型月に苦労人ぶち込んでみた   作:駿亮
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第二話

 俺は嘗て、“西暦”と呼ばれる時代の日本で生まれ育ったごく普通の一般男児だった。
 家はそこそこ裕福だったので割と不自由なく暮らせてたし、両親は厳しいところもあったが人格者だったと思う。
 学校でそれなりに友人に恵まれ、文武共にそれなりに頑張って、それなりの結果を残しつつ、それなりに満足の行く少年期を過ごした。それなりにレベルの高い中学、高校を出たらそれなりの大学に入学し、それなりの成績を出しつつそれなりに楽しい学生ライフを送っていたと思う。
 これだけ言うと俺が物事に対してやる気があるのか無いのか分からなくなるだろうが、こう見えて何事も大真面目に取り組んでいたつもりである。ただ何をしても全ての結果が“それなり”止まりになるのだ。勉強もスポーツも遊びも趣味も何もかも、平均値より若干上かどうかの結果が残る。
 これについては単純に資質の問題だと自己分析した。多分俺は大抵のことをそつなくこなせるんだが、どうしても一つのことを極めることが出来ない人種らしい。決して非才凡才にならないだけかなり恵まれているのだろうが、心の奥底で自分が中途半端で熱意の無い人間に思えて自己嫌悪することもあった。

そんなこんなで、真面目に頑張ってそれなりに上手くやって気が付けば大学三年後半、就職活動が本格的に始まる時期に差し掛かっていた。どんな仕事に就いてもそれなりにやってけるという自身はあった。あったのだが、特別『この職に就きたい』という意欲がどうにもわかない。
 大抵のことは真面目に取り組んで、それでもそれなりの結果しか残せなくて、何処か満たされない結果だけを噛み締めながら生きてきた俺には、明確に定めた自分の道筋というものが出来ていなかった。
 言ってしまえば優柔不断になっていたのだろう。何でも出来る俺は、自分でも気づかぬうちに『アレでもいい』『コレでもいい』という風に、明確に何かを為したいと思う気持ちを喪失してしまっていた。
 それを自覚してからは多分今までの人生で一番悩んだと思う。
 どうすれば明確な目標が見つけられるのか、或いは明確な目標など無くとも今まで通りそれなりの仕事をそれなりにこなして行く人生を送るべきなのか。心にかかった靄の晴れぬまま、気が付けば大晦日。新年を家族と共に祝うべく高速バスに乗って実家へ向かう途中で事は起きた。

 一言で言い表すなら、俺は死んじまった。実家へと向かう途中の高速道路の上でスプラッタな姿を晒して死んだのだ。
 覚えている限りでは交通事故だったと思う。トラックか何かのクラクションと衝撃、続いて熱、そして世界が激しく回転する感覚と、罅割れた窓ガラスを突き破って外に放り出される浮遊感。
 最後に見た光景は高速道路のど真ん中で横転しているデカいトラックと、俺が先程まで載っていたバスの成れの果て、そして無残にも体から泣き別れした自分の右腕、そして引き裂かれた腹から溢れ出た中身だった。
 自分でも不気味なほど冷静に何が起きたのかを即座に分析し、もうじき死ぬことを自覚した辺りで意識は闇に呑まれた。後は天国なり地獄なり行くところに行ったりするのかと思うんだが、生憎と俺の行き先はそのどちらでもなかった。
 初めは訳が分からなかった。突然事故に遭い、腕が千切れて腹が裂けて中身が溢れだしたR-18Gな死体になってくたばったかと思えば、いつの間にか子供の身体になっていたなんて想像できるか?
 見た目は子供で頭脳は大人…というか高校生な探偵の如く、気が付けば身体が縮んでいたとかチャチなもんじゃない。自分の身体が自分の知る身体でなくなっていたのだ。焦げ茶だった瞳は空色に、黄色系の人種からは考えられない真っ白なお肌に大変身、何という事でしょう。
 顔つきも体格も記憶にあるヒョロヒョロっぷりと比べれば引き締まってる方だと思うし、何から何まで『自分だ』って思える要素が無い。『子供の体格に大した違いなんぞ無い』とかいうツッコミは無しな。

