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虚弱高校生が世界最強となるまでの異世界武者修行日誌 作者:力水

第1章 異世界武者修行編

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第10話 魔術工房



 午前6時になり鳥たちの囀りとともに目覚め、朝食を作り始める。
 母さんを幼い頃に亡くしたこともあり、楠家の台所は僕が任されていた。
これは単なる消去法だ。
 楠家前当主の父さんの方針により、魔術師以外の一般人の楠家への立ち入りは禁止されており、家政婦さんたちを雇うことはできなかった。
 楠家に出入りする魔術師は皆、や〇ざさんのような風貌をしたお兄さん、お姉さんばかり。料理など作れるはずもない。
 さらに、父さんと兄さんに食堂を任せれば得体のしれないものが完成するのは目に見えている。現に僕が風邪を引いて臨時で兄さんが作った料理は見るからに怪しい魔女が作る料理のように緑色のドロドロした液体だった。
 結果、父さんと沙耶に泣きつかれ高熱の中で僕が料理を作ったのは懐かしくも苦い思い出だ。
 そんなこんなで僕は一通り料理を作れる。さらにステータスの器用さが上昇したせいで、自身でも驚くほどの調理技術を披露できた。
 今朝はポテトサラダ、シチュー、パンとハンバーグにした。少し朝から重たい気もするが、今日の午前中はこの屋敷の大掃除と魔術工房の捜索を行い、結構な重労働になる。
沢山食べて力をつけておいた方がよい。


「マスター、おはようございます」

 テーブルに料理を載せていると3階から降りてきたステラとアリスが食堂に入ってくる。ステラはテーブルの料理に顔を僅かに曇らせ、アリスは目を輝かせる。
 ちなみに、昨日のステラとアリスの熱戦により僕の呼び名は《マスター》になったようだ。まあ漫画や小説でもギルドマスターを《マスター》と呼ぶことはよく目にする光景だ。少なくとも御主人様よりかはいいだろう。

「おはよう。ステラ、アリス。
 丁度良かったよ。今から君らを起こしに行こうと思っていたところだったんだ」

「マスター、このような事をなされては困ります。雑務はステラ達がいたします――」

 責任感が強い事は結構だが、ステラはまだこの家の機械に慣れていないし、特にアリスは……沙耶と似ている。この少女には無理だろう。
 アリスはチョコンと席に座り、目の前の料理に釘づけだ。アリス達の世界の味気もないまずい料理を普段食べていればそれはそうだろう。

「ステラ、前にも言ったはずだよ。
君らは僕と同じ魔術師の流派であり、同じ《妖精の森スピリットフォーレスト》のメンバーだ。
 僕らには上下関係はあっても主従関係は存在しない。なら料理が得意な僕が料理を作るのは適材適所というものでしょ?
 君には料理などではなくもっとふさわしい仕事をして欲しいと思ってる。
 それも含めて食後に話し合おう。さあ、座って」

 ステラの椅子を引き、座るように促すと不満顔ではあったが大人しく従う。
 育ちざかりのアリスはペロリと出された料理を平らげ、リビングのテレビの前に直行してしまった。ステラは顔を顰めるが子供はそのくらいふてぶてしいくらいが丁度いい。
 アリスはステラに食後の食器洗いを強制され渋々従った。


 アリスとステラの食器洗いが終わり、リビングのソファーの上で今後の僕ら《スピリットフォーレスト》の行動方針について話し合う。
 ステラはもちろんの事アリスも先ほどとは別人のように神妙な顔で席についている。オンとオフをきっちり切り替えられる子のようだ。なら何の問題もない。
 僕の眼前のテーブルにはノートパソコンが置いてある。決まった事を文書化するのだ。僕が議長と秘書も兼ねる。

「まず、当面の《妖精の森スピリットフォーレスト》の行動指針からね。
 《終焉の迷宮》の完全攻略を目標とする。目標攻略期間は1か月。
予め断っておくとこの1か月はあくまで目標だよ。《終焉の迷宮》が何階層まであるのかも不明なんだ。物理的に無理という可能性も十分ある。気持ちを引き締めるためだと考えてほしい。ここまでいい?」

