本章では,「教育」という営みを支える費用負担の在り方について,家計による負担と国や地方公共団体による負担の双方を採り上げて,我が国と諸外国との国際比較もまじえながら,その現状と課題を考えていきます。
教育は,一人ひとりが自立し幸福を実現するための重要な基盤であるとともに,国民主権に基づく社会の存立と発展に必要不可欠であることはいうまでもありません。このため,家庭の経済状況にかかわらず,誰もが安心して教育を受けることのできる環境を整えることが重要ですが,教育を受ける際の費用を,誰がどのように負担するかが大きな問題となります。
この観点から,本節では,まず各家庭で負担している教育費の現状を見ていきます。
図表1-1-1のケース1からケース6に示されているとおり,大学卒業までに各家庭が負担する平均的な教育費は,公立の幼稚園から高校まで在学し国立大学に進学した場合が約1,000万円,それらが全て私立の場合で約2,300万円に上ります。
区分 | 学習費等(※1)総額 | 合計 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
幼稚園 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 | 大学(※2) | ||
ケース1 高校まで公立, 大学のみ国立 |
669,925 | 1,845,467 | 1,443,927 | 1,545,853 | 4,366,400 (平均) |
9,871,572 |
2,876,000 (自宅) |
8,381,172 | |||||
5,332,000 (下宿・アパート) |
10,837,172 | |||||
ケース2 すべて公立 |
669,925 | 1,845,467 | 1,443,927 | 1,545,853 | 3,920,000 (平均) |
9,425,172 |
2,680,400 (自宅) |
8,185,572 | |||||
4,870,000 (下宿・アパート) |
10,375,172 | |||||
ケース3 幼稚園及び大学は私立, 他は公立 |
1,625,592 | 1,845,467 | 1,443,927 | 1,545,853 | 6,239,600 (平均) |
12,700,439 |
5,175,200 (自宅) |
11,636,039 | |||||
7,905,600 (下宿・アパート) |
14,366,439 | |||||
ケース4 学校及び中学校は公立, 他は私立 |
1,625,592 | 1,845,467 | 1,443,927 | 2,929,077 | 6,239,600 (平均) |
14,083,663 |
5,175,200 (自宅) |
13,019,263 | |||||
7,905,600 (下宿・アパート) |
15,749,663 | |||||
ケース5 小学校だけ公立 |
1,625,592 | 1,845,467 | 3,709,312 | 2,929,077 | 6,239,600 (平均) |
16,349,048 |
5,175,200 (自宅) |
15,284,648 | |||||
7,905,600 (下宿・アパート) |
18,015,048 | |||||
ケース6 すべて私立 |
1,625,592 | 8,362,451 | 3,709,312 | 2,929,077 | 6,239,600 (平均) |
22,866,032 |
5,175,200 (自宅) |
21,801,632 | |||||
7,905,600 (下宿・アパート) |
24,532,032 |
幼稚園~高等学校の教育費は文部科学省「平成20年度子どもの学習費調査結果」に基づいて作成(単位:円)
大学の教育費については独立行政法人日本学生支援機構「平成20年度学生生活調査報告」に基づいて作成
※1「学習費等」には授業料などの学校教育費や学校給食費,学校外活動費が含まれる
※2家庭から学生への給付額を使用
この教育費支出が,実際に家計にとってどれほどの負担になっているのかを図示したものが図表1-1-2です。子ども二人が私立大学に通っている場合には,勤労世帯の平均可処分所得の1/2超を教育費が占めています。
