到着していた。
 まだ日が高いにもかかわらず平原一帯はそれほど明るくない。森と平原の切れ目に見えない壁でもあるかのように日光が遮られているのだ。よく目を凝らせば、地面からゆらゆらとした濃い紫色の靄のような者がわき出し、それが境界線のように平原一帯を覆っていた。
 【分析(アナライズ)】で見ても特に何も表示されないことから、何か状態異常を引き起こす作用があるわけではないことだけははっきりしている。

「触っても特に反応なしか。となるとやっぱりここが境界線ってことで間違いなさそうだな」
「ああそうだ。ついでにいやあここから出ちまえば中にいる奴は追ってこれねぇ。奴らが存在できんのはこん中限定みたいだからな」
「そうなのか?」
「一度引っ張り出したことがある。昼間だったってのもあるだろうが装備まで一瞬でボロボロに砕けちまったから間違いねぇ」
「いざというときは外に逃げられるようにしとくか」

 不測の事態に備えてラシア用の脱出ルートを確保しておく。シンやヴィルヘルムならともかくラシアにこれから相手にするモンスターを一人で相手にしろというのは無茶な相談だ。

「とりあえず拠点を作っといて、いざって時はそこに逃げ込む方向で。あとこれが『祈りの聖玉』な。これ持ってないと意味がないから。それとこれはおまけ。ドラゴンのブレスだって弾くぜ」
「わ、わかりました! ありぎゃ……いひゃい……」

 さすがに亡霊平原から漂ってくる冷気を感じて緊張しているようだ。道中ヴィルヘルムに噛みつくことが多かったのだが、ラシアなりに緊張をほぐそうとしていたのかもしれない。
  『祈りの聖玉』と一緒にシンが渡したのは腕輪型のマジックアイテムで一定値以下のダメージを無効化、それ以上はダメージを軽減する効果がある。シンお手製のアイテムなのでたとえキング級のスカルフェイスにたこ殴りにされようともびくともしない。耐久性は折り紙付きだ。そのため少々緊張しすぎともいえるのだが、荒事に慣れていない者にはいくら言葉で言ったところでどうしようもない。こればかりは慣れるしかないのだ。
 ちなみにラシアが丁寧語なのは癖のようなものらしい。ヴィルヘルムに対して素の口調なのは子供のころから一緒だったので遠慮する必要がないからだそうだ。

「(ユズハ、頼む)」
「クゥ」

 頭上のユズハに念話を飛ばす。以前、入国する際に契約した直後から使用可能になったのだ。テレパシーのように頭の中で念じた言葉がユズハに伝わることが分かっている。ユズハからは了承や拒否などの簡単な思念の他、ある程度の喜怒哀楽が伝わってくるようになった。

 念話を受けたユズハはシンの頭上から降り、ラシアの肩に飛び乗ると頬に顔を擦りつけた。

「ちょ、ちょっとユーちゃん! くすぐったいよ」
「クゥ~」
「元気だせってさ」
「あ……ユーちゃん、ありがとね」
「クゥッ!」

 少しは元気づけられたのか、多少ぎこちなさはあるものの無理のない笑顔を浮かべるラシア。思惑どおりに動いてくれたユズハにシンが感謝の念を送ったところでヴィルヘルムが茂みから姿を現した。

「拠点の方はどうだ?」
「言われた通りテントの周りに設置してきたが、ありゃなんなんだ?」

 ヴィルヘルムが森の先を指し示す。シン達のいる場所からは見えないがその先には四方をそれぞれ10セメルほどの宝石に囲まれたテントがあった。いくらモンスターが出てこれないとはいえ、念のため平原から距離を取ってテントを設置したのだ。

「ちょっとした迎撃アイテムだ。モンスターが近づくと魔法で攻撃する。モンスターを侵入させない結界だって張れるから簡易拠点としては申し分ないだろ」
「んなアイテム聞いたことねぇぞ」

