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第12話 錬金術
頬を上気させ興奮のさめ切らないアリスをステラは料理場へ連れて行く。どうやら、ステラ達も僕の調理の手伝いをしてくれるらしい。
まあ1か月後かそれとも1年後になるかは知らないが、彼女達もいつかは《妖精の森》から去る身だ。地球の料理を覚えるに越したことはない。
調理を始める。
当初は扱う包丁さばきはかなりぎこちなかったが、調理終了時には数日前の僕ほどに上達してしまう。おそらくステータスの特に器用さが上昇しているせいだろう。
夕飯を食べ、食休みがてらにミーティングを行う。
真っ先に話題になったのが迷宮攻略について。これは適正レベルまで迷宮下層へ進むことで意見の一致を見た。
紅石は他のギルド同様7日間で溜めてから一度に換金することにする。
次が工房について。この魔術師は魔道工学術の権威なのだろう。凄まじい数の魔道機械が工房にはあった。
効果と操作の仕方が判明しているのは回復薬製造機くらい。他は解析しても意味不明な言葉が多々出てきており機械の扱い方が判然としない。
可能性としては僕の知識不足がある。操作の仕方も分からない状態で魔道機械を扱うなど自殺行為に等しい。
魔道工学に関する膨大な量の書物が書庫にはあった。それを読んでから他の魔道機械の研究を始めることにする。
当面は回復薬製造機だ。回復薬製造機は昔楠家にあったものと似ており、僕も散々手伝わされたから扱い方は熟知している。試験的に明日から稼働させてみることになった。
最後が魔術の修行について。ステラとアリスの当初の修行の内容は魔術の基礎理論と回復薬の製造法とした。
回復薬の製造法についてはステラから頼まれたのだ。
ステラから話を聞く分だと、ステラの世界――アリウスの回復薬の性能は僕ら地球のそれより格段に落ちる。
具体的にはアリウスの回復薬は治癒力を高める地球の抗生剤のような役目しか担っていない。抉れた肉片すらも元通りにする地球の回復薬とはまったく別物と言ってもいい。
ステラは帝国に占領されている故郷を取り戻すのを目的としている。これから傷つく事も多々あろう。僕も彼女が回復薬の製造法について知ることは賛成だ。
もっとも、回復薬の製造も魔術の一種。他者に教えれば、誓約の呪いが発動する。
それでもいいかと尋ねるが端からそれは覚悟の上らしく、大きく頷かれる。
明日も迷宮攻略。出来る限り早く休むように告げて僕も部屋へ戻る。
今晩の目標は【解析の指輪】と【万能の腕輪】の改良のとっかかりをみつけること。
今日は錬金術の基本的な能力の把握し、この屋敷の魔術師のレポートを読破すれば十分だ。
時間もないとっとと始めよう。まず、読みかけのこの屋敷の魔術師が記したレポートについて読むことにする。
長かった。午後11時半に膨大な量のレポートを読み終えた。
このレポート、日記のような形式で考察が書いてあったので粗方の事情も把握できた。
あの離れの倉庫の地下室は魔術師の工房と考えていたが違ったらしい。
どういう経緯かは不明だがこの屋敷を建てた魔術師はこの地に眠る遺跡を捜し当てた。その遺跡があの異界の扉がある白色の部屋とういわけだ。
魔術師は遺跡の研究のためにその地を買い取り、近くに屋敷を建てて、屋敷の地下に工房を作る。
そこで十年間にわたり、白色の部屋の遺跡についての研究を続けてきたが、その研究は困難を極めた。
何せ異界の扉は固定されていて動かせず、黒水晶は解析もできず生命力を食らう力があり触れることすらできない。おまけに、指輪、腕輪すらも白色の部屋には特殊な結界が張ってあり部屋から持ち出す事すら出来なかった。こういうわけで研究は中々進まなかった。
やっとの事で、白色の部屋の箱の中にある魔術道具は錬金術で作成したことは突き止めた。
しかし、魔術師は魔術工学の専攻であり、錬金術には疎い。そこで錬金術についての本を読み漁り自己で研究を続けた。
その結果、あの白色の部屋は【異界への扉】であり、部屋の中心にある箱の中の黒水晶、指輪、腕輪は特殊な魔術道具であることが分かる。
その事実に歓喜した魔術師はこれらの魔術道具を造ろうとし、ついに劣化版であるが指輪と腕輪の作成に成功する。
指輪と腕輪の秘密を解き、真の目的たる【異界への扉】と黒水晶の謎を解明しようとしたとき、身体が病に侵されていて余命3か月であることを知らされる。