このように家計が負担する教育費も含め生活費が,大学段階で大きなものとなっていることは,貯蓄率からも示されています。貯蓄率は,その年の可処分所得のうち,どれだけを貯蓄に回しているのかを示す割合で,この値がマイナスになると預貯金など貯蓄が取り崩され減少していることを示します。図表1-1-3は,子どもが一人いる世帯・二人いる世帯のそれぞれにおいて,長子の成長段階と家計の貯蓄率を示したものですが,いずれも,長子が大学生となった段階で貯蓄率がマイナスとなっています。このことから,子どもが大学生になった時点で,その時点の収入では教育費をまかなうことができず,それまでに十分に貯蓄できる余裕がある家庭でなければ進学を選択肢に入れることすら難しくなる様子がうかがえます。
◆子ども1人世帯の平均貯蓄率 ※
(出典)総務省「全国消費実態調査」
◆子ども2人世帯の平均貯蓄率 ※
※平均貯蓄率={(預貯金+保険掛金)-(預貯金引出+保険取金)}÷可処分所得
このような教育費負担の大きさは,図表1-1-4のアンケート調査においても,理想の子どもの数に比べて現実に出産する予定の数が少ない理由や,子育てのつらさの一つとして多くの回答者が挙げているところです。
◆子育てのつらさの内容
◆予定子ども数が理想子ども数を下回る理由
(出典)国立社会保障・人口問題研究所「第13回出生動向基本調査」(平成18年6月)
◆少子化対策で特に期待する政策
(出典)内閣府「少子化対策に関する特別世論調査」(平成21年1月)
このような各家庭における教育費負担の重さは,家計の収入が低いほどより深刻なものとなることが容易に予想されることから,収入の格差は教育機会の格差に直結するおそれがあるとの指摘がなされています(※5)。
このことについて,まず,収入の格差から見てみましょう。
我が国ではバブル経済崩壊後の経済の低迷から穏やかに回復する中で,戦後最長となる景気拡大を果たしました。この「実感なき景気回復」とも言われる中で,以前に比べて所得の格差が拡大しているのではないかとの指摘がなされてきました。このことについて,所得格差を示す指標である「ジニ係数(※6)」や「相対的貧困率(※7)」をみると,いずれの統計からも格差は緩やかな拡大傾向にあることを示しており,このような懸念は現実のものとなりつつある様子がうかがえます(図表1-1-5~1-1-6)。
相対的貧困率について,17歳以下の子どもに着目して見てみると(図表1-1-7),いずれの国も所得再分配により相対的貧困率は低下しているなか,我が国だけは,再分配後の値が再分配前の値を上回っており,その結果,国際的にも比較的高い値となっています。
また,近年,就学援助の対象となる児童生徒が増加しています。義務教育段階では,授業料(私立学校を除く)や教科書が無償となっていますが,それ以外にも多くの費用が必要であるのが現状です。例えば,「平成20年度子どもの学習費調査」によると,学用品費や遠足・修学旅行費用などの学校教育費や給食費は,公立小学校で年間約10万円,公立中学校で年間約17万円となっています。就学援助とは,このような学校に通学する上で必要な様々な費用の負担が困難と考えられる児童生徒の保護者に対して,市町村が学用品や通学,学校給食などの費用を援助するもので,その対象は,生活保護法に規定する要保護者とそれに準ずる程度に困窮していると認められる準要保護者となっています。
※5 例えば,
・教育安心社会の実現に関する懇談会「教育安心社会の実現に関する懇談会報告~教育費の在り方を考える~」(平成21年)
・男女共同参画会議監視・影響調査専門調査会「新たな経済社会の潮流の中で生活困難を抱える男女に関する監視・影響調査報告書」(平成21年)など
※6 ジニ係数
所得分配等における不平等度を表す指標。0から1までの値をとり,0に近いほど所得分配等が均等であることを示す。
※7 相対的貧困率
所得の分布における中央値の40%や50%を基準値としてそれに満たない所得の人々の割合を示す。
図表1-1-8のとおり,受給者が増加し,平成7年から20年の間に約2倍に増加している状況がみられます。
(備考)
(出典)21年度経済財政白書より引用
(備考)
(出典)21年度経済財政白書より引用
(出典)OECD(2008)「GrowingUnequal?」より作成
※要保護児童生徒数………生活保護法に規定する要保護者の数
※準要保護児童生徒数……要保護児童生徒に準ずるものとして,市町村教育委員会がそれぞれの基準に基づき認定した者の数
(出典)文部科学省調べ
それでは,このような家計の収入の格差が,学力など教育面の格差とどのように関連しているのか見てみましょう。
