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2016年4月10日

2016年4月10日 (日)

どうして業務の外注化が起こるのか?のカラクリについて、みんな分かってないと思うから、私が改めてわかりやすく書く。

資本主義論とかなんとか全部抜きにして、ものすごくカンタンなことを書くぞ。
100人がそれぞれ100の労働をして、10,000のモノを生み出したとしよう。
そこで、本気の発明ではなく、浅はかな智恵が働く者がいて、コレに宝くじとか競馬とかと同じ、競争原理を持ち込んで自分だけ一人勝ちしようと考える。
さらにそこで、10,000のモノを生み出すことは変えずに、100の労働に対して100の対価であったところ、それぞれ90の対価に減らして与えたとする。
そうすると、全員から10のぶん抜き取られたんやから、1,000余るわなあ。
この1,000余るものを、”管理会社”なるものを作って、5人で200ずつ分配したらどないや?
自分は100労働せなアカンものを、労働せずして200儲かる。こんなウマイハナシはないわなあ。
”管理会社”の中でも差を作って、社長は400儲かるけれども、一般社員3人は160ずつで、事務員は120にしたっていい。
コレが、外注化のカラクリやねん。
働いても働いても、いくつもある管理会社にかすめ取られるのは、この仕組みが何重にも為されて、自分が100あるはずの対価を、10くらいしかもらえんからやねん。
会社内部だって、いっぱい階級を作って差別されて、自分がひとつ階級を上がることが目標になってもとる。
けど、振り出しでいい大学に入っていい企業に就職せな、一生”管理会社”の下で雇われる運命なのは同じやねん。
こんなカンタンな理屈でさえも、人々のいろんな思惑の前に消え去ってまう。
”アベノミクス”も、この”管理会社”をさらに作らせよう、という動きでしかない。
”管理会社”を潰したほうが、一般人は豊かになるにもかかわらず、逆行しとる。

伊達娘、てかみゆみゆがツイートしとるけど(てかコイツら誘惑しとるんかw)「小惑星の地球衝突」ってどういう条件なんかサッパリワカランw ・・・・ → みゆみゆ、再履修じゃ。

伊達娘がリツイートしたみゆみゆのツイートはコレ。
アイドルと付き合える確率は「小惑星の地球衝突」並み? - LINE NEWS 
しかし、リンクをクリックしたらこんなことが書いてある。
------------
"18歳以上の女性アイドル"を「3,860人」、恋愛タブーの掟を破る割合を「55.7%」と推計。18~30歳の人口に対する割合を計算したところ、アイドルと付き合える確率は「4,049分の1」に。これは、小惑星が地球に衝突する確率とほぼ同じなのだとか。
「アイドルと付き合う」確率は小惑星の地球衝突と同じ R25

