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第17話 第4の試練の攻略者の凱旋
2082年8月4日(火) 夏休み終了まで残り29日
ステラ達姉妹はすでに朝食を作ってくれていた。僕も席に着き皆で一緒に朝食をとる。
食後簡単なミーティングをした後、迷宮の7階層の袋小路へ行く。
宿屋に転移しないのは迷宮入口でギルド職員が迷宮に出入りした者を名簿にチェックしており、その名簿では僕らは迷宮内に籠っている事になっているからだ。
すでに7階層から地上まではマッピング済みだ。入り口まで疾走する。
入り口までの最短ルートの情報が僕らにあり、そのマップ情報が《眷属軍化》により共有可能だ。結果、ものの数分で入口付近まで到着する。
迷宮上層では数日前に訪れた時とは段違いの数の冒険者で溢れかえっていた。
特に迷宮入り口付近ではまだ経験が浅いと思しき冒険者達が頬を上気させ魔物との戦闘を繰り広げていた。
迷宮入口から外に出て係員に僕らのギルド名と氏名を伝えると様子が一変する。
以前とは比較にならないほどの丁寧な対応をされ職員の後をついてくるよう指示される。
てっきり冒険者組合第一館に連れて行かれるのかと予想していたが実際は北区の最奥の大きな建物だった。
建物の外装同様絢爛豪華な玄関口を抜け、大階段を上り3階の大広間に通される。
大広間には長卓が置いてあり、各席にはヒューマン、獣人、エルフ、ドワーフ、竜人、女人族、各種族の冒険者組合の幹部達が揃い踏みしていた。
部屋に入りすすめられた席に座る僕ら。
長卓の正面に座る30代半ばほどのエルフの女性を見た途端、ステラの顔はお面のように固くなった。
物怖じしないアリスでさえも力んだ顔つきでビシッと背筋を伸ばしている。
あのエルフの女性はかなり有名な人物のようだ。まあ異世界人の僕にとっては知った事ではないわけだが。
「《妖精の森》の皆様方。よくおいで下さいました。
私は冒険者組合長――クラリス・アルクイン。
まずは冒険者組合を代表してお祝いの言葉を申し上げます。
第4試練の攻略、おめでとうございます」
「あっ、ども。キョウヤ・クスノキです。よろしく」
この女性が冒険者組合のトップ。この世界でトップクラスの戦闘集団である冒険者達のトップ。しかも同じエルフとくればステラ達も緊張くらいする。
「小僧! 口の聞き方に気を付けろ!!」
僕の軽い挨拶に額に太い青筋を張らせたヒューマンの中年男性が机に拳を叩きつける。
ロイド以上に鍛え抜かれた肉体に、今にも口や目から怪光線でも出しそうな厳つい相貌。笑顔で頭を撫でられれば子供など一発で泣き出す事だろう。
「エイミス! 今日彼らをお呼びしたのは5年ぶりに試練を攻略した《妖精の森》の方達を労うためでもあるのですよ。彼らに失礼です!」
「し、しかしですね。クラ様、貴方に対し――」
クラリスに咎められてエイミスのおっさんは巨体をシュンと縮こめる。
意外だ。
ステラ曰く、帝国の進行もありヒューマンとエルフの仲は現在すこぶる悪い。同僚としてならまだしも、ヒューマンがエルフを崇敬の対象とするのはかなり違和感がある。
それにしても、やりにくい相手だ。大抵この手の最高権力者は権力に取りつかれた無能なヒューマンであるのがゲームや漫画、小説の相場。それなのにこうも礼儀正しい対応をさえると若干、反応に困る。
兎も角、相手が僕に礼儀を尽くすなら僕もそれに習うべきかもしれない。
頭を軽く下げて話始める。
「礼を欠いていたならこの通り謝ります。
それで僕らが呼ばれたのは第4の試練についての説明ですね」
「はい。
《終焉の迷宮》は聖神アルスの造りし建造物。
石版は言わばアルス神の神託と同義。その事実に偽りがあるとはこの場の誰も思ってはおりません」
このクラリスというエルフは想像以上にやり手のようだ。僕の言葉に含まれた僅かな棘を見抜いている。
そう僕が喧嘩腰ともいえる態度をとったのはこのせいだ。
この数日間の異世界生活でこの世界は地球以上に理不尽であることを思い知っている。
他国に攻め入り、財物どころから人すら略取する盗賊同然の帝国軍。
平民はその命さえも自己の所有物と勘違いしている愚かな貴族。
人を売り買いする奴隷商。
僕も綺麗ごとを言うつもりは一切ない。僕は魔術師だ。究極の自己中心主義者。自己の目的のためならいかなる非道さえも肯定する。