 ステラ達は冒しがたい凛とした表情で頷く。

「じゃあ、話を続けるよ。
《終焉の迷宮》の試練を攻略すれば僕らのギルドランクと冒険者ランクが無条件で上昇する。だから、この1か月はクエストを受けず、ただひたすら迷宮攻略することだけに費やす。
 とは言っても、この迷宮攻略は僕らの修行という側面もある。そこでこの1か月、午前中はこの屋敷で魔術の修行を行い、午後に迷宮攻略を行おうと思う」

「はい、は~い。質問~!」

 アリスが手を挙げる。ステラがすかさず、『マスターがまだお話中ですよ』と苦言を呈するが、僕はそれを右手で制する。

「いや、ステラ、むしろ積極的に質問・意見はしてもらいたいんだ。
僕らは迷宮攻略に少なからず命をかける。僕の考えは十分に理解してもらいたいし、誤っているなら正したい。その方が生存確率がぐっと増すしね」

「差し出がましい事を申しました」

 ステラは少々真面目すぎる。というより僕の事を少々神聖化しすぎている節がある。もっと、気軽に接してほしいのが本心だ。
 手でアリスに質問を続けるように告げると、元気よく口を開く。

「日帰りで迷宮攻略できるの? 昨日の冒険者達が迷宮の20階層に到達するのに数日かかったって言ってたよ」

「僕には転移の魔術道具(マジックアイテム)があるからね。迷宮内の攻略したところから始めることができるのさ。
 だからこその目標1か月なんだ」

 ステラ達から感嘆の声が上がる。想像すらできなかった迷宮攻略が現実味を帯びてきたからかもしれない。

「次が《スピリットフォーレスト》の組織面について。
まず組織の心臓ともいえる経理については、ステラ、君にお願いできる?」

「ス、ステラが経理ですか?」

「うん。君が適任だ。
僕も真面目で几帳面な君なら安心して任せられる」

「はい。喜んでお引き受けします!」

頼られたのがよほど嬉しいのか驚喜に近い表情を顔面に漲らすステラ。

「ボクは? ボクは?」

「アリスは……う~ん。今はないかな」

「そんな~」

プーと頬をリスのように膨らませてふて腐れるアリスを視界に入れ、僕とステラの頬が自然と緩む。
まるで朱花に滅茶苦茶にされる前の兄さんと沙耶がいるときの楠家のようで、僕の冷え切った心に温かい火がポっと灯るような気がする。

「はは……、アリスには剣の才能があるから頑張り次第では役職を与えるよ」

「ホント? ボク、頑張る!」

 ガッツポーズでキラキラと目を輝かせるアリスをしり目に僕は脱線した話を元に戻す。

「この600万ジェリーは君に預ける。この後金庫の使い方も説明するよ。
基本、必要なものは君の独断で買っていいし、僕の承諾は不要だよ。500万ジェリー以上の買い物は僕ら全員で話し合って決めよう」

「了解です。マスター!」

「経理の話題になったから、ついでに迷宮内の取り分についても話しておこう。これは僕の提案だよ。
 迷宮内で倒した紅石の換金代金は《スピリットフォーレスト》が55%、僕、ステラ、アリスで15%ずつ。
 武具、魔術道具(マジックアイテム)類は一度この屋敷に持ち帰り話し合って決める。
こんなところでどうだろう?」

 迷宮探索は遊びではない。命をかけるならそれ相応の見返りは受けるべきだ。
 小遣いがもらえるとはしゃぐアリスを一睨みで黙らせてステラが厳しい口調で発言する。

「ステラ達はマスターに奴隷から解放していただき、この素晴らしいお屋敷でお世話になりながら、魔術を教えていただく身です。この上、換金代金を貰うのでは筋が通りません。
換金代金はマスターが全額貰うべきです」

 僕は出来る限り優しく諭すようにステラに語りかける。

「ステラ。何度も言っているだろう?
 君達を奴隷から解放したのは僕にもメリットがあったから。だから君達が恩義に感じる必要なんてない。
それに、今後仮にメンバーが増えた時に僕が一人で貰っていたのでは示しがつかない。組織の立ち上げ時にこのようなルールにしていた方が後で揉めないし都合がいいのさ。
分かってくれるかな?」

 当面は様子見。ステラ達以外にギルドメンバーを増やす気は今のところはない。もっとも僕のことだから方針転換するかもしれないけど。
兎も角、このように言っておけば、責任感の強いステラは拒否できない。