------------

コレ、ホンマに高校レベルの確率を学んだ人間からすると、どういう条件やったらその確率になるの?と思わずツッコミ入れとるやろ。
いや、人口のほうはいちおう理屈があるから、これはとりあえず置いといても、”小惑星の地球衝突”というのがサッパリイメージできん。
だって、その惑星がどんくらいの大きさで、地球からどんくらい離れていて、その結果地球にどれだけの引力で吸いつけられるかによって、全く変わってくる、てかそれでもう当たるか当たらないかわかってまうやないか。
(引力の計算ってどっかでやったような気もするけれども忘れた。マクスウェル方程式とかなんかなあ(適当)。)
検索したら、こんな具体例がある。
-----------
アポフィス (小惑星)
2004年12月24日、アメリカ航空宇宙局 (NASA) は2004 MN4が2029年4月13日(金曜日)に地球に衝突する確率を300分の1と発表し、トリノスケール2とした。このことは日本のメディアでも取り上げられた。同日、衝突する確率を1.6%(62分の1)と修正し、小惑星としては初めてトリノスケールを4に引き上げた。
2004年12月25日、101件の観測報告を元に、衝突する確率を2.4%(42分の1)と修正し、同日中に2.2%(45分の1)と改めた。また、2004 MN4の直径は390mから440mであり、質量は1.2×1011kgであると発表した。
(略)
2004年12月27日、176件の観測報告を元に、直径を390m、質量を7.2×1010kg、また衝突する確率を2.7%(37分の1)と修正し、トリノスケールで4、パレルモスケールで1.10とした。
同日、新たに収集された観測報告に基づいて再計算が行われ、アポフィスは少なくとも2029年には地球に衝突しないことが判明した。将来的に衝突する可能性も0.0038%(2万6千分の1)に修正された。これに伴い、トリノスケールは1に引き下げられた。
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実際の小惑星について、このように計算しても、不確定な部分を検討して、1/300だったり1/62だったり、1/37だったり1/26,000だったりする。
ならばこの「4,049分の1」というのも、”小惑星”というのがなんかヨウワカランものではなくて、ある惑星について検討したと想定される。
それで、今度は”トリノスケール”を検索したところ
この「4,049分の1」は、トリノスケールの図のx軸の "Probability of impact" に当たり、実際に計算したら2.5x10^-4くらいやから、この図において直径100mくらいのものが”トリノスケール”で1に当たる程度の値とわかる。
それ以外に、小惑星について検討した報告もないし、どうもこの記事はテキトーに書かれとるなあ。
元記事はコレか。
岡田 圭/verb
ってのがウソッパチ書いたんやな。
てかこの記事に誰もツッコミ入れられんって。
まだ高校生な伊達娘はともかく、慶応大生のみゆみゆは、これくらい疑問に思ってもらわな。
”環境情報学部”って名前からして、惑星の衝突の確率くらい疑問に思うてもらわなと思うよなあ。

2016/4/10  高橋朱里チーム4 「夢を死なせるわけにいかない」 17:00公演 みきちゃん生誕 感想

総括

さややについて心配したけど、なんか方法はあると思う。
演技力は確実にあるし。
乙武洋匡ではないけど、五体満足って意外と難しいもんやなあと思う。

自分の思うリズムでパフォーマンスしてケガ知らずで美人って、ゆかるんは天から三物くらいはもろとるよなあ。


で、みきちゃんが、まあ当たり前といえばそうなんやけど、誰もが陥る悩みに陥っとる。

けど重要なんは、アドバイスをくれるヒトの言うことを聞いていて、成功できるはずはないということ。

アドバイスを聞いてもいいのは、

・自分の夢以上の成功をおさめた者

かなあ。

コレならば聞けるところはある。
とはいえそれでも、そのヒトが成功したままにアドバイスしとる場合があるから、自分とどこがどう違うか?は検討せなアカン。

もしくは、

・自分の夢以上の成功を追っている者

やろ。

ライバルの存在が重要なのは、切磋琢磨しているうちに、フツーの人間が想像もつかんくらい、高いレベルに達しとることがあるからや。

AKBもお題目としては、アキブータンの歌詞に示すとおり、高いレベルに達する切磋琢磨を主張しとる。
けれども実態は、アキブータンらに握手奴隷として働かされるだけでなく、メンバーの間でも、
「パフォーマンスが悪いほうに合わせろ」
という圧力によって、切磋琢磨が生きてない。

だから、メンバーが苦しまなアカンねん。

最初から、AKBをものすごいパフォーマンス集団にしとったら、そんな悩みなくなってまうはずやった。
頑張らんヤツはともかく、みきちゃんクラスの頑張りならば確実に、それなりに実感できたはずやから。


