ヒトラーは総武線快速に乗る

どういうわけだかヒトラーが現代に蘇ってしまい、本人は大真面目にヒトラーやってるのに現代ドイツで大人気を博してしまう。それも最初はコメディアンだと思われていたのに、段々ガチになっていってヤバい、マジヤバい、というティムール・ヴェルメシュの小説「帰ってきたヒトラー」はドイツ語の原作が出た頃から注目していた(読めるとは言ってない)。
世界的大ヒットとなった同作は日本語版も2014年に出ているが、注目している割に怠惰なのでまだ読んでいなかったところへ、有名プロ・ドイツ人であるマライ・メントラインさんから映画の試写会にご招待頂いたので喜び勇んで行ってきた。
という次第なのでよく分かっていなかったのだが、これは「帰ってきたヒトラー」の単なる映画化ではないのだった。この映画が作られた時点で「帰っていたのにヒトラー」はベストセラーになっており、「帰ってきたヒトラー」を知った世界と「帰ってきたヒトラー」内世界が微妙に絡まり合うメタ作品…というとよく分からないと思うので観てみて下さい(6月からGAGAシアターで公開)。

作品の前半はほぼ原作通り、蘇ったヒトラーが真面目にヒトラーやってるうちにドイツ中の人気者になっていくのだが、その合間合間にヒトラー役の役者がその辺の一般人を捕まえて「ヒトラー」をやるという方法がこの映画では取られている。パンフレットによるとこれはデヴィッド・ヴェンド監督のアイデアで、「フィクションにドキュメンタリーを融合させようとした」という。
メタ作品、といったのはそういう意味なわけですが、これがもう凄まじい気迫と弁舌で、絡まれた一般人が本当に虜になっていくのが手に取るように分かる。
そうするとまあ、出てくるわ出てくるわ普通の良い人たちの排外主義やら人種的憎悪やら。
相手が役者だと分かってるのに、スイッチさえ入ったらボロボロ出てくる。
若い女の子も「ヒトラー」が扇動した外国人暴行を黄色い声を上げて見ている(この辺は全部仕込み無しのドキュメンタリーらしいです)。
その中で印象的だったのは、「ヒトラー」を支持しないと言う男性だった(これも多分仕込みでない一般人)。
彼は怪物的なキャラクターに対して精一杯抵抗するんだけど、その素人の言葉は「ヒトラー」の弁舌に簡単にひっくり返され、「ヒトラー」の爛々たる眼光の前に終始ニヤニヤしながらしか反抗できない。多分、「ヒトラー」を前にしたときの僕も(ほぼ間違いなく皆さんも)きっとああしてニヤニヤもじもじとしかできないだろうし、下手をすると最初からヒトラーの尻馬に乗ろうとしている恐れも大である。

しかしこのヒトラーはちゃんとヒトラーの顔をしているので識別可能という点でまだ難易度低め、とも言える。
ちょび髭をつけて軍服を着ていない「ヒトラー」(あるいは生存圏がフンダラララとかユダヤ人殺せとか言わないヒトラー)が現れたとき、我々はちゃんとそこに「ヒトラー」を発見し、ニヤニヤもじもじしながらでも抗えるか?と思うとこの映画の不気味さはさらにズズンと来るように思います。
でもちゃんとニヤニヤもじもじしような。
そうすべき対象は多分、すでにその辺にいるはずなので。

ヒトラーはまだ帰ってきてはいない。
が、新橋で総武線快速に乗ったくらいの距離にはもう居る(船橋まで27分)。
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