「了解……しました」

 案の定、下唇をかみしめながらステラは了承する。

「それじゃあ、具体的なこの数日の予定について話すよ。
 今日の午前中は君らの魔術師になるための宣誓の儀式を行う。その後はこの屋敷の捜索。 
 捜索というのはね。この屋敷、最近僕が購入したわけなんだけど、どうやら以前の持ち主が魔術師らしくて、『工房』という名の魔術師の研究所がこの屋敷にあると予想されるんだ。そこでこの『工房』を僕らの魔術の修行に利用しようというわけ。
だから、その隠し部屋を君達で探してほしい」

「承りました。必ず探し出します!」

 拳を握りしめ力強く頷くステラ。

「ありがとう。僕は兄さんが残してくれた荷物の整理をしなければならないから手伝えない。お願いするよ」

 ステラにはできるかぎり仕事を積極的に頼んだ方が彼女の精神状態には良いような気がする。これがベストだろう。
 話を続けよう。

「午後は早速、《終焉の迷宮》での修行。君達のレベル上げ。
 この3日間は迷宮の上層で君達のLVを20以上まで引き上げる。
 本格的な迷宮攻略はその後になるよ」

「私達のレベルを3日で20以上に……?
マスターは昨日の男のレベルも正確にいい当てていましたが、マスターはレベルをどうやって認識しているのですか? 
 以前お父さんに、LVは特殊な魔法水晶に触れないと認識できないと聞いていたのですが……」

 確かにステラとアリスがLVを認識できないのは痛い。
《眷属軍化》で僕が見たものをステラ達も認識できるが、それではステラ達が単独行動をしたときにはLVの認識は不可能となってしまい不便が残る。やはり【解析の指輪】がもう2つばかり必要だ。
 それに【万能の指輪】についても改良が必要だ。即ち、転移の1日2回の制限も解除。ステラ達は女性であり、長期間の迷宮探索は不便も多い。頻繁にこの屋敷に戻ってくることができるならそれに越したことがないのだ。
これらの解決方法も思いついている。当然【創造魔術(クリエイトマジック)】だ。
 このふざけた指輪と腕輪は魔術かスキルで作ったのだろう。作った魔術師の髪の毛があれば僕にも作れるはずだ。
 工房に書庫があればそこに髪の毛の一本挟まっているかもしれない。

「僕が持つこの指輪で認識してるんだ。この指輪はこの屋敷に以前住んでいた魔術師の作成したもの。
 工房さえ見つかれば君らの分も作れるかもしれない。
 だからお願いするよ。見つけて欲しい」

「勿論です!! お任せください!」「ボク、がんばる!」

 僕が頭を深く下げると二人とも力強く答えてくれた。

「今日最後の話。これは話というよりお願いかもしれない。
 僕には他者のレベルを上げ易くする力があるんだけど、それには君達に僕の《眷属》になってもらわなければならない。
 《眷属》って大層な呼び名だけど、君達の意思を制約する効果は一切ない。
君らのレベルが上がり易くなることと、僕、ステラ、アリスとの間に主である僕を介してネットワークが形成されるくらい。
唯一の難点はこの《眷属化》には君らの身体に印を刻まなければならないことくらいかな。でも僕が印を消す事を望めば印は消えるし、《眷属化》も解消される。
 僕の眷属になってもらえる?」

「その印は身体どの部分でも可能なのでしょうか?」

 恐ろしく厳粛な顔で尋ねてくるステラ。やはり女の子の身体に刻印を刻むのは酷なのかもしれない。しかし、そうすると彼女達のレベル上げが暗礁に乗り上げることになる。こればかりは納得してもらうしかない。

「身体のどの場所にでも可能だよ。
 印も僕が自由に決められるみたいなんで、アリス考案の《妖精の森スピリットフォーレスト》のギルドマークにでもしようと思ってるんだけど……」

 昨日《眷属》や《印》について解析しまくり、ある程度の性質、メカニズムは把握済みだ。《印》は僕の意思で決定可能らしい。

「眷属になります!」「眷属になるよ!」

 二人とも喜色満面の笑みで椅子から立ち上がる。アリスなどピョンピョン兎のように飛び跳ねている。
ステラ達には父や母を助けるという目的がある。最終的には眷属になることを納得してもらえるとは思っていた。
だがそれは悩んだ末での決断だと踏んでいたのだ。喜ぶのはやや想定外。何か理由でもあるのだろう。

「ステラとアリスのこの部分にギルドマークをお願いします」

 二人は二の腕に巻いていた白い布を取る。そこには黒い丸とその丸の中に×のマークの入れ墨が刻まれていた。いや、入れ墨というよりこの感覚、これ呪印?

