特集 文藝春秋 掲載記事

韓国「慰安婦映画」大ヒットの病理

崔碩栄(ジャーナリスト)

連行の原因は義兄の告発

頭の傷を見せて会見する姜日出さん
Photo:Kyodo

 残念ながら、映画の根拠とされている元慰安婦・姜日出さんの一九四三年当時の公式記録は見つかっていないため、正確に検証することはできない。ただ、参考資料として、慰安婦支援団体系の研究所が作った姜さんの証言録を見ることができる。

 子細にこれを読み込むと、そこには『鬼郷』では伏せられたエピソードが残されていた。

 姜さんの証言が掲載されているのは、〇三年に発行された『中国に連れていかれた朝鮮人軍慰安婦たち2』(図書出版ハンウル)という書籍で、韓国挺身隊研究所が編纂したものだ。姜さんの証言は、研究員によって整理されているはずにもかかわらず、話があちこちに飛び、時系列も前後しているために、一度読んだだけでは、いつ、どこで、何が起きたのかを把握することが極めて難しい。そもそも、終戦後ずっと中国で生活していた姜さんが、〇〇年に韓国に帰国後、七十歳になってから口述された記録だというのだから、それも致し方ないのかもしれない。

 証言録によると姜さんは、村長が警察にその名を届け出たことで連行の対象になったという。村長の名前は河氏といい、彼女の義兄であった。当初、他の男性のもとに嫁いでいた姜さんの姉を、河氏が誘惑し、二人で大阪に逃亡した過去があった。そのため、義兄と母の折り合いは悪かった。姜さんは「(自分を)辱めれば、母親がすぐに死んでしまうだろうと(村長は)思った」と語っている。義兄の告発を受けてやって来た警察と軍人によって、自分は連れて行かれたのだと姜さん自身がはっきりと証言しているのだ。

 証言録が出版された際のニュースでも「生理も始まっていないような年齢で、義兄の告発によって動員された姜日出さん」と紹介されている。ところが、『鬼郷』では日本軍の案内役のような人物が登場し、彼女を連行していくのみで、具体的な説明はない。

 慰安所生活についての証言は、映画の地獄のような風景と大きく変わるところはない。しかし、最後の場面に大きな差違が現れる。映画では慰安所運営の証拠を無くすために、日本軍が何人もの少女たちを殺し、死体に火をつけるシーンとなるのだが、証言録では、日本軍は腸チフスに罹った女性たちを燃やすためにトラックに載せて運んでいたが、監視の目が緩んだ隙をついて慰安婦たちは皆逃げ出した、とある。衝撃のラストシーンは、証言録には存在していないのだ。また、映画では主人公ジョンミンは慰安所で共に過ごしていた朝鮮人の友達と二人で逃げ出すのだが、証言によると、一緒に逃げたのは日本人女性だった。

 どう好意的に見ても「実話をもとに」したとは言えないだろう。

 私は『鬼郷』の監督に取材を申し入れたが、多忙を理由に断られた。代わって広報担当者が電話取材に答えるというので、二つの質問を投げかけた。一つ目は、この映画のどこまでを「事実」だと認識しているのか。もう一つは、映画のパンフレットや公式ホームページにある「慰安婦二十万人」という数字は何を根拠にしているのか、だ。ところが質問内容を聞くと、広報担当者は言葉を濁し、電話口での回答を避けた。そして、なぜか慰安婦支援団体「ナヌムの家」の所長に相談したうえでメールにて回答する、と言いだした。

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2016年5月号
2016年5月号
日本には田中角栄が必要だ
2016年4月8日 発売 / 定価880円(税込)
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