 本来なら《防壁バリア》を張ればいいのだがいくら選定者と思われていても限度があると考えシンは迎撃用アイテムを使用することにした。選定者が規格外なのはわかったが選定者には選定者なりの限界というものがあると考えたからだ。困るのはその限界がいまいちはっきりしないところなのだが。
 とはいえ、保険として防壁(バリア)、ついでに障壁(ウォール)を張っておくのも忘れない。万が一ということもあるし、何も危険はモンスターだけとは限らないのだ。

「そこは選定者だからで納得してもらうしかないな」
「都合のいい呼び名だな、まったくよ」
「えっ? シンさんも選定者なんですか!?」

 どうやらラシアも選定者について知っているようだった。ヴィルヘルムから聞いたのだろうか。

「あれ? 言ってなかったのか?」
「確証はなかったからな」
「もしかして初日に二人でいたのはそれを確かめに?」
「そういうことだ」
「なら最初から言ってくれればいいのに」

 除け者にでもされたと思ったのか不機嫌になるラシア。

「予想くらいはたてられると思ってたんだがな。条件が厳しすぎることくらいわかってただろうが」
「ヴィルができるから、それくらい普通なのかなって」
「んなわけねぇだろ」
「だ、だって選定者っていってもヴィルしか知らないし。ヴィルが強いのは知ってるけどどのくらいなのかはよくわからないのよ」

 小首をかしげながら言うラシアにヴィルヘルムも呆れ気味だ。選定者がどういう存在か知っていたとしても実際にその力を目の当たりにしなければ本当の意味で理解できることでもないのだろう。そもそもヴィルヘルムが本気を出すような所にラシアを連れてくるはずもないので仕方のないことと言える。

「おーい、取り込み中のとこ悪いがそろそろ始めようぜ。のんびりやってられるわけでもないんだろ」
「そうだな。ほれ行くぞ。少しはマシな気分になったろ」
「えっ? あ、ちょっと待ってよ!」

 しばらく二人を静観し、適当なところで声をかける。ラシアの緊張をほぐすためだというのはわかっていたので頃合いを見計らっていたのだ。

「さて、一発目は何が出るかな」
「昼間ならスカルフェイス、バイオハウンドにマッドゾンビあたりだろうな。日が出てるうちは実体のある奴のほうが動き回れる」
「やっぱり狙い目は夜か。まあ今回は慣れも兼ねてるから適当なところで切り上げて夜に本格始動だな」
「あとはラシア次第ってとこか、さて早速お出ましだ」

 杖を抱えて震えるラシアを背にシンとヴィルヘルムは近づいてきた影に視線を向ける。靄のせいで視界がある程度限られているが二人の危機察知能力の前では特に問題になることはなかった。

 靄の中から姿を現したのはジャック級スカルフェイスが二体とバイオハウンドが三体。体が半分腐り落ちているバイオハウンドを見てラシアが手で口元を押さえたのは仕方のないことだろう。リアルになった分余計に直視しがたいものになっている。

「前哨戦としてはまあまあってとこか」
「バイオハウンドが邪魔くせえがな」

 シンは腰に差した刀を抜き、ヴィルヘルムはヴェノムを構える。ラシアもここへきて覚悟が決まったのか若干顔色を悪くしつつも杖をかざして詠唱に入っている。

 先にしかけてきたのはスピードに分のあるバイオハウンド。
 知能が足りていないのか正面からまっすぐに飛びかかってくる3匹に対してまずはシンが前に出た。片手を前に突き出し神術系スキル【一葉ノ禊(いちようのみそぎ)】を発動する。

 発動と同時にシンの前方に半透明の障壁が展開。突撃してくるバイオハウンドはかわしきれずに障壁に激突し、ぐしゃっという音を立てて地面に転がった。
 神術系スキルにはアンデッドに対して有効なものが多く、防御用のスキルにすらその効果は適用される。バイオハウンドのHPは障壁への突撃という自爆行為と神術スキルの対アンデッド効果によって一瞬でレッドゾーンへ突入していた。そして、それを見逃すシンではない。
 バイオハウンドが地面に転がるのと同時に障壁を解除し、ラシアに指示を飛ばす。