図表1-1-9は,平成21年度に実施された全国学力・学習状況調査の結果から,各学校において就学援助を受けている生徒の割合と,学校の平均正答率の関係を図示したものです。就学援助を受けている生徒の割合が高い学校は,就学援助を受けている生徒の割合が低い学校よりも平均正答率が低い傾向が見られます。ただし,就学援助を受けている生徒の割合が高い学校は,各学校の平均正答率のばらつきが大きく,その中には,平均正答率が高い学校も存在します。
次に,家庭の経済状況と学力の関係を児童生徒ごとに見ていきます。図表1-1-10は,全国学力・学習状況調査の正答率と家庭の世帯年収との関係に関して,5つの政令指定都市より100校を対象に追加調査を行った結果を図示したものです。一部の年収区分を除いて,世帯年収が高いほど,正答率が高い傾向が見られます。
(出典)文部科学省・国立教育政策研究所「平成21年度全国学力・学習状況調査」
(出典)文部科学省:お茶の水女子大学委託研究(平成20年度)より作成
学力だけではなく,高校卒業後の進路と家庭の経済状況との間にも相関関係が見られます。
図表1-1-11にあるように,国立大学の授業料,私立大学の授業料平均額,消費者物価指数のそれぞれを,昭和50年時点を100とした場合,消費者物価指数はこの30年間で約2倍の伸びに留まるのに対して,大学の授業料はこれを大きく上回り,国立大学で約15倍,私立大学で約4倍になっています。
このように授業料が高騰する一方で,教育費負担を軽減するための奨学金はどのような状況にあるのでしょうか。図表1-1-13は,我が国と諸外国における,国公立大学の平均授業料の多寡と奨学金(給与補助又は貸与補助)を受けている学生の割合の関係を図示したものです。我が国以外の国々は,授業料が高いものの奨学金を受ける学生の割合も高いグループか,又はそもそも授業料が低いグループの2つにおおよそ分類されますが,我が国は,授業料が高額であるにもかかわらず,奨学金を受ける学生の割合も少ない状況にあることがわかります。その背景として,教育費を学生本人ではなく保護者が負担する意識が強いということも指摘されていますが,前述(図表1-1-1,図表1-1-2,図表1-1-11,図表1-1-12)のように高等教育段階の教育費が多額となっており,保護者の負担感はますます大きなものとなっています。
このことは,高校卒業後の進路にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。
図表1-1-14は,高校3年生の予定進路と両親の年収との関係を図示したものです。両親の年収が高いほど,4年制大学への進学率が高くなり,高校卒業後就職する割合が低くなっています。
また,同じ調査では,高校3年生の保護者に,経済的なゆとりがあれば子どもにさせてあげたいことを質問していますが,年収が400万円以下の家庭では,20.4%が就職するよりも進学を望むと回答しています。
これらの結果からは,家庭の経済的状況が子どもたちの進学に影響がある可能性がうかがえます。
近年,経済的格差の拡大が緩やかに進む中,所得の低い層は増加しつつあります。図表1-1-15は、年間所得別の雇用者の割合について,1997年と2007年との推移を見たものです。所得が高い層については,大きな変化は見られないものの,中間層が減少するとともに,所得の低い層が増加している状況が見られます。このような傾向が続くならば,経済的な要因により教育費が家計を圧迫し,進学に影響がある可能性も考えられます。
(出典)文部科学省調べ
(出典)文部科学省調べ
(出典)OECD「図表でみる教育~OECDインディケータ2008」
注1)日本全国から無作為に選ばれた高校3年生4,000人とその保護者4,000人が調査対象。
注2)両親年収は,父母それぞれの税込年収に中央値を割り当て(例:「500~700万円未満」なら600万円),合計したもの。
注3)無回答を除く。「就職など」には就職進学,アルバイト,海外の大学・学校,家業手伝い,家事手伝い・主婦,その他を含む。(出典)東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター「高校生の進路追跡調査第1次報告書」(2007年9月)
(出典)平成19年就業構造基本調査より作成
前記2(1)に示した全国学力・学習状況調査の委託研究の結果について,さらに検証してみましょう。図表1-1-16は,同調査における児童の正答率と,学校外教育支出(学校教育以外の,塾や習い事などに支出した金額)との関係を表したものです。学校外教育支出が多い世帯の児童ほど正答率が高い傾向が見られます。収入をより多く教育への支出に充てるなど,家庭の教育を取り巻く環境が学力に影響を与えている様子をうかがうことができます。