 何はともあれ、どうやら俺は別の身体に生まれ変わったらしい。
 名前も嘗ての■■ ■■■とはまったく違う名になっていた。
 正直なところ、これだけの情報が揃っていても何が起きたのかを理解するのには結構時間が掛かった。何事か分からなかったのではなく理解したくなかったというのが正しい表現だろう。
俺はみっともなく現実逃避なんかをして、自分の置かれている状況がどうか悪い夢であってくれと願って止まなかったのだ。何せ周りの環境が自分がこれまで体験してきたものと違いすぎていた。
 少し見渡しただけでも現代日本に住んでいた身としては見たこともないような貧困・荒廃具合、そこかしこで甲冑姿の兵隊が剣とか槍とか抱えて戦争やっている荒れっぷり。野原を歩けばRPGの雑魚モンスター級の頻度で盗賊や暴漢とエンカウントするわ周辺にある国が武力をひけらかして無茶苦茶してる始末。
もう少し奥まったところに行けば本当にRPGに出てくるようなデカイ猛獣やら恐竜人間やら酷い時にはエイリアンやらドラゴン何かがいたりするファンタジー世界である。
 モニター越しの娯楽として楽しむならばともかく、実際にその世界に放り込まれた日には堪ったもんじゃない。二次元の世界に行きたいとかのたまっていた嘗ての友人に今こそ言ってやりたい『碌なもんじゃねぇぞ』と。

 そんな環境下での生活を強いられていたら『こんなの悪い夢だ』と思いたくなるのも貧弱な現代っ子なら仕方のない事だと思う。 しかし人間とは良くも悪くも慣れるもの。限りなくマッポーめいた時代に俺は、完全にとは言えなくとも徐々に適応していった。
 と言っても、自分を取り巻く現実を直視出来ているのかと聞かれれば間違いなくNOと答えられる程度には今という時間を夢か現か定かでないままに生きていた。おかげで自分は周囲からいつも暗い顔してたり上の空だったりする不気味な根暗坊主の烙印を押されてしまった。まったくもって不覚の極みである。
 仮に現実を受け入れたとしてもそれからの人生が上手くいくのかと言われれば強がりでも肯定は出来ない。そんなハードライフが幕を開け、今までのスクールライフがとんだぬるま湯だったことを度々思い知らされることになった。

 改めて周囲の環境を確認してみれば、どうやらまたもや自分はそれなりに恵まれた境遇であることが良く分かる。何故ならば、俺はこの時代に於いて平民と比べればある程度は裕福な立場である騎士の家に生まれていたからだ。と言うか、俺の親父殿が国王ウーサーの臣下だったというのだから驚きだ。自分の家のことも知らないほど上の空で生活していた自分にも驚きだ。ホントに自分で言うことじゃないんだろうが。
 ちなみに国王の名前を聞いて内心『アーサー王を残念仕様にしたみたいな名前だなw』とか思ったのは内緒だ。こんなこと口に出したら親父殿の手で物理的に首を飛ばされる。
 下手をすればその辺に生えてる雑草やら、もっと酷い場合は土でも頬張っているような平民生まれよか恵まれた生活を送れる事実に一先ず安堵したのも束の間、俺が以前と比べればちゃんとしたのを見計らったように親父殿による地獄の扱きが始まったのである。

 そりゃあ家を継ぐ男として、日々精進しなければならないというこの時代の価値観は理解できる。堕落は敵であり自己研磨に励み続けることを美徳とする精神は今も昔も変わらない。付け加えれば、王の忠臣であった親父殿が、老齢に差し掛かって息子である俺に自身の役目を引き継がせようとするのもこの時代に於いては至極真っ当な行為なのだろう。
 しかしだ。それを二桁にも届いてないガキンチョに求めるのもどうかと思う。まぁ中身は二十歳過ぎてる訳ですけれども。
 勉強については何とかなった。元より学問のレベルが現代と比べ物にならないんだから掴みさえ分かれば着いて行けないこともない。礼儀作法についても日本人特有の腰の低さを指摘されることは多々あったものの何とか身につけた。だが武術、テメェは駄目だ。駄目なのは俺だって分かっているが駄目だ。
 前世でもスポーツはそれなりにやってはいた。しかし武術関連はからっきしだったのだ。剣道も柔道も空手もボクシングも、家でポテチ摘みながらテレビ越しに眺めてたくらいで経験も知識も皆無である。
 まぁ今の自分は子供なんだし素人故にド下手なのも上手く出来ないのも当然なのだが、それを差っ引いても人間相手に戦うとか正直怖い。恥ずかしいけどメッチャ怖い。真剣で打ち込んでこないだけマシなんだろうけど、現役軍人相手に防具も着けずに剣術の稽古とか無茶苦茶である。
 『受けてみろ』とか言って訓練用の木剣で風邪を切る鈍い音を響かせながら顔面とか鳩尾狙いの攻撃を連続でお見舞いするとかふざけてる。強烈な一撃に吹っ飛ばされた所で更に空中コンボ決めて来た時なんて殺意しか感じなかった。しかも体力十割持ってかれた状態の俺を無理矢理叩き起して訓練続行させるとか鬼畜以外の何者でもない。
 紛う事なきスパルタ教育。前世と比べればだが、今の時代スパルタ人達の話は最近?のことだったりするので“スパルタ教育”何て言葉自体存在しないから誰にも通じないだろうけれども敢えて言う。ウチの親父殿はスパルタ親父だ。
 偶に近所の人とか親父殿と交流のある騎士の家の人達が噂してたんだが、親父殿の教育はこの時代に於いても割と普通じゃないらしい。
 まず子供にやるような内容じゃないし、毎回洒落にならんレベルの怪我させてたら身が持たないのでは?と最近にまで不気味なガキとして扱われていた俺ですら心配される始末。俺はもしかしたら大人になる前に親父殿に殺されるんじゃなかろうかと割と本気で考えたことは両手の指に足の指を加えても数えきれない。

