京都御所を囲む「京都御苑」(京都市上京区)に知る人ぞ知る自転車道がある。敷地内の砂利道にくっきりと刻まれた幅20~30センチの轍(わだち)。聞くところによると、「御所の細道」という呼び名まであるようだ。いつからでき、どう“保守管理”されているのか。細道をたどってみた。
3月下旬の午後、散策する記者を尻目に、高齢者や主婦、制服姿の女子学生が自転車で一本道をさっそうと走り抜けてゆく。「あまりにくっきりしているので、誰かが引いてくれているのかと思っていた」。御苑内を自転車で週3、4回は通るという京都市左京区の大学院生、小沢亜耶さん(24)は話す。
細道は御苑内を走る自転車が同じ所を通ることで自然にできたとされるが、利用者らの認識は違うようだ。2歳の娘をベビーカーに乗せた同市上京区の主婦、五十棲幸子さん(43)も「揺れないので助かる。雪道と同じで『誰かが道を作ってくれている』というありがたさがある」と轍の上を散歩していた。
細道はいつからあるのか。御苑の維持管理を請け負う一般財団法人「国民公園協会」京都御苑支部の増田敏弘さん(60)は「少なくとも自分が業務に携わり始めた30年前からある」と証言する。
京都御苑は東京の皇居外苑と新宿御苑とともに全国に3つある国民公園の1つ。東西約700メートル、南北約1300メートルのほぼ長方形の敷地のうち、御所部分を除く約65ヘクタールが終日市民に開放されている。交通量の多い烏丸通や丸太町通に囲まれ、観光客や市民が散策するほか地元住民の「抜け道」にもなっている。
御苑が国民公園に位置付けられたのは1947年だが、公園としての歴史は明治初期に遡る。御所を取り巻く公家屋敷の大半が明治の遷都で転居、土ぼこりの舞う廃れた一帯が緑化や砂利で「皇室苑地」として整備された。終戦後は一般の車も園内を走っていたというが、現在はさすがに自動車、バイクの通行は禁止。一方で自転車は特に制限していない。ちなみに同じ国民公園でも、皇居前広場の砂利部分は自転車の乗り入れ禁止だ。
細道は明確に誰かが消したり引き直したりしているわけではない。側溝に落ちた砂利を戻してならすことはあっても、「轍に着目した作業は行っていない」と管理事務所。御苑全体の景観や一般利用者の安全を勘案して整備の要否を判断しているためだ。
細道はたまたま消されることがあっても、すぐに「復活」するという。カギを握るのは利用者のマナー。縦列走行や対向車の譲り合いなど暗黙かつ無意識の秩序があるといい、ルールに基づく走行が結果的に細道を維持しているようだ。冒頭の大学院生、小沢さんは「皆が一列で走るので、御苑はそういう場所なのかと思った」と話していた。
桜のシーズン本番を迎えた京都。御苑でも外国人旅行客を多数見かけた。仏リールから初めて日本を訪れたというメラニ・フェルモさん(26)は、細道が自転車の轍と知って驚いた様子。「日本庭園の文様のような意味があるのかもしれないと思っていた。自己主張の強いフランスなら轍は一本では済まない」と感心していた。古都に刻まれた市民らの轍は、日本らしい新たな観光資源になるかもしれない。
(大阪社会部 嘉悦健太)