マイホームは買わないほうがいい?
津田大介(以下、津田) お金についての考え方から具体的なアドバイスまで書かれているなかで、本書ではマイホームについても「買わないほうがいい」と言い切ってらっしゃいましたね。
出口治明(以下、出口) ええ、そうですね。
津田 なぜ「買わないほうがいい」と考えるに至ったんですか?
出口 それは簡単です。いままでたくさんの転職相談を受けてきましたが、みなさん住宅ローンのことをものすごく気にされていたのです。定年まで働いて退職金の半分で残りのローンを支払って……と計画しているから、会社がおもしろくなくてもローンのことを考えたら辞められないという話を何度も聞いて、これはなんだかおかしいぞと。
津田 人生が家に縛られている、と?
出口 はい。キャッシュで買えるなら別にいいと思いますが、それは現実にはなかなか難しいですからね。僕は昔から「悔いなし遺産なし」という考え方なのですが、単純に、自分が嫌だと思ったときに会社を辞められるほうが幸せだと思うのです。
津田 人生の流動性を高めることにもつながりますよね。魅力的な転職の話があったときにも、マイホームがあるから安定を重視しなきゃ、となると……。
出口 もったいないでしょう。
津田 ただ一方で、そういうチャレンジができるのは若い人ならではっていう考え方もありませんか? 40歳、50歳を過ぎていくと、たとえば住宅ローンがなくても挑戦しづらくなると感じますが。
出口 僕は、50歳が人生の真ん中だと思っているんですよ。
津田 ほう。というと?
出口 僕は生物学も大好きなのですが、動物における「大人の定義」は、自分でエサをとることです。人間でいえば、20歳前後までは大人ではないということです。お父さんやお母さんに食べさせてもらっているので、子どもです。
津田 なるほど。
出口 人生はだいたい80年くらい。そうすると、僕たちは60年間くらい大人でいるということになります。大人期間の真ん中は30年ですから、大人になる20歳からカウントすると、50歳。つまり、マラソンで言えば、50歳が大人期間の折り返し地点というわけです。折り返した後は、原則として来た道を帰るわけですから……。
津田 ああ、いろいろなことがわかっている、と。
出口 そうです。ある程度は友だちもいるし、銀行でのお金の借り方もわかっているし、自分の得意分野も見えてきている。子どもの将来もだいたいわかっている頃です。子どもが小さいと「この子は音楽家になるかもしれない。それなら海外の有名な大学に進学させないと」といった可能性がありすぎて、かかる費用も想定できません。でも、ある程度成長したら「音楽の才能はないみたいだから、普通の大学行くだろう」などとわかってきます。そうなると、費用も計算できるでしょう? ……つまり、いろいろなことが見えてくるということは、リスクがコストになるということなのです。
津田 リスクがコストになる?
出口 リスクというのは、何が起こるかわからないからリスクとなるのです。何が起こるかがわかっていれば、コストとして計算できます。50歳にもなれば、人生の「よくわからない」が消えていくでしょう? 自分が将来社長になりそうかどうかも、50歳になればわかる。だから、50歳くらいが起業にはちょうどいいと思うのです。
津田 はー、なるほど。不確定でリスクだと思っているものや状況を見えるようにしてコスト化する。この作業ができるのが50歳くらいということですね。
歴史を見れば、世の中がわかる
津田 この本の第1講に、長い歴史のなかの現在を捉えた言葉として「(年金などの制度を)すぐには是正できないくらいのスピードで時代は移り変わっている」とあります。これは、歴史マニアとしても知られている出口さんならではの言葉だと思いますが、出口さんっていつ頃から歴史書を読んでいたんですか?
出口 うーん、中学生の頃から歴史は好きでしたね。
津田 ああ、やっぱり早いんですね。じゃあ、歴史を学ぶことが、自分の人生や仕事に役に立つかもしれないと思いはじめたのは?