ところで、さややを観て思い出したけど、伊達娘のパフォーマンスが落ちたのも、実はヒザが治ってないのかなあ、とも思うなあ。

私、おそらく私が原因で、伊達娘のヒザと、なぁなとなっつんの腰を故障させたと思うとる。

さややについても、ここ最近焚きつけて、ゆかるんに勝る激しさを実感しとったから、古傷が出た可能性はある。

みんな、カラダを痛めてまでパフォーマンスをしろとは言わん。
カラダはどうにもならん。

美人やブス、いろんなヒトがいるのと同じように、パフォーマンスも、自分に合ったものを見つけてくしかない。


みきちゃん生誕

こじまこではなくあやかが仕切り。

そういうと、こじまこと三銃士と言われとるけど、三銃士よりもあやかとかゆいりのほうが仲ええかもなあ。

いずりなとみきちゃんと一緒に研究生やった時期ってあったんか。

てかもう1通か。

めっちゃ年上のメンバーからって、誰からかな?と思うたけど、みぃちゃんか。


みきちゃんは、自分のポジションに悩んどるみたいで、バラエティ班がどうのって言うとる。

その個性をずっと続けられたら、人々に受け入れられる。
大勢は、いろいろ言われて個性をなくしてまう。

"ありのままの自分"とか言うとる。
"ありのままの自分"はある意味正しいんやけど、そこから一歩出るところもないとなあ。

ファンから応援されてうれしくて、課題を忘れてしまうというのも、先輩が歩んで陥ってきたワナやぞ。


ムーミンがたくさんいてうれしいとか言うとるけど、私はアレ、ムーミンなのか、千と千尋の神隠しのアレかなあ?と思うとったけど、ムーミンか。
てか宮崎駿ムーミンから取ったやろ。


En4. 君はメロディー

さややは、私が勝手にツインと思い込んどっただけなんやろなあ。

隣のゆかるんよりもさややのほうがヒザ動いとるなあ。

手やカラダの動きはダントツやし、さややはパフォーマンスを抑えて、演技力で勝負するという方法もあるかなあ。


En3. ハートが風邪をひいた夜

こみはる、いつも以上に動けとる気がする。


あいさつ

ノザがなんかマジメなこと・・・といいつつ、スタッフとかメンバー、ヲタに感謝という、なんかありきたりな表現で纏めたなあ。

自分がヒトと同じことを思っているというテンプレはどうでもええから、自分がヒトとどれだけ違うことを思っているか?をもっとパフォーマンスに表して欲しいなあ。

ノザはパフォーマンスからは、なんも考えてないやろ、と思えてまう。
そこをパフォーマンスでどうにかして欲しいんやけど。

En2. 50%

ソックスが片方ずり落ちながら激しい動きしとるのは、りおりんか。

故障から戻る前は動けとったイメージが、戻ってきてからあんま動けんなあと思うとったけど、慎重に見とったんかなあ。

りょーはは動きあるけど、やっぱちょっと粗いかなあ。


En1. ロックだよ、人生は…

ゆかるん、ヘルプで出て目立っとるのはさすが。

てかさやや、さっき気になったけど、途中から髪型変えてないか?
最初はツインテールで、それを最後のほうは横でひとつに結んだように見える。

アンコール


13. 愛の毛布

さやや、ここはいい。
てかアレさやややんなあ。
久々にけっこうロビーヒトが多くて、かなり端のほうから観とる。

てかいま改めて見たら、ヒトの間がけっこう空いとるなあ。


映像 150秒質問タイム みきちゃん

茶色くて長い食べ物を"ごぼう"とか言うのはリアルやなあ。

私なんかフランスパン思いつくけど、メンバーは意外と思いつかんっぽい。


MC 朱里/さっきー/ゆいり/りょーは/ノザ
お題:みきちゃんについて

みきちゃんが、4公演の最初で、「このフリは喉のところですか、胸のところですか?」とか言うとる。

全力なみきちゃんエピソードいっぱい出てくる。
やっぱ福原愛に似とるよなあ。


12. 生きるって素晴らしい

あやかが、朝からワッフルと・・・と言い出して、なに言うか忘れて、朝ごはん美味しかったとか言うて誤魔化したw

りょーは動き激しいやん。

ゆかるん、みきちゃんもいいなあ。

てかさややもココではいつもと同じくらいに見える。

激しい動き魅せるところではいつも通りでいこうとか考えとるんかなあ?