「まさか、それ……」

「盗賊から奴隷商に売られるときに付けられました。
 この奴隷の印は削っても焼いても、浮きでてくるんです」

 おそらく呪術の類だろう。奴隷の逃亡防止というところか。
 ステラは苦渋に顔を歪ませながらも説明し始める。
 この奴隷の印は奴隷商が買い取る際に付ける印であり、焼こうが抉ろうが決して消えることはない。
 そして、一度奴隷の印がつけられるとその者は一生奴隷としての人生を強いられる。
 仮に主人がいなくてもそれは野良の奴隷として扱われ、まともな職には就けない。
ステラに聞くところによると冒険者にでさえ奴隷はなれないらしい。昨日ステラ達がこの暑いのに長袖のローブを着ていた理由がわかってしまった。僕に見捨てられることの恐怖から言い出せなかったようだ。
馬鹿馬鹿しい。その程度でステラ達を見捨てる程僕は愚かではない。

「了解だ。そういうことなら遠慮はいらない。その部分にギルドマークを付けるよ。
 大丈夫。僕の《眷属軍化》はそんなちっぽけな呪いなど楽勝で吹き飛ばすから」

 これは事実だ。仮にも混沌(カオス)のスキルの発動。《眷属軍化》の印が付された場所はちんけな呪いの効果など跡形もなく消失するだろう。この刻印が僕の睨んだ通り魔術か呪いによるものならば、眷属化を切ってもこの奴隷の刻印は間違いなく消失する。

「ありがとう……ございます」

ステラは嬉し涙で鼻声だった。アリスも目尻に涙を溜めている。
 彼女達を早く奴隷から解放してやろう。
椅子に座るように促し《眷属軍化》を発動し、《スピリットフォーレスト》のギルドマークをイメージしつつ、右の二の腕の奴隷の刻印に《眷属化》の刻印を重ね掛けする。
 暫く彼女達2人の身体が発光し、奴隷の刻印は消失し、代わりに大木と妖精のマークが刻まれた。眷属化はなされたのだ。
 額から大粒の汗を張りつかせている様子からも、体力的につらいだろうに二人とも満足そうに顔をほころばせていた。


 ステラとアリスの体力が十分に回復してから、魔術師になるための通過儀礼――魔術師以外の者に魔術を教えない旨の宣誓の儀式を行う。
 その後、僕は兄さんの荷物の整理、ステラとアリスは魔術工房の探索に入る。

 兄さんは本の虫だった。読むのはもちろん、執筆すらしていたことからその量は膨大だった。本の内容は8割が兄さんの専攻――錬金術と呪術関連書物。残り2割が降霊術、召喚術、黒魔術、白魔術、青魔術、赤魔術に関する書物。
調べる内容は回復薬等の有用な魔術道具(マジックアイテム)の作成法。
当初、部屋の中に山のように積まれた本にゲンナリしていたが、ステータスの上昇の恩恵は頭脳の向上もあるらしく超速読が可能となっていた。
 1時間程度で目的の回復薬の作成法が記載されている書物と兄さんのノートが見つかる。さらに時間が経過し午前9時半に差し掛かった時、目的の物が本の間から見つかった。
 即ち、兄さんの髪の毛。口に入れ胃に流し込む。強烈な発火感がある。魔術かスキルのいずれかを取り込んだ。
 僕は自身のスキルと魔術の欄を解析すると魔術の欄に《錬金術》、《呪術》とあった。 
 様々なスキルや魔術を取り込んだり、他者を解析した結果、僕は一つの仮説を立てることができる。
 順を追って考察していこう。
スキルと魔術には《分野》等の大きな概念とその分野の中に含まれる個別の《技》等が含まれる。
例えば《剣術》という《分野》と、その剣術の中に含まれる《兜割》等の《技》の概念だ。
【黒蜘蛛】が持っていた《蜘蛛糸》もこの技に含まれる。ただしこの《蜘蛛糸》には分野の概念などない。
そして《技》はスキルを持つ者にしか扱えないが、《分野》は必ずしもそのスキルを持つ者だけが使えるとは限らない。しかし、スキルを持たない者達と比較し、その《分野》について圧倒的に上手く扱えるのだろう。
剣術ならば剣をより滑らかに扱えるようなことだ。
この事は魔術も同じであり、よりわかりやすい。
《魔術分野》に対し、その中に個別の《術》がある。
例えば、《黒魔術》の中に、《爆炎(エクスプローション)》があるといった具体だ。
 そして、解析の結果、この黒魔術の分野は《魔術種》といい、その中に含まれている術はL1~7の段階に分類されることが判明している。
 そしてこの分類法は魔術審議会の分類とも大筋で一致する。
 分野は一部の例外を除いて誰にでも扱えるのはスキルと同じ。ステータス欄に《分野》の記載がある場合には、その《分野》に才能があり、より高度な《術》を覚えたり、低リスクで術を扱うことができるのだと思われる。
スキルとの最大の違いは個別の《術》は基本的に誰にでも扱えること。
ステータスの魔術欄にこの《術》を有するものは、その《術》につき特別な才能があり、MPの消費を抑えたり、威力が強かったり、演唱を省略したりすることができるのだろう。
 このことは兄さんについて考えると容易に推察できる。
 楠家は元々、黒魔術と降霊術がメインの家系。そのなかでも僕の兄さんは様々な魔術系統を扱える事で有名だった。
なのに、僕が兄さんの髪の毛から得られた魔術は《錬金術》と《呪術》のみ。これも兄さんが《錬金術》と《呪術》の分野の才能があり、他の分野の《術》はスキル欄に記載がなくとも扱う事ができることが推論できる。

