首相就任から2年にしてようやくマッテオ・レンツィ氏は、自らの中道左派政権のみならずイタリアの金融システムの安定も揺るがす恐れのある問題と向き合った。経営体力が最も弱った銀行に資本を注入する計画を打ち出したのだ。
株式市場の不安は、金融部門の状態に対する政府当局の近視眼的な見方を超えている。投資家がイタリアの金融機関のバランスシートに積もった圧倒的な不良債権の山に目を向けるなか、銀行株は今年になって3分の1に値を下げている。不良債権は総額3500億ユーロで貸出総額の2割に達し、イタリアの国内総生産(GDP)に対する比率も同程度に及ぶ。主要7カ国(G7)のなかで突出した不良債権比率だ。
銀行支援策は「アトラス」と名付けられているが、ギリシャ神話の巨人の名に値するかは苦しい。ウニクレディト、インテーザ・サンパオロを含む一連の銀行に数億ユーロずつ拠出させ、資本不足に陥った地方銀行の増資を支える40億~60億ユーロ規模の支援基金を創設するという内容だ。基金の1割ほどは、イタリアの郵便貯金の預金を管理する国営の預託貸付公庫(CDP)が拠出する。
この民間セクターによる救済策は、2つの差し迫った問題の克服を意図している。一つは、民間株主が非効率な赤字まみれの地方銀行に現金をつぎ込みたがらないかもしれないという問題。もう一つは、公的な銀行救済は欧州共通のルールの下で行わなければならなくなったという問題だ。したがって計画は、経営危機に陥った銀行の債券保有者──個人投資家も含まれうる──による債権放棄という痛みを伴う選択肢の回避を狙っている。伊政府は昨年、経営難の4銀行にその種の救済策を強いて大きな政治的問題となった。
レンツィ氏の構想は、明らかに見通しが危うくなっていた地方銀行バンカ・ポポラーレ・ディ・ヴィチェンツァの18億ユーロの増資を含めて、いくつかの増資に役立つかもしれない。
しかし、それ以上の大きな成果が上がるかどうかは、かなり不透明だ。不良債権の規模に比べ基金が不十分であるばかりか、資本の配分が非論理的だ。体力が強く経営の良好な銀行から取り、非効率で小さな銀行に与える仕組みになっている。イタリアの地銀で経営と戦略の抜本的な改革が行われない限り、この方式は金融システム全体を弱体化させる危険をはらむ。
■司法改革を中心とする構想は中途半端
このような疑念に対してレンツィ氏は、基金は解決策の一部にすぎないと答えている。魔法の成分は、資金を拠出する銀行側が見返りに求めた条件、すなわちイタリアの破産法を欧州標準に合わせる大幅な改革にあるという。それにより、民間部門の投資家が清算で資本が得られるまでの期間短縮を織り込んで買い取り価格を高くするようになり、不良債権市場の活性化が期待されるという。
最近の状況では、最悪カテゴリーの不良債権は銀行が額面の4割で評価損を計上する一方、買い手側は額面の約2割で評価している。価格が上がれば、銀行が埋めなければならない穴は小さくなる。
レンツィ氏の構想は理にかなっているかもしれないし、司法改革は間違いなく歓迎される。問題は、あまりに中途半端でもあるかもしれない点だ。金融システムの強化につながるという確実性は存在しえず、したがって今後にさらなる危機の可能性を残している。
イタリアの近年の歴史を通じて、司法制度の大がかりな改革が速やかに行われることに自信を持たせるものは皆無だ。伊政府は不良債権処理の必要性を受け入れるとともに、その影響から体力の弱った銀行を守るための施策を取るほうがいい。レンツィ氏がヒュドラ(ギリシャ神話の多頭の怪物)さながらのイタリアの銀行問題に取り組むことは評価に値する。しかし、その怪物に傷を負わせるだけでなく、殺してしまわなければならない。
(2016年4月13日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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