11. 青春の稲妻

ポニーテールが最初目立ったと思うたけど、あやか?りょーは?
りおりんもポニーテールやなあ。

りょーはココでは動けとるなあ。


10. 森へ行こう

さやや、目立ってはいるけど、パワー抑え目やなあ。
もし故障を知らずに来ても、なんかおかしいとは思うたと思う。

りょーはって下手側におるよなあ。
パフォーマンスちょっと雑なんちゃう?

MC ゆかるん/りおりん/ゆいり/りょーは
お題:ヲタから挙手でメンバーに要望

ゆかるん、りおりんと仲良くしとる。

てかみんなでひとりひとり"ハピネス"を萌えで言う、という、ゆかるんが生誕みたいな流れになってもたなあ。


9. Confession ゆかるん/りおりん/ゆいり/りょーは

ゆかるんって背伸びてないか?

ゆいりがカッコイイ。

ゆかるん、だいぶ歌声良くなったと思う。
パフォーマンスはイマイチやけど。


8. 記憶のジレンマ 朱里/きぃちゃん/ノザ/みやび

なんか4人のパフォーマンスイマイチやなあ。
タイミングも合ってないし。

みんなけっこうテキトーに流しとるやろ。

みやびとか、明らかに腰が高い。

朱里も魅せているというほどではないよなあ。


7. となりのバナナ さっほー/こみはる

やっぱ、さっほーのタイミングって遅いなあ。
もしかしたらそのぶん可愛いと思うとるかもやけど、私は、ズレとると取るなあ。


6. 初めてのジェリービーンズ さやや/みきちゃん/あやか

さやや、やっぱ動きが抑え目になっとるなあ。

てか私がたきつけて、ヒザとか故障とか痛めたの4人目くらいやなあ。
ただ、みんな常習にはなってなかったはず。
せっかくさややができてきていたのに、パフォーマンス諦めてまうとなると惜しいし、なんとか治らんかなあ。


5. Bye Bye Bye こじまこ/?/さっきー

"?"は脚細すぎるし、ドラフト2期生やろなあ。
もえきゅんよりさらに細い。
私の腕よりも細いんちゃうか?

てか今日のこじまこは動きよくない。


自己紹介MC
三列目
ゆかるん/りょーは/りおりん/ゆいり/ノザ

ゆかるんの話から見た。
ゆかるんは1年前に755に熱中し過ぎていた、と言うとる。


りおりん、「いい友達の作り方知っていたら教えてください」って、なんかゆかるんへの当てつけに聞こえるなあ。
なんて返したらええかワカランからなあ。

しまった、今日は公演17時からやった


18時からとカンチガイして、E235系乗っとった。

30分以上遅刻や。

さややが"反復性膝蓋骨脱臼"ということで気になる。

まあ私も1月の痛みが未だに取れてないけど、将来に残るとイヤやし。

ぽんみゆは千穐楽を迎えてどんな感想を抱くかなあ。


そうそう、福原愛が熱愛報道やけど、同郷の伊達娘よりも、イメージ的にみきちゃんに似とると思う。

"勝つ"とはいったいどういうことなのか?

よく人々は、"勝つ"ということを言うけれども、じゃあ"勝つ"ってどういうことなのか?と考えたことがある人間は、まあないと思う。


"勝つ"は"勝つ"で、それ以上でも以下でもない、と言う者が多いだろう。

選挙などで、大勢の賛同を得られることが"勝つ"だと言う者もいるだろう。

テストなどで、基準点を上回ることを"勝つ"だと言う者もいるだろう。

お金をより多く得ることを"勝つ"だと言う者もいるだろう。


ある意味、ヒトの数だけ"勝つ"があると言っていいだろう。


じゃあ、人々は、なにかに抑圧されていると思わないか?

抑圧されている状態については、"負けている"とは思わないか?