「バイオハウンドに攻撃!」
「はい!」

 詠唱完了していたラシアはシンの指示に即座に反応してアーツを発動する。
 ラシアのかざした杖から白い光が放たれ、バイオハウンド達に降り注ぐ。発動したのは神術系アーツ【ヒール】だ。神術系スキルほどの威力はないが回復魔法がダメージとなるアンデッドモンスターには効果覿面。残っていたHPは消滅し、それに続くようにバイオハウンドの死体も消えていった。
 バイオハウンドが消滅するのを見てダンジョン内ではモンスターは死体を残さないというルールは未だ適用されていることをシンは確認する。どうやら亡霊平原一帯がダンジョン内とみなされているようだ。

「次が来るぞ!」

 ヴィルヘルムの言葉にフィールドに関する考察を一旦切り上げ、迎撃態勢をとる。二体のスカルフェイスは鎧のこすれる音を響かせながらバイオハウンドと同じく、一直線に突撃してきた。だがこっちはしっかりと盾を前に構えている。

「【シールドバッシュ】か」
「おい、さっきの障壁で受け止められるのか?」
「まかせろ。隙ができたら反撃できないように手足を叩き斬る! できないとは言わないだろ?」
「はっ! 誰に言ってやがる」

 ヴィルヘルムの言葉に強気に返し、再度【一葉ノ禊】を発動する。展開した障壁にスカルフェイスが激突するがバイオハウンドとは違い、盾を介しているのでダメージはない。だが、バイオハウンドの体当たりはともかく【シールドバッシュ】まで防がれるとは思っていなかったのかスカルフェイスは大きく体勢を崩していた。スカルフェイスの突撃をはじいたのを確認した直後にシンは障壁を解除、その瞬間たたらを踏む二体の間にヴィルヘルムが魔槍を構えて飛び込む。

「つぁらあっ!」

 大きく弧を描きながら繰り出されたのは槍術系武芸スキル【閃華】
 空気を切り裂きながら放たれた一撃は二体のスカルフェイスの両足を粉々に砕き、空中に深紅の弧を描く。
 攻撃はそこで終わらない。
 ヴィルヘルムは槍を振りぬいた勢いを殺すことなくそのまま一回転。遠心力を纏った追撃でさらに右側のスカルフェイスの剣と楯を弾き飛ばした。両足と武器を失ったスカルフェイスが地面へと倒れ込む。

「やるもんだな」

 ヴィルヘルムの動きを見つつ、障壁を解除したシンもすでに左側のスカルフェイスの両腕を刀術系武芸スキル【砕刃】で砕いていた。その手にはすでに新しい刀が握られている。
 深紅の刀身をもつ刀『朱千鳥』。雷属性を帯びた刀で切れ味、耐久度共に以前使っていた『数打』を遥かに凌駕する伝説(レジェンド)級の一刀である。

 頭と胴体のみになったがコアにはさしたるダメージを受けていなかったスカルフェイスのHPが、刀身から朱色の電撃が走るたびに勢いよく削られていく。雷属性の追加ダメージはモンスターの体に微弱な電撃が走ることで発生するので、コアに直接武器が当たらずともHPを削ることができる。スカルフェイスのようなコア以外の部位にダメージ判定がほとんどないモンスターには特に有効だ。それもシンが『朱千鳥』を選んだ理由の一つである。

「ラシア! 俺の前にいる奴にひたすらヒール!!」
「は、はい!!」

 ヴィルヘルムが武器を失ったスカルフェイスの両腕を砕いているのを視界にとらえつつ、詠唱の終わったラシアに指示を出す。
 頭と胴だけにもかかわらず足掻こうとするスカルフェイスを抑えつけながら、視界の及ばないところへと感覚を伸ばす。靄のせいで視認することはできないが、戦闘音にひかれたのか複数の気配がシン達の方向へ向かってきているのを【気配察知】が捉えた。