出口 役に立つからという気持ちで本を読んだことは、1回もないですね。
津田 へえ! そうなんですか。
出口 なぜ歴史が好きかと言えば、おもしろいから。それだけです。やっぱり人間はおもしろいし、そのなかでも歴史に残っているエピソードはおもしろいものばかり。つまらないエピソードはそもそも後世に伝わりませんから。
津田 たしかに。
出口 それで、おもしろさに任せてたくさんの歴史書を読んでいたら、いろいろなことがわかるようになってきました。そのひとつが「世の中は必ず変わる」ということです。たとえば、今日の株価(注・イベントが行われた2月12日は日経平均株価の終値が14,952円を記録)を去年の年末に予想していたエコノミストが果たしていたでしょうか? 世の中は、賢い人がいくら考えてもわからないくらい変化するものなのです。
津田 おっしゃるとおりですね。
歴史も自分も、「いいとき」が基準じゃない
津田 その「変化に対しての考え方」についても本書では語られていますよね。自分の人生も世界経済も、いいときもあれば悪くなるときもある。それなのに、人間は「いいときの自分」を基準にして、それが自分の実力だと思ってしまいがちだ、と。
出口 はい、人間はどうも勘違いしてしまう生き物のようです。高度成長期と比べて「不景気だ」と嘆いたり。
津田 スポーツ選手もピークを実力だと思いがちだって言いますしね。僕も、20代の頃は終電まで酒を飲んで、そのまま事務所に戻って朝まで原稿を書いて……といった生活を普通に送っていました。でも、今それをやったら2、3日は引きずってしまうでしょう。
出口 ええ。
津田 「いいときの自分」が普通じゃないということに、出口さんはいつ頃気づきましたか?
出口 それについては、恥ずかしい話があります。僕は中学校と高校で陸上をやっていたので、結構足は早かったんですよ。けれど、月日は流れて30歳ちょっとのとき、子どもの小学校の運動会で父兄の校舎一周マラソンという競技に出たのです。誰か出ませんかと言われて、手を挙げたんです。仕事が忙しくて全く練習できなかったのですが、昔の感覚があったので……。
津田 自信があるぞと。
出口 はい。中距離も長距離もやっていましたから、2キロくらいなら走れるだろうと思って。それで気持ちよく走り出したんですよ、準備体操もせずに。
津田 おお、それは……何となくオチが見えてきました(笑)。
出口 当然のように先頭集団に入って、そのままゴールしようと思っていたんです。ところが、1キロくらい走ったときに足がつってしまいました(笑)。
津田 あはは、準備運動していればまだしも。
出口 あれはものすごく歯がゆかったですね。結局、最後尾のグループでよれよれになりながらなんとかゴールしたのですが、そのときに「いいときが普通ではないんだ」と痛感しました。
津田 でも、30歳というとまだ若いですよね。
出口 そうですね。
津田 それでも、現役で毎日走っていたときとは大きな差があった。
出口 全然違いました。最初の数百メートルはいい感じだったんですよ。だから気持ち良く走ってしまったのですが(笑)。
仕事を任せることのトレードオフ
津田 でも、仕事で言えば、一線で働くなかで少しずつ「いいときの自分」じゃなくなっていくわけでしょう? たとえばピッチャーなら、150キロは投げられなくなっても、相手の心理を読む投球や変化球で対応する方向に切り替えられるじゃないですか。出口さんの場合、どうやってカバーしようと思ったんですか?
出口 任せることです。40歳くらいのとき、僕は政府の審議会関係の仕事をしていました。80年代の後半は金融制度改革の真っ最中で、審議会が3つも4つも動いていたのですが、それらの審議会での生命保険業界の発言原稿を、僕がひとりで全て書いていました。
津田 うわあ、それは大変ですね。
出口 土日もないくらい忙しくて、しんどかったですね。どうしてこんなに忙しいのかと考えてみたら、自分ですべて背負い込んでいるからですよね。ですから、一部を部下に任せてみようと仕事を渡すようになってから、ずいぶん楽になりました。
津田 そうやって、体力的に「いいとき」でなくなった自分をカバーしたと。
出口 でも、そのときにわかったことがあります。僕が部下に細かく指示をして書いてもらっても、自分で書かないかぎり、文章の細かいニュアンスまではコントロールできないということに気づいたのです。
津田 ああ、わかります。
出口 そのときに、任せるとはこういうことなんだなと腹落ちしました。誰かを信じて任せるということは、自分が細部までコントロールすることとトレードオフなんだと。そこから、結論がブレさえしなければ、枝葉の表現は趣味の範囲と考えよう、ディテールにこだわるのはやめようと思うようになりました。
津田 いい意味で適当になったと。
出口 そうですね。
※撮影/村上悦子
<第3回「人生の三本柱——『人・本・旅』と『人・本・ネット』」に続きます>