11月末に岩波書店からヒューマニティーズのシリーズで『女性学/男性学』がでますが、ゲラの直しの段階で、インターセックスが、小児内分泌学会によって「性分化疾患」と名前が確定されたことを直せてよかったです。「性分化障害、性発達障害」といった名前も提唱されている、という文章だったので。
セメンヤ選手の問題で、一躍また脚光を浴びてきたインターセックスですが、毎回こういったオリンピックや世界大会の際に、染色体他の個人情報が晒されるのって、どうかと思う。セメンヤ選手は自殺しないかどうかの監視下にあるそうですが、気の毒だ。
しかし以前は女性だけ身体検査をしていたのですが、それもどうかと思う…。でもこういった性別の検査をしてみると、性別が曖昧なひとって、本当にたくさんいる。とくに運動選手なんかには、いっそう多いのではないかと思う。
毎日新聞が性分化疾患について連続で記事を書いているが、「日本陸連医事委員の難波聡・埼玉医科大産婦人科講師(臨床遺伝学)」「難波医師によると、女性選手に一律の性別検査が行われた最後の五輪は96年のアトランタ大会だった。この時、検査した3387人のうち8人に男性型を示すY染色体があったという。それでも、全員が女子競技への参加を許された」(2009年10月7日 東京朝刊)。一般のインターセックスの確率よりはちょっと高い気がするが、やはりこれくらいの人数がいても全然不思議ではない。今まで女性だと信じていた人の染色体がアウティングされ、そのあと名誉回復されたのは、アトランタの時だったっけ? いずれにせよ、人権侵害だということで廃止さえれた。
毎日新聞のこの性分化疾患についての6回のシリーズ、こういうトピックを取り上げたことは本当に頑張ったと思うのだが、だからこそ、批判めいたことをいうのもどうかとは思うが、やっぱり毎回ちょっと、「違うんだけどなぁ…」と思うことが多かった。
例えば、「境界を生きる:性分化疾患/4 告知…娘は命を絶った」「いつ、どう伝えたら」悩む親、医療現場 重い事実、求められる心のサポート」(毎日新聞2009年10月6日東京朝刊)の一部分。
由紀子さん=仮名=は生後6カ月の時、卵巣ヘルニアの疑いで手術を受けた。自分も医師である父正継さん(54)=同=は手術に立ち会い、執刀医の言葉にぼうぜんとした。「卵巣ではなく、精巣のようです」
検査の結果、染色体や性腺は男性型だが外見や心は女性になる疾患(完全型アンドロゲン不応症)と分かった。夫婦は迷わず女性として育て、本人には「小さい時に卵巣の手術をした。生理はこないかもしれない」とだけ伝えた。
「出産も結婚も望めない。せめて一人で生きていける力をつけてやりたい」。両親の願いに応え、由紀子さんは医学部に合格。正継さんは「これで体のことを理解できるようになる。医者になるころにすべてを知るのが一番いい」と思った。だが、そうはならなかった。
大学1年生のクリスマス。由紀子さんは同級生から告白され、交際が始まった。翌春、初めての性交渉がきっかけで生理に似た出血が1週間続き、母親に相談した。正継さんは「昔の診断は間違っていたのではないか」と淡い期待を抱いた。改めて診察を受けようと、娘に初めて病名を伝えた。夏、由紀子さんは「誰にも知られたくない」と、遠くの病院で検査を受けた。
そこで告げられたのは、親子のわずかな望みをも断ち切る残酷なものだった。
染色体は男性型の「XY」。子宮や卵巣はなかった。「あの医者、どうしてさらっと『子宮はないね』なんて言えるの?」。そう憤る娘が痛々しかった。
診断から1カ月後。由紀子さんは下宿の浴室に練炭を持ち込み、自殺した。室内に遺書があった。「体のこと、恋愛のこと、いろんなことがあって……」。携帯電話には自殺直前に彼氏とやりとりしたメールの記録が残っていた。
由紀子さんは自分の疾患のことを彼氏に打ち明け、距離を置こうと切り出されていたという。まだ若い学生が抱えるには重すぎる事実だったのだろうか。
娘を失って2年。正継さんは今も「もし過去に戻ってやり直せるなら」と考えてしまう。思春期を迎える前に病気のことを話し、異性との付き合いを制限すべきだった。そのせいで多感な思春期に道を踏み外し、医学生の夢をかなえることも、恋をすることもできなかったかもしれない。「それでも、生きていてほしかった」
引用以上