研究がこれからという時に頓挫したことへの絶望がうんざりするくらい書かれてあった。
ここから先の話は僕も不動産屋から聞いて知っている。それは幽霊がでると噂されるようになった理由。
魔術師はコンクリートで白色の部屋へ続く階段の入口を埋めてから自殺したのだ。2階の一室で首を吊って。
男は魔術師としての登録もしていなかったこともあり、警察はおろか相続した遠い親戚も男を魔術師とは認識せずにこの屋敷は売りに出される。
何とも世知辛い話だ。
遺書も残されていなかったらしいし、警察は余命いくばくもない事を憂いて自殺したと結論付けよく調べもしなかったのだろう。仮にもっとよく調べていたら僕のような下っ端の魔術師がこの工房を手に入れることはなかった。
しかし、同じ魔術師として男の気持ちは痛いほど理解できる。だから、とてもこれを幸運と手放しで喜べない。何とも複雑な気分だ。
兎も角、このレポートでいくつか新たな事実が判明した。
第一に、【解析の指輪】と【万能の腕輪】はこの屋敷の魔術師が作ったものではなく、どこぞの錬金術師が作ったものであること。
つまり、錬金術という魔術を完全把握すれば理論上は必ず僕にも作れる。
第二に、あの黒水晶は生命力を吸い取る力があったこと。黒水晶に触れるとネズミが一瞬で干からびたらしい。このレポートを読む限りぞっとする。
僕が生きている理由は不明だが、もしかしたら黒水晶に触れる事こそがあの白い部屋の結界を解く鍵だったのかもしれない。
要するに次のようなことだ。
白い部屋の遺跡に意義を見出し調査した者はあの黒水晶が持つ禍々しい力を理解する。つまりだ。白い部屋の結界は謎を解明したいものには決して解けないような仕組みになっている。魔術師にとって真理の究明は本能のようなもの。その根幹ともいえる本能を捨て去ったときのみ、結界が解ける。
仮にこの仮説が正しければあの白色の部屋の遺跡を作った人物は大層性格が捻じ曲がっているようだ。
第三は、この屋敷の魔術師は魔道工学を専攻していたこと。彼の毛髪があれば、魔道工学術についても取得しうる。そうすれば、工房の魔道機械を動かせるし、故障しても修理し得る。
あの地下工房の書庫内の机の床になら1本くらい毛髪が落ちていてもおかしくはない。いや、掃除をとりわけしているようにも見えなかった。落ちていない方がおかしい。
近日中にあの工房はステラ達と大掃除をする予定だ。掃除の後で見つかる確率は皆無となる。今から行って探すとしよう。
地下の工房は昼夜ともに薄暗い。深夜だからと言って変わるはずもないのだが、なぜかより薄暗く感じてしまう。
書庫内の部屋の隅にある机の回りの床に両膝をつきつつ、懐中電灯片手に深夜、他人の毛髪を探す僕。客観的に見たらマジで変態だ。こんなことはこれっきりにしたいものだ。
30分近く探すが見当たらない。倉庫に巨大な冷凍庫があった。魔術師も冷凍庫に出入りはしていただろうし、まだ存在する可能性は高い。
冷凍庫で探索を始めると数分で長い毛髪を発見することができた。それを飲み込むと体が発火する。
よし! 今日は完璧な一日だった。後は部屋に戻って錬金術を把握し、全てが完了する。
冷凍庫を出ようとすると背後から視線を感じる。室内を調べてみたが誰もいない。気のせいだ。少し疲れているのかも知れない。
今度こそ、自室へ戻る。
魔術欄を解析すると、《魔道工学術》が増えていた。
《錬金術》と《魔道工学術》の把握をしなければならなくなったわけだが、2つの把握は正直骨だ。できれば一度で済ませたい。それに2つはものを造るという点で同様の性質をしており、融合できると僕は予想している。
《創造魔術》で成分抽出し、融合させてしまうことにする。失敗しても、再び《錬金術》や《魔道工学術》を造ればよいし問題はない。
成分を解析すると【錬金術】と【魔道工学術】が存在する。これら2つを成分として《融合魔術》と念ずる。
僕の心臓の鼓動が高くなると同時に、血液がグツグツ煮え立つ。まるで地獄の窯の中で強制入浴させられているような強烈な不快感に必死で耐えながらも、ベッドへダイブし意識を投げ出した。
◆
◆
◆
鳥の合唱が僕の耳に飛び込んでくる。目を開けるとすっかり周囲は明るくなっていた。
上半身を起こし、腕時計を見るとすでに5時半。あと30分近くで朝食の調理を開始しなければならない。
その間に融合したはずの魔術を確認しておこう。
ステータスの魔術欄を解析する。