このような思考回路を持つ以上、あの奴隷商のオーナーの言葉通り僕は彼らに近い。
だからこそ、同類のやることは嫌というほどわかってしまう。
僕らには不自然な事が多すぎる。
ギルドを結成してすぐに迷宮へ潜り続けた事。
その割に僕らは疲れている様子も汚れている様子もない事。
僕は今日、来る時と同様リックに紅石や生活用品を入れてきているが、そのリリュックが不自然に汚れてない事。
まだまだ数えきれないほど怪しい点がある。
その点に難癖をつけて、穏便に済ませたければ迷宮内で見つけた紅石と受け取った宝物を提出しろ。このように主張すると考えていたわけだ。
「なら話は早い。
僕らは数日前《終焉の迷宮》に潜り、水が支配する階層でイカモドキのボスモンスターを倒し第4の試練をクリアした。それだけです」
クラリス組合長は微笑を浮かべたままゆったりと優しい声色で言葉を発する。
「先ほどの繰り返しになりますが、貴方方が正当に第四の試練を攻略した事実を私達は疑っていません。
なぜなら《終焉の迷宮》はルール違反ができるほど甘い遺跡ではありませんから。仮にそれができるとすれば、それはアルス神と同等の存在だけです。
貴方をアルス神と同等の存在と見るよりは、迷宮攻略の正当性を信じる方がだいぶ建設的な考えでしょう?」
「僕らの第四の試練の攻略を認めてくださる。
なら僕らがここに呼ばれた理由は?
ただの賛辞を述べるだけなんてありえないでしょう?」
「そうですね。このやり取りだけでだいたい予想はついてしまうのですが……」
クラリス組合長は言葉を切り、顎を引き俯く。
それはほんの数秒ほど。
クラリス組合長が顔を再び上げ、僕がその翡翠色の瞳を視界にいれたとき魂を素手で鷲掴みにされるような感覚に陥る。
それは何度も味わったときがある感覚。
父が見せる瞳。兄が見せる瞳。時雨先生が見せる瞳。
生粋の魔術師が見せる瞳。
「あんた……誰?」
僕はクラリス組合長を『あんた』呼ばわりした。だが、エイミスは顔中から嫌な汗を多量に流し、僕らのやり取りを黙って見守っている。
僕とクラリス組合長の変貌ぶりに圧倒された部屋にいる誰かがゴクリッと喉を鳴らす。
「その質問の解を貴方はもう得ているはずです」
魔術師だ。この感覚は間違いない。
しかしエルフが魔術師……ステラやアリスと同様の魔術師の誓約を経て魔術師になったのだろう。
つまりこの世界に魔術師が僕以外にも訪れていたということ。あの《異界の扉》を使用したのか?
しかしあの扉は僕が開けるまで封印されていたはず。とするとあの異界の門を作った本人?
いやそう断言するのは早計だ。ステラの話しでは異世界から召喚された者は結構いるらしいし、その中に魔術師がいてもおかしくはない。
今のままでは手元にある情報が少なすぎる。情報の収集をすべきだ。
「なるほどね。そうです。貴方の御想像通りですよ」
僕の言葉でクラリス組合長から吐き気がするほどの禍々しさが消え、いつもの穏やかで優しい30代の女性に戻る。
「それではその子達も?」
視線をステラとアリスに向けるクラリス組合長。その瞳の中には強烈な懐古の念があった。
「ええ。誓約はすでに終えました」
「ステラ・ランバートさん。アリス・ランバートさん。」
「はひ」
クラリス組合長はガチガチに固まったステラを見てクスッと笑みを浮かべながら、諭すように語りかける。
「そう硬くならないで。私も貴方と同じです。先輩の立場から一つ助言。
私達エルフは長寿です。
だから人間とは同じ時間を生きられない。
でもこれから貴方達が生きる数十年は長いエルフの人生の中でもきっと特別なものとなります。
今この時間を大切にしてくださいね」
「はい!」「うん!」
快活に答える二人に法悦の笑みを浮かべるクラリス組合長。
「私が個人的に聞きたい事は以上ですが、冒険者組合としても聞きたい事があるからお呼びしたのですよ」
まるで取り繕うようにクラリス組合長は一度咳払いをする。
「はあ」
「それじゃあ第4の攻略についていくつかお聞きした後、祝賀会を開く事といたしましょう」
クラリス組合長から第4の試練のボスモンスターの形態と強さ、試練の形式、宝物の種類を聞かれた。ボスについての解析以外の視覚からの情報はかなり正確に報告した。試練の形式はクリア条件と特殊条件だった。