(出典)文部科学省:お茶の水女子大学委託研究(平成20年度)より作成
また,経済状況以外の教育を取り巻く環境の影響はどうでしょうか。図表1-1-17及び図表1-1-18は,上記と同じ委託研究において,保護者の子どもへの接し方や教育意識,また保護者の普段の行動と,学力との関係を分析したものです。この図表は,正答率が高い層と低い層の保護者の子どもへの接し方や教育意識,普段の行動に関する肯定的な回答の割合の差を示したものです。縦軸の値が大きいほど,横軸のそれぞれの項目について,正答率の高い層の保護者の方が,よりそのような接し方をし,教育意識を持ち,行動をとっていることを示します。この結果からは,「親が言わなくても子どもは自分から勉強する」といった子どもの姿勢が学力に関係しているほか,「家には本がたくさんある」や「子どもが英語や外国の文化に触れるよう意識をしている」といった保護者の接し方などが,子どもの学力と関係していることが示されています。
なお同委託研究の結果については,保護者の子どもへの接し方や普段の行動と学力との関係は,世帯年収の要素を考慮しても,統計学的に有意な関係があることが明らかとなっています。
※平成20年度全国学力・学習状況調査結果より,児童を正答率順にA層(最も正答率が高い層)からD層(最も正答率が低い層)に四分。
※保護者の子どもへの接し方や教育意識(20項目)を最も正答率が高い層(A層)と最も正答率が低い層(D層)で比較。
※グラフの値はアンケート項目に対し,「とてもあてはまる」「まああてはまる」と答えた割合の,A層とD層との差を示す。((注)は「とてもあてはまる」のみ)
調査対象:公立学校第6学年の児童の保護者調査対象校:5政令都市の100校(児童数21名以上の公立小学校を無作為に20校(1市あたり)抽出)
(出典)文部科学省:お茶の水女子大学委託研究(平成20年度)より作成
※平成20年度全国学力・学習状況調査結果より,児童を正答率順にA層(最も正答率が高い層)からD層(最も正答率が低い層)に四分。
※保護者の子どもへの接し方や教育意識(20項目)を,最も正答率が高い層(A層)と最も正答率が低い層(D層)で比較。
※グラフの値はアンケート項目に対し,「よくする」「ときどきする」と答えた割合の,A層とD層との差を示す。((注)は「よくする」のみ)
調査対象:公立学校第6学年の児童の保護者 調査対象校:5政令都市の100校 (児童数21名以上の公立小学校を無作為に20校(1市あたり)抽出)
(出典)文部科学省:お茶の水女子大学委託研究(平成20年度)より作成
このように,経済状況をはじめとした子どもを取り巻く教育環境が,学力に関係している様子がわかりました。国際学力調査によると,我が国は,諸外国と比較して,社会的経済的背景が子どもの学力に与える影響は小さい(※8)のですが,ここまでに見てきた様々な調査・分析の結果を見ると,こうした子どもを取り巻く環境の学力への影響を軽視することはできないでしょう。
また,近年のPISA調査(※9)からは,日本の学力の高位層・中位層が減るとともに学力の低位層が増えつつあることが明らかとなっています。
図表1-1-19は,読解力について,調査に参加した生徒の成績を6つの習熟度レベル(成績の良い順にレベル5からレベル1未満まで)に分類し,それぞれの国の生徒が各レベルにどれほどの割合でいるかを示しています。2006年(平成18年度)の調査において,読解力の平均得点が上位国であるフィンランドや韓国における習熟度レベル別の割合と比較すると,日本は下位層の割合が増え上位層が減少しています。また,我が国の各レベルの割合が2000年の調査から2006年までにどのように変化したのかを見てみると(図表1-1-20),習熟度レベル3以上の生徒が減少し,習熟度レベル1以下の生徒が増加しています。
※8 OECDの調査によれば,我が国は経済・社会的背景に恵まれない生徒がトップ・パフォーマーに占める割合が34.9%であり,OECD加盟国中,2番目に高い水準となっている。
これは,経済的・社会的背景における不利益が教育によって緩和されていることを示唆するとされている。
※9 OECD生徒の学習到達度調査(PISA)
15歳児を対象に,読解力,数学的リテラシー,科学的リテラシーの三分野について3年ごとに実施
(出典)国立教育政策研究所編『生きるための知識と技能』ぎょうせい(2002,2004,2007年)より作成