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【魔術】
★説明:
・《創造魔術》
・《錬金工術》
・《呪術》
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《錬金工術》。これだ。すかさず解析する。
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【錬金工術】
★説明:物質から特殊な能力を有する武具や魔術道具、魔道機械を造る術。
★ランク: 混沌
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《創造魔術》と調査の仕方は同じだろう。
《特殊な能力を有する武具や魔術道具、魔道機械を造る》の部分を調査する。
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【武具・魔術道具・魔道機械作成法】
★説明:《錬金工成分》から作成したい武具・魔術道具・魔道機械の《設計図》を形成する。その《設計図》の指示された場所に特定の物質を設置し、《設計図》に魔力を込めて合成する。
・《設計図作成》:《錬金工成分》を特定し、造りたいものを思い描きながら《武具・魔術道具・魔道機械設計図作成》と念じて作成する。
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《成分》ね。予想通り、《創造魔術》と同じ。
錬金工術が武具・魔術道具・魔道機械の造成魔術なら、《創造魔術》は魔術・スキルの造成魔術。似ていて当たり前だ。
《錬金工成分》を解析する。
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【錬金成分】
★説明:他の物質、概念を認識し分析と念じると得られる武具・魔術道具・魔道機械の核。
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これで能力とその発動方法は把握した。
あとは《物質》が何なのかだけ。
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【物質】
★説明:《設計図》が指示した金属、鉱石、素材。
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あとは実際に《設計図》とやらを造ってみない限り、これ以上の事は知り得まい。
《錬金工成分》を抽出しよう。
僕の持つ【解析の指輪】と【万能の腕輪】に触れ分析と念ずる。
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【分析】
★分析結果:以下の錬金成分が抽出。
・ 転移
・帰来記憶
・翻訳
・異空間生成
・時間停止
・解析
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転移、帰来記憶、翻訳、異空間生成、時間停止、解析の全ての《錬金工成分》を用いて、制限なしの帰来転移、無限収納道具箱、万能な翻訳能力、解析能力のすべてを有する指輪を思い描き、《武具・魔術道具・魔道機械設計図作成》と念ずる。
突如、僕の眼前に直径10センチメートルほどの銀板が出現する。
その銀板に触れると次の文字が浮かびあがる。
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【至高の指輪】
★以下の材料が必要。
・Aランク以上の紅石1個又はBランクの紅石2個又はCランクの紅石20個。
・鉄5kg
・銅4kg
・銀3kg
・金500g
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その後、色々試してみたが、何れも高ランクの紅石が必要であることが分かる。
これであの魔術師のレポートにつき全て繋がった。
魔術師は転移や解析の能力のある魔術道具には、南米の遺跡から発掘された《血魂石》と呼ばれる特殊な石が必要であると結論付けていた。
魔術師の表の顔は考古学者であったこともあり、この《血魂石》は比較的手に入れやすかったようだ。
この《血魂石》が紅石だ。
第二倉庫はまだ適当にしか見ていない。あの中にある可能性が高い。今から行って見てみよう。
