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「移民政策はとらない」発言にみえるズレと求められる論点の整理

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2016/04/06
経済政策部 兼 外国人活躍推進室 研究員 加藤 真

本稿は、「日本は移民政策はとらない」という政治家の発言を素材にして、その発言内容が、現在までの国際的な移民の潮流や、移民政策の範疇とずれていることを示し、多様化する外国人に関する議論の論点を整理することを目的としている(注1)

外国人労働者の受け入れを議論する特命委員会の立ち上げ

外国人労働者や移民に関する議論が活発化している。2016年3月には、自民党内に「労働力の確保に関する特命委員会」が立ち上がり、外国人労働者の受け入れに関する議論が開始された。4月までに提言をとりまとめる予定という。

外国人労働者の受け入れ拡大に関しては、保守系議員の反発が強い「移民政策」に議論が及ぶことへの危惧から、3月15日の初会合時には、自民党政調会長の稲田朋美議員より、「日本は移民政策はとらない」と明言があった上で、議論が開始されたと報道されている(注2)

以下では、この外国人労働者の受け入れを検討する場における「移民政策はとらない」という発言について、議論を進めたい。

「移民政策はとらない」発言にみえるズレ

「日本は移民政策はとらない」という発言は、「外国人のうち『いわゆる単純労働者(注3)』とされる層の人々を、永住を前提として受け入れる政策はとらない」といった趣旨であると推測されるが、そもそも、これだけをもって「移民政策」とするのは、これまでの国際的な移民の潮流や、移民政策として捉えるべき範疇と齟齬があると考える。以下では、主に2点の「ズレ」としてまとめたい。

① 移民はホスト国の思惑通りにはコントロールできない

第一は、外国人の出入国管理の考え方のズレである。「移民政策はとらない」という発言には、移住者の定住・永住化は想定せず、在留期間を定めた「時限的な受け入れ」を行い、「期限がくれば出国させることができる」という暗黙の前提があると推察される。

だが、移民研究の第一人者であるカースルズとミラー(Castles & Miller 2009=2011)は、21世紀の国際社会では、外国人の受け入れ国での外国人永住者の増加は不可避的であり、政府が外国人労働者を受け入れる政策を行うのであれば、受け入れた外国人労働者の中に永住する者がいることを最初から想定した政策が必要だと指摘している。

事実、20世紀末から21世紀にかけて、先進国を中心に入国管理を厳格化させ、「望まれない」移民の流入を阻止するための最新テクノロジーが国境管理に導入されてきたにも関わらず(森・エレン 2014)、他国で定住する人口は、1990年時点の約1.55億人から、2010年には2億人を超えるまでに増加している(UN 2011)。

こうした国際的な潮流に合致する傾向はわが国でもみられる。わが国では、永住化政策を行ったわけでもないのに、在留資格の「永住者」と「特別永住者」(注4)を足した人数は、1996年以降一貫して増加しており、2015年末には104万人を超え、在留外国人全体の半数近くを占める勢いである(法務省 2016)。この増加傾向は、「特別永住者」の継続的な減少、および、リーマンショックや東日本大震災に起因する在留外国人の全体数の減少があったにも関わらず続いている。

また、一度受け入れた外国人の定住・永住化について、アメリカ―メキシコ間における移民政策の事例は示唆に富んでいる。アメリカでは、第二次世界大戦期の労働力不足からメキシコへの門戸を開放したが、その後、厳重な国境管理とメキシコ人移民の締め出しに転じた。だが、すでにアメリカには彼らを労働力として頼る構造ができており、加えて、国境管理が厳重になることで、メキシコ人移民には、一度帰国したらアメリカへの再入国は難しくなるという判断を促し、結果的に、アメリカ国内でのメキシコ人移民の滞在長期化や家族の呼び寄せが誘発され、移民人口は減少どころか増加するという意図せざる結果を招いた(Durand & Massey 2004)。

以上のデータや事例は、移民はホスト国の思惑通りに都合良くコントロールできるわけではないことを示している。わが国で、外国人の受け入れを検討するのであれば、たとえ当初は永住を前提としていなくても、受け入れ後の処遇等について、在留期間の延長手続き要件や、在留期間が長く認められる在留資格への変更許可要件なども視野に入れることが求められる。

② 移民政策は「入り口の議論」(出入国管理政策)だけではない

第二は、移民政策として捉えるべき範疇・スコープとのズレである。これまで、移民や人の国際移動に関する研究では、移民政策を構成する主要な要素として、外国人の受け入れに関する「入り口の議論」=出入国管理政策(immigration control policy)のみならず、「受け入れ後の議論」=社会統合政策(migrant integration policy)も含めて、移民政策と位置づけられてきた。

なお、社会統合政策とは、移住者の受け入れ社会への「同化」ではなく、外国人の権利の保障と義務の履行を促進し、文化の多様性を維持しつつ、同じ地域社会の構成員としての責任を分担することを目指す政策である(井口 2015)。

外国人への社会統合政策の実施状況をポイント化した「移民統合政策指標(MIPEX:Migrant Integration Policy Index)」の国際比較(2014年)をみると、わが国は38カ国中27位と低位に止まっている。教育分野・反差別分野の値が顕著に低く、特に反差別分野は、38カ国中37位と大きな課題が生じている状況である(MPG 2015)。同資料では、人種・民族差別の撲滅に関する法制度が未整備であることが指摘されている。

わが国の在留外国人数は、2015年末で約223万人と過去最高を記録し、外国人の社会統合政策はこれまで以上に必要に迫られている。だが、現在の政策動向を概観すると、外国人労働者の受け入れに関する「入り口の議論」(出入国管理政策)が中心であり、受け入れ後の社会統合政策は、外国人住民を多く抱える自治体が取り組む程度に留まっているのが実態である。

「ズレ」の背景 ― 増加するわが国の在留外国人と多様化する論点

上述したような「ズレ」の背景には、グローバル化の進展等により、わが国に入国・在留する外国人の国籍や属性が多様化することで、対応が求められる事案が多岐に亘っており、議論すべき論点が十分に整理されていないことに一因があると考える。

そもそも、わが国では、戦後長らく、在留外国人の9割以上が韓国・朝鮮籍で占められ、出入国外国人も少なく、外国人に関する議論≒在日コリアンの処遇に関する議論であり、単純な構造であった(注5)。その後、出入国管理及び難民認定法の改正等を通して、日系人の受け入れ開始(1990年)、技能実習制度の開始(1993年)、留学生30万人計画の発表(2008年)、EPAに基づく看護師・介護福祉士候補者の受け入れ開始(2008年)、第3国定住難民プログラムの始動(2010年)、高度人材ポイント制の導入(2012年)など、少しずつ、だが着実に門戸を開放してきた。

その結果、昨年2015年には、在留外国人数:約223万人(法務省 2016)、外国人労働者数:約91万人(厚生労働省 2016)に達しており、いずれも統計を取り始めて以降、過去最高を記録している(図表1参照)。在留外国人の出身国籍をみても、つい30年前まで、韓国・朝鮮籍が大半を占めていたものの、現在は190ヵ国以上とほとんど全世界に亘っている。

加えて、受け入れた本人だけでなく、家族を呼び寄せたり、世代更新(二世・三世・四世化)がなされることで、参政権付与の問題や日本語教育の問題など、検討すべき事項が多様化してきた。さらに、アジア諸国との間では、過去の歴史を考慮することが求められる場合も少なくない。

図表1 国籍別在留外国人数 推移

図表1 国籍別在留外国人数 推移

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