このような状況が,どのような要因によるものなのかは必ずしも明確ではありません。しかし,経済的な格差が緩やかに拡大しつつある一方で,家庭の経済的環境と学力や進学との間に関連が見られることは,今後,経済的な格差が教育の格差にも影響があることが懸念されます。
どのような学校段階に進んだかは,卒業後の就業状態や所得などに影響します(図表1-1-21~図表1-1-23)。
収入により学力と進路が定まってしまうと,格差の固定化や世代間の連鎖につながりかねないとともに,多くの次世代を担う若者の潜在的な能力や可能性を引き出す機会を減らしてしまうことになりかねません。もちろん,子どもの教育に影響を与える要因は様々であり,相互に連関しているなど,その態様は一様ではないため,必ずしも家庭環境によって学力や進学機会が一義的に決定されると結論づけるものではないという点に留意する必要がありますが,教育は,個人の豊かな生活ばかりでなく,社会全体の発展と活性化を実現するものであり,その観点から,教育は社会全体で助け合い負担するという考えのもと,全ての意志ある者が安心して質の高い教育を受け,その能力を最大限に伸ばすことができるようにすることが大切です。
次節では,社会全体で教育を支えるための教育投資の在り方について検討します。
(出典)独立行政法人労働政策研究・研修機構No.72大都市の若者の就業行動と移行過程-包括的な移行支援に向けて-図表1-23から作成
項目は離学時点から調査時点(2006年2月)までの就業経験により分類。
調査対象:東京都の18-29歳の若者計2,000人(正規課程の学生,専業主婦を除く)
※非典型一貫
離学直後が非典型雇用や失業・無職であり,あるいは自営・家業従事であり,かつ調査時点現在も非典型雇用である者
※非典型
アルバイト・パート,契約・派遣の働き方
※他形態
非典型に自営・家業従事者を含めた働き方
(出典)独立行政法人労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計-労働統計加工指標集-2010」より作成
(出典)独立行政法人労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計-労働統計加工指標集-2010」より作成
前節では,子どもの教育にかかる厳しい家計負担の現状と,学力等との関係について見てきました。
教育への支出には,前節で採り上げたように各家庭が直接支出(負担)する教育費と,民間からの寄附などによる「私費負担」の他に,国や地方公共団体が,教育を社会全体で支えるために税金により支出する「公財政支出」としての負担(「公費負担」)があります。日本を含む世界各国いずれにおいても,この二つの負担によって,教員などの人件費や施設設備などの教育に必要な様々な経費をまかなっています。しかし,その具体的な状況は国によって様々です(※10)。
そこで,本節では,政府規模,教育予算の推移,経済規模,人口動態などいくつかの視点から,日本の公財政支出の現状や水準について,諸外国と比較しつつ考えていきます。
※10 諸外国に共通する事項として,初等中等教育段階では,総教育支出に占める教職員人件費の割合が約7割~8割,高等教育段階では約5割~6割を占めています。
経済協力開発機構(OECD)では,加盟国を中心に,教育への支出や,教育機会・在学・進学の状況などについて,国際比較が可能な最新の指標を豊富に掲載した『図表で見る教育(Educationata
Glance)OECDインディケータ』を1992年以来,ほぼ毎年刊行しています。本節では,この指標を中心に,教育投資にかかわる指標を分析します。
我が国の教育への支出を国際的に比較する上で,学習者やその家庭から支出される授業料等の教育支出(私費負担※)と,国や地方公共団体からの教育のための公財政支出(公費負担)の合計額が,国内総生産(GDP)に占める割合を比較した場合,我が国はOECD諸国の平均を若干下回っています(図表1-1-24)。
※注:この調査における「私費負担」とは,授業料など正規の教育機関に対する私費負担のみであり,我が国ではそれ以外にも,習いごとや塾など学校外教育費としての支出も相当あることに留意が必要。
それでは,さらに学校段階毎に,公費負担と私費負担に分けて比較してみましょう(図表1-1-25)。これをみると,我が国は,初等中等教育段階において,私費負担の割合が小さくなっていますが,平成22年度からの高校実質無償化により,さらに負担が軽減されることが見込まれます。