厨房ではすでにステラとアリスが朝食の準備をしていた。
丁度いい。今朝はステラ達に朝食の準備を任せる事にする。
ステラに朝の朝食の用意をお願いすると、嬉しそうに首を縦に振る。ステラにはどんどん遠慮せずに頼った方がいいかもしれない。
地下工房の第二倉庫は様々な金属が置いてあった。おそらく、魔道機械の作成に使うためだろう。これは助かる。
目的の《血魂石》は第二倉庫の最奥にあった。
倉庫内にあった《血魂石》――《紅石》の内訳はAランクの紅石6個、Bランクの紅石が10個。Cランクの紅石が47個、Eランクの紅石が33個。Fランクが50個、Jランクの紅石が44個であった。
早速作ることにする。紅石を全てアイテムボックスに入れる。さらに、第二倉庫から鉄、銅、銀、金を探し出し、アイテムボックスへと入れて、自室へ戻る。
銀板の上にAランクの紅石1個、鉄5kg、銅4kg、銀3kg、金500g を載せ、魔力を込める。
魔力の込め方は魔術の基本中の基本。これが出来なければそもそも魔術師とはいえない。
銀板は発光、変形し、金属を包み球状になり変形しながら凝縮していく。
球体は血のように真っ赤な宝石がはめ込まれた指輪の形を形成し、カランッとテーブルの上を転がった。すかさず、指輪を解析する。
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【至高の指輪】
★説明:《既来転移》、《無限道具箱》、《万能翻訳》、《解析》の4つの効果がある。
・《既来転移》:指輪に触れている者を一度訪れた場所に転移可能。
・《無限収納道具箱》:指輪に触れたものを無限に収納できる道具箱。収納されたものは劣化しないが、生ある者は収納不可。
・《万能翻訳》:知能の有するあらゆる存在の言葉を理解し、発音することが可能。
・《万能解析》:視認したありとあらゆるものを解析する。ただし、発動には『調査』のワードが必要。
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《既来転移》の1日に2回という回数制限が解除され、《万能解析》の能力が追加された。結構な出来だ。
ステラとアリスの指輪も作ろう。この指輪のイメージは僕の思考に左右されるようだ。彼女達は女の子だし、デザインも重要だ。
ネットを開いてよさそうなデザインをチェックする。人気ベスト10の1位と2位のデザインを模倣し、宝石だけエメラルドにしよう。理由はエルフが森を愛する種族だからだ。
ステラ達は将来故郷を解放するつもりだ。その際にエルフの姿は都合が悪い事もあろう。姿をごまかす機能は必須となる。兄さんが残してくれたものの中にイリュージョン系の魔術道具があったはず。
物置でゴソゴソと探すとすぐに目的のペンダントは見つかった。ペンダントを分析する。
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【分析】
★分析結果:以下の錬金成分が抽出。
・ 転移
・帰来記憶
・翻訳
・異空間生成
・時間停止
・解析
・イリュージョン
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【至高の指輪】にイリュージョンを加えた《錬金工成分》を用いて、【至高の指輪】の能力にイリュージョンの能力を加えた能力と、ネットで調べたデザインを思い描きつつ、《武具・魔術道具・魔道機械設計図》と念じ、《設計図》を作成する。
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【究極の指輪】
★以下の材料が必要。
・Aランク以上の紅石1個かつBランクの紅石1個かつCランクの紅石5個。
・鉄5kg
・銅4kg
・銀3kg
・金1kg
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《設計図》の銀板にAランク1個、Bランク1個、Cランク5個の紅石に規定の量の鉄、銅、銀、金を置き、魔力を込め、指輪を造りだす。
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【究極の指輪】
★説明:《既来転移》、《無限道具箱》、《万能翻訳》、《解析》、《イリュージョン》の5つの効果がある。
