「やるならやるで(取り調べの)録音録画は全部徹底してやるべきだ」

 栃木県の小1女児殺害事件の裁判で、補充裁判員をつとめた30代の会社員は判決後にそう語った。物証の乏しいなか、取り調べのビデオ映像を法廷で見つめ、困難な判断に直面した市民ならではの実感だろう。

 刑事司法改革関連法案の審議が参院で続いている。昨年衆院を通過しており、政府は今国会での成立を目指している。

 法案のひとつの柱が、取り調べの録音録画(可視化)の義務化だ。だが対象となるのは、殺人や放火などの重大事件と検察による独自捜査事件に限られ、逮捕・勾留事件の3%にとどまる。これでは不十分だ。

 密室に例えられてきた取り調べが可視化されれば、事後検証が可能となり、自白強要による冤罪(えんざい)の恐れも減る。全面可視化に向けて対象を広げるべきだ。

 捜査側はこれまで「供述が得にくくなる」と抵抗してきた。法案が対象を絞ったのは、その言い分に配慮した面がある。

 ただ今回の裁判で、可視化は捜査側にとっても大きな武器になることが浮かびあがった。

 県警と地検は取り調べを約80時間にわたって撮影し、弁護人も同意のうえで、このうち約7時間を法廷で再生した。

 この映像が裁判員たちの心証を決めたと言えるだろう。判決は自白の任意性を認めた。

 ある裁判員は「(証拠書類の)言葉尻と全く印象が変わるところもあった。映像を見て良かった」と語った。

 それだけに部分的な可視化には、捜査側に都合の良い「つまみぐい」の危うさが伴う。

 今回の事件の被告は当初、商標法違反で逮捕されていた。検事から「人を殺したことあるよね」と問われて初めて認めたのは、その調べでのことだった。そのときの映像はない。

 その後の勾留中に県警は任意で殺人について聴いたが、その間の映像もない。県警が撮り始めたのは、殺人容疑での逮捕後だ。弁護側は「逮捕までの間に、自白すれば刑が軽くなると誘導された」などと争った。

 法案では、任意の取り調べや商標法違反のような事件では録音録画を義務づけていない。

 カメラのない別件容疑での勾留中に任意で自白に導かれ、同じような受け答えを何度もさせられた揚げ句に「はい、ここからカメラ入ります」。そんなことになっては司法の正当性に疑問符がつく。

 捜査のあり方について、国会での綿密な審議が必要だ。