そう考えると、自分が人生でどの程度"勝っている"のか"負けている"のか、正直よくわかっていない人間が多いのが実態と思う。

"勝ち組""負け組"という言葉もあるけれども、じゃあ自分がどっち側にいると思うのかも、非常に価値があいまいである。


そういえば、日本にいると、

「自分は貧しいけれども、豊かで戦争のない日本で生きられているから、勝ち組だ。ミサイルいっぱい撃って独裁政権である北朝鮮で生きている人々こそが負け組だ」

と思う人間も多いだろう。


本当にそうなのか?

私は、さまざまな国を回って来て、確かに日本は見た目は小綺麗にしてはいるが、それは体裁ばかり整えて中身がない政治を見ても明らかなとおり、かなりおかしいと感じている。


さて、私の考える"勝つ"の定義はこうである。

「相手の土俵に立って、相手を負かすこと。」

"勝つ"とは、必ず敵がいるから、その敵を倒したら、文字通り"勝った!"と言えるはずである。

けれども、それを考えたとき、人々は、

「自分の土俵に立って、相手を負かすこと」

をついつい考えてしまう。


街頭演説なんか全部そう。

だから、個人的には、街頭演説なんてさほど重要とは思っていない。
もちろん、ヒトの目につく"宣伝"という効果もあるので、そういう意味においては、街頭演説は意味があるとは思っているが、街頭演説が日々の生活に占める割合は、相当低いと考えている。

ちゃんとした審判がいて、

「相手の土俵に立って、相手を負かすこと。」

がキチンと行われているから、人々はスポーツは公平であるとして、アツくなって応援するのである。

そのスポーツでさえも、八百長が噂されるし、審判が公平でないといった苦情もよくある。


「相手の土俵に立って、相手を負かすこと。」

を実行するのは難しいから、人々はどうしても、

「自分の土俵に立って、相手を負かすこと」

をついつい考えてしまう、ことの典型例である。


「相手の土俵に立って、相手を負かすこと。」

をしようとすると、相手の論理を学ばねばならない。

野球選手が野球のルールを守るのと同じである。

審判がいくら恣意的に誤審をして、相手に対して有利に判定しても、明らかにセーフなものをアウトと判定したり、ファウルなものをホームランと判定したら、みんなが「それはおかしい」と言ってしまう。

じゃあどうして、明らかにおかしな安倍政権に対して、みんなが「それはおかしい」と言わないのか?


その答えはただひとつである。

みんなが安倍政権に対して関心がないからである。


安倍政権に勝つにはまず、"みんな"に対して勝たねばならない。
選挙で投票してもらわねばならないから。


そうすると、"みんな"に対して勝つ、ことと、

「相手の土俵に立って、相手を負かすこと。」

をどう結びつけたらいいのだろうか?


ここで、ヒトとヒトとが向き合い、

「相手の土俵に立って、相手を"理解する"こと。」

の重要性が出てくる。

「相手の土俵に立って、相手を"理解する"こと。」

これは実は、日本政府はもとより、どの政党もできていないし、どの宗教も政治結社もできていない。


べつにナントカ主義を勉強なんてしなくても、

「相手の土俵に立って、相手を"理解する"こと。」

をするだけで、自然と勝ててしまうのであるが、"ナントカ主義"を学んだ自分達のエリート意識が、それに邪魔をしていると私は捉えている。


"勝つ"とはいったいどういうことなのか?