「追加が来るぞ。手早く頼む」
「これ以上は無理ですー!!」

 さすがにレベルが100以上差のあるのスカルフェイスのHPを削りきるにはラシアのアーツでは時間がかかるようだ。

「アーツの【ヒール】じゃこんなもんか。おいシン! さっきの障壁で敵を抑えながら内側から攻撃ってのはできねぇのか?」
「無理だな。仮にできたとしても俺にはやり方がわからん」

 ヴィルヘルムの言うように障壁の内側から攻撃ができれば楽だったのだが、結界系のスキルは展開した結界の外と内とを完全に遮断してしまう。そのため片方から一方的に攻撃するという手段は使えないのだ。ただ、ゲームとは違い多少融通のきくこの世界でならそれができる可能性がないわけではない。だが、結界系のスキルとはそういうものだと理解しているシンにはすぐにできることではなかった。

「ちっ、しょうがねぇ。手っ取り早くボコるしかねぇか」
「倒すのが目的じゃないし、それしかないな」
「ちょっとぉ! こっちは必死なのに、なんでそんなに余裕なのよー!?」

 わかっていたことだが倒さずに動きを止めるというのは意外と労力がいる。普通の冒険者ならそんなことをしている余裕はあまりないのだが二人の口から洩れたセリフは「やってみるとやっぱりめんどくさい」と言っているようにしか聞こえない。そんな二人に約一名から文句が出るが、そんなものはどこ吹く風と適度な緊張感をもちながら武器を構えていく。

「やっぱり平原の端だからモンスターのレベルが高くないな」
「少しは奥に進む必要があるかもしれねぇな。つってもしばらくはラシアが強くなるまで待つしかねェが」
「もともと10だったからけっこうレベル上がってるぜ。今じゃ24だ。バイオハウンドもなんだかんだで60くらいレベルあるしな。おっ、一気に40になった。とどめだけでも100以上レベル差があると上がるの早いな」

 地道にレベル上げをしている冒険者達から「ふざけんなコラァ!!」と苦情がきそうなやり方だが、何カ月も時間をかけていられないのでそこはスルーだ。
 いくら守られているとはいえ本来なら一撃で殺されるようなモンスターが殺気全開で目前に迫ってくるのだからラシアとて気楽に構えてはいられない。本人からすれば常に死の恐怖にさらされているのとなんら変わらないのだ。戦いを生業にしていない者にとって、それは冒険者が感じる恐怖のはるか上をいく。もし精神的なストレスが数値に出るなら異常な数値を叩きだしているだろう。大声を上げ、震えながらも【ヒール】を唱え続けるラシアに贔屓だというのは酷というものだ。常人なら放心するか脇目も振らずに逃げ出すか、そんな反応が当たり前の状況にいるのだから。

「でも精神力が限界っぽいな。Mピ――魔力切れもあるんだろうが、やっぱいきなりバイオハウンドはきつかったか」

 ついMPと言おうとして咄嗟に魔力と言い換える。魔力という単語はよく耳にしたが、MPという単語はまだ聞いたことがない事にギリギリで気付いたからだ。

「グロいからな。気絶しなかっただけましってもんだ」

 幸いと言うべきか、ヴィルヘルムは気付かなかったようだ。

「倒れられちゃ元も子もない。こっちに来てるの追っ払って休憩にしよう」
「そうすっか。レベルが一気に上がったところで魔力が回復するわけでもねぇしな」

 さすがに初戦から飛ばすつもりはなかったので一旦拠点に戻ることにする。
 レベルが上がるとステータスは全回復するはずだが、どうやらそうわけでもないらしい。レベルアップで回復しながら戦おうと思っていたのだが当てが外れた形だ。

(こりゃ回復もしっかりしないとマズイな。レベルアップで回復できないとなるとMP残量に気をつける必要があるか)

 魔法薬(エーテル)に頼りすぎるわけにもいかないので自然回復を取り入れつつやっていくしかない。思っていたより時間がかかりそうだとモンスターを薙ぎ払いながらシンは改めてこれからの予定を考えていた。
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