クリア条件はボスモンスターの討伐。特殊条件は討伐速度。討伐速度は流石に12秒と言っても信じてもらえない。そこで体感時間としては結構かかったと言葉を濁しておいた。宝物の種類はアイテムボックスの機能がある指輪と伝えておいた。この説明により今後、アイテムボックスの機能を隠す必要がなくなる。
その後別室で着替えた後、パーティー会場へ案内され祝賀会が開かれる。
会場には様々な種族の冒険者組合の幹部達、各のギルドマスター、各国大使が出席していた。
神々しいまでに美しいドレス姿のステラは終始男性冒険者や大使達に囲まれていた。対してアリスは他の数人の女性の冒険者と意気投合し話し込んでいる。
僕は今一人だ。冒険者組合の幹部達数人、ギルドマスター数人と少し話をしたがそれだけだ。僕に話かけてこないのは僕が名ばかりのギルドマスターだと皆がそう判断しているから。
上層での僕らの戦闘を見た冒険者達から僕が戦闘に参加せず、紅石の採取とマッピングのみをしていたことの報告を受けているのだろう。
現に僕に話かけてきた数少ないギルドマスターもステラ達を移籍させろと懇願するものだ。人によってははっきり無能者が有能な部下を持つのはどうなのかと疑問を投げかけられた。
対して白狼のギルドマスターだけはかなり熱心に僕ごと移籍するよう口説いてきたが、他のギルドマスターと同様丁重にお断りしておいた。
通常人からすればこの僕の寂しい現状は嘆く事なのだろうが僕からすればほくそ笑む状況だ。
だってそうだろう?
魔術師が自身の力を見せればそれだけ不利になる。これはつい最近明神高校で嫌っというほど味わったことだ。たった一発藤丸に右拳を当てただけで僕は実習に参加させてもらえなくなったのだから。あの医務室で気が付いたとき傍に時雨先生がいたのも僕にこの事伝えたかったからかもしれない。立場上一切僕に教えるわけにはいかないのに面倒見がよい人である。
予想通りクラリス組合長は一度も僕に話し掛けて来なかった。今はその時ではないからだろう。自身に必要な事しかせず、最適の結果のみを求める。本当にクラリス組合長は生粋の魔術師だ。
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祝賀会が終了し着替えて巨大な屋敷の正面玄関口で待っているとステラ達がやってくる。
二人とも斗柄もなく機嫌が悪かった。ムスッとして一言も言葉を発しない。
理由も何となく予想はつくが――。
「マスター。ステラは侮辱されてまでお力を隠す必要はあるとは思えません!」
どうやらビンゴらしい。ステラとアリスのギルドの移籍の件だ。
僕にすら正面からお前は無能だと言ってきた者がいたのだ。同等以上の事はステラ達も散々言われたことだろう。
今朝二人に何があっても僕に関する一切の事を他言しないこと、他のギルドの冒険者と揉めないことを誓わせている。
つまり、彼女達は一切反論ができない状況なわけだ。僕だってステラ達が侮辱されれば頭にも来る。それについて反論ができないならストレスもたまると言うものだ。
「それは最初に話したはずだよ。僕は力を他者に見せたくはないし、強いとも思われたくはない。
侮辱したい奴にはさせておけばいい。どうせ口だけで何もできはしない」
「ステラはそれでも納得いかないです」
ステラは顔を歪めながら固く唇を噛みしめる。
「ボクも……」
アリスも視線を地面に固定し悔しそうに拳を握り締めている。
暗い姿は僕らには相応しくない。僕らはいつも笑顔がモットーだ。
「そう暗い顔しない。僕らはまだ新米冒険者だ。
僕が望もうと望むまいと、冒険者ランクやギルドランクが上がれば他者の見る目など自然と変わってくるさ」
依然としてステラ達の顔には怒りと悔しさが張り付いてたが、構わず冒険者組合第一館へと足を向ける。
冒険者組合第一館へ行くと早速注目の的だった。というより、ステラとアリスは多数の冒険者に取り囲まれ質問攻めとなる。
僕には一人も来ないのでその隙に悠々とショートカットの可愛らしい受付嬢――シュリの元まで行く。
シェリさんは僕を見ると喜色満面で迎えてくれた。
「キョウヤ君! 第4の試練クリアおめでとうございます!」
「はは……ありがとう、シェリさん。
紅石の換金とクエストの依頼についてお話があります」
シェリさんは僕の背後の多数の冒険者達に囲まれているステラ達二人に視線を向けその現状を納得したように何度か頷く。
そして小さな顎に手を当て少し考え込んでいたが、難しい顔で僕に視線を向ける。
