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安保法制の議論の過程では、野党やマスコミだけでなく憲法学者からも反対の声があがりました。そこで感じたことは、そもそも集団的自衛権と集団安全保障を混同しているなど、理解不足の状態で本質的な議論が遅れてしまったことです。
整理すると、集団的自衛権は、同盟国や密接な関係にある国同士がお互いに守り合いながら抑止効果を高めようという、国家主権が関わるものです。
一方で集団安全保障は、国家主権が結ぶものではなく、平和を乱す動きに対して、国連決議などのもとに集まった国々が、協力して圧力をかけ、それでも抵抗する場合に、強制力をもって止めようとするものです。
これを混同して、イラクのサマワ派遣や南スーダンでの駆けつけ警護を、集団的自衛権といっているのは的外れな批判です。
それから、憲法9条に照らして違憲だとする主張がありますが、それは違うと思います。日本国憲法の性格を規定しているのは、憲法9条ではなく、憲法の基本原則を明示した前文です。そこでは、世界の平和を実現するために行動することを誓うと誇り高く謳われています。ところが、憲法9条だけに目を向けてしまうと、PKO(国連平和維持活動)のような国際平和協力活動に自衛隊を派遣することすら、できないことになります。自衛隊の存在が違憲となるからです。憲法前文にある平和主義の精神に背反する形になってしまうのです。
集団的自衛権についても、日本国憲法、日米安全保障条約、国連憲章との整合性から見て憲法に反しないことがわかります。日本の安全保障の前提をなしているのは最高法規である日本国憲法です。憲法に抵触する条約は結べませんし、国連加盟も認められません。ですから、憲法は日米安保条約と国連憲章のいずれの条文をも否定していません。憲法に違反していないからこそ、国連憲章(第51条)で集団的自衛権を明記している国連に加盟し、集団的自衛権を前提とした日米同盟も維持してきたのです。このことからも集団的自衛権が憲法違反でないことは明確にわかるはずなのですが、日本的な議論に終始してしまい、このような視点で議論が行われなかったことが不思議でなりません。
また、野党による「アメリカの戦争に巻き込まれる」といった反対の声については、国際平和協力活動に関する自らの無知をさらけ出していると言わざるを得ません。なぜなら、国際平和協力活動の現場では、米軍と一緒に行動することは少ないのです。むしろ、同じ国連加盟国として中国の軍と自衛隊が一緒に活動することもありますし、北朝鮮の軍と活動することだって考えられます。現に、今年(2015年)6月にモンゴルで行われた「カーン・クエスト15」と呼ばれる多国間共同訓練では、陸上自衛隊と中国の人民解放軍とが隣り合わせで協力して訓練を行っています。
一方「中国との戦争」といった意見も聞かれますが、これも誤った認識です。中国は日米と衝突した場合に、国際資本が中国国内から撤退することで経済が崩壊することを自覚しています。軍事的にもアメリカの足元にも及ばないことは承知しており、だからこそ専門的に見た中国は自制的なのです。
そのような正しい理解がないまま、本質的な議論を遅らせ、結果として国民への説明不足を招いたことは非常に残念です。
今後、この理解不足を解消するためにも、私は国会に安全保障に関する常設委員会を設置し、政治家が安全保障の基礎から学ぶ環境をつくることを提案しています。
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