・《既来転移》:指輪に触れている者を一度訪れた場所に転移可能。
・《無限収納道具箱》:指輪に触れたものを無限に収納できる道具箱。収納されたものは劣化しないが、生ある者は収納不可。
・《万能翻訳》:知能の有するあらゆる存在の言葉を理解し、発音することが可能。
・《万能解析》:視認したありとあらゆるものを解析する。ただし、発動には『調査』のワードが必要。
・《イリュージョン》:自身の姿を発動者の意図する姿に錯覚させる。
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オッケーだ。少々こりすぎた感はあるが、これでこの《錬金工術》の能力は粗方把握した。最良の結果といえるだろう。
残り1個の【究極の指輪】も同様に作成する。
【万能の腕輪】と【解析の指輪】を外し、【至高の指輪】を嵌める。
2個の【究極の指輪】を持って食堂へ行くと、食堂のテーブルには朝食とは思えない色とりどりの料理が皿に盛られて置かれていた。
「マスター、丁度、今呼びに行こうと思っていたところです」
「うわ~、美味しそうだね。
ステラ、アリス。朝食の準備ありがとう」
僕の言葉でまぶしいような深い喜びを浮かべるステラと、未だ眠いのか大きな欠伸をしているアリス。
そんな対照的な彼女達を促し、朝食を食べる。
料理はステラの故郷の料理を、地球の調味料を使って調理したものであり、かなり絶品だった。
食後の休みに、【究極の指輪】をテーブルの上に置きその効果を説明し二人に渡す。
小学生のように頬をほころばせて手をたたくアリスと、嬉しくて目が涙に濡れるステラ。どうでもいいがエルフは少々、オーバーリアクションすぎるではなかろうか。
《錬金工術》の実験的意味合もあった僕にとってはこの2人の喜びようはかなり気まずかった。
その30分後、リビングで魔術の基礎理論の教科書を使って、ステラとアリスに説明をする。
「最初は基礎魔術の分野についてから。わからない事があったら、その都度聞いていね。
魔術には黒魔術、白魔術、青魔術、赤魔術、降霊術、呪術、召喚術の基礎魔術と錬金術や、魔道工学術等の特殊魔術がある」
「はい! は~~い!
魔術ってそんなに種類があるの? ボクらの学校では人間が使う一般魔法と、ボクらエルフが使う精霊魔法しかないって教わったよ」
元気よく右手を挙げ、質問するアリスに向けてゆっくり説明を始める。
「君らの扱う精霊魔法というのはおそらく召喚魔術の一種。
これは現代基礎魔術の中でもトップクラスに強力で、重要な魔術。
この召喚術は天界、地獄界、竜界、幻獣界、精霊界からそれぞれ天族、魔族、竜族、幻獣族、精霊族を呼び出し契約する魔術。
召喚魔術の行使には特殊な触媒が必要。この触媒がないとそもそも世界の扉が開かない。
具体的には召喚される存在と密接な関わりのある物が用いられる。
例えば、遺跡から発掘された聖遺物とか、もしくは人間界で遊びたい天族がわざと自身の所持品を魔術師に渡しておき、それが代々受け継がれているなんてこともある」
「精霊魔法の契約の儀式には一度私も立ち会ったことがありますが触媒など用いてはいませんでした。これはどういうことなのでしょう?」
ステラは臨終の床に立ち会うような敬虔な表情で僕に質問してくる。
今すぐ故郷に飛んで帰りたいステラにとって1分1秒が勝負なのだろう。
「君らエルフは伝説では妖精と人間とのハーフなんだろ? だからさ。
妖精は精霊族の一種族。つまり君らの存在そのものが精霊界の門を開く鍵というわけ」
「ああ、なるほど――」
「納得したみたいなんで話を先に進めるよ。
ざっくり、各分野について説明して、その後詳しく見ていこう。
一つ目が黒魔術。自身の魔力と自然を接続し操作する力。今は魔力によって自然現象を扱う程度に考えておけばいい。
二つめが白魔術。
この魔術は肉体の治癒力を大幅に高めたり、肉体を強化したり、自身に情報受信機に似た機能を持たせ他者と伝達を行ったりする魔術。つまり生命に影響を与える魔術。
三つ目が青魔術。天族達5種族のルールを一部使わせてもらう魔術。
例えば天族の起こす典型的な奇跡に《祝福》がある。この《祝福》は通常天族にしか扱えないんだけど、この《祝福》実行のコントローラーと魔力によってアクセスし、一時的に使わせてもらう。こんな魔術。
四つ目が赤魔術。通称、精神魔術。自己の魔力により相手の脳を操作し、精神支配する魔術。典型的なのが幻惑を見せたり魅了したりすること。