 そんなある日のことだ。
 俺に妹が出来た…というか元々いたらしい。乳兄妹であり別の乳母の下で育てられていたという話なんだが妙に引っかかる。まず別の乳母に育てられてたってだけでも変だ。
 元々乳母と言うのは、現代のような良質の代用乳が得られない時代に於いて母乳の出の悪さが乳児の成育に直接悪影響を及ぼしその命にも関わった為、皇族、王族、貴族、武家、あるいは豊かな家の場合、母親に代わって乳を与える女性を召し使ったものだ。
 要するにはベビーシッターみたいなもので、騎士の家ともなれば一人や二人雇っていてもおかしくはない。
 身分の高い人間は子育てのような雑事を自分ですべきではないという考えや、子育ての知識をしっかりと有している女性に任せたほうが教育上も良いとの考えから、乳離れした後は母親に代わって子育てを行う役割も担う。だが、俺は前述の通り無我の境地を通り越して空っぽモードに入ってたもんだから乳母についてはよく覚えてない。
 しかし、果たして俺の担当だった人の他にもいたのかと聞かれると首を捻らざるを得ない。立ち直った後に何度か見かけたが、その人以外に内に乳母はいないって話だし、最近新しく雇ったってのも変な話だ。
 何せ、俺の家…と言うよりこの国自体にも言えることなのだが、割と貧乏なのである。
 嘗てローマの騎士だったウーサーが何処ぞの王族を寝取って王様になったとか何処から突っ込めば良いのかも分からん経緯で立ち上げられた国である為か、基本的に風当たりは強い。そうでなくとも戦国時代の日本宜しく狭い国土を民族ごとの小さな国に分けてお隣さんにちょっかい掛け合っているのがこのブリテン島である。何処に行っても余裕なんてあるわけない。経済的な意味でもだ。
健康であることを求められる乳母もそうだが、人材の絶対数そのものが少ないブリテン、しかも無駄遣いと無駄な時間と無駄な人員を極端に嫌うウチの親父殿にしては、妹の存在を今の今まで息子の俺にすら打ち明けず、乳母も極秘裏に皆が知らない人をどこからか雇って来て、妹の存在を知らせた途端に解雇したとか違和感だらけで訳分からん。
 妹の存在自体を俺が今まで知らなかったこと自体がおかしい。いつの間に生まれたのかも知らないし妹のことを聞いたのもその日が初めてだった。お袋殿が妊娠してた気配なんてなかったし親父殿にお袋殿以外の女がいたなんてことも無さそうだ。そんなことがあったら親父殿はスーパーサイヤ母ちゃんと化したお袋殿にギャリック砲を撃たれてこの世から永遠にログアウトしている。

 本当に俺の妹なのか?色々と気になる点があることにはあるんだが、親父殿が『詮索するな』と目で訴えていたので疑問は心のゴミ箱に捨てておく。下手に深入りして記憶失うまで空中コンボ決められたくない。
 第一いた所で困るものでもなし、気にはなるが今は親父殿の扱きに耐えることで頭が一杯で他人を怪しんでいる場合じゃない。何せ親父殿と来たら俺が腕を上げる度に本気レベルを数段上げてボコりに来るのだ。余計なことなんて考えてたら稽古の度に強烈な浮かせ技からの情け容赦無い空中コンボでライフバー十割持ってかれる。
 親父殿にも仕事があるから毎日って訳じゃないが、いない日はいない日で自主練しとかないと、いざ稽古をつけてもらう時に地獄を見る羽目になるから気が抜けない。
 こうして考えても見れば、自分の精神が今の生活に適応するよう矯正されていることに気が付く。前世の価値観が抜けきらない貧弱ボーイはいつの間にやら日々鍛錬に明け暮れる騎士の卵にされていたのである。コレって一種の洗脳なんだろうか。

