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「祈り」3 

 投稿者:アルベア  投稿日:2016年 3月24日(木)05時12分10秒
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  「祈り」3

池田先生の「法華経の智慧」から「祈り」について見てみると、(「法華経の智

慧」第6巻)

「甘えた、観念的な祈りでは、御本尊への本当の感応は無い。全生命をもって、

ぶつかって、打開の道が開けないわけがない」90ページ

「たった一人でも、本気で立ち上がり「一心に」信心する人間が現われたら、運

命共同体である全員が助かる。一家、一族、会社、地域、団体、全部、救ってい

ける。この「一人立つ」方程式を教えている。」同91ぺージ

94ページ「戸田先生は観音品の内容に従い、わかりやすく、こうまとめて言われ

たことがある。」

1-おおいに事業商売をして、金もうけをするときに、災難が起こる、その時、

御本尊様頼りまいらせると、その災難をのがれることができる。

2-相手がひどい目にあわせてやろうと考えたり、また大きな損が起こってくる

ような場合、反対に相手がひどい目にあったり、損が得になったりする。

3-煩悩および病気の苦しみにあう時、御本尊様を信ずるならば、煩悩も悟りと

なり、病魔もこれを冒しきることができない。

4-ガケから落ちたり、乗り物の事故にぶつかたり知する時、御本尊様を信じて

いるときは、けがをしないですむ。

5-自分の職業の位置から落とされようとしたとき、御本尊様を信じている者は

、逆に相手がやめなくてはならなくなったりして、落とされないですむ。

6-相手が憎んだり、害を加えたりするときに、信心が強いと、相手の心が変わ

ってしまう。

7-(不当に)死刑にならなければならぬような運命も、信心の強気者は死刑に

ならなくてすむ。刀尋段段壊(とうじんだんだんね)といって、大聖人様のお示

しくださったお姿である。

8-(不当に)牢獄へ入らなければならない宿命の者でも、信心の強い者は入ら

ないで返されてくる。

9-毒薬を飲まされようとしたり、悪口を言われたりすれば、かえって相手が悪

口を言ったような目にあったり、毒を飲まされたりする。これは還箸於本人とい

うのである。

10―大嵐の時でも、信心の強い者は、その害をうけなくてもすむ。

※「還箸於本人」とは、主体と客体の相互の働き作用であり、作用反作用、反動

形成という生命現象の原理・法則なのだ。言葉、文字で「理解」するのではなく

、体感することにより「了解」できる生命の在り様である。

「御本尊様を信ずる」とは、他ならぬ「自分自身を信じ切る」ことである。なぜ

ならば胸中の御本尊の働き作用を湧き出だす方法として「境地冥合」という現象

が働くからだ。

外なる御本尊は「対象化」されたモノである。その「対象化」を通し、自身の生

命の働き作用としての御本尊⇒仏の生命を現象化させることにより南無妙法蓮華

経を体感することとなる。

祈っていると雑念がわく「雑念が湧いたってかまわない。人間だから当然でしょ

う。そのままの姿で、御本尊にぶっかっていけばいいんです。雑念だって一念三

千の生命の働き以外のものではない。ゆえに、そういう雑念でさえも、題目によ

って功徳に変わるのです。

祈り方に「こうあらねばならない」という形式はない。無作でいい。かしこばっ

て、こちこちになって拝んだって、心の動きはどうしょうもない。信心が強くな

れば自然のうちに一念が定まってきます。

また祈っていて浮かびあがってくる雑念とか思いとかは、その時の自分が気にな

っている課題なのだから、雑念となどと言わないで、なんでも、きちっと祈りに

かえたほうがいいでしょう。122ページ~123ページ

「祈りとして叶わざるなし」の信心です。まずそう決めることです。そのうえで

、ある時点だけを見れば、祈りが叶う場合も、叶わない場合もある。しかし、そ

れでも祈り「続ければ」最後には必ず一番いい方向に行く。あとから振り返って

みると、それがわかるものです。

何より、そうやって苦労することで自分が強くなっている。祈って、なんでもす

ぐに、パッと叶ったのでは、人間が堕落してしまう。努力も苦しみもない安易な

人生になってしまう。薄っぺらな人間ができます。それでは何のための信仰か。

次々と、いろんな出来事がある。いろんな悩みが出て来る。その連続です。人生

は。いろんなことがあるから」、人生は充実するし、楽しい。成長もできる。広
々とした、強い境涯が開ける。125ページ

「祈りに応える」のは、他ならぬ「自分自身」の生命の働き作用なのだ。なぜなら

自分自身が「御本尊様」だからだ。
 
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