五つ目が降霊術。心霊術ともいう。今は霊の存在を知覚し扱う魔術と覚えておけばいい。
六つ目が呪術。自身に対し一定の制約をすることにより呪力を上昇させるタイプと、相手に呪いをかけるタイプがある。この呪術は強力だけど制約を破ったときや相手にかけた呪いが破られたときの反動が凄まじい。
君らの奴隷の呪いもおそらく呪術。僕が破ったから今頃あの術をかけた本人にはペナルティーが発生しているはずだよ。
流石にマークを身体に刻む程度の弱い呪力だったから、死んでまではいないと思うけど、あの奴隷のマークが体中に浮き出るくらいはしているんじゃないかな」
ステラとアリスの血の気がサーと急速に引いていくのがわかる。
「じゃあ、昨日の魔術師の宣誓の儀式も?」
「そう。あれは誓約の呪術。魔術師以外の者に魔術の存在を漏らさないと宣誓することにより、自身を魔術師とする呪い。
仮に君らが禁を犯せば、魔力が消失する。魔術師にとって魔力の枯渇は死より重い罰。まさに、最大禁忌ってやつさ。
君らもこれは肝に銘じておいてね」
「はい……」
幽鬼のような青白い顔で頷くステラ達。
少し脅かしすぎたかな。でも呪術は強力な反面極めて危険だ。むやみに扱ってほしくはない。
「魔法では呪術の危険性が知られていないみたいだけど、あんな奴隷の刻印を刻む呪術なんて僕ら魔術師は絶対にしない。その程度で呪術を使えば命なんていくつあっても足らないよ。
君らも呪術の行使は慎重にね!」
「はい!」「うん!」
快活に答える二人に頬を緩ませながら説明を再開する。
「召喚術はさっき説明したし、これで基礎魔術の概要についての説明は終わりだね。
次は僕が知る特殊魔術の説明を簡単にしてから、より詳細に基礎魔術の各分野を見ていこう!」
二人とも魔術の修行に真剣に取り組んでいた。想定外だったのはアリスだ。
今日は退屈な魔術理論。居眠りでもすると踏んでいたのだが、目をキラキラさせながら僕の説明に耳を傾けていた。
魔術の基礎理論の概要の説明が終了し、回復薬製造法の説明に移る。
今日は回復薬製造法の原材料について。
兄さんのノートにはご丁寧に原材料の写真までついていたのでその写真を見せながらの授業となった。このことが幸いし実に面白い事が判明する。
HP回復薬とMP回復薬の主要な原料は共に《半月草》だが、これは栽培ができず、地球では手に入れるのは著しく難しい。
魔術審議会も《半月草》が少ない地域では増えるまで採取に一定の制限をしており、地方によっては手に入らない家すら出ている。
楠家はその所有する山に《半月草》が多量に生えており、魔術審議会の制限は受けておらず、比較的手に入れやすかった。
それでも、近年《半月草》が少なくなり、採取に自主制限を課していたのだ。
これに対し、ステラの世界――アリウスでは普通に道端に生えている雑草のような植物らしい。これは気候や土壌のせいだろう。
他にはHP回復薬は《紅焔草》、《白燕草》、MP回復薬は《魔性牡丹》、《鬼無花果》を原料とするが、全て雑草であり、アリウスではありふれた植物だった。
要するに、アリウスという異世界では回復薬は造り放題ということだ。
当初僕は紅石でギルド資金を稼ごうと考えていたが、紅石には武具・魔術道具・魔道機械の原材料となる。出来る限りストックしておきたい。
代わりに回復薬を魔道機械で多量に製造し販売することでギルド資金を稼ぐのでもいいかもしれない。
回復薬は魔術によって造られるにすぎず、魔術そのものではない。従って製造法を教えない限り、素人に売っても誓約には抵触しない。
現に地球でも一般マーケットでHP回復薬は高額で取引されている。
もっとも、HP回復薬はこのままでは高性能すぎる。仮に売却すれば、世界中から好奇の目で晒される結果となる。
僕も魔術師、目立つにしても自然で違和感なく目立ちたい。
そこで下位のHP回復薬を薄めるなどして効果をやや下げてから売ってはどうかと思う。
最もこれには新たな回復薬の魔道機械の研究開発や、機械の運転と薬草を採取する人員の確保が必要となる。
今は迷宮探索に集中したいし、当分はお預けとなる。
兎も角、これで研究に使う《半月草》を節約する必要もなくなった。
今日の迷宮探索が終わり次第、一度稼働させてみることにする。
錬金術の実験でした。
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