一方,就学前教育(幼稚園など)段階と高等教育(大学など)段階において,我が国は諸外国と比べて私費負担の割合が高くなっています(就学前段階における私費負担割合は24カ国中最大,高等教育段階は27カ国中2位)。我が国が特徴的であるのは,私費負担の中でも家計が負担している割合(図表1-1-25中の「家計負担割合」)が非常に高い点にあり,そのことはすなわち,諸外国の家庭と比べると,我が国では教育のための費用をそれぞれの家庭が相当多く負担しているといえます。
公費負担に限って教育支出を比較した場合は,全教育段階では日本はOECD諸国に比べると低い水準の負担しかしていない状況となっています*11(図表1-1-26)。なお,公費負担と私費負担との関係については,子どものいない人々も含めた税負担による公費で補助するのか,学習者本人や子育て家庭の負担に委ねて私費(授業料等)で払うのか,という負担のあり方の選択の問題も関係しています。
OECD加盟諸国それぞれの人口や在学者数は様々なので,その規模の違いを考慮するため,国民1人当たりのGDPと,在学者1人当たりの教育機関への公財政支出(「公財政教育支出」)とを比較した場合,全教育段階では,ドイツ,フランス,英国などと同程度の水準にあります(図表1-1-27)。
これを学校段階毎に見ると,初等中等教育段階における我が国の公財政支出は,英国,ドイツよりも高くなっています。一方,就学前教育段階,高等教育段階では,英,米,独,仏,日本の5カ国平均の半分以下となっています。
※11 公財政支出の多寡を考察するためには,GDPや国民負担率,一般政府総支出に占める教育費割合のほか,教育機関に在学する者の数の総人口に占める割合にも留意する必要がある。我が国は,他のOECD諸国に比べて,在学者の総人口に占める割合が少なく,高等教育段階では,大学進学率が低く,また大学院に在籍する学生数も少ない。
(出典)OECD「EducationataGlance(2009)」より作成
(出典)OECD「EducationataGlance(2009)」より作成(上3図とも)
※トルコ(2.7%)は,昨年はデータの提出がなかった。
(出典)OECD「EducationataGlance(2009)」より作成
(出典)OECD「EducationataGlance(2009)」より作成
これらの状況を見ると,我が国は,国民全体としては教育のために国際比較で平均程度の支出をしているものの,その多くは家計などの私費負担によって支えられており,それに比して公財政支出が少ないという実情がうかがえます。
このことが,第1章第1節で見たような各家庭における教育費負担の重さにつながっているといえます。
我が国に限らず,先進諸国の多くにおいて少子化が進んでいます。しかし,教育費の状況をみると,世界各国では少子化傾向にもかかわらず,公財政教育支出が伸びています。例えば,韓国や英国では1999年から2006年の7年間で1.5倍程度の公財政教育支出の伸びが見られ,その状況は我が国では横ばいであるのとは対照的です(図表1-1-28~図表1-1-29)。
(出典)World Population Prospects : The 2008 Revision Population Databaseより作成
(1999年の公財政支出※を100として比較)
※各年の公財政教育支出はGDPデフレーターによる物価補正済み
(出典)OECD「EducationataGlance(2009)」より作成
文教費総額と国の文教予算の推移
※文教費総額とは,学校教育、社会教育(体育・文化関係,文化財保護含む)及び教育行政のために国及び地方公共団体が支出した総額の純計である。
※国の文教予算とは,文部科学省所管当初予算における主要経費「文教及び科学振興費」のうち「科学技術振興費」を除いたものである。
※いわゆる三位一体の改革における国庫補助負担金改革により,平成15年度から平成18年度までの間,地方への税源移譲の対象として約1.3兆円が減額されている。
(出典)「国の文教予算」については文部科学省調べそれ以外については「地方教育費調査」より作成
韓国では,大統領選挙のたびに候補者が教育財政規模の拡大を公約として打ち出すなど,人材を育てる教育への社会的・政治的関心が高い。
これを受けて,政府も「世界化・情報化時代を主導する新教育体制の樹立のための教育改革プラン」(1995年)や「国家人的資源開発基本計画」(一次2001年,二次2006年)などの中長期計画を策定し,グローバル化や情報化などの時代の変化に対応するよう取組を進めてきた。さらに,教育に使途を限定して徴収される教育目的税(国税,地方税)が設けられているだけでなく,目的税以外の国の税収の一部を地方の教育予算に充てることが定められている。
