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本音での忌憚ないご投稿に感謝しております。
誠にありがとうございました。
自分は「変わり者」と言われています(笑)
行動に片寄りがあるため、先輩からは「おまえは前三後一の後一が無い!」とよく言われたものです。
きっとyさんとひざ詰めで話すと、色々な共感点が見つかると思いました。
自分は20歳過ぎに発病し、24歳の時に余命宣告されました。
だからこそ、「いかに死ぬべきか」死に場所を探していた時期があったのです。
短い自分の人生が、自分にとって価値があるように、全生命をかけられるものが欲しかったのだと思います。
自分も体験は割愛させていただきますが、死線を越える中で実感したのは池田先生の祈りです。
「池田先生が自分のために祈ってくださっている」
この実感と体験こそが自分の信仰の原点であり、この時に自分の中の師弟観が定まったと思います。
池田先生のお陰で今の自分がある。この恩と感謝は生涯わすれません。
だからこそ、池田先生にご迷惑をおかけする人物がいると黙っていられません!
さて、教義改定については、自分は必要だと思っています。
ただし、自分の基準は「池田先生を護り、絶対にご迷惑をおかけしない」ことが前提です。
現在の会則改定により、池田先生に仏敵から批難中傷が増大した事実。
しかも、その批難中傷に対し、「他宗からとやかく言われる筋合いはない」という、原田執行部の池田先生を護らない姿勢に怒りが湧くのです!
安保法制にしても同様です。
公明党の議員で、安保法制の決議により、池田先生に向かう批難中傷に対し声を上げ、先生の正義を勝ち取ろうとした議員が誰一人いない事実。
いやまして現場会員がこのように言います。
「池田先生が公明党の支援をやめろと言っていない。ゆえに集団的自衛権は必要であるとお認めになっている。安保法制を容認されている。」と。
池田先生が、いつ「集団的自衛権は必要である」とおっしゃったのでしょうか!
原田会長にしても、山口代表にしても、まず自己責任において、会則改定や安保法制の決議をしたことを、現場会員に対し明確にすべきです。
この二人は、自分の行ったことで、池田先生にご迷惑をおかけしているのに、その部分を現場会員にあいまいにしている。
自分はこのように、池田先生にご迷惑をおかけして知らぬふりをする「ずるい人間」ほど嫌いなものはない。
恩知らずそのものです!!
山口代表が明確に「池田先生の平和思想とは異なりますが、日本の情勢を考えれば、国民の命を守るという点において、集団的自衛権が必要であると判断しました。」と、まず学会員に宣言すべきでした。
池田先生のこれまでの、平和への行動の歴史に一切傷をつけないように、また、仏敵から付け込まれないようにするべきでした。
もし、山口代表が、学会票が減るのを恐れることなく、自立した政治家として発言したなら、多くの反対派の考えも変わったかもしれません。
勇気なき山口代表の学会票に依存する心に怒りが湧くのです!
原田会長も同様です。
会長として自己責任でするべきものを、池田先生に責任をおわせている事実。
ご高齢になられる池田先生に批難中傷が集中しても、先生の正義を勝ち取る戦いを一切しない事実。
ましてや、池田先生の敵と戦い続けてきた正義の弟子を、除名・更迭・役職解任・活動停止した事実。
ゆえに、ずるい幹部や議員に対しては、今後も声は上げ続けます。
忘恩の命が師弟を破壊するからです。
自分の考えは、池田先生を護り恩を返すことが第一なのです。
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今日の聖教新聞「新時代を創る」より(2月13日2面)
「追撃の手をゆるめるな!」――烈々たる師の叫びが耳朶から離れない。
師匠という大山ありて、弟子の桜は咲く。その爛漫たる勝利の人生の開花を、恩師はどれほどお喜びか。
法華経の化城喩品には「在在の諸仏の土に 常に師と倶に生ず」と説かれている。
師弟一体で戦い抜き、師弟不二で勝ち切って、正義を打ち立てるのだ。
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原田会長と山口代表の奥に潜む天魔を必ず炙り出す!
「追撃の手をゆるめるな!」
これが、池田先生のご意思です。
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