G7外相 原爆資料館訪問 なぜ実現

栗原岳史記者
被爆地・広島で開かれたG7=主要7か国の外相会合。伊勢志摩サミットにあわせて、4月10日から2日間開催されました。
核保有国のアメリカ、イギリス、フランスを含む、G7の外相らがそろって、広島市の平和公園を訪れ、原爆の犠牲者を追悼したのに加え、ケリー国務長官をはじめ外相がそろって原爆資料館を訪問。G7として初めて、核軍縮・不拡散の分野に特化した成果文書「広島宣言」も発表しました。
岸田外務大臣が「歴史的な一歩」と成果を強調した今回の外相会合。
ケリー国務長官らの原爆資料館訪問はなぜ実現できたのか、「広島宣言」発表までの交渉はどうだったのか、外務省を担当する栗原岳史記者が解説します。

原爆資料館訪問にこだわった岸田大臣

G7の外相会合が広島市で開かれることが決まったのは去年6月。
被爆地で初めて開かれる外相会合に、地元・広島選出で、議長を務める岸田外務大臣が、当初から強く思っていたのは、テロや難民問題など、国際社会の喫緊の課題とともに、核軍縮や不拡散についても膝詰めで議論を行い、その機運を再び高めるきっかけにしたいということでした。

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背景には、核軍縮を巡り、世界の核兵器のおよそ90%を保有するアメリカとロシアが、ウクライナ情勢などで対立が強まり新たな交渉を始められないばかりか、核保有国と非核保有国の溝も深まっており、その機運が「冷戦後最悪」とも言える状況となっていることがありました。
岸田大臣は、かねてから、核軍縮の機運を再び高めるには、核兵器の使用がもたらす悲惨な結末、いわゆる「被爆の実相」を、G7各国の外交責任者にみずからの目で見てもらい、心で感じてもらうことが欠かせないと考えていました。
だからこそ、今回の外相会合で、核保有国のアメリカ、イギリス、フランスを含む各国の外相らに、犠牲者の遺品をはじめ、原爆の被害を物語る資料などが展示されている、広島市の原爆資料館を視察してもらうことにこだわったのです。

実現した原爆資料館訪問

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外相会合の最終日となった4月11日午前11時前。
岸田大臣やアメリカのケリー国務長官などG7の外相ら8人は、初めて、広島市の平和公園内にある原爆資料館を訪れました。
外相らは、予定の30分を上回る、およそ50分にわたって、館内の展示一つ一つを丁寧に見て回りました。
このあと、地元の小学生の歓迎を受けながら、平和公園の原爆慰霊碑に花輪を手向け、平和の願いを込めた折り鶴の首飾りをかけてもらいました。
第2次世界大戦で広島に原爆を投下したアメリカの現職の閣僚が、平和公園を訪れ、原爆の犠牲者を追悼する、それがついに実現したのです。
この後、思いもよらぬ出来事が起こります。
ケリー国務長官が突然、原爆ドームを指さして、「あの建物を訪問できないか」と岸田大臣に尋ねたのです。
外相らは、歩いて原爆ドームを訪れ、予定になかった訪問まで果たしました。

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ケリー国務長官は、原爆資料館の芳名録に、「資料館を訪れる初の国務長官となったことを誇りに思う。世界中の人々がこの資料館を見て、その力を感じるべきだ。ありのままで、厳しく、そして人をひきつける展示は、私たちに、核兵器の脅威を終わらせる義務があるだけでなく、戦争そのものを避けるために全力をあげなければならないことを思い起こさせる」と記していました。
岸田大臣は、このときの様子を振り返り、「彼らの反応を見て、私がこれまで訴えてきたことは間違いなかったと実感した。引き続き、世界の政治指導者に被爆地を訪問してもらい、『被爆の実相』に触れてもらうよう、働きかけていきたい」と話していました。