国の税収のうち教育に充当された比率をみると,1998年には12%であったものが,2008年には20%にまで拡大した。この間,1985年から段階的に進められてきた中学校の無償化が2004年に完了し,1999年から一部の5歳児に対する就学前教育の漸進的無償化が開始され,低所得家庭から漸次拡大するなど,教育機会の拡充に向けた取組が進められてきた。また,初等中等教育段階の教員数も,少子化傾向にもかかわらず36.8万人(1995年)から42.7万人(2006年)へと増加し,1999年に14.1人だったコンピュータ1台当たりの児童数(小学校)は,2008年には6.2人になるなど,教育環境の整備も進んでいる。さらに,1999年から開始された「頭脳韓国21世紀事業」により,世界水準の大学を作ることを目標に,7年間で1.4兆ウォン(約1,131億円相当(2010年3月24日時点換算))の競争的資金が投じられるなど,高等教育の質の向上が進められている。
しかしながら各国いずれも,その財源には限りがあります。我が国をはじめ世界各国において,教育予算にどの程度の重点が置かれているのでしょうか。この点については,各国の国及び地方公共団体の公財政支出全体(一般政府総支出)に占める教育支出の割合をみることにより,確認することができます。
まず,一般政府総支出のうち,どれだけが教育のために支出されているかを見てみます。我が国は,一般政府総支出に占める教育のための支出の割合が,OECD諸国の中でも下位に位置しています(※12)(図表1-1-31)。
※12公財政支出の多寡を考察するためには,GDPや国民負担率,一般政府総支出に占める教育費割合のほか,教育機関に在学する者の数の総人口に占める割合にも留意する必要がある。我が国は,他のOECD諸国に比べて,在学者の総人口に占める割合が少なく,高等教育段階では,大学進学率が低く,また大学院に在籍する学生数も少ない。
(出典)OECD「EducationataGlance(2009)」より作成
また,各国の一般政府総支出の内訳について国際的に比較すると以下のような状況です(図表1-1-32~図表1-1-34)。
注1:一般政府総固定資本形成は,教育,保健,社会保護,防衛に関する経費を除く
注2:ドイツのデータは,一般政府総固定資本形成のデータを一般政府総資本形成のデータで代替
注3:図表1-1-31と図表1-1-32~図表1-1-34では,出典・作成年が異なるため,教育のための支出の割合は一致しない
(出典)OECD.Stat
■一般政府総支出に占める教育費の割合の各国比較
(出典)OECD.Stat
■一般政府総固定資本形成費の比較
(出典)OECD.Stat
次に,政府規模と教育費の在り方について検討します。政府の規模については,国民負担率という視点から見ることができます。国民負担率とは,国民全体が得る一年間の所得に対して,税負担と年金など社会保障の保険料の合計がどれほどの割合なのかを示す値で,我が国の国民負担率(約40%)は国際的に見て比較的低い状況です(OECD28カ国中,日本は25位)(※13)。
この国民負担率が低いことから,政府全体の予算規模が限られ結果として教育への公的支出も少なくなると考えられ,実際にデータをみると国民負担率が低い国ほど公財政教育支出が低くなる傾向が見られます。
しかしながら,国民負担率と国内総生産に占める公財政教育支出の割合との関係について各国の傾向と比較してみると,我が国の水準は国民負担率が低い国の中においてもなお,国際的な水準を下回っています(※14)(図表1-1-35)。
※13 2008年。出典:2010年2月 財務省公表資料 http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/siryou/sy2202p.pdf
※14 これについては,我が国の財政支出における社会保障や国債費の大きさに留意する必要がある。
(出典)OECD「EducationataGlance(2009)」
財務省ホームページ(http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/siryou/sy2202p.pdf)より作成
生涯学習政策局政策課教育改革推進室
-- 登録:平成22年08月 --
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