特集 文藝春秋 掲載記事

韓国「慰安婦映画」大ヒットの病理

崔碩栄(ジャーナリスト)

寄せ集めのストーリー

ソウルの慰安婦像には応援のメッセージが

 果たして数日後、広報担当者から、一通のメールが送られてきた。そこには質問への回答の代わりに、映画の重要なシーンの紹介と、その元ネタとなる慰安婦の証言を集めた総計五十ページにわたる「資料集」が添付されていた。

「『鬼郷』映画台本考証」というタイトルのついたその資料集を開いて驚いた。公式ホームページや報道では、この映画は元慰安婦の姜さんが体験した「実話」をもとにつくられたと大々的にアピールされていたのに、実際は三十名以上の元慰安婦の証言の中から、絵になりそうな部分だけを切り取り、寄せ集めて作り上げられたストーリーなのだ。

 例えば、「証言者」のうちの一人は元慰安婦・文玉珠(ムンオクチュ)さんだ。参院議員の福島瑞穂氏らが慰安婦側の弁護士を務めた「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件」(〇四年に原告敗訴確定)の原告の一人として、名前を記憶している方もいるだろう。彼女が有名になったのは、慰安婦としての悲惨な体験によってではない。その巨額の貯金や送金記録、ビルマなどでダイヤモンドを買った逸話からだ。彼女自身の証言集(『文玉珠 ビルマ戦線楯師団の「慰安婦」だった私』梨の木舎、九六年)には詳細が描かれている。しかし、映画ではその暮らしぶりは取り上げられず、彼女の証言で使われたのは、「軍人の軍票の使い方」のみだった。

 また別のシーンでは、日本兵に集団暴行を受ける朝鮮人徴用兵と慰安婦となった妹が再会するところが描かれている。根拠は元慰安婦チェ・ミョンスンさんの証言だが、資料集によると彼女の兄は「広島の工場のような建物」で働いており、暴行を受けていたとの話は書かれていない。慰安婦が徴用工の兄と再会したという話に、兄が集団暴行を受けていたという話がいつの間にか加えられているのだ。

 二つ目の質問の「二十万人説の根拠」については、再度広報担当者に催促したが回答を得られなかった。

 だが、そうしたこととは関係なく、映画は大ヒットを続けている。

 近年の映画のヒットにはSNSによる口コミ効果が欠かせない。『鬼郷』が公開されると「認証イベント」が流行し始めた。映画を見てきた証拠として映画の半券の写真をSNSに載せることを指す。彼らを「愛国者」として讃える雰囲気が広がり、四月十三日の総選挙を控えた候補者たちが競ってその流行に参加している。


この続きは「文藝春秋」2016年5月号でご覧ください。

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2016年5月号
2016年5月号
日本には田中角栄が必要だ
2016年4月8日 発売 / 定価880円(税込)
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