|
|
最近、職場で、入院、手術等の話を頻繁に聞き、
また、地区内でも職場で突然倒れて入院する男子部の方など
少し考えさせられることがありました。
この板でも、病魔と闘われている方がたくさんいらっしゃると思います。
同盟題目の時、常に祈っておりました。
時間が無く、以前書きかけていた投稿ですが
掘り起こして、アップします。
病気を治すには、生命力もありますが、医者によるところもあります。
だから、良医に巡り合えるように。
また、その時、医者が仏智を得て、諸天善神として、最高の良医となるように。
僕は、そう祈っています。
病気と闘っておられる方、必ず勝利されることを深く祈っております。
なぜ、病気になるのか、ひとまとめに語ることはできませんが
ただ、信心の上で、それは必ず意味があります。
妙心尼御前御返事(1480)
「このやまひは仏の御はからひかそのゆへは浄名経涅槃経には病ある人仏になるべきよしとかれて候、病によりて道心はをこり候なり」
今、僕は、夜、勤行する時
「今日も一日、無事に、御本尊様の前に座れました。感謝します。」と感謝しています。
そのように感謝できるのは、かつての病気の体験があるからです。
最初の異変に気が付いたのは、出張先で夜、ホテルで寝ている時だった。
息苦しい、何だろう。そして、とてもだるい。
風邪気味を無理に無理しての出張でした。でも、あと一日、明日頑張れば、帰れる。
何とか、仕事をやり切り、出張を終え自宅へ。
その夜、あまりの苦しさに目を覚ました。
胸が苦しい。何だこれは、あれ、息ができない・・・
ふと、父の心臓病のことが頭をよぎった。
僕が高校生の時、父は心臓の病で余命、数か月の死の宣告を受けたことがあった。
でも、信心で父は勝った。あの時、その病気の宿業は父が断ち切ったはずだ。
しかし、今、自分を襲う、この胸の痛みは、これは何なのだ。
くっくるしい。息ができない。
というより、息をしていない。呼吸をしなくては、このままでは死んでしまう。
必死に心の中で題目をあげ、渾身の力を込めて呼吸する。
息を吸う、そして息を吐く。
普段あたりまえにしていること
息を吸う、たったこれだけのことなのに、
今は、渾身の力を振り絞らなければ、息ができない。
意識がだんだん遠のく、目の前の景色から段々と色が無くなっていく。
やばい、死ぬのか。
だめだ、意識を保つんだ。呼吸するんだ。
諦めるな。
苦しい、生きるという事はこんなに苦しいのか。
だめだ、御本尊様、もうこれ以上、耐えられない。
そう思った時、夜が明けて朝日が窓から差し込んできた。
すーっと胸の痛みが治まった。
ベッドは、汗でびしょびしょになっていた。
夜明けとともに少しずつ元気になったこともあり、かかりつけの病院に歩いて行った。
その頃には、あの夜の事は、悪夢でも見ていたのか、そんな感じだった。
医者は、診察するなり僕の顔をまじまじ見つめ、「うーん」と唸ってしまった。
そして紹介状を書き、この後、すぐに大きな病院に行きなさいと言われた。
紹介状を書いてもらった病院で診察開始。
普通に会話していたのだが、検査機器の結果を見て医者の顔色が変わった。
すぐに、別の場所へ移動することになった。立とうすると止められた。
車椅子に乗せられた。何だ?
少し前まで、歩いてたんだぞ。
あちこち車椅子で移動して検査を受けた。
だんだん物々しくなってきた。ベッドに寝かされた。
検査が終わり、次の場所へ移動する。車椅子に乗るためにベッドから体を起こそうとして止められた。
以降はベッドで寝たまま検査の為に移動した。
この時、まさか、以降、何日間もベッドから半身を起こすことさえ許されなくなるとは思ってもみなかった。
風邪をこじらせて、ウイルスが心臓に行って炎症を起こしたということだった。
入院直後、どうも心臓の下半分が炎症の影響で止まっていた状況とのこと。
医者は言う。
検査結果は、動けるはずがない。動けるどころか、いつ死んでもおかしくない。
そんな状況だったらしい。
病院についた時、僕は半死人状態だったのだ。
今、生きているということは、奇跡。ぎりぎり、首の皮一枚。セーフだった。
入院は生まれて初めてだった。
死ぬかもしれないという状況は、かつての父の余命宣告とダブった。
あの時の父の苦悩がわかった。
残される家族。涙が出てきた。
「死ねないなぁ」、独り、ベッドで天井を見つめ、つぶやいた。
そして
父は勝った。だから僕も勝つ。
そう決意した。
父が、宿業を断ち切っていたのだろう。
あっけないほど、順調に回復した。
集中治療室やら、10名近い医療スタッフに囲まれてなんて、まるでドラマのような体験が
嘘や夢のようだった。
退院後は、しばらくは走ったりはできなかったが
今、現在は走るどころか徹夜の仕事をこなすほど元気になった。
そして、それは貴重な体験となった。
冒頭にお伝えしたように、生きていることの有り難さを感じれるようになった。
息を吸う、自然に意識せず吸える。
それがどれだけ有り難いことか。
空気を吸う、酸素が体中に運ばれていく。
あぁ、僕は生きているんだ。生かされているんだと感じる。
今日も、一日、寿命をいただいた。そして、有り難いことに
御本尊様の前に座れる。勤行できる。お題目をあげられる。
そして、皆さんの幸せを祈ることができる。
なんとありがたいことだろう。
御書の通りだ。
どうか、病魔と闘われている方、くじけないで下さい。
必ず勝利して、境涯を大きく開いてください。
|
|