「キョウヤ君、君が今この街で何て呼ばれているかわかる?」
「さあ、興味もありませんし」
「《虎の威を借る狐》、《無能者》、《強欲》……まだまだあるわ。聞きたい?」
《虎の威を借る狐》ね。この世界の諺のようなものを指輪が日本語に変換してくれているらしいね。
まあほとんど当たってるし、この程度の中傷など地球では日常茶飯事だ。怒るほどのことではない。むしろ僕の評価が低い方が今後の計画はうまく行き易い。
「うへ~、いえ、遠慮しておきます。でも実に上手い事言いますね。
まあ、当たらずとも遠からずというところじゃないですか?」
「……君、ホント変わってるよね」
「よく言われます」
シェリさんは肩を竦めると奥の接客用の応接間に案内してくれた。僕がクエストを依頼するからだろう。
僕らは迷宮を攻略したことにより、ギルドランクと冒険者ランクが1つ上がる。今の事態も視野に入れて冒険者カードはステラとアリスから預かっている。僕らのカードの変更を依頼する。
次はリュックの中にある紅石の売却。
ランクの低い紅石はどうせあっても大した武具や魔術道具はできない。
LV10以下のすべて紅石を売ることにした。結果640万ジェリーほどになった。
以下の紅石のみを手元に置くことになる。
LV11――30個
LV12――45個
LV13――33個
LV19――1個
シェリさんに《半月草》、HP回復薬の原料となる《紅焔草》、《白燕草》、MP回復薬の原料となる《魔性牡丹》、《鬼無花果》の採取を依頼する。
しかし、冒険者の採取依頼は通常少なからず命をかける。その危険に関する分だけ報酬が上乗せされる仕組みになっているらしい。
《半月草》等の薬草はこの世界ではどこにでも生えている雑草。採取に命の危険はない。ゆえに冒険者組合で依頼するより、商業組合で商人を紹介してもらった方が安く済むらしい。
確かに継続して《半月草》を仕入れたい僕らにとってはその方がより都合がよい。
シェリさんがロイドさんに紹介状を書いてくれるよう頼んでくれるというので言葉に甘えることにした。
十数分程待つとシェリさんが僕らの新しい冒険者カードとロイドさんが書いてくれた第一商業組合の幹部への紹介状を持参して現れる。礼を言い冒険者カードと紹介状を受け取り、ステラ達者の元へと足を運ぶ。
僕が近づくと他の冒険者達から敵意の視線を浴びせられる。まさかこの世界に来てまでこの視線を向けられるとは思わなかった。
もっとも僕にとっては寧ろ好都合だ。僕が無能で愚かだと広まれば、その馬鹿のやることを一々気にしたり、真似しようとしたりする奴はいなくなる。
例えば《半月草》の件一つとってもそうだ。
手作りで回復薬を造るには《半月草》を一定の温度、湿度の下で数週間乾燥させなければならないし、乾燥後もすり潰し、成分抽出など特殊な作業工程を経る必要がある。
手作りであっても特殊なビニールハウス等やすり潰し・抽出専用の魔術道具がなければ不完全な回復薬さえ造ることはできないのだ。
だから、屋敷での回復薬の手作りの実演は兄さんが残してくれた魔術道具を用いて、小型のビニールハウスを造る事から始めた。
つまり万に一つも今のこの世界――アリウスの技術では《半月草》から回復薬を合成することはできない。
しかし、温度、湿度が偶々合致してしまう可能性や魔術道具を誰かが開発してしまう可能性は零ではない。万に一つ、億に一つは無理でも、兆に一つは成功してしまうかもしれない。それは仮に誓約に違反しなくても自己の魔術知識を魔術師以外の者へ広めてはならないという魔術師としての不文律に背く行為だ。
この観点からは僕が愚者と見なされた方が都合がよいのである。 それにこの視線はステラとアリスが認められた証。それはこの上なく嬉しくもあり誇らしい事だ。
「行くよ」
僕はそれだけ告げるとスタスタと歩き出す。彼女達も遅れないように僕の後に続く。
ステラ達は滔々一言も口を開かなくなってしまった。
今日は色々あった。これ以上僕に付き合わせると彼女達が参ってしまう。一足先に屋敷へ戻り、風呂の掃除と夕食の準備をして欲しいと頼むと渋々引き受けてくれた。
彼女達に冒険者カードを渡し、彼女達が宿屋ルージュへ行くのを見送ったあと、僕も北区にある第一商業組合を訪れる。
お読みいただきありがとうございます。
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