と最初に提起したけれども、

「自分達は既に勝っている」

と思いたい意識は、最初は七転八倒に喘いでいる自らが達成感を味わうために出てきたのかも知れないが、やがて、「自分達のほうが偉いんだ」とかいう選民意識に繋がってしまい、それが革命後の支配者たらんとするパラドックスに繋がっているとも考える。


私には、革命が達成されたら、べつに自分自身が支配者にならなくてもいいという考えがあるし、これまでもそうやっていつもヒトに譲るところは譲ってきて、その都度裏切られてきた。


パラドックスの連続で、読む人間もしんどいとは思うけれども、裏切られるところを見せるからこそ、自分が戦うべきものがより明確になってきた、とも言える。


考え方をシンプルにして、相手の主張に合わせて、「あなたの言っていることは、言い換えるとこういうことだ」と、いろんなたとえを用いて、相手の核心をズバリと突くことも必要だ。

これは、
「相手の土俵に立って、相手を負かすこと。」
そのものだ。


たとえばいま、私はE235系に乗っていて、鉄道ヲタが、自分の知る範囲の知識でいろいろ主張しているけれども、知識が中途半端で、なにが核心かは理解できてない。

けれども、ヲタってそんなもんで、相手の背景を知らねば全く会話が通じなかったりする。

・・・・いわんや政治をや。

街頭演説に人々が耳を傾けない現実は、直視せねばならない。


「相手の土俵に立って、相手を"理解する"こと。」

から始めるしか、道はない。


と主張する私にも、相手の土俵に立つためには、"ナントカ主義"を学ぶ必要があるのはもちろんだ。

安倍晋三が桜を見て、"もうこれだけしかない"ではなく"まだこれだけあると思え"って、バカもここに極まれりやなあ。

GPIFの年金を"もうこれだけしかない"ではなく"まだこれだけあると思え"って言うとるのと同じや。

もっと言うと、太平洋戦争で三百万人死んだのを、"もうこれだけしかない"ではなく"まだこれだけあると思え"って言うとるのと同じや。

なんたって1億二千万人おるんやから、何千万人死のうが、"まだこれだけある"になってまう。

これから激化する戦争でも、それは同じ。


ホンマの勇将は、たとえ一人死のうが、もう自分に全責任があると思って猛省する。

安倍晋三にも日本政府にも、そんな意識ないやろ。


ついでに言うと、須藤りりかとやらの哲学本が売れたか売れてないかで、AKBヲタ騒いどるけど、"哲学"なんて負け犬の学問やと思う。

ホンマにその哲学者が、哲学通りに七転八倒したら、革命の主導者になっとるはずや。

実際そうなってないということは、"哲学者"もどこかで妥協して、

「自分はそうなりたいのに、なんで世の中の人間はそう考えんねん。
それは自分の方が賢過ぎるからや。出てくるのが100年早かったんや。
・・・私、天才やろ。」

と思って哲学を滔々と語ってまう。


私は、そんな哲学者=負け犬代表の言葉になんか、なんのチカラも見出さん。


私はガチで勝つつもりや。

私のことを、さまざまな理屈をつけて、警察は逮捕・拘留したいと思うやろ。
歴史上、戦時中はよくやられる手や。
戦時中でなくとも革命が起こりそうなときには発動される。

"緊急事態条項"も、それを見越しとると言える。


私は逮捕されたら、ペラペラ喋ってまうタイプや。

しかし、逮捕されて警察の事情聴取に応じたら、密室での会話となり、警察が自分に都合いいメモに作り変えることによって、無駄に不利になる可能性が高い。

けれども、裁判所は、警察が作った調書を無条件に信用するやろ。

それに警察は、「仲間は裏切った」だの、「喋らなければ起訴されるぞ」だの、弁護士に対しては「面会者は会いたくないと言っている」だの言うて、切り崩し工作してくるらしい。

私は警察でなくとも、あちこちでこのような、詐欺行為を受けてきた。
おかしな判決文とか、「AKBのメンバーは私のことを嫌っている」という主張とか、全部そうやろ。


これら、密室やからアカンねん。
だから喋ったらアカンねん。
痴漢冤罪だってそうや。

喋るのは、大勢の証人がいるところでのみ。


私は、不当逮捕されたら、完黙・非転向を貫いて、あとで警察拘留レポートをブログに書きたいと思うとる。

警察、私を不当逮捕したかったらやってみろよ。

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