 ここまでが基本的な事項。
 次は一部の例外の話だ。僕の《創造魔術(クリエイトマジック)》、ステラの《加護》、アリスの《接続》は分類すれば《技》ではなく《分野》だろう。
 だが、これらの特殊なスキルや魔術はその才能を有する者にしか使えない。この才能を有するとはステータスのスキル欄や魔術欄にその名が存在することだ。
 こんなところだろう。
では恒例の《錬金術》と《呪術》の確認を行う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
           【錬金術】
★説明:素材から特殊な能力を有する武具や魔術道具(マジックアイテム)を造る術。
★ランク:至高(スプレマシー)
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 僕の《創造魔術(クリエイトマジック)》と同様、造り方に特徴でもありそうだ。

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           【呪術】
★説明:生物、無生物に呪いをかける。
・《呪術の叡智》:呪術の理論を学ぶだけでその呪術を行使できる。
・《呪術発動短縮》:呪術の演唱を破棄し発動時間を大幅に短縮する。
・《必至呪術》:呪術の発動が必ず成功する。
★ランク:固有(ユニーク)
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 《呪術演唱破棄》と《必至呪術》は現代魔術戦闘にとって不可欠なものだ。特に呪術は失敗したときの反動が大きい。《必至呪術》はないと危なくて使えない
 加えて《呪術の叡智》で魔術理論を学んだだけで行使可能となる。そりゃあ兄さん、強いはずだ。

 これで午前中の最低限の予定は工房さえ見つけることができればクリア。
まだステラ達からの発見の報告がない。魔術師の秘密主義はある意味根源的なものだ。そう簡単に発見できるはずもない。
 とは言え、同じ魔術師からすればさほど探すのは難しくはない。
まず屋根裏はあり得ない。魔術工房にはそれなりの大きさが必要。この屋敷でその広さを得るには屋根裏等では不可能だ。それに屋根裏では他者からの攻撃を受けた時に燃える危険性がある。命よりも大切な工房をそんな危険にさらす阿呆はいない。
 とすれば地下しかありえない。屋敷と離れの倉庫はすでに【異界の門】がある。倉庫内はありえない。
 屋敷内にその地下への入り口があるはずだ。そして、魔術師の本能から最も人の目につきにくい場所のはず。
 玄関、リビング、食堂、洗面所、風呂場は客が立ち入る可能性がある。ここに設置することはないだろう。
 ほら、もう数か所しかない。後はそこをしらみつぶしに探していけばよい。
 迷宮のトラップの予行演習にでもなるかと考えていたのだが、少々、魔術師の工房の調査は荷が重かったかもしれない。
 ステラ達を手伝いに行こう。


 構造的にこの家の屋敷は玄関、洗面所、浴室、キッチン、リビング、2階への階段、そして書庫や物置となっている。
 この屋敷の2階と3階は不自然なほど生活跡がなかったことからしても、地下室の工房を隠すためのフェイクだろう。
 それはこの階段より先に人が足を踏み入れることが予定されていないことを意味する。
 階段の裏は狭く薄暗く、とても大人が通れるような幅ではない。
しかし、周辺の床、壁を手で叩いていくと案の定、反響が他とは異なる場所がある。