難航したアメリカとの交渉

しかし、ここに至るまでには、アメリカ側との難しい交渉を乗り越えなければなりませんでした。
アメリカには、現職の国務長官が被爆地・広島を訪問することで、原爆投下の評価の見直しや、謝罪につながるのではないかと警戒する世論が根強くあります。
しかも、アメリカは、現在、世論の動向がその結果に大きく影響する大統領選挙の真っ最中で、国務省は当初から、原爆資料館への訪問に慎重でした。
唯一の戦争被爆国の日本として、G7外相の原爆資料館訪問をぜひ実現させたい。
その思いに支えられながら、粘り強く交渉を続けました。

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岸田大臣みずから、各国大使を、都内の広島料理店に招き、外相が資料館を訪問するよう直接、要請するなどしていく中で、見えてきた糸口がありました。
アメリカ側の懸念は、資料館訪問そのものではなく、館内の展示を視察しているケリー長官の表情や発言などがメディアにセンセーショナルに取り上げられ、アメリカの世論を刺激することだと分かったのです。
アメリカ側と資料館訪問で合意できたのは、外相会合の直前でした。
「メディアに、原爆資料館内の取材を許可しない」という条件が加えられたのです。

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ガラス細工の「広島宣言」

今回の外相会合で、外務省が、G7外相らの原爆資料館訪問とともに、成果としてあげているのが、「広島宣言」を発表したことです。
これは会合全体の成果を記した「共同声明」とは別に、核軍縮・不拡散の分野に特化した成果文書で、G7として初めてまとめました。
実は、この「広島宣言」をまとめるにあたっても、各国との交渉は難航しました。
日本政府が議長国として最もこだわったのは、核兵器の非人道性を巡る表現です。
伝統的に核軍縮で保守的な立場を取るフランスを中心に、核保有国が最も警戒していたのも、この表現がどのように記述されるかでした。
日本政府は、従来から、核兵器の使用が、「非人道的な結末」=”humanitarian consequences”をもたらすことを国際会議などで主張してきました。
ただ、この”humanitarian”という単語は、現実的な核軍縮を求める日本と違って、核兵器の全面的な禁止を強く求める非核保有国も繰り返し使用していることから、「核抑止力による安全保障」を前提とする核保有国としては、とても受け入れることができない表現なのです。
交渉の結果、核保有国への配慮から、「非人道的な結末」という表現は盛り込まれませんでした。
代わりに盛り込まれたのが、”immense devastation and human suffering”。
直訳すると、「大きな破壊と人間の苦しみ」です。
外務省は、「極めて甚大な壊滅と非人間的な苦難」と意訳することで、「非人道的」という文言はなくても、趣旨は盛り込むことができたとしています。

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オバマ大統領の訪問は?

アメリカの国務長官の初めての被爆地訪問が実現した今、注目を集めているのが、オバマ大統領が被爆地の広島や長崎を訪問するかどうかです。
オバマ大統領は、就任直後の2009年、「核兵器のない世界」を提唱し、ノーベル平和賞を受賞しました。
そのオバマ大統領も、残りの任期はおよそ9か月。
外務省内には、5月26日から三重県で開かれる、伊勢志摩サミットへの参加が、任期中、最後の日本訪問になるのではないかという見方があります。
また、今回のケリー長官の訪問に随行してきたアメリカ政府関係者の態勢が大がかりだったことなどから判断して、オバマ大統領の広島訪問の視察を兼ねていたのではないかということもささやかれています。
ケリー長官は、外相会合のあとの記者会見で、「すべての人が広島に来るべきで、アメリカ大統領にも、その1人になってほしい。オバマ大統領も訪問を望んでいるが、次の日本訪問で来られるかどうかは分からない」と述べ、現時点では未定であるとしながらも、伊勢志摩サミットにあわせた訪問を検討していることを示唆しました。
外務省関係者は「アメリカの世論にも配慮しながら、『静かな環境』の中で働きかけを行っていきたい」と話し、日米両国の外交当局間で、今後も、水面下の調整が行われることを示唆しており、伊勢志摩サミット開催ぎりぎりまで続くのではないかと思われます。