 そんな具合に勉強と稽古三昧な日々は、妹が成長するに連れて変化し始めた。とりあえず悪い方向の変化じゃない。寧ろ良い変化なんだと思うけど、楽になって逆に不安になるのは今までの日常が余程のものだったからだろう、うん。
 具体的に言うと妹のお守りをすることが多くなった。お守りと言っても向こうから寄ってくるもんだから必然的にそんな形になってるだけなんだが。

 事の始まりは、俺がいつものように一人で鍛錬に励んでいた時の事だ。俺はその時、今の自分の太刀筋と親父殿にビビり倒していた頃の自分の太刀筋を比べて『それなりに様になって来たなぁ』などと、ある意味で自分らしい現状に納得とも落胆とも言えない心境に浸っていた。
 すると背後から一人分の足音が近づいてくることに気付き、剣を振る手を止めて振り返ると、そこには“弟”がいた。『妹じゃないのか』って?確かに其処に居たのは妹だったが、俺の妹は弟ということになっていた。要するに対外的には男として扱われていたのだ。

 妹がウチにやって来たのは5歳の頃。俺の年齢じゃなくて妹のな。
 一度対面して、月の光のような色をした髪と翡翠の瞳を見た途端にいずれはとびきりの美人になるだろうと確信した。しかし親父殿はそんな妹を弟として、男として扱えと言って来た。
 ハッキリ言って色々と無理がある。幼少期の今でこそ美少年で通るかもしれないが、時が経てば何れは女の部分が強調されるようになるのは自明だ。そうなれば流石に誤魔化しようがないだろう。
 考えてもみると言い。思春期に差し掛かって明らかに胸の膨らみが増してきた妹を指差しながら『これは大胸筋です』とか最早ギャグにしかならないことを口走った所で盛大に滑るだけだ。通用したその時はブリテンは手遅れって事で色々と諦める。
 兎に角、例え周りがどれだけ取り繕ったとしても事実として女である妹が、この時代の騎士の家に生まれた男としての生活を送れるのか?それなりに順応して来た俺ですらヒーヒー言ってる日常を妹にまでやらせるなんぞ、どれだけ根性論を振りかざそうとも限度ってものがあるだろう。素の状態の50ccの原付きバイクに250cc以上の大型二輪と同じ走りをさせるようなもんだ。

 あのクソ真面目な親父殿がそんな馬鹿なこと言いだすもんだから何事かと思い、色んな意味で不安に駆られつつも今まで妹を対外的には弟として扱ってきて数年、とうとう妹は剣を振れる年齢になった。
 騎士の息子であるならば修練に参加して然るべき歳になれば俺の鍛錬に混ざるのも当然の事ではある。そんな男としての“当然”を、女である妹は笑って受け入れた。その日が来るのを今か今かと待ち望む幼い少女の姿を傍で見ている側としては違和感やら言い知れない薄気味悪さを覚えていたものだ。
 親父殿はどういう訳か妹に敬語を使い、宝物を扱うように丁寧に接していた。そして妹を見ながら俺に王を支える者としての教えを説くのだ。『時に王の敵を討つ劔として、時に王を守る盾として、時に王に助言を与える知恵者としてささえよ』と。
 そこで思い出したのは、何時だったか『花の魔術師』とかいう胡散臭い名で呼ばれ、薄ら笑いが恐ろしく胡散臭いマーリンとかいう胡散臭さの化身のような男の予言だった。


『ウーサー王が卑王ヴォーティガーンに討たれたことは予期していた
ウーサー王は後継者を選ばれている
その人物こそが次代の王、赤き竜の化身
新たな王が現れた時こそ円卓の騎士は集結する
そうすれば、白き竜の化身であるヴォーティガーンは敗れ去る
王は健在也
その証は時期に現れることだろう』


