国会でTPPの本格論戦が始まった。自由貿易の枠組みづくりは重要だが、農業から食の安全まで国民の不安や疑問は多く、米国でも反対論は根強い。成立を急がず、慎重な審議をもとめたい。
グローバル化が進むなか、自由貿易の新たなルール作りは経済のインフラ整備といえる重要な作業だ。ただ、環太平洋連携協定(TPP)をめぐる国民の関心は一貫して、暮らしへの影響にある。
交渉分野が農業、保険、食の安全まで幅広いためで、酪農や牛豚肉の生産者など競争力の弱い農家は将来に強い不安を抱いている。都市部の消費者は食の安全や環境への悪影響を心配する。
安倍晋三首相は、日米豪など十二カ国で世界の生産の四割を占める自由貿易圏が成立すれば、日本の国内総生産(GDP)は十四兆円押し上げられる−と大きな数字で利益を強調する。
ただ、こうした試算では国民の懸念は払拭(ふっしょく)できない。企業利益優先と日々の暮らしの問題に対する関心の低さを、安倍政権に感じ取っているからだ。
第一次安倍内閣は国民の将来不安が凝縮した「消えた年金」問題で対応を誤り失速した。最近では首相の「妻が(パートで)二十五万円」発言や、待機児童問題を訴える母親のブログへの冷淡な反応が厳しい批判を浴びたばかりだ。
これらは名門の政治家一家に生まれ、経済的に不自由なく過ごしてきた安倍首相が、多くの国民が直面している「格差」や「貧困」「将来への不安」を切実に捉えていないことをうかがわせるのに十分だ。
台頭する中国への対抗策としてオバマ大統領が交渉を主導してきた米国でも、次期大統領選の有力候補者がこぞってTPP反対の姿勢を表明している。自由貿易の枠組みづくりよりもグローバル化の負の側面、広がる格差の解決を重視する流れは強まっており、米議会の承認手続きは大統領選後への先送りや難航が予想されている。
政府が国会に提出した「黒塗り資料」が示すように、交渉経過の不透明さはぬぐえない。甘利明前TPP担当相の現金授受や「重要五項目」の国会決議問題もある。参院選を前に、与党の中にも拙速に承認案・関連法案の成立をめざすと国民の反発を招きかねないと、成立時期を秋以降にするよう求める声がある。幅広い交渉分野の利害得失を明確にしつつ、国民の不安や疑問に答えるていねいな論議こそ必要だ。
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