(ビンゴだ! ここが工房への入り口)

 音が異なる壁の周辺を右手で探っていると、人差し指が半径50mmほどの円状の木片を押し、ズズズッという音と共に木製の壁が上に上がり、地下への階段が出現する。

「あ~~! マスター、ずるい! ボクが見つけるはずだったのに!」

 アリスが僕に人差し指を向けながら頬を含ませていた。アリスの頭に右手の掌を載せ、ポンポンと軽く叩く。
 う~と唸りつつ俯いてしまったアリスの後ろには、2階から降りてきたステラがいた。肩を落とし項垂れている。

「お役に立てず申し訳ありません。マスター」

「いや、謝るのは僕のほうさ。
秘密主義の権化の魔術師の工房を見つけるのは魔術師になりたての君らでは少々荷が重かった。
おそらく、この2階と3階は工房を隠すためだけに作られている。だから2階と3階には不自然なくらい生活感がないのさ」

ステラもアリスも口を鰐のようにあんぐり開けていた。

「マスターが魔術師と魔法使いは違うと言った意味がやっとステラにもわかりました。
まさかこれほどとは……」

魔術師以外の者に魔術を教えない誓約に、この異常なまでの隠蔽主義。ステラが呆れるのも無理はない。

「中に入るよ。魔術師の工房は結構エグイものがゴロゴロおいてあるから気を引き締めてね」

 真剣な顔で大きく頷くステラとアリス。
 アイテムボックスから懐中電灯を取り出し、石造りでできた地下室の通路を僕らは歩く。程なくして半径10メートルほどの円柱状の部屋に出た。
この円柱状の部屋には扉が10個ほどあった。
この10個の部屋の内訳は次の通りだ。

5つの部屋には現代科学と現代魔術の粋を集めた幾種類もの魔術的機械が備え付けられており、確実に規模は楠家の工房の数倍はある。
解析してみた結果、最新式の回復系の魔術道具(マジックアイテム)製造機もあった。楠家にある機械では初級の回復薬しか作れなかったが、この機械なら上級以下の回復薬は多量に生産することができる。
使う材料も兄さんのレシピにより把握している。まさに最強のコラボレーションだ。

2部屋が研究室。ビーカーにフラスコなどの実験器具。様々な化学薬品、魔術薬品。おまけに解剖された怪物のホルマリン漬けまであり、ステラが悲鳴を上げていた。

もう1部屋は巨大な書庫だった。小さな図書館くらいはあるかもしれない。
 書庫を一通り見て回ると、書庫の最奥の片隅にはテーブルが置いてあり、レポートが山のように積まれていた。
 内容をざっと確認すると大まかに次の5つからなる。
 第一、異世界と現世との空間接続術について。
 第二、世界間を超える転移術について。
 第三、解析術について。
 第四、異空間形成術
 第五、翻訳術について。
 この中で世界間を超える転移術と解析術については僕が今最も知りたい情報と言える。
 高速でレポートを流し読みするとこれらの術は全て錬金術があれば形成可能な事が読み取れた。
 このレポートを読み、錬金術の能力を把握すれば【解析の指輪】や【万能の腕輪】を再現することも可能だろう。
 しかも、この屋敷には天才錬金術師――楠凍夜の書物が死ぬほどある。この知識により、より高性能な【解析の指輪】や【万能の腕輪】を造ることも可能かもしれない。

 最後の2部屋は倉庫だったが、かなり強力な武具や魔術道具(マジックアイテム)が多々存在した。
 もっとも大きな成果が【解析の指輪】と【万能の腕輪】のプロトタイプが山のようにあったことだ。
 解析してみると【解析の指輪(試作品)】は試作品だけあり100回解析すると壊れる。【転移の腕輪】は文字通り転移の効果しかない。しかも20回使用すると壊れるが、1日2回という回数制限がない分、むしろ完成品よりも使い易いかもしれない。
 完成品を開発するまでにはそれなりの時間がかかるはず。それまでステラ達にはこの使い捨てのアイテムで我慢してもらおう。

 魔術工房が見つかりました。次はいよいよ迷宮探索です。
 お読みいただきありがとうございます。
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