 殆どの部分は話半分で聞き流していた。内心『ウーサー王死んでたの!?』とか今更な事にビビりまくってたのは秘密だ。
 所詮は得体の知れないペテン師の戯言、その後継者とやらも適当な所から見繕ってくるのだろうと考えていた。『赤き竜の化身』だの『白き竜が倒される』だの、竜の存在を知っているだけに人間にやらせるような事とはとても思えず呆れ返っていた。
 しかし妹を見ている内に、俺は馬鹿にしながらも記憶に刻み込まれていたマーリンの予言が真実味を帯び始めているのを感じたのだ。確固たる証拠も論理的判断材料に足る情報も無い。言うなればただの勘だった。
 俺は漠然と『妹がマーリンの予言した“次代の王”なのではないか』と思い始めていた。
 妹は身も心も美しかった。そして誰よりも真っ直ぐだった。
 誰よりも純粋に、ひたむきに、私心なくこの国と苦しむ人々の為に己を磨かねばならぬという使命感が生まれながらに宿っていた
 それを理解した時、俺は妹を取り巻く環境が酷く薄気味悪く思えた。
 妹は未だ人の苦しみも国に降りかかる苦難も知らない。人伝に聞いた程度の筈だ。なのに本気で苦しむ人々を救うと心に誓い、明確な“覚悟”を決めていたのである。
 何も知らない、分からない筈の子供が、まるで物語の中の勇者や英雄の如く人の身に余る目標を掲げ、それを成就させると言っている。しかもその意味も重みも理解して、背負う覚悟も決めている。
 『さては俺と同じどこぞの誰かの生まれ変わりか?』などと下らなさ過ぎることも考えたが違う。
 初めからまっさらな魂に自我が入り込んでいた俺とは違い、妹は自我も碌に発達していない状態から既に自分の役目と存在意義が定められていたのである。まるで誰かにインプットされていたように。

 妹と俺は似ているようで全く合致しない者同志だった。
 生まれながらに自分というものを認識し、嘗ての人生の経験から人としての生き方を理解している。だというのに、今の現実を完全に受け入れる事が出来ないまま夢現の狭間で生きている。それが俺。
 確固とした自我を形成出来ていない頃から、自分がなるべき未来の姿を既に定め、しかしして救う対象にも自分が到達する未来の姿にも実感は愚か共感すら出来ない。辿り着く先を真っ直ぐ見据えているのに道順が分からない。それが妹。
 お互いに地に足が着いていない者同士、親近感もわかなければ同族嫌悪も起こらない。ただ俺は妹と自分を見比べて、改めて自分が宙ぶらりんな生き方をしている事に気付かされ、また妹が恐ろしく理不尽な状況に置かれていることを理解した。
 妹は誰かが望んだ理想の形に仕上げられようとしていた。
 親が子に夢やら生き方を押し付ける云々の話すらも生温い、洗脳なんて言葉が可愛く思えるほどに悍ましい事を親父殿を含めた大人たちがやろうとしているのだ。
 そんな妹が花の咲くような笑顔で俺にこう言った。


「兄君、私もこれより共に剣の鍛練に加わることとなりました。どうか、ご指導をお願いします」


 親父殿に俺の下で鍛錬を積めと言われて来た妹は、何処ぞの誰かに願われた理想に辿り着く為の一歩を踏み出すことを心の底から喜んでいた。
 そこに自分の願いだとか、望みだとかの一切に蓋をして『皆の幸福』とやらの為に生きる人生を笑って歩いて行こうとしている。更にたちが悪いのが、自分が苦痛を味わう分には問題ないと本気で考えていることだ。
 自分よりも他人の為、他人が守られて幸福になるのなら自分がどうなろうとも構わない。そんな自己犠牲精神旺盛なヒーロー(笑)みたいな人生を俺の胸の辺りまで届かないようなちっこい女の子が歩もうというのだ。
 そう考えた途端、二度目の生を受けてからずっとフワフワとしていた俺の意識が一瞬でクリアになった。続いて腹の底で何かが沸騰するような熱に襲われ、意味も無く雄叫びでも上げたい気分にさせられた。
 だがそんな衝動は一旦仕舞い込んで、妹の方に向き直る。未だに真っ直ぐ過ぎる目で見つめて来る妹と真正面から向き合って、ハッキリとこう言った。


「やなこった」


 きっとこれが本当の意味で俺の第二の人生が始まった瞬間なんだと思う。
 自分の常識とかけ離れた周囲の状況を受け入れられないままに親父殿や騎士の慣習に流されるがままに自己研磨に励んで来た。
 前世でも何となく『そうするのが正しい生き方だから』と周りがやってるような事をそれなりに頑張って来た。だがそれは結局の所、本当の意味で俺がやりたい事じゃなかったんだろう。
 だから何をやってもそれなり止まりだった。生まれ変わってからも辛い目にあいたくないから仕方なしに稽古に励んでたから自分で落胆する程度の腕前に落ち着いてしまったんだ。
 けど今は違うと思う。やりたいことは出来た。
 目の前でポカンとしてるアホ。自分の『やりたい』『そうしたい』っていう気持ちに蓋をして『やらなければならない』っていう下らん使命感に駆られたどうしようもない妹をどうにかしてやること。
 それがこの世界に於ける俺という人間の、一先ずの生きる意味としよう。