実に悲劇的なケースで、胸が痛む。けれどこのお父さんの感想、「思春期を迎える前に病気のことを話し、異性との付き合いを制限すべきだった。そのせいで多感な思春期に道を踏み外し、医学生の夢をかなえることも、恋をすることもできなかったかもしれない」の部分などは「??」と思う。全体的にこのシリーズの記事が「親の苦悩」に焦点が当てられていて、一番重要なはずの当事者がどのような点で苦悩していて、どのような言い分をもっているのかに焦点が当てられていない、つまり「当事者の自己決定権」の視点から記事が書かれていないことに対する違和感なのかもしれないが。
「思春期を迎える前に病気のことを話し」という部分までは賛同できるが、そのあとに続く、「異性との付き合いを制限すべきだった」というのは、親の権限を越えているような気がする。性分化疾患でもそうでなくても、異性とのつきあいを親が制限することってどうなんだろう…? しかもこの由紀子さんの彼は受け止めきれなかった(「女」だと思って生きてきた、由紀子さん自身の混乱も大きかっただろうし)かもしれないが、そのほかのひとが受け止め切れないという前提もどうかと思う。受け止められる人も多々いるんじゃないの?(わたしの周囲が変なのだろうか?)。性分化疾患であることを子どもに説明して、「それを受け入れてくれる人を選ぶんだよ」と教えることも可能だったんじゃないの? そういう可能性を一切排除して、性分化疾患に生まれついたことが不幸であるかのような記述(それに対応していない社会が問題なのに)は、どうなんだろうかと、やはり思う。何が問題なのか、を記者が取捨選択するときに、やはりずれているんじゃないかなぁと(もちろん、由紀子さんのお父さんがこのように語ること自体を責めているわけでは、全然ないです)。
つまり問題の立て方を、性分化疾患のひとが「多感な思春期に道を踏み外さず」(具体的にどういうことかよくわからないけど)「医学生の夢をかなえ」「恋をすることもでき」る社会はどうやったらできるのか、本人たちは社会に何を望んでいるのか、というように設定するべきなのではないかと思うのだ。
また「検査の結果、染色体や性腺は男性型だが外見や心は女性になる疾患(完全型アンドロゲン不応症)と分かった」と、「心」がさらっと流されているが、この「心」だってそんなに簡単には決まらないことが問題なのではないだろうか。だからこそ、早期の手術を避け、ある程度大きくなってから、本人が自分で性別を自己決定することが必要だということを、それまで性分化疾患のひとたちは主張してきたのではなかったのか。性別の早期決定が親族からの圧力他で行われている現状が記事には記述されているが、これに対してはどう対応すべきなのか。最終回は、性別判定前のモラトリアムを主張している医師がいるという紹介に対して当事者の声で、記事は結ばれている。
こうした議論は当事者自身の目にはどう映っているのか。
男性ホルモンの不足で第2次性徴が全く来なかった大学3年生、裕司さん(22)=仮名=は女性と間違えられる外見を「ある意味で自分の個性」と感じつつも、もっと男性らしくなりたいと思い、男性ホルモンの投与を受けている。声が低くなり体毛が濃くなると、今度は予期しなかった喪失感を覚えたという。
そんな複雑さを抱える裕司さんだが「第三の性があってもいい」「そのままの自分に誇りを持って」との意見には違和感がある。「患者を気遣ってくれているのかもしれない。でも社会は男か女かの区別を前提として動いている。男性として生きたい自分にとって、今の状態は『疾患』以外の何物でもない」
性分化疾患の患者や家族たちは長い間、孤独な状況に置かれてきた。社会はどう向き合うべきなのか。「まずは存在を知ってほしい」。当事者の多くは訴える。(毎日新聞2009年10月8日東京朝刊)
社会は男女の区別を前提として動いているから、自分にとっては「疾患」である、という声を、わたしだったら、自分にとって「疾患」を抱えさせる社会とは何か、というように描くだろうと思う(だって「疾患」は変えようがないけど、社会は変えられるのだから)。この裕司さんが性分化疾患の当事者の声を代表しているかのように思われるとまた困るのではないかと思うのだが(もちろん、裕司さんがこのように感じるのもこの社会では「当然」であるのはいうまでもない←誤解ないように追記)。
全体的に性分化疾患のなにが問題なのかが、よく理解されていないがゆえに、記述が記事によって大きくぶれている気がしました。相互に矛盾もしているし…。繰り返しますが、こういうトピックを取り上げること自体は意味があると思います。ただどのように取り上げるのかもまた、重要な問題なのではないかとも思います。